1章
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ホグワーツの石造りの廊下は、昼下がりの光に満ちていた。アランとレギュラスが並んで歩いていると、向こうからシリウスとジェームズ・ポッターが現れた。その瞬間、廊下の空気がわずかに張り詰める。グリフィンドールとスリザリン――普段は交わることのない色のローブが、同じ空間で交差する。
ジェームズは、シリウスの隣でにこやかに杖を振ると、アランの足元に小さな金色の蝶を舞わせた。蝶はひらひらとアランの周囲を飛び回り、彼女の髪にそっととまる。アランは驚きながらも、自然と微笑みがこぼれた。その笑顔は、廊下の光を受けていっそう柔らかく輝いている。
「やぁ、セシール嬢。元気かい?」
ジェームズが明るい声で挨拶する。アランは蝶を見上げながら、恥ずかしそうに「はい、元気です」と応えた。
周囲の生徒たちは、その光景にざわめきを隠せない。グリフィンドールとスリザリンの生徒が、こんなにも自然に言葉を交わす場面は滅多にない。廊下のあちこちで、ひそひそと声が上がる。
レギュラスは、そんな周囲の反応にも気を留めず、ただアランの横顔を見つめていた。彼女がジェームズの魔法に心から喜んでいる様子、その笑顔に、胸の奥が静かに波立つ。自分の知らないところで、アランはシリウスやジェームズたちと何かしらの接点を持っていたのだろう――そう思うと、言葉にできない不安と寂しさが心に広がる。
アランの髪にとまった金色の蝶は、やがてそっと羽ばたき、消えていった。廊下に残るのは、淡い光と、交錯する想いだけ。レギュラスは静かに歩みを進めながら、アランの心がどこを向いているのかを、改めて痛いほど意識していた。
廊下のざわめきの中、四人の間に流れる空気だけが、どこか特別で、繊細にきらめいていた。
すれ違った後、廊下のざわめきが少し遠ざかる。その背中越しに、レギュラスの耳にはシリウスとジェームズの会話が微かに届いた。
「やめてやれ、ジェームズ。アランも驚いてるだろ。」
シリウスの声は、どこか優しく、けれど少しだけ心配そうだった。
「そうかい?可愛い魔法だろう?リリーも喜んでたさ。」
ジェームズは悪びれもせず、軽やかに返す。その言葉に、シリウスが苦笑する気配が伝わってきた。
レギュラスは、歩きながら無意識に拳を握りしめていた。いつのまに、アランはこんなふうにグリフィンドールの生徒たちと自然に接点を持つようになったのだろう。自分はほとんど常にアランの隣にいたはずだ。彼女のことは誰よりも知っていると、どこかで思い込んでいた。
だが、今のアランの笑顔や、ジェームズに向けた柔らかな表情は、レギュラスの知らないものだった。焦りにも似た苛立ちが、胸の奥で静かに渦巻く。自分の知らないところで、アランの世界が少しずつ広がっている――その事実が、どうしようもなく不安だった。
アランは何も気づかず、金色の蝶の余韻を胸に、静かに歩いている。レギュラスはその横顔を見つめながら、心の奥に生まれた小さな波紋が、やがて大きなさざなみになるのを予感していた。
朝の大広間は、まだ眠気の残るざわめきに包まれていた。スリザリンのテーブルには、銀の食器が整然と並び、緑のローブを纏った生徒たちが思い思いに朝食をとっている。その一角で、アランは静かに紅茶を口に運んでいた。
レギュラスは、アランの隣に腰を下ろすと、少しだけ声を潜めて話しかけた。
「兄と……話したんですか?」
アランは一瞬だけ手を止め、レギュラスの方を見た。その翡翠の瞳は、どこか遠くを見ているようで、柔らかくも近寄りがたい光を湛えている。
「ええ、少しだけ。」
レギュラスは、さらに踏み込んで尋ねる。「何を話したんです?」
アランは、微笑みながらも視線をそらし、テーブルの上のカップを指でなぞった。
「ちょっとだけ、昔話ですよ。」
その答えは、どこか曖昧で、深くは語るつもりがないのだと感じさせた。まるで、二人だけの秘密を守るかのような、静かな拒絶。アランの声や仕草から、シリウスとの会話が特別なものであったことが、痛いほど伝わってくる。
レギュラスの胸の奥に、じわりと苛立ちが広がる。自分には見せない表情や、語られない言葉が、アランと兄の間には確かに存在している。その事実が、どうしようもなく悔しかった。
アランは、再び紅茶に口をつけ、何事もなかったかのように朝食へと意識を戻した。レギュラスは、その横顔を見つめながら、言葉にできないもどかしさを噛みしめていた。
朝の光の中、二人の間には、静かで繊細な距離がそっと横たわっていた。レギュラスは、朝食の席で静かにアランに言葉を投げかけた。
「……ほどほどにした方がいいです。」
その声音は柔らかくも、どこか釘を刺すような響きを帯びていた。グリフィンドールの生徒と親しくしていることが、両家の親たちに知れれば、決して良い顔はされないだろう。スリザリンとグリフィンドールはホグワーツでも特に対立が激しい寮同士であり、純血の名家同士の婚約者という立場であればなおさらだ。
アランが両親やセシール家の親族の期待を裏切りたくないと強く思っていることを、レギュラスは誰よりも知っていた。だからこそ、彼女を守るような気持ちで忠告を口にした――けれど、その言葉の奥には、どうしても拭いきれない牽制の感情も混ざっていた。
アランは一瞬だけレギュラスを見つめ、静かにうなずいた。その瞳には、理解と同時に、ほんのわずかな寂しさが宿っているようにも見えた。
レギュラスは、アランの心がどこに向いているのかを痛いほど感じながらも、家の名と誇り、そして自分自身の想いの間で揺れていた。朝の光が差し込む大広間の中、二人の間には、言葉にできない繊細な緊張が静かに漂っていた。
授業と授業の合間、スリザリンの石造りの廊下に朝の光が差し込む。アランとレギュラスは、窓辺の静かな一角で並んで立っていた。ふたりの間には、まだどこかぎこちない沈黙が流れていた。
その時、バーテミウス・クラウチ・ジュニアが、手に本を抱えたまま歩み寄ってきた。彼は、冷静な瞳でふたりを見つめ、ふっと意味ありげに微笑んだ。
「君たちはお似合いだね。」
その言葉は、廊下の静けさに柔らかく響いた。アランは少しだけ驚いたように目を見開き、すぐに曖昧な微笑みを浮かべて応じた。レギュラスは一瞬、言葉を探すようにアランの横顔を見つめ、そして静かに答えた。
「光栄です、バーテミウス。」
バーテミウスは、満足そうにうなずき、再び本を抱えて歩き去っていった。
その短い会話の余韻が、レギュラスの胸にじんわりと残る。アランと並んでいる自分たちを「お似合いだ」と称してくれたことは、レギュラスの中で確かな自信となった。今まで、アランの隣にいることをどこか遠慮がちに感じていた自分が、初めて堂々とその場所に立っていいのだと、認められた気がした。
アランは曖昧な微笑みのまま、窓の外に視線を向けていた。その横顔を見つめながら、レギュラスは静かに心を満たす小さな誇りを噛みしめていた。
廊下を抜ける風が、ふたりの間をそっと撫でていった。
スリザリンの談話室には、深い緑と銀の装飾が静かに輝き、夜の帳が窓の外に降りていた。暖炉の炎がゆらめき、石壁に柔らかな光を投げかけている。その一角、レギュラスとアランは小さな丸テーブルを挟んで向かい合っていた。
テーブルの上には、湯気の立つ紅茶のカップが二つ。アランのカップからは、ほのかに上品な香りが立ちのぼる。ストレートのホットティー――彼女が昔から変わらず好む味だ。
「ありがとう」とアランは、そっと微笑みながらカップを手に取った。翡翠色の瞳が、紅茶の琥珀色を静かに映している。
「ええ、あなたが好きなものは覚えています」とレギュラスは穏やかに応じる。その声には、さりげない誇らしさと、優しい思いが滲んでいた。
アランが好む紅茶の茶葉は、ブラック家御用達の特別なものだった。レギュラスは、アランのために家へ頼み、わざわざその茶葉を送ってもらっている。カップに注がれた紅茶は、どこか懐かしく、温かな香りを漂わせていた。
談話室の静けさの中、二人の間には言葉にしきれない優しい時間が流れる。アランは一口、紅茶を味わい、ふっと肩の力を抜いた。その横顔を、レギュラスは静かに見つめる。彼女が安らいでいることが、何よりも嬉しかった。
暖炉の炎の音と、紅茶の湯気だけが、二人の静かなひとときを包み込んでいた。
その空間には、繊細で美しい、冬の夜にふさわしい温もりがそっと宿っていた。
スリザリンの談話室は、夜の静けさに包まれていた。暖炉の火が小さく揺れ、壁に淡い影を落としている。誰もいないこの空間で、アランとレギュラスは向かい合って座っていた。テーブルの上には、まだ湯気の立つ紅茶のカップが二つ並んでいる。
レギュラスは、カップを両手で包みながら、深く息を吸った。アランは、その様子を真剣な眼差しで見つめている。彼女の翡翠色の瞳には、どこか静かな期待と、少しの不安が映っていた。
「アラン、ずっと言おうと思ってたんです。」
レギュラスの声は、普段よりも少しだけ震えていた。それでも、決意を込めてアランの目をまっすぐに見つめる。
アランは、そっと微笑みながら「なあに、レギュラス?」と応えた。その声は柔らかく、どこまでも優しかった。
レギュラスは、心の奥に積もっていた想いを、言葉に変える。
「僕は……あなたが好きです、アラン。」
その一言は、夜の静寂に溶けていくように、けれど確かな重みを持って響いた。レギュラスの瞳は真剣で、誤魔化しも、迷いもなかった。彼の中に渦巻いていた不安や焦り、そして願いが、すべてその言葉に込められていた。
アランはしばらく黙って、レギュラスの告白を受け止めていた。炎の揺らめきが、彼女の横顔をやわらかく照らす。静かな夜、紅茶の香り、二人を包む穏やかな空気――そのすべてが、今この瞬間だけの特別なものに思えた。
レギュラスの心臓は、まるで初めて箒に乗ったときのように高鳴っていた。けれど、彼はただ静かに、アランの返事を待ち続けた。レギュラスは、アランの沈黙に耐えきれず、思わず言葉を重ねた。
その声には、普段は見せないほどの切実さと、どこか幼さが滲んでいた。
「義務だとか、家のためとか、そういうので言ってるわけじゃありません。……本当に、ずっとずっと好きだったんです。」
彼はカップをそっとテーブルに置き、両手を膝の上でぎゅっと握りしめる。
アランの翡翠の瞳を、逃げずにまっすぐ見つめた。
そこには、誤魔化しも、計算もない。
ただ、真っ直ぐな想いだけがあった。
「……アラン、僕は……君がシリウスと話しているのを見て、どうしようもなく不安になった。君が、あの人とこれ以上近づいてほしくないって、心の底から思ってしまったんです。」
声が震える。
けれど、もう止めることはできなかった。
胸の奥に積もった想いが、堰を切ったように溢れ出す。
「僕は、君の隣にいたい。君が笑うときも、悲しいときも、そばにいたいんです。」
談話室の静けさの中、レギュラスの告白は、夜の空気に溶けていく。
炎の揺らめきが、二人の影を壁に映し出していた。
レギュラスは、ただ静かに、アランの返事を待った。
自分の願いが、どうか届きますようにと、心の奥で祈りながら。
レギュラスからのまっすぐな告白に、アランは言葉を失った。
彼の瞳は真剣で、幼い頃からずっと自分を見つめてきたその視線が、今夜はひときわ強く、切実に感じられる。
その直向きさは、どこかで自分がシリウスに抱いてきた想いと重なっていた。
――こんなふうに、素直に、シリウスに気持ちをぶつけることができたら。
アランはふと、そんなことを思った。
談話室には、暖炉の炎が静かに揺れている。
レギュラスの言葉が、夜の静けさに溶けていく。
アランは手の中のカップを見つめながら、心の中でゆっくりと言葉を探した。
ホグワーツを卒業すれば、すぐに婚姻の段取りが進む。
それはもう家同士が決めた、覆しようのない事実だった。
アランは、「どうせ結婚するのだから」と、どこかで割り切っていた。
そこに真実の愛があるかどうか――そんなものは、きっと大切ではないのだと。
それが純血の名家に生まれた者の運命だと、そう思っていた。
けれど、レギュラスの告白を受けて、初めて彼が自分に向けてきた想いの重さに触れた。
それは、形だけの婚約者ではなく、一人の人間として自分を見てくれていた証だった。
どう答えればいいのか、アランにはわからなかった。
胸の奥が静かに波打つ。
言葉を探しても、うまく見つからない。
ただ、レギュラスのまっすぐな瞳を見つめ返すことしかできなかった。
暖炉の炎が、二人の影を壁に揺らめかせていた。
アランの心には、初めて触れる温かな痛みが、そっと灯っていた。
アランは、レギュラスの真剣な瞳を見つめたまま、しばらく言葉を探していた。
暖炉の炎が静かに揺れ、談話室には二人だけの静寂が満ちている。
「……なんて答えたらいいのか、わからないわ。」
その声は、震えるほどに静かだった。
レギュラスの想いがあまりにもまっすぐで、適当なことや無責任なことはどうしても言えなかった。
「ごめんなさい。今の私には、あなたの気持ちにすぐ応えられるかどうか、わからないの。」
アランは、そっと両手でカップを包み込む。
シリウスを好きな気持ちが、まだ胸の奥で確かに息づいている。
その想いと同じだけのものを、これからレギュラスに向けていけるのか――今の自分には、断言することなどできなかった。
「でも……」
アランは、ゆっくりとレギュラスの方へ顔を向ける。
その瞳には、決意と、ほんの少しの不安が揺れていた。
「これから先、あなたが私に向けてくれる想いが変わらないのであれば、私も……同じだけの思いを返せるように、向き合っていきたいと思うの。」
その言葉は、誠実で、優しく、どこまでも真摯だった。
アランは、レギュラスのまっすぐな気持ちを、何よりも大切にしたかった。
だからこそ、今はただ、正直な自分の気持ちを伝えることしかできなかった。
談話室の静けさの中、二人の間には、まだかすかな距離が残されている。
けれどその距離は、これから少しずつ、温かなものへと変わっていく予感がした。
炎の揺らめきが、アランの横顔をやわらかく照らしていた。
彼女の胸の奥には、初めて芽生えた希望のようなものが、静かに灯っていた。
