1章
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廊下の角を曲がったところで、レギュラスは一人の女生徒に呼び止められた。彼女は恥ずかしそうに視線を伏せながら、小さな封筒を差し出した。
「これ、受け取ってください……」
レギュラスは微笑みを浮かべ、丁寧に礼を言った。「ありがとうございます。」
手紙を受け取る仕草は、彼にとってすっかり慣れたものだった。スリザリンの中でも人気のある彼には、こうした場面は珍しくない。
そのとき、廊下の向こうからアランが歩いてきた。彼女は二人の姿に気づき、思わず立ち止まる。
「あ……ごめんなさい。」
アランは、まるで見てはいけないものを見てしまったかのように、すぐに目を逸らした。小さく頭を下げて、そそくさとその場を通り過ぎていく。女生徒もまた、アランにこの場面を見られたことに気まずそうに顔を赤らめた。
レギュラスは、アランの後ろ姿を見送りながら、胸の奥がちくりと痛むのを感じた。どう見ても、女生徒からもらったものは恋文だ。アランはそれを見て、何も感じてはいないのだろうか――いや、何も感じていないように見えた。
淡い期待と、やるせない寂しさが入り混じる。アランの心が自分に向いていないことは分かっている。それでも、ほんの少しでも、何かを感じてくれていたらと、レギュラスは願わずにはいられなかった。
手に残る封筒の感触が、妙に冷たく感じられた。廊下のざわめきの中、レギュラスはしばらくその場に立ち尽くしていた。
図書室の奥まった窓際。静かな午後の光が、埃の舞う空気を柔らかく照らしていた。アランは分厚い魔法薬学の本を開き、ペン先を静かに走らせていた。周囲の机には他の生徒もちらほらいるが、この一角はひっそりと静まり返っている。
そこへ、レギュラスがそっと現れた。アランの隣に静かに腰を下ろすと、しばらく何も言わずに彼女の横顔を見つめた。やがて、少しだけためらいながら口を開く。
「先ほどは、すみませんでした」
何に対しての謝罪なのか、自分でもうまく説明できない。ただ、あの廊下での出来事が、アランの心に小さな波紋を残したのではないかと、レギュラスは思った。謝るべきだと、自然に感じた。
アランは一瞬だけペンを止め、レギュラスの方に視線を向けた。その瞳は静かで、どこか遠くを見ているようでもあった。
「ちゃんとお返事を書いてあげてくださいね」
その言葉には、あの女生徒の手紙が恋文であることを、アランがきちんと理解しているという確かな色があった。レギュラスの心に、ひやりとしたものが走る。
「……僕にはアランがいますから」
レギュラスは、少しだけ声を落としてそう言った。けれど、アランは静かに首を振る。
「レギュラス、私たちの婚姻は家同士が決めた政略的なものだわ。だから、私に遠慮はしなくていいのよ。学生の間は、好きに恋をして、自由に生きてほしいの」
アランの声は穏やかで、優しさに満ちていた。けれど、その優しさが、レギュラスにはどうしようもなく辛かった。まるで、自分の想いなど最初から届かないと告げられているような気がして。
アランは再びノートに視線を落とし、淡々とペンを走らせる。その横顔は、どこまでも静かで、触れようとすれば消えてしまいそうなほど遠かった。
レギュラスはしばらく何も言えず、ただアランの隣で、机の上の手をぎゅっと握りしめた。図書室の静けさの中、二人の間には言葉にできない痛みと寂しさが、そっと漂っていた。
呪文学の教室は、朝の光が斜めに差し込み、机の上に淡い影を落としていた。レギュラスはほんの少し出遅れて教室に入った。その瞬間、胸の奥がざわめくのを感じた。アランの隣の席には、すでに別の男子生徒が座っていたのだ。アランの隣を確保していた。だが今日は、その場所を他の誰かに奪われている。相手はシリウスではない。けれど、それでも心が落ち着かない。アランの隣に座る男子生徒が、何度も彼女の横顔を盗み見ているのが、レギュラスの視線にもはっきりと映った。
アラン・セシール――スリザリンの姫と呼ばれる彼女は、男子生徒たちの憧れの的だった。その気持ちが分からないわけではない。けれど、アランの隣で彼女の声を聞き、微かな表情の変化を感じられるのは、自分だけであってほしいと、レギュラスは強く思っていた。
男子生徒の視線は、時折アランの手元や髪の揺れにまで注がれている。アランは気づいていないのか、あるいは気づいていても気にしていないのか、淡々とノートを取っている。その静かな横顔が、レギュラスにはいっそう遠く感じられた。
自分の席からアランの後ろ姿を見つめながら、レギュラスは小さくため息をついた。胸の奥に、じわじわとした苛立ちと寂しさが広がっていく。彼女が誰かと笑い合う声が、ほんの少しだけ自分から遠ざかった気がした。
たとえ相手がシリウスでなくても、アランの隣に他の男がいるのは、やはり気に食わない――
そんな子どもじみた感情を自覚しながらも、レギュラスはどうしようもなく心がざわめくのを止められなかった。授業の内容も、黒板の文字も、今日はなかなか頭に入ってこない。
ただ静かに、アランの横顔と、その隣にいる男子生徒の存在が、レギュラスの心を繊細にかき乱していた。
呪文学の授業が終わると、教室のざわめきが一層大きくなった。生徒たちは次の授業へと急ぎ足で廊下に流れ出していく。レギュラスも、机の上の本をそっと閉じながら、心の中で小さなため息をついた。
本当は、次の授業こそはアランの隣に座ろうと、密かに決めていた。さっきのもやもやした気持ちを、今度こそ自分の手で払拭したかった。けれど、アランはレギュラスと違い、マグル学を専攻している。次の時間は、それぞれ別々の教室へ向かわなければならない。
廊下でアランの後ろ姿を見送りながら、レギュラスは思う。きっと、マグル学の教室でも、アランの隣にはまた別の男子生徒が座るのだろう。さっきの呪文学の教室と同じように、誰かが彼女の横顔を盗み見て、さりげなく話しかけたり、ノートを覗き込んだりする――そんな光景が目に浮かぶ。
アランは、周囲のそんな視線や気配に気づいているのだろうか。それとも、ただ静かに自分の課題に集中しているだけなのか。どちらにしても、レギュラスの胸の奥には、じわりとした寂しさと、少しの苛立ちが広がっていく。
「僕が隣にいられたら、誰にもアランに近づかせないのに――」
そんな思いが、心の奥で静かに渦巻く。けれど、それは叶わない。教室の扉が閉まれば、アランはまた別の世界で、誰かと隣り合い、時には微笑み合うのだろう。
レギュラスは、教科書を抱えながら、静かに自分の教室へと歩き出した。廊下のざわめきの中で、アランの姿はもう見えない。それでも、彼女の隣に誰が座るのかを想像するだけで、胸の奥がきゅっと締め付けられるようだった。
「どうしてマグル学を専攻しているの?」
アランは、時折そう尋ねられることがあった。特にスリザリン生の中では、マグル学を選ぶ者はほんのわずかで、周囲からは珍しがられ、時には不思議そうな視線を向けられることも多い。
アランはそのたびに、心の奥にしまってある大切な記憶をそっと思い出す。
シリウスと過ごしたマグルの街
まだ幼かった頃、シリウスがこっそりとマグルの街へ連れて行ってくれた日のこと。
石畳の小道、カラフルな看板、見たこともない乗り物や機械たち――。
魔法界では決して味わえない、活気と自由に満ちた世界がそこには広がっていた。
車が通り過ぎる音、空を横切る飛行機、ショーウィンドウに映るテレビの画面。
マグルたちは魔法を持たないのに、まるで魔法のようなものを次々と生み出していた。
その光景は、アランの心に鮮烈な印象を残した。
「魔法がなくても、こんなに素敵な世界があるんだ――」
シリウスは、アランの驚きと興奮を見て、楽しそうに笑っていた。
その笑顔と、あの日の自由な空気は、今もアランの胸の奥に息づいている。
自由への憧れ
マグル学を選んだのは、単なる好奇心だけではなかった。
シリウスが見せてくれた世界――それは、家のしがらみや純潔主義から遠く離れた、自由そのものだった。
アランは、シリウスが望んだ自由に、ほんの少しでも近づきたいと願っていた。
マグルの世界に触れることで、自分自身の枠を広げたい。
魔法界の常識にとらわれず、もっと広い世界を知りたい――そんな想いが、アランの心の中で静かに膨らんでいった。
教室の片隅で
マグル学の教室は、いつも静かだ。
スリザリン生は数えるほどしかいない。
けれどアランは、ノートにペンを走らせながら、あの日の記憶とシリウスの笑顔を思い出す。
「あの時の輝きと自由を、もう一度自分の手で確かめたい――」
それが、アランがマグル学を選び続ける理由だった。
誰にどう思われても、あの日の憧れと、シリウスへの想いは、アランの中で静かに生き続けている。
授業が終わり、教室の扉を押し開けて廊下に出たアランは、思いがけず人の流れが途切れた場所で、懐かしい声に呼び止められた。
「アラン!」
その声に、心臓が大きく跳ねた。思わず足を止めて振り返ると、そこに立っていたのはシリウス・ブラックだった。いつも遠くからしか見ていなかった彼が、今はほんの数歩先にいる。アランの視界は、自然とシリウスだけを捉えていた。隣にいるジェームズ・ポッターの存在すら、一瞬、頭から抜け落ちてしまうほどに。
久しぶりに間近で見るシリウスは、記憶の中の少年よりもずっと背が高くなっていた。すらりと伸びた体躯、制服のローブがよく似合っている。顔立ちもどこか大人びて、凛々しさが増していた。けれど、瞳の奥にあるいたずらっぽい輝きは、昔と変わらない。
「やあ、セシール嬢。僕はジェームズ・ポッターだよ。」
隣にいたジェームズが、明るい声で自己紹介をする。その瞬間、アランはようやく彼の存在を意識し直し、少し慌てて微笑んだ。
「はじめまして、アラン・セシールです。」
丁寧に頭を下げると、ジェームズはにっこりと笑って「よろしく」と返した。
けれど、アランの心はまだシリウスの姿に釘付けだった。すぐそばにいるのに、どこか夢の中のような、現実感のない浮遊した気持ち。胸の奥が熱くなり、言葉がうまく出てこない。
シリウスもまた、懐かしそうにアランを見つめていた。二人の間には、ほんの一瞬、誰にも邪魔されない静かな時間が流れた。廊下のざわめきも、周囲の視線も、今は遠くに霞んでいる。
アランは、ほんの少しだけ勇気を出して、シリウスに微笑みかけた。
それだけで、胸の奥にずっとしまっていた想いが、静かに波紋のように広がっていくのを感じていた。
「アラン、次の授業、空いてたらちょっと付き合わねぇか?」
シリウスが少し照れたように、けれどどこか自信ありげな笑顔でそう言った。アランの胸は、またしても大きく跳ね上がる。廊下の喧騒も、周囲の視線も、今はもう耳に入らない。シリウスの声だけが、まるで魔法のようにアランの世界を満たしていた。
果たして次の授業が何だったのか、アランにはもうどうでもよかった。頭の片隅で「課題があったはず」「出席しないと先生に叱られるかも」といった理性が小さく囁いたが、それすら霞んでしまう。
「……うん、いいよ。空いてるわ」
思わず二つ返事でイエスを伝えていた。自分でも驚くほど自然に、迷いもなく答えていた。シリウスの提案が、どれほど魅力的に感じられているか、きっと顔にも出てしまっているだろう。
シリウスは、アランの返事に満足そうに微笑んだ。その笑顔に、アランの心はさらに熱くなる。ほんの少し前まで遠くから見つめるだけだった人が、今は自分に声をかけてくれている――それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「じゃあ、あとで迎えに来るから」
シリウスの言葉にうなずきながら、アランは自分の手が少し震えていることに気づいた。
次の授業が何だったのか、本当に思い出せない。けれど、そんなことはどうでもよかった。
今はただ、シリウスと一緒にいられることが、何よりも嬉しかった。
「これ、受け取ってください……」
レギュラスは微笑みを浮かべ、丁寧に礼を言った。「ありがとうございます。」
手紙を受け取る仕草は、彼にとってすっかり慣れたものだった。スリザリンの中でも人気のある彼には、こうした場面は珍しくない。
そのとき、廊下の向こうからアランが歩いてきた。彼女は二人の姿に気づき、思わず立ち止まる。
「あ……ごめんなさい。」
アランは、まるで見てはいけないものを見てしまったかのように、すぐに目を逸らした。小さく頭を下げて、そそくさとその場を通り過ぎていく。女生徒もまた、アランにこの場面を見られたことに気まずそうに顔を赤らめた。
レギュラスは、アランの後ろ姿を見送りながら、胸の奥がちくりと痛むのを感じた。どう見ても、女生徒からもらったものは恋文だ。アランはそれを見て、何も感じてはいないのだろうか――いや、何も感じていないように見えた。
淡い期待と、やるせない寂しさが入り混じる。アランの心が自分に向いていないことは分かっている。それでも、ほんの少しでも、何かを感じてくれていたらと、レギュラスは願わずにはいられなかった。
手に残る封筒の感触が、妙に冷たく感じられた。廊下のざわめきの中、レギュラスはしばらくその場に立ち尽くしていた。
図書室の奥まった窓際。静かな午後の光が、埃の舞う空気を柔らかく照らしていた。アランは分厚い魔法薬学の本を開き、ペン先を静かに走らせていた。周囲の机には他の生徒もちらほらいるが、この一角はひっそりと静まり返っている。
そこへ、レギュラスがそっと現れた。アランの隣に静かに腰を下ろすと、しばらく何も言わずに彼女の横顔を見つめた。やがて、少しだけためらいながら口を開く。
「先ほどは、すみませんでした」
何に対しての謝罪なのか、自分でもうまく説明できない。ただ、あの廊下での出来事が、アランの心に小さな波紋を残したのではないかと、レギュラスは思った。謝るべきだと、自然に感じた。
アランは一瞬だけペンを止め、レギュラスの方に視線を向けた。その瞳は静かで、どこか遠くを見ているようでもあった。
「ちゃんとお返事を書いてあげてくださいね」
その言葉には、あの女生徒の手紙が恋文であることを、アランがきちんと理解しているという確かな色があった。レギュラスの心に、ひやりとしたものが走る。
「……僕にはアランがいますから」
レギュラスは、少しだけ声を落としてそう言った。けれど、アランは静かに首を振る。
「レギュラス、私たちの婚姻は家同士が決めた政略的なものだわ。だから、私に遠慮はしなくていいのよ。学生の間は、好きに恋をして、自由に生きてほしいの」
アランの声は穏やかで、優しさに満ちていた。けれど、その優しさが、レギュラスにはどうしようもなく辛かった。まるで、自分の想いなど最初から届かないと告げられているような気がして。
アランは再びノートに視線を落とし、淡々とペンを走らせる。その横顔は、どこまでも静かで、触れようとすれば消えてしまいそうなほど遠かった。
レギュラスはしばらく何も言えず、ただアランの隣で、机の上の手をぎゅっと握りしめた。図書室の静けさの中、二人の間には言葉にできない痛みと寂しさが、そっと漂っていた。
呪文学の教室は、朝の光が斜めに差し込み、机の上に淡い影を落としていた。レギュラスはほんの少し出遅れて教室に入った。その瞬間、胸の奥がざわめくのを感じた。アランの隣の席には、すでに別の男子生徒が座っていたのだ。アランの隣を確保していた。だが今日は、その場所を他の誰かに奪われている。相手はシリウスではない。けれど、それでも心が落ち着かない。アランの隣に座る男子生徒が、何度も彼女の横顔を盗み見ているのが、レギュラスの視線にもはっきりと映った。
アラン・セシール――スリザリンの姫と呼ばれる彼女は、男子生徒たちの憧れの的だった。その気持ちが分からないわけではない。けれど、アランの隣で彼女の声を聞き、微かな表情の変化を感じられるのは、自分だけであってほしいと、レギュラスは強く思っていた。
男子生徒の視線は、時折アランの手元や髪の揺れにまで注がれている。アランは気づいていないのか、あるいは気づいていても気にしていないのか、淡々とノートを取っている。その静かな横顔が、レギュラスにはいっそう遠く感じられた。
自分の席からアランの後ろ姿を見つめながら、レギュラスは小さくため息をついた。胸の奥に、じわじわとした苛立ちと寂しさが広がっていく。彼女が誰かと笑い合う声が、ほんの少しだけ自分から遠ざかった気がした。
たとえ相手がシリウスでなくても、アランの隣に他の男がいるのは、やはり気に食わない――
そんな子どもじみた感情を自覚しながらも、レギュラスはどうしようもなく心がざわめくのを止められなかった。授業の内容も、黒板の文字も、今日はなかなか頭に入ってこない。
ただ静かに、アランの横顔と、その隣にいる男子生徒の存在が、レギュラスの心を繊細にかき乱していた。
呪文学の授業が終わると、教室のざわめきが一層大きくなった。生徒たちは次の授業へと急ぎ足で廊下に流れ出していく。レギュラスも、机の上の本をそっと閉じながら、心の中で小さなため息をついた。
本当は、次の授業こそはアランの隣に座ろうと、密かに決めていた。さっきのもやもやした気持ちを、今度こそ自分の手で払拭したかった。けれど、アランはレギュラスと違い、マグル学を専攻している。次の時間は、それぞれ別々の教室へ向かわなければならない。
廊下でアランの後ろ姿を見送りながら、レギュラスは思う。きっと、マグル学の教室でも、アランの隣にはまた別の男子生徒が座るのだろう。さっきの呪文学の教室と同じように、誰かが彼女の横顔を盗み見て、さりげなく話しかけたり、ノートを覗き込んだりする――そんな光景が目に浮かぶ。
アランは、周囲のそんな視線や気配に気づいているのだろうか。それとも、ただ静かに自分の課題に集中しているだけなのか。どちらにしても、レギュラスの胸の奥には、じわりとした寂しさと、少しの苛立ちが広がっていく。
「僕が隣にいられたら、誰にもアランに近づかせないのに――」
そんな思いが、心の奥で静かに渦巻く。けれど、それは叶わない。教室の扉が閉まれば、アランはまた別の世界で、誰かと隣り合い、時には微笑み合うのだろう。
レギュラスは、教科書を抱えながら、静かに自分の教室へと歩き出した。廊下のざわめきの中で、アランの姿はもう見えない。それでも、彼女の隣に誰が座るのかを想像するだけで、胸の奥がきゅっと締め付けられるようだった。
「どうしてマグル学を専攻しているの?」
アランは、時折そう尋ねられることがあった。特にスリザリン生の中では、マグル学を選ぶ者はほんのわずかで、周囲からは珍しがられ、時には不思議そうな視線を向けられることも多い。
アランはそのたびに、心の奥にしまってある大切な記憶をそっと思い出す。
シリウスと過ごしたマグルの街
まだ幼かった頃、シリウスがこっそりとマグルの街へ連れて行ってくれた日のこと。
石畳の小道、カラフルな看板、見たこともない乗り物や機械たち――。
魔法界では決して味わえない、活気と自由に満ちた世界がそこには広がっていた。
車が通り過ぎる音、空を横切る飛行機、ショーウィンドウに映るテレビの画面。
マグルたちは魔法を持たないのに、まるで魔法のようなものを次々と生み出していた。
その光景は、アランの心に鮮烈な印象を残した。
「魔法がなくても、こんなに素敵な世界があるんだ――」
シリウスは、アランの驚きと興奮を見て、楽しそうに笑っていた。
その笑顔と、あの日の自由な空気は、今もアランの胸の奥に息づいている。
自由への憧れ
マグル学を選んだのは、単なる好奇心だけではなかった。
シリウスが見せてくれた世界――それは、家のしがらみや純潔主義から遠く離れた、自由そのものだった。
アランは、シリウスが望んだ自由に、ほんの少しでも近づきたいと願っていた。
マグルの世界に触れることで、自分自身の枠を広げたい。
魔法界の常識にとらわれず、もっと広い世界を知りたい――そんな想いが、アランの心の中で静かに膨らんでいった。
教室の片隅で
マグル学の教室は、いつも静かだ。
スリザリン生は数えるほどしかいない。
けれどアランは、ノートにペンを走らせながら、あの日の記憶とシリウスの笑顔を思い出す。
「あの時の輝きと自由を、もう一度自分の手で確かめたい――」
それが、アランがマグル学を選び続ける理由だった。
誰にどう思われても、あの日の憧れと、シリウスへの想いは、アランの中で静かに生き続けている。
授業が終わり、教室の扉を押し開けて廊下に出たアランは、思いがけず人の流れが途切れた場所で、懐かしい声に呼び止められた。
「アラン!」
その声に、心臓が大きく跳ねた。思わず足を止めて振り返ると、そこに立っていたのはシリウス・ブラックだった。いつも遠くからしか見ていなかった彼が、今はほんの数歩先にいる。アランの視界は、自然とシリウスだけを捉えていた。隣にいるジェームズ・ポッターの存在すら、一瞬、頭から抜け落ちてしまうほどに。
久しぶりに間近で見るシリウスは、記憶の中の少年よりもずっと背が高くなっていた。すらりと伸びた体躯、制服のローブがよく似合っている。顔立ちもどこか大人びて、凛々しさが増していた。けれど、瞳の奥にあるいたずらっぽい輝きは、昔と変わらない。
「やあ、セシール嬢。僕はジェームズ・ポッターだよ。」
隣にいたジェームズが、明るい声で自己紹介をする。その瞬間、アランはようやく彼の存在を意識し直し、少し慌てて微笑んだ。
「はじめまして、アラン・セシールです。」
丁寧に頭を下げると、ジェームズはにっこりと笑って「よろしく」と返した。
けれど、アランの心はまだシリウスの姿に釘付けだった。すぐそばにいるのに、どこか夢の中のような、現実感のない浮遊した気持ち。胸の奥が熱くなり、言葉がうまく出てこない。
シリウスもまた、懐かしそうにアランを見つめていた。二人の間には、ほんの一瞬、誰にも邪魔されない静かな時間が流れた。廊下のざわめきも、周囲の視線も、今は遠くに霞んでいる。
アランは、ほんの少しだけ勇気を出して、シリウスに微笑みかけた。
それだけで、胸の奥にずっとしまっていた想いが、静かに波紋のように広がっていくのを感じていた。
「アラン、次の授業、空いてたらちょっと付き合わねぇか?」
シリウスが少し照れたように、けれどどこか自信ありげな笑顔でそう言った。アランの胸は、またしても大きく跳ね上がる。廊下の喧騒も、周囲の視線も、今はもう耳に入らない。シリウスの声だけが、まるで魔法のようにアランの世界を満たしていた。
果たして次の授業が何だったのか、アランにはもうどうでもよかった。頭の片隅で「課題があったはず」「出席しないと先生に叱られるかも」といった理性が小さく囁いたが、それすら霞んでしまう。
「……うん、いいよ。空いてるわ」
思わず二つ返事でイエスを伝えていた。自分でも驚くほど自然に、迷いもなく答えていた。シリウスの提案が、どれほど魅力的に感じられているか、きっと顔にも出てしまっているだろう。
シリウスは、アランの返事に満足そうに微笑んだ。その笑顔に、アランの心はさらに熱くなる。ほんの少し前まで遠くから見つめるだけだった人が、今は自分に声をかけてくれている――それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「じゃあ、あとで迎えに来るから」
シリウスの言葉にうなずきながら、アランは自分の手が少し震えていることに気づいた。
次の授業が何だったのか、本当に思い出せない。けれど、そんなことはどうでもよかった。
今はただ、シリウスと一緒にいられることが、何よりも嬉しかった。
