1章
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シリウス・ブラックは、グリフィンドールの塔の高い窓辺に腰かけ、夜空を見上げていた。外は静かで、遠く星がまたたいている。彼の手には、何度も折りたたまれた手紙が握られていた。アランとの婚約が解消され、弟レギュラスとの婚約に変わったという知らせ――すでに何度も読んだはずなのに、どうしても手放すことができなかった。
家のしがらみ、行きすぎた純潔主義、息苦しいまでの伝統。それらから逃れ、自分の信じる自由を選んだことに、シリウスは一片の後悔もなかった。けれど、アランのことだけは、心の奥底でずっと引っかかっている。彼女の存在は、シリウスにとって特別だった。
アランは、夜空に浮かぶ月のような少女だった。静かで、優しくて、どこか儚い。マグルを排斥しようとする家の教育にも、純潔であることに固執する親族の思想にも、彼女はどこか疑問を抱いていた。けれど、その優しさゆえに、両親や親族を裏切ることができない。自分のように、すべてを投げ打って自由を選ぶことは、アランにはできないのだと、シリウスは分かっていた。
それでも――
「俺たちは、死ぬまで一緒だ。」
あの時、アランに向けて言った言葉を、シリウスは今もはっきりと思い出せる。あれは嘘でも、虚勢でもなかった。本心だった。あのまま、ずっと一緒にいられたらと、心から思っていた。
だが、現実は残酷だった。自分が家を捨て、グリフィンドールに入ったことで、すべては変わってしまった。アランは、家の期待と優しさの間で苦しみながらも、結局は家のために自分を手放したのだろう。レギュラスとの婚約も、彼女の意思ではなく、家の流れに従っただけなのだと、シリウスは思う。
窓の外、月が静かに浮かんでいる。アランの面影が、ふと脳裏に浮かぶ。翡翠色の瞳、静かな微笑み、そして自分にだけ見せてくれた小さな勇気。
「アラン……」
シリウスはそっと名前を呼ぶ。彼女の幸せを願う気持ちと、どうしようもない寂しさが胸に広がる。自分が選んだ自由は、彼女と引き換えだったのかもしれない。けれど、あの夜空の月のように、アランの優しさも、思い出も、決して消えることはなかった。
シリウスは静かに目を閉じ、胸の奥で、あの約束をそっと抱きしめた。
シリウスは、グリフィンドールのテーブルからふとスリザリンの方へ視線を向けた。そこには、いつものようにアランの隣に座るレギュラスの姿があった。今になってようやく気づく。きっとレギュラスも、アランを好いていたのだろう。自分がそうだったように、あの翡翠の瞳に心を奪われていたのだ。
アランは周囲から「セシール家の令嬢」「スリザリンの姫」と呼ばれている。他の純血の少女たちと比べても、その美しさと気品は際立っていた。それは、シリウス自身が彼女を特別に思っていたからかもしれない。けれど、誰の目にもアランは一際輝いて見えた。
シリウスは、今でも時折、無意識にアランを目で追ってしまう。彼女の笑顔や仕草、ふとした瞬間の表情が、どうしても頭から離れない。もし自分が伝統通りスリザリンに入っていたなら、今もアランの隣は自分だったのだろうか――そんな思いが、胸の奥で静かに疼く。
自分は家を裏切り、すべてを投げ捨てて自由を選んだ。その選択に後悔はない。だが、アランのことだけは、今でも心のどこかで許しを乞いたい気持ちが残っている。彼女は自分を許してくれるだろうか。家を捨てた自分を、今でも少しでも思い出してくれているだろうか。
大広間のざわめきの中、シリウスは静かにため息をついた。スリザリンのテーブルの一角、アランとレギュラスの並ぶ姿が、遠くて、手の届かないもののように見えた。翡翠の瞳の輝きだけが、今も胸の奥で消えずに残り続けている。
「シリウス、またセシール嬢を見てるのかい?」
ジェームズのからかうような声が、グリフィンドールのテーブルのざわめきの中で響いた。
「ちげーよ」とシリウスは即座に返す。けれど、その言葉にはどこか焦りが滲んでいた。
ジェームズの目は、いつも鋭い。どんなに誤魔化しても、シリウスの心の動きや視線の先を見逃さない。シリウスは、慌ててパンに手を伸ばし、何でもないふりを装う。だが、ジェームズはにやりと笑いながら、肘で軽くシリウスの脇腹をつついた。
「嘘つけよ。お前、さっきからずっとスリザリンの方見てただろ?」
「たまたまだよ、たまたま。……ほら、あっちの席、やけに騒がしいしさ」
話を逸らそうとする自分が、小っ恥ずかしくて仕方がない。ジェームズの前では何でも隠せると思っていたが、こうして揶揄われると、どうにも落ち着かなくなる。
だが、親友の言葉通り、どうしてもアランのことを意識してしまう自分がいる。スリザリンのテーブルで静かに微笑む彼女の姿、翡翠の瞳、そしてその隣に寄り添うレギュラス――。目を逸らそうとしても、気づけばまた視線がそちらに引き寄せられている。
「……まったく、お前には敵わないな」と、シリウスは小声で呟き、ジェームズの方をちらりと見る。
ジェームズは、からかいながらもどこか優しい目でシリウスを見ていた。その視線に、シリウスは少しだけ救われる気がした。
「大丈夫さ、シリウス。お前はお前らしくしてりゃいいんだよ」
ジェームズの何気ない一言が、シリウスの胸の奥に静かに響いた。けれど、心の中のざわめきは、まだしばらく収まりそうになかった。
魔法史の教室は、鐘楼の中庭近くにあり、朝の柔らかな光が石造りの壁に差し込んでいた。アラン・セシールは、いつもの席に座り、隣にはやはりレギュラス・ブラックがいた。教室の空気は静かで、ビンズ先生の単調な声が遠くから響いてくる。
アランはノートを開きながら、ふと周囲の視線を感じた。スリザリンの女生徒たちが、ちらちらとこちらを見ては、ひそひそと何かを囁いている。婚約者同士だから仲が良いのは当然――そんな声が、以前から耳に入っていた。
レギュラスは、シリウスほど目立つ存在ではないかもしれない。それでも、彼の静かな気品や端正な顔立ちは、スリザリンの中でも密かに人気が高かった。アランは、レギュラスに好意を寄せる女生徒たちからの視線――羨望や嫉妬、時には憧れの混じった複雑な眼差し――を、授業中にもひしひしと感じていた。
その視線は、アランの心に小さな棘のように刺さる。自分がレギュラスの隣にいることで、誰かを傷つけているのではないか。あるいは、周囲から「幸せそう」と思われていることが、なぜか苦しく感じられる。
レギュラスは、時折アランの方を気遣うように微笑んだ。彼の優しさも、誠実さも、アランにはよく分かっている。だが、どうしてもシリウスを思う気持ちと同じ熱量を、レギュラスに向けることができない自分がいた。
「もし、レギュラスを心から好きになれたなら――今の状況を、こんなにも苦しく思わずに済むのだろうか」
アランは、そんな自問を心の奥で繰り返していた。ノートにペンを走らせながらも、心はどこか遠く、シリウスの面影を追いかけてしまう。
レギュラスの隣で過ごす時間は、穏やかで居心地が悪いわけではない。それでも、周囲の羨望や期待、そして自分自身の本心との間に、アランは静かに揺れていた。
授業の終わりを告げる鐘の音が響く。アランはそっと息を吐き、机の下で指を組んだ。誰にも見せない小さなため息が、教室の静けさに溶けて消えていった。
アランは魔法史の教室の窓辺にそっと視線を移した。外では、上級生たちが箒に乗って飛行訓練をしている。朝の光を浴びて、空に舞うローブが風に揺れていた。その光景に、アランの心は自然と遠い記憶へと引き寄せられていく。
無意識のうちに、アランはシリウスの姿を探していた。箒に乗る彼は、いつだって人一倍目立っていた。クィディッチの試合でも、スリザリンでありながらも、アランは誰よりも熱心にシリウスを応援していたことを思い出す。彼の動きはしなやかで、空を切るその姿は、まるで自由そのものだった。
どれだけ多くの生徒が空に舞っていても、アランの目はすぐにシリウスを見つけ出すことができた。彼の存在は、群れの中でも一際輝いて見える。今日は親友のジェームズ・ポッターと並んで、二人で見事な飛行を披露している。箒を操る腕前はもちろん、互いに笑い合いながら空を駆ける姿に、アランの胸は温かく満たされた。
「やっぱり、シリウスは空が似合うな……」
そう心の中で呟きながら、アランの唇には自然と微笑みが浮かぶ。苦しいことも、不安なことも、今だけはすべて忘れてしまいそうだった。窓の外のシリウスは、太陽の光を浴びて、誰よりも自由で、誰よりも遠い存在に見えた。
アランの胸には、懐かしさと少しの切なさが静かに広がっていく。それでも、こうして彼の姿を見つけられることが、何よりも嬉しかった。空を駆けるシリウスの姿は、アランの心にそっと小さな希望の光を灯していた。
「アラン、どうしたの?」
レギュラスの静かな声がすぐ隣から聞こえた。その瞬間、アランははっと我に返った。手元のノートは、途中で書きかけのまま、ページの端にインクがにじんでいる。ペン先を握る指先にも、微かな力が入っていたことに今さら気づく。
「……あ、ごめんなさい」
アランは慌ててノートに視線を戻す。けれど、頭の中にはまだ窓の外の光景が残っていた。箒に乗って空を駆けるシリウスの姿――その一挙手一投足を、無意識のうちにずっと追いかけていたのだと、今さらながら自覚する。
「アラン、先生がさっき質問してたよ」と、もう一人の友人が小声で囁いた。
「……あ、ありがとう」
アランは小さく微笑み返し、慌ててノートを取り直す。けれど、ページの上を滑るペン先は、どこかぎこちない。胸の奥に、まださっきまでの余韻が残っている。
レギュラスは、アランの横顔をじっと見つめていた。彼女が何を見ていたのか、何を思っていたのか――きっと気づいているのだろう。けれど、何も言わずにそっと隣に座り直す。その静かな気遣いが、アランには少しだけ痛かった。
窓の外では、まだ箒の影が空を舞っている。アランはそっと深呼吸をして、意識を授業へと引き戻そうとした。けれど、胸の中にはまだ、シリウスの姿が消えずに残っていた。
ノートに書き足した文字は、どこか上の空で、アランの心の揺れをそのまま映し出しているようだった。
レギュラスは、魔法史の教室でアランの様子を静かに見守っていた。彼女は窓の外に視線を向けたまま、まるで時間が止まったかのように動かない。外では、グリフィンドールの上級生たちが箒で飛行訓練をしている。その中に、シリウスの姿もあったのだろう。アランの翡翠の瞳は、空を駆ける彼を追い、時折ふっと微笑みさえ浮かべていた。
その横顔を見るたび、レギュラスの胸は締め付けられる。わかっていた。アランの心の奥には、今も兄の影が色濃く残っていることを。けれど、こうして目の当たりにすると、どうしようもなく苦しかった。
「アラン、どうしました?」
レギュラスは、できるだけ穏やかな声で彼女に声をかけた。わざと意識を授業に戻してやるためだった。アランは一瞬、はっとして振り返る。手元のノートは、途中で書きかけのままインクがじわりと滲んでいる。
「あ……ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて……」
アランは慌ててノートに視線を戻し、何でもないふりをしてペンを走らせる。その仕草が、レギュラスには痛いほど切なく映った。彼女の心がどこにあるのか、どれほど自分が努力しても、簡単には変わらないのだと改めて思い知らされる。
それでも、アランの隣にいられることが、レギュラスにとってはかけがえのない時間だった。彼女の心が自分に向く日を、ただ静かに待つしかない――そう自分に言い聞かせながら、レギュラスはそっとアランの横顔を見つめ続けた。
教室の静けさの中、二人の間には言葉にできない想いが淡く揺れていた。
家のしがらみ、行きすぎた純潔主義、息苦しいまでの伝統。それらから逃れ、自分の信じる自由を選んだことに、シリウスは一片の後悔もなかった。けれど、アランのことだけは、心の奥底でずっと引っかかっている。彼女の存在は、シリウスにとって特別だった。
アランは、夜空に浮かぶ月のような少女だった。静かで、優しくて、どこか儚い。マグルを排斥しようとする家の教育にも、純潔であることに固執する親族の思想にも、彼女はどこか疑問を抱いていた。けれど、その優しさゆえに、両親や親族を裏切ることができない。自分のように、すべてを投げ打って自由を選ぶことは、アランにはできないのだと、シリウスは分かっていた。
それでも――
「俺たちは、死ぬまで一緒だ。」
あの時、アランに向けて言った言葉を、シリウスは今もはっきりと思い出せる。あれは嘘でも、虚勢でもなかった。本心だった。あのまま、ずっと一緒にいられたらと、心から思っていた。
だが、現実は残酷だった。自分が家を捨て、グリフィンドールに入ったことで、すべては変わってしまった。アランは、家の期待と優しさの間で苦しみながらも、結局は家のために自分を手放したのだろう。レギュラスとの婚約も、彼女の意思ではなく、家の流れに従っただけなのだと、シリウスは思う。
窓の外、月が静かに浮かんでいる。アランの面影が、ふと脳裏に浮かぶ。翡翠色の瞳、静かな微笑み、そして自分にだけ見せてくれた小さな勇気。
「アラン……」
シリウスはそっと名前を呼ぶ。彼女の幸せを願う気持ちと、どうしようもない寂しさが胸に広がる。自分が選んだ自由は、彼女と引き換えだったのかもしれない。けれど、あの夜空の月のように、アランの優しさも、思い出も、決して消えることはなかった。
シリウスは静かに目を閉じ、胸の奥で、あの約束をそっと抱きしめた。
シリウスは、グリフィンドールのテーブルからふとスリザリンの方へ視線を向けた。そこには、いつものようにアランの隣に座るレギュラスの姿があった。今になってようやく気づく。きっとレギュラスも、アランを好いていたのだろう。自分がそうだったように、あの翡翠の瞳に心を奪われていたのだ。
アランは周囲から「セシール家の令嬢」「スリザリンの姫」と呼ばれている。他の純血の少女たちと比べても、その美しさと気品は際立っていた。それは、シリウス自身が彼女を特別に思っていたからかもしれない。けれど、誰の目にもアランは一際輝いて見えた。
シリウスは、今でも時折、無意識にアランを目で追ってしまう。彼女の笑顔や仕草、ふとした瞬間の表情が、どうしても頭から離れない。もし自分が伝統通りスリザリンに入っていたなら、今もアランの隣は自分だったのだろうか――そんな思いが、胸の奥で静かに疼く。
自分は家を裏切り、すべてを投げ捨てて自由を選んだ。その選択に後悔はない。だが、アランのことだけは、今でも心のどこかで許しを乞いたい気持ちが残っている。彼女は自分を許してくれるだろうか。家を捨てた自分を、今でも少しでも思い出してくれているだろうか。
大広間のざわめきの中、シリウスは静かにため息をついた。スリザリンのテーブルの一角、アランとレギュラスの並ぶ姿が、遠くて、手の届かないもののように見えた。翡翠の瞳の輝きだけが、今も胸の奥で消えずに残り続けている。
「シリウス、またセシール嬢を見てるのかい?」
ジェームズのからかうような声が、グリフィンドールのテーブルのざわめきの中で響いた。
「ちげーよ」とシリウスは即座に返す。けれど、その言葉にはどこか焦りが滲んでいた。
ジェームズの目は、いつも鋭い。どんなに誤魔化しても、シリウスの心の動きや視線の先を見逃さない。シリウスは、慌ててパンに手を伸ばし、何でもないふりを装う。だが、ジェームズはにやりと笑いながら、肘で軽くシリウスの脇腹をつついた。
「嘘つけよ。お前、さっきからずっとスリザリンの方見てただろ?」
「たまたまだよ、たまたま。……ほら、あっちの席、やけに騒がしいしさ」
話を逸らそうとする自分が、小っ恥ずかしくて仕方がない。ジェームズの前では何でも隠せると思っていたが、こうして揶揄われると、どうにも落ち着かなくなる。
だが、親友の言葉通り、どうしてもアランのことを意識してしまう自分がいる。スリザリンのテーブルで静かに微笑む彼女の姿、翡翠の瞳、そしてその隣に寄り添うレギュラス――。目を逸らそうとしても、気づけばまた視線がそちらに引き寄せられている。
「……まったく、お前には敵わないな」と、シリウスは小声で呟き、ジェームズの方をちらりと見る。
ジェームズは、からかいながらもどこか優しい目でシリウスを見ていた。その視線に、シリウスは少しだけ救われる気がした。
「大丈夫さ、シリウス。お前はお前らしくしてりゃいいんだよ」
ジェームズの何気ない一言が、シリウスの胸の奥に静かに響いた。けれど、心の中のざわめきは、まだしばらく収まりそうになかった。
魔法史の教室は、鐘楼の中庭近くにあり、朝の柔らかな光が石造りの壁に差し込んでいた。アラン・セシールは、いつもの席に座り、隣にはやはりレギュラス・ブラックがいた。教室の空気は静かで、ビンズ先生の単調な声が遠くから響いてくる。
アランはノートを開きながら、ふと周囲の視線を感じた。スリザリンの女生徒たちが、ちらちらとこちらを見ては、ひそひそと何かを囁いている。婚約者同士だから仲が良いのは当然――そんな声が、以前から耳に入っていた。
レギュラスは、シリウスほど目立つ存在ではないかもしれない。それでも、彼の静かな気品や端正な顔立ちは、スリザリンの中でも密かに人気が高かった。アランは、レギュラスに好意を寄せる女生徒たちからの視線――羨望や嫉妬、時には憧れの混じった複雑な眼差し――を、授業中にもひしひしと感じていた。
その視線は、アランの心に小さな棘のように刺さる。自分がレギュラスの隣にいることで、誰かを傷つけているのではないか。あるいは、周囲から「幸せそう」と思われていることが、なぜか苦しく感じられる。
レギュラスは、時折アランの方を気遣うように微笑んだ。彼の優しさも、誠実さも、アランにはよく分かっている。だが、どうしてもシリウスを思う気持ちと同じ熱量を、レギュラスに向けることができない自分がいた。
「もし、レギュラスを心から好きになれたなら――今の状況を、こんなにも苦しく思わずに済むのだろうか」
アランは、そんな自問を心の奥で繰り返していた。ノートにペンを走らせながらも、心はどこか遠く、シリウスの面影を追いかけてしまう。
レギュラスの隣で過ごす時間は、穏やかで居心地が悪いわけではない。それでも、周囲の羨望や期待、そして自分自身の本心との間に、アランは静かに揺れていた。
授業の終わりを告げる鐘の音が響く。アランはそっと息を吐き、机の下で指を組んだ。誰にも見せない小さなため息が、教室の静けさに溶けて消えていった。
アランは魔法史の教室の窓辺にそっと視線を移した。外では、上級生たちが箒に乗って飛行訓練をしている。朝の光を浴びて、空に舞うローブが風に揺れていた。その光景に、アランの心は自然と遠い記憶へと引き寄せられていく。
無意識のうちに、アランはシリウスの姿を探していた。箒に乗る彼は、いつだって人一倍目立っていた。クィディッチの試合でも、スリザリンでありながらも、アランは誰よりも熱心にシリウスを応援していたことを思い出す。彼の動きはしなやかで、空を切るその姿は、まるで自由そのものだった。
どれだけ多くの生徒が空に舞っていても、アランの目はすぐにシリウスを見つけ出すことができた。彼の存在は、群れの中でも一際輝いて見える。今日は親友のジェームズ・ポッターと並んで、二人で見事な飛行を披露している。箒を操る腕前はもちろん、互いに笑い合いながら空を駆ける姿に、アランの胸は温かく満たされた。
「やっぱり、シリウスは空が似合うな……」
そう心の中で呟きながら、アランの唇には自然と微笑みが浮かぶ。苦しいことも、不安なことも、今だけはすべて忘れてしまいそうだった。窓の外のシリウスは、太陽の光を浴びて、誰よりも自由で、誰よりも遠い存在に見えた。
アランの胸には、懐かしさと少しの切なさが静かに広がっていく。それでも、こうして彼の姿を見つけられることが、何よりも嬉しかった。空を駆けるシリウスの姿は、アランの心にそっと小さな希望の光を灯していた。
「アラン、どうしたの?」
レギュラスの静かな声がすぐ隣から聞こえた。その瞬間、アランははっと我に返った。手元のノートは、途中で書きかけのまま、ページの端にインクがにじんでいる。ペン先を握る指先にも、微かな力が入っていたことに今さら気づく。
「……あ、ごめんなさい」
アランは慌ててノートに視線を戻す。けれど、頭の中にはまだ窓の外の光景が残っていた。箒に乗って空を駆けるシリウスの姿――その一挙手一投足を、無意識のうちにずっと追いかけていたのだと、今さらながら自覚する。
「アラン、先生がさっき質問してたよ」と、もう一人の友人が小声で囁いた。
「……あ、ありがとう」
アランは小さく微笑み返し、慌ててノートを取り直す。けれど、ページの上を滑るペン先は、どこかぎこちない。胸の奥に、まださっきまでの余韻が残っている。
レギュラスは、アランの横顔をじっと見つめていた。彼女が何を見ていたのか、何を思っていたのか――きっと気づいているのだろう。けれど、何も言わずにそっと隣に座り直す。その静かな気遣いが、アランには少しだけ痛かった。
窓の外では、まだ箒の影が空を舞っている。アランはそっと深呼吸をして、意識を授業へと引き戻そうとした。けれど、胸の中にはまだ、シリウスの姿が消えずに残っていた。
ノートに書き足した文字は、どこか上の空で、アランの心の揺れをそのまま映し出しているようだった。
レギュラスは、魔法史の教室でアランの様子を静かに見守っていた。彼女は窓の外に視線を向けたまま、まるで時間が止まったかのように動かない。外では、グリフィンドールの上級生たちが箒で飛行訓練をしている。その中に、シリウスの姿もあったのだろう。アランの翡翠の瞳は、空を駆ける彼を追い、時折ふっと微笑みさえ浮かべていた。
その横顔を見るたび、レギュラスの胸は締め付けられる。わかっていた。アランの心の奥には、今も兄の影が色濃く残っていることを。けれど、こうして目の当たりにすると、どうしようもなく苦しかった。
「アラン、どうしました?」
レギュラスは、できるだけ穏やかな声で彼女に声をかけた。わざと意識を授業に戻してやるためだった。アランは一瞬、はっとして振り返る。手元のノートは、途中で書きかけのままインクがじわりと滲んでいる。
「あ……ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて……」
アランは慌ててノートに視線を戻し、何でもないふりをしてペンを走らせる。その仕草が、レギュラスには痛いほど切なく映った。彼女の心がどこにあるのか、どれほど自分が努力しても、簡単には変わらないのだと改めて思い知らされる。
それでも、アランの隣にいられることが、レギュラスにとってはかけがえのない時間だった。彼女の心が自分に向く日を、ただ静かに待つしかない――そう自分に言い聞かせながら、レギュラスはそっとアランの横顔を見つめ続けた。
教室の静けさの中、二人の間には言葉にできない想いが淡く揺れていた。
