第二章:彼らの戦い、彼女の葛藤
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大会2日目。幽助たちは試合がないので、てっきり皆で会いに行くのかと思いきや。
「ねー、なんでさ螢子ちゃん。幽助と会わないってなんで?」
島に着いたばかりの頃はあんなにぶっとばすと息まいていた螢子が、会いに行かないと言い出したのだ。聞けば、邪魔したくないとのこと。
「今会ったら……もうやめてって言っちゃいそうだから。」
もう少し黙って見ていたいと言う彼女に、なまえは目を細めて頭を撫でる。
「その思い、きっと幽助君に伝わるわ。」
「なまえさん……。」
自分の思いを押し付けるのではなく、相手のことを一番に考える彼女。本当に中学生かと思うほど思慮深い。
二人で微笑み合っていると、後ろから酒豪二人がのしかかってきた。
「陰ながら見守りたい!なんて健気なのかしら。昔のあたしそっくし!」
「よし、今日は飲め。私が許す。」
「もー二人とも、昨日から飲みっぱなしじゃないか!……あれ、なまえさん!どっか行くの?」
温子をべり、と剥がして立ち上がれば、ぼたんが聞いてくる。
「ええ、ちょっとホテル内の偵察にね。部屋の中はもう見てあるけど、怪しいものがないか他も一応調べておくわ。」
「それならあたしも……。」
「平気よ。」
被せるように言ったなまえに、ぼたんが少し傷ついたような顔をする。
「……大丈夫、ありがとう。」
それに気づいたなまえはにこりと笑い、そっとドアを閉めた。心から気遣ってくれている様子に、なんともむず痒いというか、気まずい。そういう感情を向けられることに慣れていないのだ。
“お父様”の指示次第では、この世界の何か大事なものを持って帰らないといけないのかもしれない。それは霊界にあるのか、魔界にあるのか、はたまたモノではなくヒトなのか。探している物の正体が彼女にも分からない以上、この世界の住人と必要以上に親しくなりたくはなかった。
――今までの任務では、平気で誰でも裏切ってきたのにね……。
なまえにとって、この護衛は本来の任務を遂行するための足掛かりにすぎないのだから。
彼女は用心深くホテル内を見回るが、意外にもおかしな点はない。考えてみればそれもそのはず。賭けに来ている人間の重役たち――要は金づるだ――も滞在しているため、危険なものを置けるはずがないのだ。
次第に張り詰めていた糸を緩ませ始めたなまえは、先ほどの螢子の顔をふと思い出す。純粋に誰かのことを思っている、あの顔だ。彼女の心に触れて温かい気持ちになったが、それと同じくらい彼女の心は痛みを感じていた。
“なまえ、ずっと一緒にいようー―。”
もう忘れたと思っていた声が、ふと脳裏で響いて足を止めてしまった。急に立ち止まりうつむく彼女を、ホテルの客やスタッフが怪訝そうに見ている。
それは彼女が今までに唯一、心を許した男の声。あのときどうすれば良かったのか、自分でも分からない。その男に聞こうにも、肝心な彼はもういない。
ぐっと前髪をかき上げ、彼女は任務へと意識を戻した。集中しなければ。大丈夫、やりきれる。
なまえは、そろそろ部屋に戻ることにした。普通に生きていたら過ごしていたかもしれない、彼女たちのいる世界へ。
次の日、試合会場前。
「もー、信じられないわ!丸一日全員酔いつぶれるなんて!」
「年だわーー、昔は酒の一升でつぶれることなんてなかったのに。」
「温子さんは三升以上飲んでますっ!」
あれからなまえが見たものは、宴会会場と化した部屋だった。あまりの惨状に逃げようと踵を返した彼女だったが、温子と静流の二人がそれを許さなかった。けっきょく彼女たちに付き合って飲む羽目になり、大会開始前までに起きられなかったのだ。
「……不覚だわ、こんなになるまで飲むなんて。」
任務の関係で酒の席に呼ばれることも少なくなかったなまえだが、決して深酒をすることはなかった。昨日あんなに飲んだのは、少し感傷に浸っていたせいかもしれない。
まだ少し痛む頭を押さえて歩いていると、こちらをじっと見つめる視線に気づく。ぼたんも気づいたらしく、その人物に声をかけた。
「あれま!?どうしたのさ、なんで雪菜ちゃんがここに……。」
「あ…やっぱりぼたんさん。なまえさんも。」
故郷に帰ったはずの雪菜だ。どうやら彼女は浦飯チームの応援に来たらしいが、入場券がなくて入れずに困っていたらしい。
「それにしてもよく人間界に来れたねぇ。」
無事に中に入れた一行は、雪菜の話を聞きながら通路を進む。
「あれから治癒能力を高める修行もしましたし、少しでも和真さんたちの手助けができればと。――でももう一つ、大きな理由があるんです。」
「ってゆーと?」
ぼたんの問いに、雪菜が答える。
「私には……兄がいると。」
その瞬間、ぼたんを取り巻く空気が変わった。明らかに様子がおかしい。なまえは直感した。これは何か隠し事をしている顔だ。だが彼女に隠し事が難しいことは、なまえは身をもって知っている。何を伏せているのかは分からないが、近いうちに打ち明けそうだと肩をすくめた。
二人の様子を後ろから見ていると、雪菜が振り返り駆け寄ってくる。微笑んで迎えると、遠慮がちに口を開いた。
「ご無事でよかったです、なまえさん。…あの時は、本当に血の気が引きました。」
胸の前でぎゅっと拳を作り悲しそうな雪菜を、隣で歩きながらなまえは見つめる。目の前で人が撃たれるところを見せてしまった。少女にはつらかっただろうと、彼女は眉を寄せる。
「…嫌な思い、させてごめんね。」
「いいえ、違います!嫌な思いなんて……私は、ただただ心配だったんです。」
「え……?」
全く予想していなかった言葉に、思わず足を止めてしまう。動悸がする。
「あの…?」
雪菜の戸惑いに、前を行く女性陣も振り返った。
――心配?私を?なんで……。
昨日のぼたんも、一人でホテル内を偵察すると言った彼女を気にしていた。なぜこうも、この世界の住人は他人のことを気にかけるのか。なまえの脳裏に、この世界に来る前の出来事が思い浮かぶ。
『任務遂行が第一だ。身の安全を考えるな。』
『万が一あなたがダメでも、また次を送ります。…ですが、出来るだけの仕事はしてくださいね。』
『何のための特殊スーツだと思ってるんだ。手足が動く限りはやれ。』
『キミならできるよね、あんなに訓練したんだから。』
同僚や科学者、そして“お父様”からの言葉――指示、叱責、非難。
なまえも、もちろん彼らの言うとおりだと思っていた。それが彼女の任務であり役目、存在意義だから。
“養成機関トップの実力を誇る私は、これぐらい出来て当然だ。”
任務中に問題が発生したとき、なまえがいつも心で唱えていた言葉だった。実際に彼女は座学でも体術でも優秀であり、加えて毒薬の知識も自主的に身に着けたほどだ。だがその言葉が自分の内から出た言葉なのか、誰かから言い聞かされていた言葉なのか、唱え続けるうちに分からなくなっていった。
「…私には、心配は無用よ。…プロだもの。」
女性たちの視線に耐えきれなくなり、いつもの笑顔で雪菜に笑いかけた。しかし未だに悲しそうな顔をしている。彼女にこんな顔はさせたくない。
どうすればいいかと困っていたなまえに、「それは理由にならないよ。」と誰かがポン、と肩を叩いた。静流だ。
「友達とか大事な人が危ない目に遭ってたら、心配するのは当然だよ。だって嫌でしょ?その人に何かあったら。」
“大事な人”。そう言われ、彼女はまた彼を思い出す。任務中に出会い、そして命を落としてしまった、元恋人を。ずっと一緒にいようと言ってくれた、彼のことを。
どこかプログラムのようだったなまえの表情が、少し和らいだ。その変化に静流が満足そうに笑い、彼女の背中を押した。
「…ありがとう雪菜ちゃん。心配してくれて。」
促された背中の手に従い、彼女に改めて礼を言う。打算も何もない、彼女の心から自然と出た言葉だ。
目の前の氷の妖怪は、「もう無茶はしないでくださいね。」と嬉しそうに笑ってくれた。
「あ!桑原君だわ!」
観客席に入り、螢子が指を指す。ボロボロの桑原が、黒髪の細身の男に一方的に殴られていた。飛影と覆面の選手は、なぜかテントの下にいる。視線をもう少しずらすと、リングにもたれかかるように座る蔵馬を見つけた。その体には植物が巻き付いている。
「いったい何が……。」
血だらけで目をつむる彼に、なぜか寒気がした。
「カズのやつ…もっと気張んなさいよ。」
ずかずかと歩いていく静流に続き、一行は観客席の最前列にたどり着く。すると間もなくして、大きく目を見開いた桑原がこちらをばっと振り返った。正確には、彼女たちの中にいる雪菜をだ。
「貴様どこを見ている!!」
よそ見をした桑原に相手が怒りの一撃を入れようとしたが、「てめーはどいてろ!!」と返り討ちにされた。そのまま場外まで吹っ飛び、壁に激突する。
「雪菜さんっ!来てくれたんスか!!」
「和真さん大丈夫ですかーー!?」
「わははは、全っ然ヘーキですよ!!」
試合そっちのけで、雪菜と言葉を交わす桑原。よっぽど嬉しいようで、顔がだらしなく緩んでいる。
そしてもう一人、雪菜を見つけて目を丸くする人物が一人。飛影だ。今まで鋭い目つきの彼しか見たことのなかったなまえは、首を傾げる。
――そういえば垂金の屋敷にも来てたのよね、彼。単独で……。
そこまで考えて、はっとした。だが、早計だとかぶりを振る。何も証拠はないし、こういうデリケートな問題は直感だけに頼るのは良くない。
どうやら桑原の先ほどの一撃で、この試合は終わったらしい。幽助に肩を借りながら歩く蔵馬と目が合った。なまえに気づくなりいつもの笑みを浮かべるが、その姿は痛々しい。
なまえは、昨日自分で考えていたことを思い出した。この世界の住人とあまり親しくなるべきではない。だがあまりにも出血がひどい。彼女は妙に焦った。せめて止血剤だけでも渡したいと、急いで自分の荷物を取りに部屋へ戻った。
「ねー、なんでさ螢子ちゃん。幽助と会わないってなんで?」
島に着いたばかりの頃はあんなにぶっとばすと息まいていた螢子が、会いに行かないと言い出したのだ。聞けば、邪魔したくないとのこと。
「今会ったら……もうやめてって言っちゃいそうだから。」
もう少し黙って見ていたいと言う彼女に、なまえは目を細めて頭を撫でる。
「その思い、きっと幽助君に伝わるわ。」
「なまえさん……。」
自分の思いを押し付けるのではなく、相手のことを一番に考える彼女。本当に中学生かと思うほど思慮深い。
二人で微笑み合っていると、後ろから酒豪二人がのしかかってきた。
「陰ながら見守りたい!なんて健気なのかしら。昔のあたしそっくし!」
「よし、今日は飲め。私が許す。」
「もー二人とも、昨日から飲みっぱなしじゃないか!……あれ、なまえさん!どっか行くの?」
温子をべり、と剥がして立ち上がれば、ぼたんが聞いてくる。
「ええ、ちょっとホテル内の偵察にね。部屋の中はもう見てあるけど、怪しいものがないか他も一応調べておくわ。」
「それならあたしも……。」
「平気よ。」
被せるように言ったなまえに、ぼたんが少し傷ついたような顔をする。
「……大丈夫、ありがとう。」
それに気づいたなまえはにこりと笑い、そっとドアを閉めた。心から気遣ってくれている様子に、なんともむず痒いというか、気まずい。そういう感情を向けられることに慣れていないのだ。
“お父様”の指示次第では、この世界の何か大事なものを持って帰らないといけないのかもしれない。それは霊界にあるのか、魔界にあるのか、はたまたモノではなくヒトなのか。探している物の正体が彼女にも分からない以上、この世界の住人と必要以上に親しくなりたくはなかった。
――今までの任務では、平気で誰でも裏切ってきたのにね……。
なまえにとって、この護衛は本来の任務を遂行するための足掛かりにすぎないのだから。
彼女は用心深くホテル内を見回るが、意外にもおかしな点はない。考えてみればそれもそのはず。賭けに来ている人間の重役たち――要は金づるだ――も滞在しているため、危険なものを置けるはずがないのだ。
次第に張り詰めていた糸を緩ませ始めたなまえは、先ほどの螢子の顔をふと思い出す。純粋に誰かのことを思っている、あの顔だ。彼女の心に触れて温かい気持ちになったが、それと同じくらい彼女の心は痛みを感じていた。
“なまえ、ずっと一緒にいようー―。”
もう忘れたと思っていた声が、ふと脳裏で響いて足を止めてしまった。急に立ち止まりうつむく彼女を、ホテルの客やスタッフが怪訝そうに見ている。
それは彼女が今までに唯一、心を許した男の声。あのときどうすれば良かったのか、自分でも分からない。その男に聞こうにも、肝心な彼はもういない。
ぐっと前髪をかき上げ、彼女は任務へと意識を戻した。集中しなければ。大丈夫、やりきれる。
なまえは、そろそろ部屋に戻ることにした。普通に生きていたら過ごしていたかもしれない、彼女たちのいる世界へ。
次の日、試合会場前。
「もー、信じられないわ!丸一日全員酔いつぶれるなんて!」
「年だわーー、昔は酒の一升でつぶれることなんてなかったのに。」
「温子さんは三升以上飲んでますっ!」
あれからなまえが見たものは、宴会会場と化した部屋だった。あまりの惨状に逃げようと踵を返した彼女だったが、温子と静流の二人がそれを許さなかった。けっきょく彼女たちに付き合って飲む羽目になり、大会開始前までに起きられなかったのだ。
「……不覚だわ、こんなになるまで飲むなんて。」
任務の関係で酒の席に呼ばれることも少なくなかったなまえだが、決して深酒をすることはなかった。昨日あんなに飲んだのは、少し感傷に浸っていたせいかもしれない。
まだ少し痛む頭を押さえて歩いていると、こちらをじっと見つめる視線に気づく。ぼたんも気づいたらしく、その人物に声をかけた。
「あれま!?どうしたのさ、なんで雪菜ちゃんがここに……。」
「あ…やっぱりぼたんさん。なまえさんも。」
故郷に帰ったはずの雪菜だ。どうやら彼女は浦飯チームの応援に来たらしいが、入場券がなくて入れずに困っていたらしい。
「それにしてもよく人間界に来れたねぇ。」
無事に中に入れた一行は、雪菜の話を聞きながら通路を進む。
「あれから治癒能力を高める修行もしましたし、少しでも和真さんたちの手助けができればと。――でももう一つ、大きな理由があるんです。」
「ってゆーと?」
ぼたんの問いに、雪菜が答える。
「私には……兄がいると。」
その瞬間、ぼたんを取り巻く空気が変わった。明らかに様子がおかしい。なまえは直感した。これは何か隠し事をしている顔だ。だが彼女に隠し事が難しいことは、なまえは身をもって知っている。何を伏せているのかは分からないが、近いうちに打ち明けそうだと肩をすくめた。
二人の様子を後ろから見ていると、雪菜が振り返り駆け寄ってくる。微笑んで迎えると、遠慮がちに口を開いた。
「ご無事でよかったです、なまえさん。…あの時は、本当に血の気が引きました。」
胸の前でぎゅっと拳を作り悲しそうな雪菜を、隣で歩きながらなまえは見つめる。目の前で人が撃たれるところを見せてしまった。少女にはつらかっただろうと、彼女は眉を寄せる。
「…嫌な思い、させてごめんね。」
「いいえ、違います!嫌な思いなんて……私は、ただただ心配だったんです。」
「え……?」
全く予想していなかった言葉に、思わず足を止めてしまう。動悸がする。
「あの…?」
雪菜の戸惑いに、前を行く女性陣も振り返った。
――心配?私を?なんで……。
昨日のぼたんも、一人でホテル内を偵察すると言った彼女を気にしていた。なぜこうも、この世界の住人は他人のことを気にかけるのか。なまえの脳裏に、この世界に来る前の出来事が思い浮かぶ。
『任務遂行が第一だ。身の安全を考えるな。』
『万が一あなたがダメでも、また次を送ります。…ですが、出来るだけの仕事はしてくださいね。』
『何のための特殊スーツだと思ってるんだ。手足が動く限りはやれ。』
『キミならできるよね、あんなに訓練したんだから。』
同僚や科学者、そして“お父様”からの言葉――指示、叱責、非難。
なまえも、もちろん彼らの言うとおりだと思っていた。それが彼女の任務であり役目、存在意義だから。
“養成機関トップの実力を誇る私は、これぐらい出来て当然だ。”
任務中に問題が発生したとき、なまえがいつも心で唱えていた言葉だった。実際に彼女は座学でも体術でも優秀であり、加えて毒薬の知識も自主的に身に着けたほどだ。だがその言葉が自分の内から出た言葉なのか、誰かから言い聞かされていた言葉なのか、唱え続けるうちに分からなくなっていった。
「…私には、心配は無用よ。…プロだもの。」
女性たちの視線に耐えきれなくなり、いつもの笑顔で雪菜に笑いかけた。しかし未だに悲しそうな顔をしている。彼女にこんな顔はさせたくない。
どうすればいいかと困っていたなまえに、「それは理由にならないよ。」と誰かがポン、と肩を叩いた。静流だ。
「友達とか大事な人が危ない目に遭ってたら、心配するのは当然だよ。だって嫌でしょ?その人に何かあったら。」
“大事な人”。そう言われ、彼女はまた彼を思い出す。任務中に出会い、そして命を落としてしまった、元恋人を。ずっと一緒にいようと言ってくれた、彼のことを。
どこかプログラムのようだったなまえの表情が、少し和らいだ。その変化に静流が満足そうに笑い、彼女の背中を押した。
「…ありがとう雪菜ちゃん。心配してくれて。」
促された背中の手に従い、彼女に改めて礼を言う。打算も何もない、彼女の心から自然と出た言葉だ。
目の前の氷の妖怪は、「もう無茶はしないでくださいね。」と嬉しそうに笑ってくれた。
「あ!桑原君だわ!」
観客席に入り、螢子が指を指す。ボロボロの桑原が、黒髪の細身の男に一方的に殴られていた。飛影と覆面の選手は、なぜかテントの下にいる。視線をもう少しずらすと、リングにもたれかかるように座る蔵馬を見つけた。その体には植物が巻き付いている。
「いったい何が……。」
血だらけで目をつむる彼に、なぜか寒気がした。
「カズのやつ…もっと気張んなさいよ。」
ずかずかと歩いていく静流に続き、一行は観客席の最前列にたどり着く。すると間もなくして、大きく目を見開いた桑原がこちらをばっと振り返った。正確には、彼女たちの中にいる雪菜をだ。
「貴様どこを見ている!!」
よそ見をした桑原に相手が怒りの一撃を入れようとしたが、「てめーはどいてろ!!」と返り討ちにされた。そのまま場外まで吹っ飛び、壁に激突する。
「雪菜さんっ!来てくれたんスか!!」
「和真さん大丈夫ですかーー!?」
「わははは、全っ然ヘーキですよ!!」
試合そっちのけで、雪菜と言葉を交わす桑原。よっぽど嬉しいようで、顔がだらしなく緩んでいる。
そしてもう一人、雪菜を見つけて目を丸くする人物が一人。飛影だ。今まで鋭い目つきの彼しか見たことのなかったなまえは、首を傾げる。
――そういえば垂金の屋敷にも来てたのよね、彼。単独で……。
そこまで考えて、はっとした。だが、早計だとかぶりを振る。何も証拠はないし、こういうデリケートな問題は直感だけに頼るのは良くない。
どうやら桑原の先ほどの一撃で、この試合は終わったらしい。幽助に肩を借りながら歩く蔵馬と目が合った。なまえに気づくなりいつもの笑みを浮かべるが、その姿は痛々しい。
なまえは、昨日自分で考えていたことを思い出した。この世界の住人とあまり親しくなるべきではない。だがあまりにも出血がひどい。彼女は妙に焦った。せめて止血剤だけでも渡したいと、急いで自分の荷物を取りに部屋へ戻った。