第一章:落ちた世界は
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「うっ……。」
全身がひどく痛む。目を開けると、かすむ目がうっすらと何かを映し出す。数回瞬きをしてピントを合わせると、それが木目の天井だということが分かった。
「目が覚めたようだね。このまま起きないかと思ったよ。」
聞きなれない声になまえが視線を寄越すと、そこには小柄な老婆がちょこんと座っていた。
「……っ、ゴホゴホっ、」
「鉛の球を背中にぶち込まれたんだ、そりゃあ息するのもしんどいはずさ。」
ここはどこかと尋ねようと無警戒に息を吸ったところ、激しく咳込んだ。特殊な素材でできている彼女のボディスーツは、体に衝撃が加わると強く硬化するようになっている。だが伝播する衝撃の全ては緩衝できないため、内臓へと負担がかかる。実際、彼女の中身はボロボロだった。
意識してゆっくりと呼吸しながら、自分に何があったのかを思い出す。そして一番気になっていたことを真っ先に聞いた。
「ゆ、ゆき…な、ちゃんは……。」
絞り出す声で、捕らわれていた妖怪のことを心配する彼女に、老婆は口の端を上げる。
「無事だ。幽助と桑原が助け出して、今は自分の故郷に帰った。……コエンマのとこの使いが見届けたよ。」
「よか、た……。」
「それとあんた、蔵馬に礼を言っときな。会ったことあるだろ?あいつもあんたの手当てをしてくれたよ。」
「え……、」
意外だ。なまえは率直にそう思った。
なぜ彼が、と尋ねようとしたところ、唐突な頭痛と吐き気に襲われる。起きていられるだけの酸素が体に足りていないのだろう。
「ゆっくり休みな。ここは安全だ。」
老婆が胸に手を当ててくれる。それがなぜかとても心地良く、息苦しかったのが楽になった気がした。
段々とぼやけていく視界に抗わず、彼女はそのまま眠りに落ちた。
「……。」
なまえが二度目に目を覚ました時、あんなにひどかった頭痛はなくなっていた。呼吸も最初よりはしやすい。
あれから何日か経っているのだろうか。誰かがいる気配に彼女が視線を巡らせると、足元の方の壁に蔵馬がもたれかかって座っていた。
「……大丈夫ですか?」
「ええ……。」
ゆっくりと起き上がりながら、自分の体を確かめてみる。すると、前起きたときは気づかなかったが馴染みのない服を着ているのが分かった。
「ぼたんが着替えさせてくれたんです。」
寝起きのぼーっとした頭でその言葉を聞くも、じゃああのボディスーツはどこかと焦る。あれには双錘やナイフ、毒薬など、彼女の危なっかしい武器がたくさん仕込まれているのだ。
きょろきょろとしていると、蔵馬が指を指しているので振り返る。壁際の小さな棚の上に置いてあった。
「……あなたの国の技術はすごいですね。銃で撃たれても痣が残る程度で済むなんて。まあ、体の内側はひどかったですが。無茶しすぎですよ。」
なまえにあたたかい飲み物の入った湯飲みを渡す。独特な香りに顔をしかめた。
「……薬湯です、飲んでください。」
大人しく口をつけ、先日の老婆の言葉を思い出す。そうだ、彼も治療をしてくれたのだ。
「蔵馬君、だっけ。手当てありがとう。」
「いえ、外傷が無かったから、オレはそこまで何もしてません。幻海師範の霊波動が効いたんでしょう。……しかし、すみませんでした。」
気になる単語も聞こえたが、その後の唐突な謝罪になまえは戸惑う。首をかしげて続きの言葉を待っていると、遠慮がちに蔵馬が口を開いた。
「患部を確認するためとはいえ、その、……肌に触れてしまったので。」
「ああ、そんなこと?……別に構わないわよ。」
申し訳なさそうに話す彼に、なぜか少し苛立ちを覚えた。いや、彼女には、本当はその理由が分かっていた。
女の身でありながらある意味では女を捨て、そして仕事のためには女であることを最大限に利用する。
彼女は、そうやって矛盾だらけで生きてきた。だから、今さら女性として心配などされたくなかった。その一面は、なまえが故意に捨てた人生なのだから。
「そういえば、ここはどこ?誰かが運んでくれたのよね。」
話題を変えたくて、疑問に思っていたことを聞いた。それに先ほどの老婆も気になる。
「あなたが倒れているのを飛影が見つけて、幽助に託したんですよ。あなたに息があることを知って、雪菜ちゃんも安心していたらしいです。」
「そう……。」
なまえは雪菜の優しい眼差しを思い出し、顔をほころばせた。分厚い仮面に隠れた彼女の素の部分を見た気がして、蔵馬は微かに目を見開く。
「その飛影、っていうのは?あなたたちの仲間?」
「ええ、そんなもんです。」
「じゃあその人にもお礼言わないと……。」
いったいどれだけの人間の世話になったのかと、ため息をついて頭を抱える。
「まったく、自分が情けないわ……。私が大丈夫なのは、少し見れば分かったはずでしょう?あのままあそこに置いといてくれてもよかったのに。ほっといても起きるんだから。」
それは違う、と蔵馬が言いかけたところで、障子がすっと開いた。
「そりゃコエンマが許さないだろう。こっちにいる間の身の安全は、保障するって話だったんだろ?」
「幻海師範。」
蔵馬がそう呼んだその人は、なまえが最初に目を覚ました時に座っていた老婆だった。
「あなたは……。」
「この家に住んでるモンだよ。」
「なまえさん、この方は幻海師範。霊力をあやつる霊光波動拳の高名な使い手で、幽助の師匠なんだ。」
なまえは老婆をまじまじと見る。
――霊力をあやつる……。
「……あなたが私に手をかざしてくれた時、呼吸が楽になったんです。もしかして、それが?」
「あたしの霊波動は、本来そういうことに使われるものだからね。」
難なく言ってのける幻海に、なまえは目を見張る。おそらく手術もなく彼女の内臓を治せたのは、その力のおかげだろう。彼女の国は全てが科学の力で動いていたため、その無限の可能性に恐れすら感じる。
「なまえ、っていったかね。あんたの面倒はコエンマから頼まれてる。自分の国に帰れるようになるまで、ここで預かってやるよ。」
「え……?」
「ただし!」
行く当てのないなまえにとって、ここに住まわせてくれるのは願ってもいないことだ。拠点があるだけで調査は一気にしやすくなる。一瞬のうちに目を輝かせた彼女に釘を刺すように、幻海が人差し指をつきつける。
「家事はやってもらうよ。」
「う、ちょっと……自信がないわ。」
「それなら、あたしが徹底的に叩き込んでやるよ。」
「……。」
完璧に見えた彼女にも苦手なことがあるのかと、蔵馬は笑いそうになるのを堪える。
かくしてなまえは、幻海邸に身を寄せることとなった。