第一章:落ちた世界は
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ぼたんは目を覚ました。まだ頭がガンガンとするが、何とか起き上がれそうだ。
「ぼたんさん!よかった……!」
泣き始めた螢子をよしよしとなだめ、側に立っている女を盗み見る。全身黒のボディスーツに、栗色の髪。
間違いない、コエンマの言っていた女だ。
見つけたら確保せよとのことだが、奴らに対するあんな身のこなしを見ては気が引ける。
「じゃあ、私はこれで行くわね。」
女がゆっくりと歩きだす。まずい、きっと上司はモニターで見ているだろう。ここでみすみす逃がしたらなんて言われるか。不自然を承知で声をかけた。
「ま…待っとくれ!あたし、この子――螢子ちゃんを家に送りたいんだけど、まだ少しふらつくんだ。途中で何かあっても困るし……一緒に来てくれないかい?」
ぴたりと動きを止めた女を祈るように見ていたぼたんだったが、振り返った彼女の顔は思いのほかにこやかだ。着いてきてくれそうな雰囲気に、彼女は胸を撫でおろした。
なぜ教師たちがいきなり襲ってきたのか、幽助はいま何をしているのか。事情を説明しろと食い下がる螢子を雪村食堂へと無理やり送り届けた帰り。ぼたんとなまえの二人は夕焼けの中歩いていた。
ぼたんは、魔回虫の件が片付いたら少しは仕事に余裕もできるかと思っていたが、また新たな問題が浮上したことに疲弊する。しかし、上司からの指示に逆らうことなど出来ない。少し前を歩いていた彼女は意を決し、振り返る。女がこちらを見た。
「単刀直入に言うよ。……あんた、こことはちがう世界から来たね?」
女は穏やかな表情をしている。ザァ、と風が吹き抜け、彼女の顔が髪で一瞬隠れた。
「あたしの上司がね、次元の狭間が開くのを見てたんだ。中から出てきたのは、栗色の髪に全身黒のボディスーツを着た女……。あんただろ?その女の人って。いったいこの世界に、何しに来たのさ?」
なまえは、自分が違う世界から来たことはバレていても、何をしに来たのかは知られていないことに着目した。
任務中によくする人当たりの良い笑顔を浮かべながら、ぼたんの顔を見つめる。
「……なんだ、分かってたの。それなら丁度いいわ。」
ぼたんが小首をかしげた。丁度いい、彼女なら簡単に信用してくれそうだ。
「実は、助けてほしいの。」
そのまま二人が向かった先は、そう遠くない一軒家。インターホンを押すと、中からすらっとした女性が出てきた。
「こんにちは。あの、桑原君は……。」
「ああ、カズ?いるにはいるけど……。」
ぼたんと女性が二言三言話し、家の中に招かれる。女性が後ろで「あいつまた変なことに首突っ込んで……。」とぼやいているのが聞こえた。
二階へ上がると何やら話し声が聞こえる。だがガチャリとドアを開けると、開いた窓のカーテンが揺れているだけだった。
「やぁ、ぼたん。」
「蔵馬!」
蔵馬と呼ばれた少年は、腹部に自分で包帯を巻いているところだ。そしてベッドに一人と、床に一人。それぞれに少年が寝ている。ベッドの少年はだいぶ顔色が悪いようだった。
「さっきまで飛影もいたんですが、今出て行きましたよ。」
「みんな傷だらけ……。あ!幽助の霊気が!」
「ああ、そうとう無茶したみたいだ。桑原君が少し霊気を分けてくれたから命に別状はないけど……。それよりぼたん、そちらの女性は?」
彼はめくっていたシャツを戻し、動揺しているぼたんを落ち着かせながら尋ねる。彼女がここに連れてくるということは、少なくとも一般人ではないだろうと彼は踏んでいた。
「ああ、蔵馬。この人は……。」
様子を窺うように、なまえを見る。事情を誰に知られたところで構わないと、彼女はにこりと微笑んだ。
「この人は、こことは違う世界から来たんだよ。……コエンマ様が次元の狭間から出てくるのを見たって。えっと……。」
そういえば名乗っていなかったと思い出す。
「なまえよ。」
「なまえさんね、あたしはぼたんちゃんよ、よろしくね!」
「ちょ、ちょっと待ってください。次元の狭間って?」
蔵馬が片手を挙げて制した。
「次元の狭間ってのは、あたしたちの世界とはまた別の世界との間の空間……通り道ってやつかね?それぞれの世界が干渉し合わないように、ちょいと隙間があるのさ。そうそう滅多なことじゃ開かないって、あのコエンマ様も言って…た、けど……。」
ぼたんは人差し指を立てて得意げに話していたが、自分の言葉にはっとしながらなまえを見る。もしかしてこの女性は、とんでもないことをしたのではないかと今更ながらに冷や汗をかいた。
この世界にとっては、次元を渡ることはメジャーではないらしい。その辺りも含めて、なまえは自分のことを話すことにした。だがすべてではない。嘘を語るときは少しずつ真実を交えて、信ぴょう性を持たせるように。諜報活動の基本である。
「じゃぁまず、私がどうやって次元を渡って来たかの説明ね。」
腕を組み、壁にもたれる。
「とてもシンプルよ。うちの国は科学の発展が凄まじくてね、優秀な科学者が総動員で開発したの。……次元転送装置をね。」
「では、そちらの世界では別の次元の存在を、みんなが当たり前に知っているんですか?」
蔵馬が尋ねる。
「ええ、そうよ。だからてっきりこっちでも普通だと思ってたけど、違うのね。……これじゃ帰れないかも。」
「帰れない?」
眉を下げるなまえに、ぼたんが反応する。
「ええ。私ここに来る前に、助けてほしいって言ったでしょ?それがコレ。元の世界に帰してほしいって、お願いしようと思ってたの。……でもどうやら、方法は無さそうね。」
「ちょいと待っておくれ!そもそもなんでこの世界に来たのさ?何か目的があるんだろ?それなのに、来てすぐに帰りたいだなんて……。」
やっと来たと、なまえは脳内で台本のページをめくる。ここからは完全にフィクションだ。
「なんとも間抜けな話なんだけど、この世界に来たかったわけじゃなくってね。ほんとは敵の国に潜入するはずだったの。……ただ、装置に何かトラブルがあったみたいで、転送途中にこの世界に落ちちゃって……。」
「てことは、あんたは……。」
「そう、ただの無駄足。通信機器も壊れちゃってるし、これじゃお迎えも頼めないわ。落ちた場所を調べてもらって、向こうから誰か来るのを待つしかないわね。」
やれやれとため息をついた。
即興にしてはいい台本だったと、なまえは自分を鼻にかける。だがもちろん嘘だ。彼女はしっかりと任務を課されてこの世界へとやってきている。この世界から漏れ出る強大なエネルギーの正体を掴み、持って帰って来いというボスからの――“お父様”からの任務だ。
「さきほど敵の国に潜入、と言ってましたが、それがあなたの役割…ですか?」
蔵馬が尋ねてきた。
いつもの笑顔で彼を見るが、こういうタイプはどうもやりにくい。なまえの言葉から得られる情報をフルに活用し、まるで彼女を分析しようとしているようだ。
彼は賢い。こういう相手には下手な嘘はつかないほうがいい。
「ええ、ご名答。私はスパイとして、国のために働いてるわ。今回も、敵国が怪しい動きをしてたから……。でも、同じ世界の中で次元転送装置を使ったのがダメだったのね。侵入経路をごまかすために使えって言われたけど、けっきょくは失敗だわ。」
なまえは再びため息をつく。わざとらしいかとも思ったが、もし今の話が本当だったらと考えたら気が滅入る。またため息をついてしまった。
「スパイねぇ……。」
「どうしました?ぼたん。」
何やら顎に手を当て、考え事をしている様子である。うーん、と一人で唸っていたと思ったら、ポン、と櫂を手品のように出した。
「とりあえずあたしは、なまえさんのことをコエンマ様に報告してくるよ!蔵馬、あとはちょいとよろしくねー!」
元気に挨拶をしたと思ったら、そのまま櫂に乗って空へと消えていく。
「……え?」
目を丸くするなまえに、今度はこちらが説明する番ですね、と蔵馬が苦笑した。
「じゃあぼたんちゃんは、死神みたいなものなのね。」
蔵馬は霊界のことを話し、なぜコエンマという人物が、なまえがやってきたことを知ることが出来たのかを説明した。閻魔大王に息子がいたとは初耳である。しかし、閻魔様と言えば地獄では……?
「もしかしてさっきの操られていた人たちも、そういう霊界絡みで……?」
「ああ、あれは違いますよ。」
「……。」
続く言葉を待つが、彼の口から発せられることはない。人当たりの良い笑顔を浮かべているが、必要以上を話さないところを見ると、内心では彼女を警戒しているらしい。
いきなり別の世界から来たなどと話す女が、よりにもよって自分はスパイだと言う。信用しない方がいいに決まっている。頭の切れる少年らしいと考えていると、
「うっ……。」
床にいたリーゼントの少年が起きたようだった。しかし今更だが、床に寝かされているのはどうなのだろう。
「大丈夫?桑原君。」
起き上がろうとする彼を、蔵馬が支える。
「おう……。あー、さすがにクラクラすんなぁ……。って、んん!?」
桑原が大きく目を見開いた。
「どうした!?」
痛みは仕方ないが、だいたいの怪我の治療は済んだはずだと焦る蔵馬。だがどんどんと血色の良くなっていく彼に、無駄な心配だったと表情が消えていく。
「な、なんでぇ、この美人なねーちゃん!蔵馬、オメーの知り合いか!?」
「まぁ、知り合いと言えば、そうですかね……。オレもさっきぼたんに紹介されたばかりですよ。」
蔵馬は彼に呆れながらも、なまえを改めて見る。スタイルのいい体、艶のあるウェーブがかった髪、ふっくらとした唇。彼女を前にした男子中学生としては、正しい反応だろう。
蔵馬が一から彼女のことを紹介していると、ぼたんが再びやって来た。
「あ、桑ちゃん起きたのかい?いやぁ大変だったねぇー。」
「大変だったねーって。そりゃねぇぜぼたんちゃん、他人事みてーに。」
にょほほ、とごまかすぼたんだったが、なまえを見ると「あ、そうそう」と両手を打って話し始めた。
「なまえさん、あんたを見込んで霊界から頼みがあるんだ。」
その様子に、何事かと男二人も成り行きを見守る。
「ある屋敷に潜入してほしいって、コエンマ様からの依頼だよ。」