第二章:彼らの戦い、彼女の葛藤
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何を言い出すのかと蔵馬が息巻くが、こちらを振り返る桑原の目に何も言えなくなる。彼の中ではもう決まったことだった。
「コエンマ、あんた浦飯に命かけてくれたな。オレもかけるぜ。しけた命だが…根が負けず嫌いでな!」
桑原が戸愚呂に向かって走る。
「浦飯ィーーー!!!」
彼が友の名を叫ぶのと、戸愚呂が幽助の前から消えたのは同時だった。
静寂。
戸愚呂の指の第一関節辺りまでが、桑原の左胸に消えていた。
世界が止まる。
なまえの視界の隅で、静流が拳を握りしめたのが分かった。震えていた。
「てめェ…は、こんなもんじゃねェ…はずだろ?オレを幻滅……させる…な……よ」
世界が再び動き出したのは、そう言って彼が倒れ込んだときだった。仲間たちが弾かれたように一斉に駆け寄る。
「桑原君!!」
真っ先に彼の体を支えに行った蔵馬が、叫ぶように彼の名を呼ぶ。だが返ってこない返事を聞き、ぎゅっと目を瞑った。幽助には、それだけでじゅうぶんだった。
ゆらり、と力なく立ち上がる。そして消えたと思ったら、戸愚呂の背後に姿を現していた。幽助を振り返る異形の男の表情は、意外にも驚きに満ちている。
「なさけねェ。仲間一人、助けられねェよ…」
小さく呟く幽助はひどく悲しく、それでいて穏やかだ。不気味な静けさを纏う彼に、今までの幽助の気ではないと蔵馬が驚いている。戸愚呂を見ているようでどこか遠くを見ているような目で、彼は続けた。
「許せねー…。誰より、自分自身 を許せねーよ……」
「ふっきれたな」
今までとは違う様子の幽助に、無だった戸愚呂の表情がだんだんと歓喜に歪む。喜びを抑えきれないと言った様子だ。
「感謝してもらおう浦飯!!お前は今確実に強い!!オレと同じ強さの境地に近づきつつあるのだ!!」
「あんたと……同じ……?」
幽助の目に光が戻ってきた。
「違う…違う!!」
「どこが違う!!?」
幽助が激しく否定するも、戸愚呂に殴り飛ばされる。今までと同じように瓦礫に突っ込むが、それほど効いていないはずだと戸愚呂は断言した。それは立ち上がる幽助の表情を見れば、なまえの目にも明らかだった。彼らの強さは近づきつつある。だが、もっと根本的なところが、きっと彼らは違う。
戸愚呂は幽助に対し、”他の全てを捨ててでも強くなりたいだろう“と語りかける。無力感に苛まれ絶望の淵に立っている彼は、一歩間違えればその言葉通り全てを投げ出してしまうかもしれない。しかしそれは幸いにも、幽助には届かなかった。代わりに、観客席で見守るなまえの心にチクリと刺さる。優秀なスパイであるために、仲間を切り捨ててでも任務を遂行してきた過去の彼女と、そして組織と、考え方がまるで同じだったからだ。
「オレは捨てられねーよ。みんながいたからここまでこれたんだ」
幽助が静かに告げた言葉に、無意識に目を伏せていたなまえは息を詰まらせる。顔を上げると、なぜか涙が出そうだった。傷だらけでボロボロの彼が輝いて見える。しかし戸愚呂はその言葉に異様に憤り、彼の考え方を甘いと切り捨てた。
「もうお前は一人でじゅうぶんなのだ。それが分からないかね!!」
今までになく感情をさらけ出して幽助に向き合っているのは、やはり本気だからだろう。己の言葉にYESと言わない幽助に、残りの仲間も消してしまおうと戸愚呂が踵を返す。だがそんな彼を難なく引き留めながら、幽助は胸の内をぽつりと話し始めた。心のどこかで、敵である戸愚呂の圧倒的な強さに憧れていたのだと。
「ばーさんが何度も何度も教えてくれたのに。…あんたが捨てたものの重みが、ようやく……分かりやがった」
幽助の瞳が、より一層輝き始めた。もう彼の中に迷いはない。蔑むように見下ろす戸愚呂をしっかりと見返す。
「オレは捨てねーーー!!しがみついてでも守る!!」
「……やはりお前は幻海の弟子だ。所詮そのレヴェルなのだな」
「もう誰もお前に殺させねー。そのためにてめーを倒す!!」
言い切った幽助に、笑みを浮かべながら出来るのかと問う戸愚呂。だが次の瞬間、凄まじい衝撃が彼を襲った。宙に浮く体は制御がきかず、首がひどく曲がっている。そしてその身を切る風から、自分が幽助に殴り飛ばされたことを理解した。受け身も取れず瓦礫へ体当たりするように突っ込んだが、ふと気が付くと巨大な光の塊が眼前にある。それが幽助の霊丸だと分かったときには、彼の後ろの瓦礫、そして観客席は、森を越えて遥か海まで消し飛んでいた。
「次が最後の一発だ。オレの全ての力をこの一発に込める」
幽助の指先が真っ直ぐに戸愚呂を指す。
「あんたが魂を捨てた代わりに得た力全部…、全部まとめて使ってかかってこい。あんたの全てを壊して、オレが勝つ」
「…いい目だ」
おかしな方向に曲がった首を元の位置に戻しながら、戸愚呂が言う。
「そんな目をして挑んできた奴の屍を乗り越えて、オレは勝ってきた。そんな時は相手がどんなに弱くても全力を出したよ」
彼らの距離がじりじりと詰まる。
「そして今ならかつてない力が出せる!!勝負だ!!」
二人が地を蹴った。同時に、咆哮をあげた戸愚呂がさらに自身を変貌させる。
「フルパワーー!100%中の100%!!!」
「まさかまだ強化を…!?」
思わず声を上げたなまえは、冷や汗が止まらない。会場ごと揺らすような戸愚呂の闘気が、結界をすり抜けて彼女たちを襲うかのようだ。
「何か一つを極めるということは他の全てを捨てること!!それが出来ぬお前は結局はんぱ者なのだ!!」
「……捨てたのかよ?逃げたんだろ?」
それは体の内側からの魂の叫びのようで、なまえは何故か胸が詰まる。戸愚呂はなぜここまで強さにこだわり、強さだけが己の価値だとしているのか。100%以上の力を出し体は強化されたが、その分内面は脆く透けているようにも見える。もう少しで彼の本質に触れられそうな気がしたが、幽助の周囲が眩い光に包まれているのを認め、考えを中断した。
――キイィィィ
耳鳴りのような音がする。これは幽助の霊丸だろうか。なまえには見えないはずなのに、それが今は見えている。可視化できるほどの膨大なエネルギー。まさに生命力。その輝きは、彼の命そのものが燃える様だ。
「うおお!くらいやがれ!!」
渾身の霊丸が放たれる。真正面から戸愚呂が受け止めた。だが片手では無理があったのだろう。腕から血がところどころ吹き出している。彼は両手で霊丸を抑え込もうとした。今大会初めて、完全に防御に回った瞬間だった。
「……」
虚ろな目をした幽助がその場に膝をつく。文字通り全ての力を出し切った彼には、もう反撃する力は残っていない。この勝負、戸愚呂が霊丸を抑え込んでしまえば幽助の敗北が決定する。
「ぎぎぎっ…がああーーーっっーーーーーー!!」
ついに彼はその体で、霊丸を押しつぶした。あたりにはきらきらと光が霧散している。どこか美しいその光景は、霊丸の敗北という絶望の場にはふさわしくなかった。
――どさり
幽助が倒れた。戸愚呂はボロボロになりながらも、まだ立っている。なまえの口から、声にならない吐息のような音が漏れた。桑原だけでなく、幽助までも。こんなことがあっていいのかと、彼女は胸を詰まらせる。夏の青空のような彼らの笑顔が、ふと思い出された。
「礼を言うぞ浦飯…。こんな力を出せたのは初めてだ…」
荒い息もそのままに、戸愚呂が口を開いた。その目があまりに優しい光を湛えていたので、なまえは思わず目を奪われる。妖怪になる前の、本来の彼はもしかしたら、こんな目をしていたのかもしれない。幻海と並び、日々修行に明け暮れていた武道家としての彼を、その目に垣間見た気がした。
次の瞬間。
ピシ、と微かな音を立て、戸愚呂の体に亀裂が入る。
「100%を……超えたひずみ……か…」
そして大きな破裂音とともに、彼の体が崩壊した。肉体で作り上げられた鎧が外れ、本来の彼の姿が覗く。
「それがお前たちの強さ……」
倒れる寸前、戸愚呂はこう呟いた。横たわる幽助をあまりにも優しい目で見つめ、何を考えていたのか。彼もまた地に伏せた今、それは誰にも分からない。
一気に訪れる静寂。選手が二人とも倒れている。相打ちだった。
「あっ…」
戸愚呂の妖気にかろうじて耐えていた樹里が二人に近づく。彼が息絶えているのを確認し顔を上げたところ、何かを見て声を上げた。同じようにふらふらと立ち上がった小兎も彼女の視線を追い、後ろを振り返る。
「……!」
幽助が、立っていた。だがその脚がふらついているのを見るに、気力だけで立っているのだろう。額には脂汗がにじみ、視線も定まらない。ギリギリのところで持ちこたえている彼を前に、小兎と樹里は信じられないといった様子でしばし固まる。しかし次の瞬間には顔を見合わせ、明るい表情で高らかに言い放った。
『浦飯選手の勝利ですーーー!!!』
こうして彼女たちは最後の仕事を終えた。
目の前で繰り広げられた怒涛の展開をなまえが理解するには、あいにく少し時間が足りない。しかしこれだけは確実に分かる。幽助は勝ったのだ。彼は、幻海と桑原の仇を見事に取ったのだ。彼女は呆然としていたが、再び倒れそうになった彼を見ていっそうその実感がわいた。
「勝ったぞ幽助!!キミが勝ったんだ!!」
意識を失いかける彼の体を支えながら、蔵馬が強く語りかける。コエンマもそばに駆け寄り、お前が勝ったのだと、見事な一発だったと幽助を労った。言葉こそないが、飛影も彼を見守る。しかし、幽助の顔は晴れない。
「オレ…生きてんのか…。ちくしょお…ちくしょお!!」
拳を地面に叩きつけ、激しく声を荒げる。なぜかは明白だった。
「桑原に何て言えばいい!?あいつに何をしてやれば……。目の前でオレは…何もできなかった。今からオレは何をしてやればいいんだ!!」
幽助の言葉に、なまえは目頭が熱くなる。彼の心中を思えば当たり前のことだ。それに、彼の姉である静流のことも。彼女は自然と顔を伏せたが、少し前から感じていた違和感をいよいよ無視できなくなり、満を持して向き合うことにした。
隣から――静流から漂ってくる煙草の香りと、彼女の落ち着いた気配。短い付き合いだが、いつもと変わらないように思える。一瞬、恐ろしくドライな性格なのかと思ったが、それは違うと思い直した。決勝戦前、亡き幻海を思い席を立ったぼたんを、励ましに行ったあの後ろ姿。どうにも合点がいかないと、なまえは静流を盗み見る。すると彼女は、柔らかい微笑みでリングを見つめていた。その理由は、なまえにもすぐに分かった。
「桑原ァ、てめーはオレを騙したの二度目だぞ、実際死ね!!」
「いてて」
「てめー元気じゃねーか!!」
「いていて、死ぬ死ぬ、マジでマジで」
幽助と桑原が、コエンマたちをそっちのけでじゃれ合っている――というか、一方的に桑原が殴られている。
「桑原君……!」
幽助によって再びボロボロになってしまった彼だが、確かに生きている。なまえは、安堵のあまり眉を情けなくハの字にしながら笑みをこぼした。
「言ったでしょ?無駄に頑丈だって」
いつものように煙草の煙をくゆらせながら、静流が彼女に微笑みかける。その目がいつもより潤んでいるのに気づいたが、なまえは「ええ。」とだけ答え、自分も零れないようにさりげなく上を見上げた。
「コエンマ、あんた浦飯に命かけてくれたな。オレもかけるぜ。しけた命だが…根が負けず嫌いでな!」
桑原が戸愚呂に向かって走る。
「浦飯ィーーー!!!」
彼が友の名を叫ぶのと、戸愚呂が幽助の前から消えたのは同時だった。
静寂。
戸愚呂の指の第一関節辺りまでが、桑原の左胸に消えていた。
世界が止まる。
なまえの視界の隅で、静流が拳を握りしめたのが分かった。震えていた。
「てめェ…は、こんなもんじゃねェ…はずだろ?オレを幻滅……させる…な……よ」
世界が再び動き出したのは、そう言って彼が倒れ込んだときだった。仲間たちが弾かれたように一斉に駆け寄る。
「桑原君!!」
真っ先に彼の体を支えに行った蔵馬が、叫ぶように彼の名を呼ぶ。だが返ってこない返事を聞き、ぎゅっと目を瞑った。幽助には、それだけでじゅうぶんだった。
ゆらり、と力なく立ち上がる。そして消えたと思ったら、戸愚呂の背後に姿を現していた。幽助を振り返る異形の男の表情は、意外にも驚きに満ちている。
「なさけねェ。仲間一人、助けられねェよ…」
小さく呟く幽助はひどく悲しく、それでいて穏やかだ。不気味な静けさを纏う彼に、今までの幽助の気ではないと蔵馬が驚いている。戸愚呂を見ているようでどこか遠くを見ているような目で、彼は続けた。
「許せねー…。誰より、
「ふっきれたな」
今までとは違う様子の幽助に、無だった戸愚呂の表情がだんだんと歓喜に歪む。喜びを抑えきれないと言った様子だ。
「感謝してもらおう浦飯!!お前は今確実に強い!!オレと同じ強さの境地に近づきつつあるのだ!!」
「あんたと……同じ……?」
幽助の目に光が戻ってきた。
「違う…違う!!」
「どこが違う!!?」
幽助が激しく否定するも、戸愚呂に殴り飛ばされる。今までと同じように瓦礫に突っ込むが、それほど効いていないはずだと戸愚呂は断言した。それは立ち上がる幽助の表情を見れば、なまえの目にも明らかだった。彼らの強さは近づきつつある。だが、もっと根本的なところが、きっと彼らは違う。
戸愚呂は幽助に対し、”他の全てを捨ててでも強くなりたいだろう“と語りかける。無力感に苛まれ絶望の淵に立っている彼は、一歩間違えればその言葉通り全てを投げ出してしまうかもしれない。しかしそれは幸いにも、幽助には届かなかった。代わりに、観客席で見守るなまえの心にチクリと刺さる。優秀なスパイであるために、仲間を切り捨ててでも任務を遂行してきた過去の彼女と、そして組織と、考え方がまるで同じだったからだ。
「オレは捨てられねーよ。みんながいたからここまでこれたんだ」
幽助が静かに告げた言葉に、無意識に目を伏せていたなまえは息を詰まらせる。顔を上げると、なぜか涙が出そうだった。傷だらけでボロボロの彼が輝いて見える。しかし戸愚呂はその言葉に異様に憤り、彼の考え方を甘いと切り捨てた。
「もうお前は一人でじゅうぶんなのだ。それが分からないかね!!」
今までになく感情をさらけ出して幽助に向き合っているのは、やはり本気だからだろう。己の言葉にYESと言わない幽助に、残りの仲間も消してしまおうと戸愚呂が踵を返す。だがそんな彼を難なく引き留めながら、幽助は胸の内をぽつりと話し始めた。心のどこかで、敵である戸愚呂の圧倒的な強さに憧れていたのだと。
「ばーさんが何度も何度も教えてくれたのに。…あんたが捨てたものの重みが、ようやく……分かりやがった」
幽助の瞳が、より一層輝き始めた。もう彼の中に迷いはない。蔑むように見下ろす戸愚呂をしっかりと見返す。
「オレは捨てねーーー!!しがみついてでも守る!!」
「……やはりお前は幻海の弟子だ。所詮そのレヴェルなのだな」
「もう誰もお前に殺させねー。そのためにてめーを倒す!!」
言い切った幽助に、笑みを浮かべながら出来るのかと問う戸愚呂。だが次の瞬間、凄まじい衝撃が彼を襲った。宙に浮く体は制御がきかず、首がひどく曲がっている。そしてその身を切る風から、自分が幽助に殴り飛ばされたことを理解した。受け身も取れず瓦礫へ体当たりするように突っ込んだが、ふと気が付くと巨大な光の塊が眼前にある。それが幽助の霊丸だと分かったときには、彼の後ろの瓦礫、そして観客席は、森を越えて遥か海まで消し飛んでいた。
「次が最後の一発だ。オレの全ての力をこの一発に込める」
幽助の指先が真っ直ぐに戸愚呂を指す。
「あんたが魂を捨てた代わりに得た力全部…、全部まとめて使ってかかってこい。あんたの全てを壊して、オレが勝つ」
「…いい目だ」
おかしな方向に曲がった首を元の位置に戻しながら、戸愚呂が言う。
「そんな目をして挑んできた奴の屍を乗り越えて、オレは勝ってきた。そんな時は相手がどんなに弱くても全力を出したよ」
彼らの距離がじりじりと詰まる。
「そして今ならかつてない力が出せる!!勝負だ!!」
二人が地を蹴った。同時に、咆哮をあげた戸愚呂がさらに自身を変貌させる。
「フルパワーー!100%中の100%!!!」
「まさかまだ強化を…!?」
思わず声を上げたなまえは、冷や汗が止まらない。会場ごと揺らすような戸愚呂の闘気が、結界をすり抜けて彼女たちを襲うかのようだ。
「何か一つを極めるということは他の全てを捨てること!!それが出来ぬお前は結局はんぱ者なのだ!!」
「……捨てたのかよ?逃げたんだろ?」
それは体の内側からの魂の叫びのようで、なまえは何故か胸が詰まる。戸愚呂はなぜここまで強さにこだわり、強さだけが己の価値だとしているのか。100%以上の力を出し体は強化されたが、その分内面は脆く透けているようにも見える。もう少しで彼の本質に触れられそうな気がしたが、幽助の周囲が眩い光に包まれているのを認め、考えを中断した。
――キイィィィ
耳鳴りのような音がする。これは幽助の霊丸だろうか。なまえには見えないはずなのに、それが今は見えている。可視化できるほどの膨大なエネルギー。まさに生命力。その輝きは、彼の命そのものが燃える様だ。
「うおお!くらいやがれ!!」
渾身の霊丸が放たれる。真正面から戸愚呂が受け止めた。だが片手では無理があったのだろう。腕から血がところどころ吹き出している。彼は両手で霊丸を抑え込もうとした。今大会初めて、完全に防御に回った瞬間だった。
「……」
虚ろな目をした幽助がその場に膝をつく。文字通り全ての力を出し切った彼には、もう反撃する力は残っていない。この勝負、戸愚呂が霊丸を抑え込んでしまえば幽助の敗北が決定する。
「ぎぎぎっ…がああーーーっっーーーーーー!!」
ついに彼はその体で、霊丸を押しつぶした。あたりにはきらきらと光が霧散している。どこか美しいその光景は、霊丸の敗北という絶望の場にはふさわしくなかった。
――どさり
幽助が倒れた。戸愚呂はボロボロになりながらも、まだ立っている。なまえの口から、声にならない吐息のような音が漏れた。桑原だけでなく、幽助までも。こんなことがあっていいのかと、彼女は胸を詰まらせる。夏の青空のような彼らの笑顔が、ふと思い出された。
「礼を言うぞ浦飯…。こんな力を出せたのは初めてだ…」
荒い息もそのままに、戸愚呂が口を開いた。その目があまりに優しい光を湛えていたので、なまえは思わず目を奪われる。妖怪になる前の、本来の彼はもしかしたら、こんな目をしていたのかもしれない。幻海と並び、日々修行に明け暮れていた武道家としての彼を、その目に垣間見た気がした。
次の瞬間。
ピシ、と微かな音を立て、戸愚呂の体に亀裂が入る。
「100%を……超えたひずみ……か…」
そして大きな破裂音とともに、彼の体が崩壊した。肉体で作り上げられた鎧が外れ、本来の彼の姿が覗く。
「それがお前たちの強さ……」
倒れる寸前、戸愚呂はこう呟いた。横たわる幽助をあまりにも優しい目で見つめ、何を考えていたのか。彼もまた地に伏せた今、それは誰にも分からない。
一気に訪れる静寂。選手が二人とも倒れている。相打ちだった。
「あっ…」
戸愚呂の妖気にかろうじて耐えていた樹里が二人に近づく。彼が息絶えているのを確認し顔を上げたところ、何かを見て声を上げた。同じようにふらふらと立ち上がった小兎も彼女の視線を追い、後ろを振り返る。
「……!」
幽助が、立っていた。だがその脚がふらついているのを見るに、気力だけで立っているのだろう。額には脂汗がにじみ、視線も定まらない。ギリギリのところで持ちこたえている彼を前に、小兎と樹里は信じられないといった様子でしばし固まる。しかし次の瞬間には顔を見合わせ、明るい表情で高らかに言い放った。
『浦飯選手の勝利ですーーー!!!』
こうして彼女たちは最後の仕事を終えた。
目の前で繰り広げられた怒涛の展開をなまえが理解するには、あいにく少し時間が足りない。しかしこれだけは確実に分かる。幽助は勝ったのだ。彼は、幻海と桑原の仇を見事に取ったのだ。彼女は呆然としていたが、再び倒れそうになった彼を見ていっそうその実感がわいた。
「勝ったぞ幽助!!キミが勝ったんだ!!」
意識を失いかける彼の体を支えながら、蔵馬が強く語りかける。コエンマもそばに駆け寄り、お前が勝ったのだと、見事な一発だったと幽助を労った。言葉こそないが、飛影も彼を見守る。しかし、幽助の顔は晴れない。
「オレ…生きてんのか…。ちくしょお…ちくしょお!!」
拳を地面に叩きつけ、激しく声を荒げる。なぜかは明白だった。
「桑原に何て言えばいい!?あいつに何をしてやれば……。目の前でオレは…何もできなかった。今からオレは何をしてやればいいんだ!!」
幽助の言葉に、なまえは目頭が熱くなる。彼の心中を思えば当たり前のことだ。それに、彼の姉である静流のことも。彼女は自然と顔を伏せたが、少し前から感じていた違和感をいよいよ無視できなくなり、満を持して向き合うことにした。
隣から――静流から漂ってくる煙草の香りと、彼女の落ち着いた気配。短い付き合いだが、いつもと変わらないように思える。一瞬、恐ろしくドライな性格なのかと思ったが、それは違うと思い直した。決勝戦前、亡き幻海を思い席を立ったぼたんを、励ましに行ったあの後ろ姿。どうにも合点がいかないと、なまえは静流を盗み見る。すると彼女は、柔らかい微笑みでリングを見つめていた。その理由は、なまえにもすぐに分かった。
「桑原ァ、てめーはオレを騙したの二度目だぞ、実際死ね!!」
「いてて」
「てめー元気じゃねーか!!」
「いていて、死ぬ死ぬ、マジでマジで」
幽助と桑原が、コエンマたちをそっちのけでじゃれ合っている――というか、一方的に桑原が殴られている。
「桑原君……!」
幽助によって再びボロボロになってしまった彼だが、確かに生きている。なまえは、安堵のあまり眉を情けなくハの字にしながら笑みをこぼした。
「言ったでしょ?無駄に頑丈だって」
いつものように煙草の煙をくゆらせながら、静流が彼女に微笑みかける。その目がいつもより潤んでいるのに気づいたが、なまえは「ええ。」とだけ答え、自分も零れないようにさりげなく上を見上げた。