第二章:彼らの戦い、彼女の葛藤
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眠っていた飛影が目を覚ましたのは、彼が黒龍波を放ってから約六時間後。
あれから傷の手当てもすっかり終わり、なまえは観客席へと戻っていった。女性陣から蔵馬とのことで質問攻めにあうも、そこはプロである。スパイとして培った話術で、あれよあれよという間に話題のすり替えに成功した。
彼女は、蔵馬への想いをしっかり自覚している。しかしそれを誰かに話してしまえば、もう歯止めが利かなくなりそうなのだ。ましてや父親との歪な関係のせいで、今後誰かと添い遂げる資格すらないと思っている。もっともそんなことは父が許さないだろうが、彼女自身も望んでいない。諦めに近かった。誰が肉親に手を付けられた女を好むというのか。なまえは悲劇のヒロインになるつもりはないが、どうしても負い目は感じざるを得なかった。
会場の誰もが辛抱強く待つが、試合が再開する気配はない。それもそのはず。先の試合の後始末に手間取っているからだ。異例の一時中断となった決勝戦だが、しばらくすると遠くの方から地響きが聞こえてきた。それは次第に闘技場に近づいてきており、いったい何がやってくるのかと緊張が走る。すると半壊した闘技場から、巨大な物体が見えた。
「前の闘技場から石盤 を運んできただと!?」
「黒龍波 を見せてもらったお礼だそうですよ」
蔵馬の説明に飛影が目を見張る。戸愚呂がリングを背負って登場したときの、会場の盛り上がりは言わずもがな。武威戦での圧倒的な飛影の活躍は霞んでしまっていた。観客たちは戸愚呂チームの勝利を信じて疑わない。
『第三試合の開始でーす!』
樹里のアナウンスで出て行くのは桑原だ。一気に声援が上がるが、どれも彼のためのものではない。“あの人間を殺せ”という、戸愚呂兄への声援だ。
『始め!』
開始の合図と共に出た彼の霊剣は、以前の物とは明らかに違った。彼を取り巻く霊気も、数段高くなっているらしい。以前、裏御伽チームの鈴木から手渡された、アイテムのおかげだった。桑原は気合とともに一振りし、戸愚呂を一刀両断する。そう、言葉通りに。
「切った……」
「……え?どうなってんだ」
なまえも驚いたが、一番驚いたのは桑原本人である。まさかいきなり勝てるとは思わず、あまりの手ごたえのなさに狼狽する。しかし、
――ドスッ
桑原が真後ろから体を貫かれた。
「なにィーーっ」
幽助が叫ぶ。なまえたちも、今見ている光景を信じられなかった。リング上には、桑原の前と後ろに二人、戸愚呂がいる。
混乱する桑原に、「お前ほど単純だと騙すオレも気分がいいよ。」と戸愚呂は笑みを浮かべる。
「オレの体で作った生き人形 だよ。擬態さ。姿形はおろか内臓の位置も自在に動かせる。足の裏から本体を移動させたのさ…。リングの下をドリルで削ってな」
言いながら顔をもう一つ作っている。その異様な光景に恐ろしくなり、なまえは両腕で自分を抱えた。垂金の屋敷で初めて彼と目が合った時の悪寒。あの時の感覚は、気のせいではなかったのだ。
刺された衝撃で、桑原の手からは鈴木のアイテムが離れていた。それを戸愚呂が指を伸ばして拾い上げる。
「なかなか便利な道具だな。幻海の形見か?」
彼の言葉に、なまえは体を硬直させた。
――え?今、なんて……。
「しかし遣った弟子がこのマヌケじゃ、死んだあいつもうかばれないな…」
「なに?い、今なんて言った!?」
うろたえながら聞き返す桑原に、戸愚呂が薄ら笑いで続ける。「幻海は死んだ。殺されたのさ。」と。
信じられないといった面持ちで立ち上がった桑原を、再び戸愚呂の指が貫く。そうして、膝をついた彼を嘲笑っていた。桑原の顔が歪む。
「なに……?なんで…?」
なまえは腰から下が椅子に縛られたように、ピクリとも動けなかった。目の前の試合が頭に入ってこない。耳鳴りがする。誰かが肩を叩いている気がするが、それも分厚い布を隔てているような頼りない感覚だ。
ふと視界に入ったぼたんが、複雑な表情をしているように見えた。それでなまえは全てを悟った。エキシビジョンが終わった後からずっと、ぼたんの様子はおかしかった。それもそうだ。霊界案内人である彼女が、幻海の死に気付かなかったわけがない。なぜ何も言わなかったのか。それとも言えなかったのか?いずれにしても黙っていた彼女に静かな怒りを覚え、じわじわと体温が上がる。しかしかろうじて彼女の心中を察し、無理やり冷静さを取り戻した。彼女もつらいのは同じだと。己の手で霊界に導かなければならないことを考えれば、もっとつらいのかもしれない。
こちらを振り返ったぼたんと目が合った。なまえは何も言わず深く頷き、また試合に意識を戻した。
痛みに苦しむ桑原に、戸愚呂はさも楽しそうに声を上げて笑う。
「お前の仲間も冷てェな。誰も教えてくれなかったのか」
そう言って戸愚呂は幻海をその手に作り出し、彼女がなぜ命を落とすことになったのかを嬉々として話し始めた。だがそれは、死者の冒涜以外の何物でもない。人形劇と称して、戸愚呂は幻海に二度目の死を与えていた。
「なんて、こと……」
心を抉られるような絶望に、なまえが震える拳を握りしめる。力加減ができずに爪が皮膚に食い込んだ。だが怒りに震えていたのは、彼女だけではなかった。
「切れたぜ。カンペキによ……」
静かに立ち上がる桑原。俯く彼の表情は、観客席からはよく見えない。しかしその気配は先ほどとはガラリと変わっていた。
「威勢がいいな……だがお前の切り札はここだぞ」
戸愚呂は指でくるくるとアイテムを遊ばせながら、霊気だけでは自分のことは斬れないと余裕の表情を見せる。
「うるせェ」
「黙るのはお前だ。死ね」
再び戸愚呂の鋭い指が、桑原を貫こうと一直線に伸びた。彼の胸板に届く。しかし、そこで戸愚呂の顔色が変わった。
「皮膚で…止まってる……?」
先ほどまで簡単に刺さっていた指が、どんなに力を入れてもそれ以上進まないのだ。うろたえる戸愚呂に、桑原が叫ぶ。
「てめェは許さねェーー!!くたばりやがれァーー!!」
戸愚呂の体がバラバラになった。霊気を手裏剣のように飛ばしたのだ。しかしそれでも致命傷には至らず、切れた部分を手繰り寄せるように再生し始める。心臓を狙えればいいが、戸愚呂は内臓の位置さえも変えられる。そんな相手にどう勝てばいいのか。桑原が悔しさをにじませ戸愚呂を睨む。
「くそォ……」
「せっかく立ち上がったのに悪いが、地面にへばりついている方がお似合いだ」
指を伸ばした戸愚呂に、再び地面に押さえつけられる桑原。そのまま刃物に変えた右腕で切られそうになるも、霊気を遠隔操作して再び彼を切り刻んだ。今度は戸愚呂がダウンだ。だが決定的な一手を投じられない。
このままいたちごっこが続くかと思いきや、霊剣が今までにない形に変形した。それを見た桑原は、噛みしめるように言う。
「こいつは本当に便利な道具だぜ。今のオレの気分ピッタリに変形してくれやがった」
戸愚呂が大きく目を見開く。その形から、これから自分がどうなるのかを想像したからだ。焦って再生を試みるも、もう間に合わない。
「弱点がどこか分からねェなら、全部ぶっつぶしたる!!」
大きく振りかぶり、その平たく広がった霊剣をリングにめり込むほど振り下ろした。
静まり返る場内。背後から様子を見ていた樹里が、戸愚呂の様子を確認しに行く。彼女は「げ。」と一言漏らした後、桑原の勝利を宣言した。
戸愚呂チームの連敗という予想外の戦績に、観客席がどよめき始める。それを尻目にリングを降りてきた桑原を、幽助が笑顔と激励で迎えた。しかし彼はそれを、強烈なパンチで拒否する。
なぜ幻海が死んだことを黙っていたのか。他のチームメンバーは知っている風だったのに。なぜ自分だけ知らされていないのだ。制する蔵馬の声さえも跳ねのけ怒りに震える彼に、なまえは胸を痛めた。
「オレの目の前でばーさんは死んだ。もうオレ達だけで戦うしかねーってハラくくった。――それでも…」
幽助が、静かに話し始める。いつのまにか拳をぎゅっと握りしめていた。
「まだ…信じられねーんだ。ウソみたいでよ。なんか…“死んだ”って言っちまったら――認めちまったら来ねーような気がして。……言えなかった、ワリィ」
彼らは旧知の仲だが、それはケンカ相手として。幽助のこんなに沈んだ声を聞いたのは初めてだ。その様子にいたたまれなくなり、桑原は小さく舌打ちをしてくるりと背を向ける。
「そんならそうと早く言えってんだ」
「だから言ったら来ないような気がしたんだってば」
照れ隠しのような桑原の主張に、蔵馬が苦笑いで口を挟む。落ち着いたようで良かったと、なまえも胸を撫でおろした。
「浦飯!!」
桑原の声が響いた。リングに向かっていた幽助が振り返る。
「勝てよ」
友のその一言に口の端を上げ、「まかしとけ。」と幽助は腕まくりするかのようにリストバンドに触れた。その目が映すのはただ一人。リングの真反対に控える戸愚呂だ。
両者のにらみ合いに、会場内は水を打ったような静けさである。そんな彼らに待ったをかける人物がいた――左京だ。彼は戸愚呂に自分が行くと言い、幽助の待つリングへと上がっていく。再び観客がざわめき始めたところで樹里からマイクを借り、もったいつけたように口を開いた。
『第四試合を始める前に賭けをしたい。私は戸愚呂が勝つ方に賭ける。賭けるものは……私の命だ』
左京の言い分はこうである。この試合で勝った方に五試合目の分も含めて二勝を与える。自分は大将ではあるが、観客を満足させられるだけの武力はない。その代わりに生命を戸愚呂の勝利に賭けると……。
『もちろん、そちらの大将と大会本部がイエスといえばの話だが…』
「……」
挑発するような彼の目線に、コエンマは一瞬間を開けた。しかし次の瞬間には「いいだろう!」と答えていた。
「ワシの命を浦飯幽助の勝ちに賭けよう」
「コエンマ……」
「もともとお前をまきこんだのはワシだからな。少しはかっこつけさせろ」
コエンマは幽助に向かって胸を張り、その後すっと鋭い視線を左京に投げた。
「……あやつの目は自分の命を何度もドブにさらしてきた人間の目だ。保身を考えない人間の野望というものは、巨大な破壊行為と相場は決まっとる。それを止められる人間は、この場にお前しかいないんだ、幽助」
幽助も左京を見る。彼は相変わらず何を考えているのか分からず、暗い瞳で微笑んでいた。
左京の提案に、大会本部のゴーサインが出た。この試合に勝った方に二勝を与え、同時にそのチームが優勝となる。会場内は沸き立った。
前へ出るようにとの樹里のアナウンスで、戸愚呂と幽助がそれぞれに近づく。いよいよ決勝戦が始まるのだ。そこは適度な緊張感に包まれ、男同士の命を賭した戦いにふさわしかった。しかしそれが唐突に、下品な笑い声で壊される。
「ウラメシ、てめェは弟にゃ勝てねェ!あの幻海でさえ負けたんだ!!」
桑原の手でリングに沈められたはずの戸愚呂だ。彼は再び蘇り、好き勝手にしゃべっていた。まわりの反応を窺うつもりもとい、余裕はないようだ。
「若い頃の幻海はそりゃあいい女だったぜェ。だがそれも薄汚く老いぼれてくたばっちまえばおしまいよォ!」
彼は、いかに自分が場違いなのかを分かっていなかった。桑原に受けたダメージのせいで、まだ頭が正常に働いていなかったのかもしれない。二人の勝負を邪魔するだけに飽き足らず、あろうことか己を武器化して戦えと弟に告げたのだ。それは彼にとってはいつも通りの提案のはずだった。我ら兄弟はふたりでひとつ。まさか弟に拒絶されるなど、思いもしなかったのだ。
「ジャマだ兄者」
「え?」
短く告げた弟は、兄を思い切り蹴り上げる。そして何かを喚き散らし真っ直ぐ降ってきた彼を、今度は容赦なく殴り飛ばした。
「オレは品性まで売った覚えはない。――誰にも邪魔はさせん。一対一だ」
「ああ」
戸愚呂と幽助の視線が絡む。優勝決定戦である二人の試合が、たった今から始まる。
あれから傷の手当てもすっかり終わり、なまえは観客席へと戻っていった。女性陣から蔵馬とのことで質問攻めにあうも、そこはプロである。スパイとして培った話術で、あれよあれよという間に話題のすり替えに成功した。
彼女は、蔵馬への想いをしっかり自覚している。しかしそれを誰かに話してしまえば、もう歯止めが利かなくなりそうなのだ。ましてや父親との歪な関係のせいで、今後誰かと添い遂げる資格すらないと思っている。もっともそんなことは父が許さないだろうが、彼女自身も望んでいない。諦めに近かった。誰が肉親に手を付けられた女を好むというのか。なまえは悲劇のヒロインになるつもりはないが、どうしても負い目は感じざるを得なかった。
会場の誰もが辛抱強く待つが、試合が再開する気配はない。それもそのはず。先の試合の後始末に手間取っているからだ。異例の一時中断となった決勝戦だが、しばらくすると遠くの方から地響きが聞こえてきた。それは次第に闘技場に近づいてきており、いったい何がやってくるのかと緊張が走る。すると半壊した闘技場から、巨大な物体が見えた。
「前の闘技場から
「
蔵馬の説明に飛影が目を見張る。戸愚呂がリングを背負って登場したときの、会場の盛り上がりは言わずもがな。武威戦での圧倒的な飛影の活躍は霞んでしまっていた。観客たちは戸愚呂チームの勝利を信じて疑わない。
『第三試合の開始でーす!』
樹里のアナウンスで出て行くのは桑原だ。一気に声援が上がるが、どれも彼のためのものではない。“あの人間を殺せ”という、戸愚呂兄への声援だ。
『始め!』
開始の合図と共に出た彼の霊剣は、以前の物とは明らかに違った。彼を取り巻く霊気も、数段高くなっているらしい。以前、裏御伽チームの鈴木から手渡された、アイテムのおかげだった。桑原は気合とともに一振りし、戸愚呂を一刀両断する。そう、言葉通りに。
「切った……」
「……え?どうなってんだ」
なまえも驚いたが、一番驚いたのは桑原本人である。まさかいきなり勝てるとは思わず、あまりの手ごたえのなさに狼狽する。しかし、
――ドスッ
桑原が真後ろから体を貫かれた。
「なにィーーっ」
幽助が叫ぶ。なまえたちも、今見ている光景を信じられなかった。リング上には、桑原の前と後ろに二人、戸愚呂がいる。
混乱する桑原に、「お前ほど単純だと騙すオレも気分がいいよ。」と戸愚呂は笑みを浮かべる。
「オレの体で作った
言いながら顔をもう一つ作っている。その異様な光景に恐ろしくなり、なまえは両腕で自分を抱えた。垂金の屋敷で初めて彼と目が合った時の悪寒。あの時の感覚は、気のせいではなかったのだ。
刺された衝撃で、桑原の手からは鈴木のアイテムが離れていた。それを戸愚呂が指を伸ばして拾い上げる。
「なかなか便利な道具だな。幻海の形見か?」
彼の言葉に、なまえは体を硬直させた。
――え?今、なんて……。
「しかし遣った弟子がこのマヌケじゃ、死んだあいつもうかばれないな…」
「なに?い、今なんて言った!?」
うろたえながら聞き返す桑原に、戸愚呂が薄ら笑いで続ける。「幻海は死んだ。殺されたのさ。」と。
信じられないといった面持ちで立ち上がった桑原を、再び戸愚呂の指が貫く。そうして、膝をついた彼を嘲笑っていた。桑原の顔が歪む。
「なに……?なんで…?」
なまえは腰から下が椅子に縛られたように、ピクリとも動けなかった。目の前の試合が頭に入ってこない。耳鳴りがする。誰かが肩を叩いている気がするが、それも分厚い布を隔てているような頼りない感覚だ。
ふと視界に入ったぼたんが、複雑な表情をしているように見えた。それでなまえは全てを悟った。エキシビジョンが終わった後からずっと、ぼたんの様子はおかしかった。それもそうだ。霊界案内人である彼女が、幻海の死に気付かなかったわけがない。なぜ何も言わなかったのか。それとも言えなかったのか?いずれにしても黙っていた彼女に静かな怒りを覚え、じわじわと体温が上がる。しかしかろうじて彼女の心中を察し、無理やり冷静さを取り戻した。彼女もつらいのは同じだと。己の手で霊界に導かなければならないことを考えれば、もっとつらいのかもしれない。
こちらを振り返ったぼたんと目が合った。なまえは何も言わず深く頷き、また試合に意識を戻した。
痛みに苦しむ桑原に、戸愚呂はさも楽しそうに声を上げて笑う。
「お前の仲間も冷てェな。誰も教えてくれなかったのか」
そう言って戸愚呂は幻海をその手に作り出し、彼女がなぜ命を落とすことになったのかを嬉々として話し始めた。だがそれは、死者の冒涜以外の何物でもない。人形劇と称して、戸愚呂は幻海に二度目の死を与えていた。
「なんて、こと……」
心を抉られるような絶望に、なまえが震える拳を握りしめる。力加減ができずに爪が皮膚に食い込んだ。だが怒りに震えていたのは、彼女だけではなかった。
「切れたぜ。カンペキによ……」
静かに立ち上がる桑原。俯く彼の表情は、観客席からはよく見えない。しかしその気配は先ほどとはガラリと変わっていた。
「威勢がいいな……だがお前の切り札はここだぞ」
戸愚呂は指でくるくるとアイテムを遊ばせながら、霊気だけでは自分のことは斬れないと余裕の表情を見せる。
「うるせェ」
「黙るのはお前だ。死ね」
再び戸愚呂の鋭い指が、桑原を貫こうと一直線に伸びた。彼の胸板に届く。しかし、そこで戸愚呂の顔色が変わった。
「皮膚で…止まってる……?」
先ほどまで簡単に刺さっていた指が、どんなに力を入れてもそれ以上進まないのだ。うろたえる戸愚呂に、桑原が叫ぶ。
「てめェは許さねェーー!!くたばりやがれァーー!!」
戸愚呂の体がバラバラになった。霊気を手裏剣のように飛ばしたのだ。しかしそれでも致命傷には至らず、切れた部分を手繰り寄せるように再生し始める。心臓を狙えればいいが、戸愚呂は内臓の位置さえも変えられる。そんな相手にどう勝てばいいのか。桑原が悔しさをにじませ戸愚呂を睨む。
「くそォ……」
「せっかく立ち上がったのに悪いが、地面にへばりついている方がお似合いだ」
指を伸ばした戸愚呂に、再び地面に押さえつけられる桑原。そのまま刃物に変えた右腕で切られそうになるも、霊気を遠隔操作して再び彼を切り刻んだ。今度は戸愚呂がダウンだ。だが決定的な一手を投じられない。
このままいたちごっこが続くかと思いきや、霊剣が今までにない形に変形した。それを見た桑原は、噛みしめるように言う。
「こいつは本当に便利な道具だぜ。今のオレの気分ピッタリに変形してくれやがった」
戸愚呂が大きく目を見開く。その形から、これから自分がどうなるのかを想像したからだ。焦って再生を試みるも、もう間に合わない。
「弱点がどこか分からねェなら、全部ぶっつぶしたる!!」
大きく振りかぶり、その平たく広がった霊剣をリングにめり込むほど振り下ろした。
静まり返る場内。背後から様子を見ていた樹里が、戸愚呂の様子を確認しに行く。彼女は「げ。」と一言漏らした後、桑原の勝利を宣言した。
戸愚呂チームの連敗という予想外の戦績に、観客席がどよめき始める。それを尻目にリングを降りてきた桑原を、幽助が笑顔と激励で迎えた。しかし彼はそれを、強烈なパンチで拒否する。
なぜ幻海が死んだことを黙っていたのか。他のチームメンバーは知っている風だったのに。なぜ自分だけ知らされていないのだ。制する蔵馬の声さえも跳ねのけ怒りに震える彼に、なまえは胸を痛めた。
「オレの目の前でばーさんは死んだ。もうオレ達だけで戦うしかねーってハラくくった。――それでも…」
幽助が、静かに話し始める。いつのまにか拳をぎゅっと握りしめていた。
「まだ…信じられねーんだ。ウソみたいでよ。なんか…“死んだ”って言っちまったら――認めちまったら来ねーような気がして。……言えなかった、ワリィ」
彼らは旧知の仲だが、それはケンカ相手として。幽助のこんなに沈んだ声を聞いたのは初めてだ。その様子にいたたまれなくなり、桑原は小さく舌打ちをしてくるりと背を向ける。
「そんならそうと早く言えってんだ」
「だから言ったら来ないような気がしたんだってば」
照れ隠しのような桑原の主張に、蔵馬が苦笑いで口を挟む。落ち着いたようで良かったと、なまえも胸を撫でおろした。
「浦飯!!」
桑原の声が響いた。リングに向かっていた幽助が振り返る。
「勝てよ」
友のその一言に口の端を上げ、「まかしとけ。」と幽助は腕まくりするかのようにリストバンドに触れた。その目が映すのはただ一人。リングの真反対に控える戸愚呂だ。
両者のにらみ合いに、会場内は水を打ったような静けさである。そんな彼らに待ったをかける人物がいた――左京だ。彼は戸愚呂に自分が行くと言い、幽助の待つリングへと上がっていく。再び観客がざわめき始めたところで樹里からマイクを借り、もったいつけたように口を開いた。
『第四試合を始める前に賭けをしたい。私は戸愚呂が勝つ方に賭ける。賭けるものは……私の命だ』
左京の言い分はこうである。この試合で勝った方に五試合目の分も含めて二勝を与える。自分は大将ではあるが、観客を満足させられるだけの武力はない。その代わりに生命を戸愚呂の勝利に賭けると……。
『もちろん、そちらの大将と大会本部がイエスといえばの話だが…』
「……」
挑発するような彼の目線に、コエンマは一瞬間を開けた。しかし次の瞬間には「いいだろう!」と答えていた。
「ワシの命を浦飯幽助の勝ちに賭けよう」
「コエンマ……」
「もともとお前をまきこんだのはワシだからな。少しはかっこつけさせろ」
コエンマは幽助に向かって胸を張り、その後すっと鋭い視線を左京に投げた。
「……あやつの目は自分の命を何度もドブにさらしてきた人間の目だ。保身を考えない人間の野望というものは、巨大な破壊行為と相場は決まっとる。それを止められる人間は、この場にお前しかいないんだ、幽助」
幽助も左京を見る。彼は相変わらず何を考えているのか分からず、暗い瞳で微笑んでいた。
左京の提案に、大会本部のゴーサインが出た。この試合に勝った方に二勝を与え、同時にそのチームが優勝となる。会場内は沸き立った。
前へ出るようにとの樹里のアナウンスで、戸愚呂と幽助がそれぞれに近づく。いよいよ決勝戦が始まるのだ。そこは適度な緊張感に包まれ、男同士の命を賭した戦いにふさわしかった。しかしそれが唐突に、下品な笑い声で壊される。
「ウラメシ、てめェは弟にゃ勝てねェ!あの幻海でさえ負けたんだ!!」
桑原の手でリングに沈められたはずの戸愚呂だ。彼は再び蘇り、好き勝手にしゃべっていた。まわりの反応を窺うつもりもとい、余裕はないようだ。
「若い頃の幻海はそりゃあいい女だったぜェ。だがそれも薄汚く老いぼれてくたばっちまえばおしまいよォ!」
彼は、いかに自分が場違いなのかを分かっていなかった。桑原に受けたダメージのせいで、まだ頭が正常に働いていなかったのかもしれない。二人の勝負を邪魔するだけに飽き足らず、あろうことか己を武器化して戦えと弟に告げたのだ。それは彼にとってはいつも通りの提案のはずだった。我ら兄弟はふたりでひとつ。まさか弟に拒絶されるなど、思いもしなかったのだ。
「ジャマだ兄者」
「え?」
短く告げた弟は、兄を思い切り蹴り上げる。そして何かを喚き散らし真っ直ぐ降ってきた彼を、今度は容赦なく殴り飛ばした。
「オレは品性まで売った覚えはない。――誰にも邪魔はさせん。一対一だ」
「ああ」
戸愚呂と幽助の視線が絡む。優勝決定戦である二人の試合が、たった今から始まる。