第二章:彼らの戦い、彼女の葛藤
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今現在リングに立っているのは、なまえ、鴉、そして先の戦いで体の自由が利かない大男。しかしそのうちの一人が、一瞬にして命を奪われた。
――ボンッ
つい先ほどまで大男の形をしていた肉塊があたりに飛び散る。会場がその派手な攻撃に盛り上がり、一気に鴉を支持する声が大きくなった。
「あなた……!」
なんてことを、と続くはずの言葉が出てこない。あまりにも凄惨な光景に、なまえは嫌な汗が止まらなかった。それにしても彼が今何をしたのかが分からない。手をかざしたと思ったら、いきなり爆発したのだ。
「……誰一人として邪魔は許さない。私は、好きな相手とは一対一で殺り合いたいのさ」
スゥ、と目を細めたと思ったら、いつの間にか鴉が隣に来ていた。なまえがハッとするのも遅く、体の右側で爆発が起こる。
「!!」
とっさに腕を出して顔と体をかばったが、右腕が熱い。どうやら火傷は多少負ってしまったようだ。いくら衝撃を緩和するとはいえ、熱に対しては不十分である。だが彼の攻撃を受けて体がまだ繋がっているのは、先ほどの大男を思い出せば奇跡に等しいだろう。なまえは後ろに飛び、なるべく距離を取るようにした。爆発のからくりが分からない以上、近くにいるのは危険だ。
“残り1分30秒”
鴉にとってもこれは予想外で、彼女をよく観察する。じわじわと追い詰めるつもりで確かに威力は抑えたが、傷を作らないほどの優しいものでもなかったはず。しかし目の前の女には、皮膚どころかその服に破れさえ見当たらない。鴉は再び彼女の視界から消えた。
――ボンッ
「ぁあっ……!」
彼がどこに行ったかを考える前に、今度はなまえの左側で爆発が起こった。先ほどよりも威力が強かったらしく、腕がひりひりと痛む。“敵を目で追うことができない”という事実に、嫌でも実力の差を思い知らされる。涼しい顔で佇む姿が、余計に彼女の神経を逆撫でした。
「少しずつ壊そうと思ったんだがな……。なぜ血を流さない?」
「…あなたに教えると思う?」
「ふっ…それもそうだな」
“教えない”ということは、彼女に爆発が効かないのには明確な理由があり、彼女自身もそれを把握しているという事。彼は先ほどの戦いを思い出した。
「針も、通さなかったな」
「……」
じりじりと移動しながら、なまえは背中の双錘にゆっくり手を伸ばす。すぐに動くことはできなかった。こちらが動けば襲われるような、まるで野生動物に捕捉されたかのような気分だ。
『なんと緊迫した空気でしょう……!実況として不甲斐ないですが、うかつに口を挟めません!』
小兎の遠慮がちな声が響いたとき、二人が同時に動いた。
なまえが毒と煙幕を駆使し、鴉との距離をいったん確保する。そして双錘を手に一気に突っ込んだ。
“残り1分18秒”
しかし思ったより早く煙幕が消えていく。鴉が下に転がっていた肉塊を爆破させ、その凄まじい爆風で飛ばしたのだ。この分だと毒も薄らいだだろう。なまえは彼が視界を取り戻す前に攻撃を仕掛けようとしたが、前方にいるはずの彼がいない。
――この一瞬でどこへ……!
その場であたりを見回していると、背中を駆けあがる嫌な気配がした。
「やはりお前は良い、なまえ」
なぜか耳元で声が聞こえ、反射的に双錘を振り上げる。しかしその腕はいとも簡単に取られ背中で捻り上げられた。まるでダンスでも踊っているかのように、鴉と向かい合わせになる。
「っ――!」
少しでも無理に動けば腕が折れる。彼女は直感した。だがぎりぎりと締め上げられるその痛みを厭わず、身をよじって抵抗しようとする。手から双錘が滑り落ち、リングに当たってカランと音を立てた。
「あまり無理をするな。私が左京に怒られてしまう」
「よく、言うわよ…!」
さも楽しそうに笑う鴉に、なまえは正面から睨みつける。しかしその勢いも、彼の掌が顔を覆ったときには消えていた。視界が狭まり、指の隙間から見えるのは己の命を奪わんとする男だけ。彼女は、自分の体が芯から冷えたような気がした。
「なまえさん!!」
蔵馬が声の限りに叫ぶ。観客たちの歓声が響く中、彼女の耳には不思議と届いた。もしかしたら気のせいかもしれない。なまえはそう思ったが、この際それでもいい。彼の存在が、彼女を奮い立たせる。
この会場のどこかで、彼はきっと見ている。それは確信していた。だって、抱きしめながらそう言ってくれたから。あの背中の温もりがふと思い出される。命の危険にさらされて初めて、なまえは自分の心に芽生え始めた感情の存在に気づいた。
――ああ、私……。
彼女の瞳が切なく揺れた。
“残り0分55秒”
「…やはり顔はやめておこう」
鴉が恍惚とした表情で顔から手をどける。しかしそのままスーツのジッパーに手をかけ、ゆっくりと下ろし始めた。どうやら服にからくりがあることは見抜かれたようだ。スーツの防御力が無くなればあの爆発にはきっと耐えられないと、なまえはなんとか逃れようと必死で抵抗する。すると、背中の腕が一瞬解放された。まさにチャンス。そう思い体勢を立て直すつもりが、唐突な息苦しさが彼女を襲った。
「っ、ぐ……」
まるでおもちゃでも持つように、鴉が片手でなまえの首を絞め上げる。爪先立ちになっているので、体重のほとんどが彼女の首にかかった。苦しみのあまりもがき鴉の腕に爪を立てるが、その力は弱まらない。胸元が外気に晒されたのを感じ、自身を守る盾が取り払われたことを彼女は察した。
しかしこのままでは終われない。最後の力を振り絞り逆上がりの様に勢いをつけ、自身の首を絞める腕に右脚を絡ませた。そのまま体をねじるように回転させ体重をかけ、彼の力が少し弱まったところで首の拘束から逃れる。
「……げほっ、はっ…、はぁ」
リングに倒れ込み肩で息をする。呼吸も整わないままに片膝を立てて立ち上がろうとすると、至近距離に鴉の顔があった。彼女は動けなかった。
“残り0分33秒”
まるで愛する者と見つめ合うかのように、その切れ長の瞳から逃れられない。無理もないだろう。目の前の男の心次第で、生きるか死ぬかが決まるのだから。
「お前を私の手で殺せないのが残念だ」
感情の読めない瞳で鴉が小さく呟いたのを、なまえの耳が捕らえたその時。ひやりとした手が彼女の肌に触れた。
――ボンッ
彼女の胸元で起こる爆発。
「っあぁ…!!」
大きくのけぞり、バランスを崩した彼女はどさりとその場に倒れる。会場中から沸き起こる割れんばかりの歓声が、どこか遠くの方から聞こえてくるような気がした。
「なまえさん!」
「そんな……」
「……っ」
螢子と雪菜が声にならない悲鳴を上げる。他の3人も、今目の前で起きていることが信じられなかった。
『――!なまえ選手ダウン!カウントを取ります!』
呆然としていた樹里が気を取り直し、カウントを始める。
その声を聞きながらなまえがモニターを見ると、もう残り時間も少ないことが分かった。胸の傷と火傷が痛む。
戸愚呂チームのメンバーを相手に、よくここまで粘ったものだ。もっとも、霊界の保護がなければ開始早々吹き飛ばされていただろうが。そんなことを思いながら、彼女は鴉の攻撃を思い出していた。わけの分からないままにあちこちで爆発が起こり、体中ボロボロだ。もうじゅうぶんだとそのまま目を閉じようとしたら、なぜか幻海の顔が浮かんだ。
――そうだ…。ここで諦めたら、幻海さんに叱られちゃう。
なまえは、今までの彼らの戦いを思い浮かべていた。どんなに血を流しても、どんなに勝ち目が無さそうに見えても、決して諦めなかった浦飯チームの戦いを。
彼らに敬意を払いたい。彼らの隣に並んで立っても、恥じることのない戦いをしたい。それなら、立ち上がらなくては。
彼女はぐっと脚に力を入れ、きしむ体を叱咤して再び立ち上がる。樹里のカウントが8秒で止まった。
“残り0分17秒”
『おぉーっと!ここでなまえ選手、再び立ち上がりました!なんという気迫でしょう!』
どうかこのまま倒れていてくれ。そう蔵馬は強く心に願っていた。隣にいる飛影も、珍しく冷や汗をかいていた。彼女から目が離せない。しかし彼らのその思いとは裏腹に、リングの女はふらつきながらも立ち上がる。
“残り0分8秒”
なまえが体を低くし、歯を食いしばりながらあらん限りの力で地を蹴る。その様子に目を細めた鴉もまた、ちらりとVIP席を見やり彼女に手を伸ばした。
“残り0分5秒”
――ボンッ
やはりというべきか、鴉とのすれ違いざまにまた彼女の体が赤く染まる。
“残り0分2秒”
どさり、と音をさせ、なまえは再び力なくその体を地に伏せた。
“残り0分0秒”
『タイムアップ!試合終了です!』
モニターのタイマーがゼロになるとともに、樹里の声が響く。会場の歓声が空気を伝ってなまえの体を震わせた。閉じてしまいそうな目を開くと、鴉がゆっくりと近づいてきている。少し遠くで立ち止まり、彼女を見下ろした。
「楽しかったぞ。…できれば殺したかったがな」
「……ふふ」
力なく仰向けに転がった彼女が、血で少し汚れた顔で息も絶え絶えに楽しそうに笑う。その様子に、鴉は眉を寄せた。
「どうした。何かおかしいか?」
「私が、ただ、やられるためだけに…立ち上がったと、思う?」
「……何が言いたい」
「気づいて、ないのね。…切れ味、良すぎたかしら?」
彼女の視線を辿ると、自身の胸に赤い筋が一本入っている。わずかに目を見開いた鴉は、倒れたままの女をゆっくりと見据えた。
その射貫くような視線を正面から受け、なまえは不敵に笑う。
「…ちょっと、違うけど…私たち、おそろいね……」
そう言ってついに目を閉じた彼女の手には、ナイフが握りしめられていた。
――ボンッ
つい先ほどまで大男の形をしていた肉塊があたりに飛び散る。会場がその派手な攻撃に盛り上がり、一気に鴉を支持する声が大きくなった。
「あなた……!」
なんてことを、と続くはずの言葉が出てこない。あまりにも凄惨な光景に、なまえは嫌な汗が止まらなかった。それにしても彼が今何をしたのかが分からない。手をかざしたと思ったら、いきなり爆発したのだ。
「……誰一人として邪魔は許さない。私は、好きな相手とは一対一で殺り合いたいのさ」
スゥ、と目を細めたと思ったら、いつの間にか鴉が隣に来ていた。なまえがハッとするのも遅く、体の右側で爆発が起こる。
「!!」
とっさに腕を出して顔と体をかばったが、右腕が熱い。どうやら火傷は多少負ってしまったようだ。いくら衝撃を緩和するとはいえ、熱に対しては不十分である。だが彼の攻撃を受けて体がまだ繋がっているのは、先ほどの大男を思い出せば奇跡に等しいだろう。なまえは後ろに飛び、なるべく距離を取るようにした。爆発のからくりが分からない以上、近くにいるのは危険だ。
“残り1分30秒”
鴉にとってもこれは予想外で、彼女をよく観察する。じわじわと追い詰めるつもりで確かに威力は抑えたが、傷を作らないほどの優しいものでもなかったはず。しかし目の前の女には、皮膚どころかその服に破れさえ見当たらない。鴉は再び彼女の視界から消えた。
――ボンッ
「ぁあっ……!」
彼がどこに行ったかを考える前に、今度はなまえの左側で爆発が起こった。先ほどよりも威力が強かったらしく、腕がひりひりと痛む。“敵を目で追うことができない”という事実に、嫌でも実力の差を思い知らされる。涼しい顔で佇む姿が、余計に彼女の神経を逆撫でした。
「少しずつ壊そうと思ったんだがな……。なぜ血を流さない?」
「…あなたに教えると思う?」
「ふっ…それもそうだな」
“教えない”ということは、彼女に爆発が効かないのには明確な理由があり、彼女自身もそれを把握しているという事。彼は先ほどの戦いを思い出した。
「針も、通さなかったな」
「……」
じりじりと移動しながら、なまえは背中の双錘にゆっくり手を伸ばす。すぐに動くことはできなかった。こちらが動けば襲われるような、まるで野生動物に捕捉されたかのような気分だ。
『なんと緊迫した空気でしょう……!実況として不甲斐ないですが、うかつに口を挟めません!』
小兎の遠慮がちな声が響いたとき、二人が同時に動いた。
なまえが毒と煙幕を駆使し、鴉との距離をいったん確保する。そして双錘を手に一気に突っ込んだ。
“残り1分18秒”
しかし思ったより早く煙幕が消えていく。鴉が下に転がっていた肉塊を爆破させ、その凄まじい爆風で飛ばしたのだ。この分だと毒も薄らいだだろう。なまえは彼が視界を取り戻す前に攻撃を仕掛けようとしたが、前方にいるはずの彼がいない。
――この一瞬でどこへ……!
その場であたりを見回していると、背中を駆けあがる嫌な気配がした。
「やはりお前は良い、なまえ」
なぜか耳元で声が聞こえ、反射的に双錘を振り上げる。しかしその腕はいとも簡単に取られ背中で捻り上げられた。まるでダンスでも踊っているかのように、鴉と向かい合わせになる。
「っ――!」
少しでも無理に動けば腕が折れる。彼女は直感した。だがぎりぎりと締め上げられるその痛みを厭わず、身をよじって抵抗しようとする。手から双錘が滑り落ち、リングに当たってカランと音を立てた。
「あまり無理をするな。私が左京に怒られてしまう」
「よく、言うわよ…!」
さも楽しそうに笑う鴉に、なまえは正面から睨みつける。しかしその勢いも、彼の掌が顔を覆ったときには消えていた。視界が狭まり、指の隙間から見えるのは己の命を奪わんとする男だけ。彼女は、自分の体が芯から冷えたような気がした。
「なまえさん!!」
蔵馬が声の限りに叫ぶ。観客たちの歓声が響く中、彼女の耳には不思議と届いた。もしかしたら気のせいかもしれない。なまえはそう思ったが、この際それでもいい。彼の存在が、彼女を奮い立たせる。
この会場のどこかで、彼はきっと見ている。それは確信していた。だって、抱きしめながらそう言ってくれたから。あの背中の温もりがふと思い出される。命の危険にさらされて初めて、なまえは自分の心に芽生え始めた感情の存在に気づいた。
――ああ、私……。
彼女の瞳が切なく揺れた。
“残り0分55秒”
「…やはり顔はやめておこう」
鴉が恍惚とした表情で顔から手をどける。しかしそのままスーツのジッパーに手をかけ、ゆっくりと下ろし始めた。どうやら服にからくりがあることは見抜かれたようだ。スーツの防御力が無くなればあの爆発にはきっと耐えられないと、なまえはなんとか逃れようと必死で抵抗する。すると、背中の腕が一瞬解放された。まさにチャンス。そう思い体勢を立て直すつもりが、唐突な息苦しさが彼女を襲った。
「っ、ぐ……」
まるでおもちゃでも持つように、鴉が片手でなまえの首を絞め上げる。爪先立ちになっているので、体重のほとんどが彼女の首にかかった。苦しみのあまりもがき鴉の腕に爪を立てるが、その力は弱まらない。胸元が外気に晒されたのを感じ、自身を守る盾が取り払われたことを彼女は察した。
しかしこのままでは終われない。最後の力を振り絞り逆上がりの様に勢いをつけ、自身の首を絞める腕に右脚を絡ませた。そのまま体をねじるように回転させ体重をかけ、彼の力が少し弱まったところで首の拘束から逃れる。
「……げほっ、はっ…、はぁ」
リングに倒れ込み肩で息をする。呼吸も整わないままに片膝を立てて立ち上がろうとすると、至近距離に鴉の顔があった。彼女は動けなかった。
“残り0分33秒”
まるで愛する者と見つめ合うかのように、その切れ長の瞳から逃れられない。無理もないだろう。目の前の男の心次第で、生きるか死ぬかが決まるのだから。
「お前を私の手で殺せないのが残念だ」
感情の読めない瞳で鴉が小さく呟いたのを、なまえの耳が捕らえたその時。ひやりとした手が彼女の肌に触れた。
――ボンッ
彼女の胸元で起こる爆発。
「っあぁ…!!」
大きくのけぞり、バランスを崩した彼女はどさりとその場に倒れる。会場中から沸き起こる割れんばかりの歓声が、どこか遠くの方から聞こえてくるような気がした。
「なまえさん!」
「そんな……」
「……っ」
螢子と雪菜が声にならない悲鳴を上げる。他の3人も、今目の前で起きていることが信じられなかった。
『――!なまえ選手ダウン!カウントを取ります!』
呆然としていた樹里が気を取り直し、カウントを始める。
その声を聞きながらなまえがモニターを見ると、もう残り時間も少ないことが分かった。胸の傷と火傷が痛む。
戸愚呂チームのメンバーを相手に、よくここまで粘ったものだ。もっとも、霊界の保護がなければ開始早々吹き飛ばされていただろうが。そんなことを思いながら、彼女は鴉の攻撃を思い出していた。わけの分からないままにあちこちで爆発が起こり、体中ボロボロだ。もうじゅうぶんだとそのまま目を閉じようとしたら、なぜか幻海の顔が浮かんだ。
――そうだ…。ここで諦めたら、幻海さんに叱られちゃう。
なまえは、今までの彼らの戦いを思い浮かべていた。どんなに血を流しても、どんなに勝ち目が無さそうに見えても、決して諦めなかった浦飯チームの戦いを。
彼らに敬意を払いたい。彼らの隣に並んで立っても、恥じることのない戦いをしたい。それなら、立ち上がらなくては。
彼女はぐっと脚に力を入れ、きしむ体を叱咤して再び立ち上がる。樹里のカウントが8秒で止まった。
“残り0分17秒”
『おぉーっと!ここでなまえ選手、再び立ち上がりました!なんという気迫でしょう!』
どうかこのまま倒れていてくれ。そう蔵馬は強く心に願っていた。隣にいる飛影も、珍しく冷や汗をかいていた。彼女から目が離せない。しかし彼らのその思いとは裏腹に、リングの女はふらつきながらも立ち上がる。
“残り0分8秒”
なまえが体を低くし、歯を食いしばりながらあらん限りの力で地を蹴る。その様子に目を細めた鴉もまた、ちらりとVIP席を見やり彼女に手を伸ばした。
“残り0分5秒”
――ボンッ
やはりというべきか、鴉とのすれ違いざまにまた彼女の体が赤く染まる。
“残り0分2秒”
どさり、と音をさせ、なまえは再び力なくその体を地に伏せた。
“残り0分0秒”
『タイムアップ!試合終了です!』
モニターのタイマーがゼロになるとともに、樹里の声が響く。会場の歓声が空気を伝ってなまえの体を震わせた。閉じてしまいそうな目を開くと、鴉がゆっくりと近づいてきている。少し遠くで立ち止まり、彼女を見下ろした。
「楽しかったぞ。…できれば殺したかったがな」
「……ふふ」
力なく仰向けに転がった彼女が、血で少し汚れた顔で息も絶え絶えに楽しそうに笑う。その様子に、鴉は眉を寄せた。
「どうした。何かおかしいか?」
「私が、ただ、やられるためだけに…立ち上がったと、思う?」
「……何が言いたい」
「気づいて、ないのね。…切れ味、良すぎたかしら?」
彼女の視線を辿ると、自身の胸に赤い筋が一本入っている。わずかに目を見開いた鴉は、倒れたままの女をゆっくりと見据えた。
その射貫くような視線を正面から受け、なまえは不敵に笑う。
「…ちょっと、違うけど…私たち、おそろいね……」
そう言ってついに目を閉じた彼女の手には、ナイフが握りしめられていた。