短編夢小説置き場
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【言わない代わりに】
私が彼と出会った――というか目撃したのは、ある家の窓から飛び出してきたとき。それも二階から。生まれつき目が良かった私は、他の人が見れば見落とすであろうものを、人として捉えた。
「……今の、なに?」
その家の玄関に呆然と佇み、自身の目に映ったそれを今一度思い出す。黒かった。全身。髪の毛はつんつんと逆立っていて、鋭い目つきが印象的だった。
だがそのまま人様の玄関前に立っているわけにもいかず、私はインターホンを押す。
――ガチャリ
「あれ、ミョウジさん。」
「こんにちは、南野君。体調は大丈夫?――はい、これ今日のプリント。」
私は自分に課せられた任務を遂行した。今日お休みだったクラスメイトの彼に、プリントを届けに来たのだ。帰る方向が同じだということで先生に指名されたのだが、女子の視線が痛かった。それもそうだ。彼は学校一の美男子と言っても過言ではないのだから。
「わざわざありがとう。遠回りじゃなかった?」
「大丈夫、うちもこっち方面だから。」
こんな時にも気遣いを忘れない男・南野秀一は、休んだ割には元気そうだ。しかし所々擦り傷のようなものが見える。
彼の怪我を凝視する私の目線に気づいたのだろう。それじゃ、と言ってドアを閉めようとする。だがさっきの黒い人物が気になる私は、慌てて話を繋げた。
「あ、ねぇ待って!さっき窓から飛び出してきた人、南野君の友達?」
「え?窓から?……気のせいじゃないかな。」
聞かれたくなさそうだが、もう一押し。
「そんなはずないよ。私めちゃくちゃ目が良くて、はっきり見えたの。黒い服着てたね。頭もつんつんで……。」
「おい蔵馬。やはりさっきの薬草寄越せ。」
「あ、ちょうどこんな……。え?」
「おい、早くしろ。…なんだこの女は。」
いきなり目の前に現れたその人に、私は目を丸くした。南野君がすごく困った――というか、面倒くさそうな顔をしている。彼のこんな表情を見れたのは貴重だ。いつもにこにこしていることが多いから。
腹の底から絞り出したようなため息をついて、南野君が私たちを家へと迎え入れてくれた。
それから私は、彼が人間ではないこと、ついでに南野君も妖怪と呼ばれる類のものだと教わった。もちろん、さすがにいきなりは打ち明けてくれなかった。しかし最初こそ彼をただの友人だと言っていた南野君だったが、その話で通すのも限界を迎えた。なぜか私が、彼らがトラブルに巻き込まれている現場に居合わせてしまうのだ。
彼の――飛影の剣撃は恐ろしいほどに速かった。きっと常人なら見えないだろう。でも私には見えた。なぜこんなに目がいいのかなんて分からないが、これがなければ窓から飛び出す飛影を見逃していただろう。産んでくれたママと、遺伝子を提供してくれたパパに感謝だ。
「よかった、目が良くて。それに運もいいし。」
「なんだ、急に。」
隣で座る飛影を覗き込むように見つめると、私が動いた分だけ彼も顔を背ける。そんなこんなで一緒に過ごすことが多くなった私と飛影は、いつの間にか恋人同士になっていた。告白らしいものなんてした覚えもないし、された覚えもない。だけどいつの間にかそうなっていた。天国のパパとママは相当びっくりしてるだろうな。娘の初彼氏が妖怪だなんて。それで言えば、私たちの関係に気づいた南野君なんて相当びっくりしてたっけ。しばらく無言で私たちの顔を交互に見てたのが、いつもスマートな彼らしくなくて面白かった。
私の言葉に飛影が照れているのはすぐに分かった。やっぱり可愛くて愛しい。そんなこと言ったら斬られそうだから言わないけど。
「ねぇねぇ、飛影の動きを目で追える人間なんて、私くらいじゃない?きっと出会えたのは運命だよ、運命。」
「……また貴様はくだらんことを。」
「あれ?ほんとにくだらないと思う?」
私は彼の肩に自分の頭をもたげた。飛影の体が強張ったのが分かる。その後はどうなるか、今までの流れからなんとなく分かっている。きっと彼はぎこちない手付きで、私の体を抱き寄せてくれるんだ。――ほら、やっぱり。彼の体温が心地いい。
「ねぇ飛影。」
「……。」
私の呼びかけには答えないが、顔がこちらを向いた。顔を上げると、その鋭い瞳が私の心臓を射貫く。ずっと言ってなかった言葉を言うのは、今なのかもしれない。私の幸せが絶頂な、今が。
「私ね、飛影のこと好きだよ。」
「……。」
「あれ。」
「……。」
「もしもーし、飛影くーん?」
一世一代の私の告白を聞き、彼はよりにもよってフリーズした。なんてことだ。心臓が飛び出そうなほどだったのに、返事が聞けそうもない。まぁ、でも期待してなかった。彼が愛を囁くような人間――もとい妖怪だとは思っていない。ただ、彼の帰る場所がいつでも私の元だといいと、そう願っているだけだから。
いつまでも私を見つめて動かない飛影を残し、コーヒーでも入れようと立ち上がったとき。
「ナマエ。」
「ぅわっ。」
呼ばれたと思ったらぐんと腕を引かれ、私の体はまたソファに舞い戻った。
「えーっと…飛影、コーヒー飲む?」
私の問いかけにも答えず、後ろからぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。その力が丁度いい加減で苦しくないのは、彼が気遣ってくれているからだろう。
「ナマエ……。」
「っ、ちょっ…。」
首筋に彼の唇を感じた。羽で撫でられているかのような優しいキスに、背筋がぞくりと反応する。
「――きだ。」
「え?」
彼が小さく何かを言った。空耳かと思うようなセリフが、彼の唇からこぼれ出た。
「え、ちょっと、もっかい言って?」
信じられなくて首だけで振り返ると、きらりと赤く輝く瞳が見えてそのまま唇を塞がれた。深く、心の内側まで届かせるようなキスにうっとりと目を閉じる。私も返すと、さらにそれは深くなった。
だが私は諦めていない。彼のあの言葉をもう一度聞くまでは。降り注ぐキスの雨をかいくぐり、目の前の恋人に懇願した。
「んっ、飛影…ねぇ、さっきのもっかい聞きたい。」
彼を見上げると、また無言で見下ろしてくる。だがにやりと笑うと、私の腰をするりと撫でた。その手つきには覚えがあり、どきりとする。
「もう言わん。…さっきオレが言ったことは、これから体で感じ取れ。」
「え…ちょっと、もう……。」
飛影は、言ったことはやり遂げる男だ。今回も例外なく。彼の唇が、手が、指先が、私の心に優しく触れ、そして伝えてくれる。燃えるようなその想いを。
彼がこんなにも雄弁だとは知らなかった。私はその降り注ぐ愛を、目を閉じて受け入れる。ただの一語も逃さぬように。
私が彼と出会った――というか目撃したのは、ある家の窓から飛び出してきたとき。それも二階から。生まれつき目が良かった私は、他の人が見れば見落とすであろうものを、人として捉えた。
「……今の、なに?」
その家の玄関に呆然と佇み、自身の目に映ったそれを今一度思い出す。黒かった。全身。髪の毛はつんつんと逆立っていて、鋭い目つきが印象的だった。
だがそのまま人様の玄関前に立っているわけにもいかず、私はインターホンを押す。
――ガチャリ
「あれ、ミョウジさん。」
「こんにちは、南野君。体調は大丈夫?――はい、これ今日のプリント。」
私は自分に課せられた任務を遂行した。今日お休みだったクラスメイトの彼に、プリントを届けに来たのだ。帰る方向が同じだということで先生に指名されたのだが、女子の視線が痛かった。それもそうだ。彼は学校一の美男子と言っても過言ではないのだから。
「わざわざありがとう。遠回りじゃなかった?」
「大丈夫、うちもこっち方面だから。」
こんな時にも気遣いを忘れない男・南野秀一は、休んだ割には元気そうだ。しかし所々擦り傷のようなものが見える。
彼の怪我を凝視する私の目線に気づいたのだろう。それじゃ、と言ってドアを閉めようとする。だがさっきの黒い人物が気になる私は、慌てて話を繋げた。
「あ、ねぇ待って!さっき窓から飛び出してきた人、南野君の友達?」
「え?窓から?……気のせいじゃないかな。」
聞かれたくなさそうだが、もう一押し。
「そんなはずないよ。私めちゃくちゃ目が良くて、はっきり見えたの。黒い服着てたね。頭もつんつんで……。」
「おい蔵馬。やはりさっきの薬草寄越せ。」
「あ、ちょうどこんな……。え?」
「おい、早くしろ。…なんだこの女は。」
いきなり目の前に現れたその人に、私は目を丸くした。南野君がすごく困った――というか、面倒くさそうな顔をしている。彼のこんな表情を見れたのは貴重だ。いつもにこにこしていることが多いから。
腹の底から絞り出したようなため息をついて、南野君が私たちを家へと迎え入れてくれた。
それから私は、彼が人間ではないこと、ついでに南野君も妖怪と呼ばれる類のものだと教わった。もちろん、さすがにいきなりは打ち明けてくれなかった。しかし最初こそ彼をただの友人だと言っていた南野君だったが、その話で通すのも限界を迎えた。なぜか私が、彼らがトラブルに巻き込まれている現場に居合わせてしまうのだ。
彼の――飛影の剣撃は恐ろしいほどに速かった。きっと常人なら見えないだろう。でも私には見えた。なぜこんなに目がいいのかなんて分からないが、これがなければ窓から飛び出す飛影を見逃していただろう。産んでくれたママと、遺伝子を提供してくれたパパに感謝だ。
「よかった、目が良くて。それに運もいいし。」
「なんだ、急に。」
隣で座る飛影を覗き込むように見つめると、私が動いた分だけ彼も顔を背ける。そんなこんなで一緒に過ごすことが多くなった私と飛影は、いつの間にか恋人同士になっていた。告白らしいものなんてした覚えもないし、された覚えもない。だけどいつの間にかそうなっていた。天国のパパとママは相当びっくりしてるだろうな。娘の初彼氏が妖怪だなんて。それで言えば、私たちの関係に気づいた南野君なんて相当びっくりしてたっけ。しばらく無言で私たちの顔を交互に見てたのが、いつもスマートな彼らしくなくて面白かった。
私の言葉に飛影が照れているのはすぐに分かった。やっぱり可愛くて愛しい。そんなこと言ったら斬られそうだから言わないけど。
「ねぇねぇ、飛影の動きを目で追える人間なんて、私くらいじゃない?きっと出会えたのは運命だよ、運命。」
「……また貴様はくだらんことを。」
「あれ?ほんとにくだらないと思う?」
私は彼の肩に自分の頭をもたげた。飛影の体が強張ったのが分かる。その後はどうなるか、今までの流れからなんとなく分かっている。きっと彼はぎこちない手付きで、私の体を抱き寄せてくれるんだ。――ほら、やっぱり。彼の体温が心地いい。
「ねぇ飛影。」
「……。」
私の呼びかけには答えないが、顔がこちらを向いた。顔を上げると、その鋭い瞳が私の心臓を射貫く。ずっと言ってなかった言葉を言うのは、今なのかもしれない。私の幸せが絶頂な、今が。
「私ね、飛影のこと好きだよ。」
「……。」
「あれ。」
「……。」
「もしもーし、飛影くーん?」
一世一代の私の告白を聞き、彼はよりにもよってフリーズした。なんてことだ。心臓が飛び出そうなほどだったのに、返事が聞けそうもない。まぁ、でも期待してなかった。彼が愛を囁くような人間――もとい妖怪だとは思っていない。ただ、彼の帰る場所がいつでも私の元だといいと、そう願っているだけだから。
いつまでも私を見つめて動かない飛影を残し、コーヒーでも入れようと立ち上がったとき。
「ナマエ。」
「ぅわっ。」
呼ばれたと思ったらぐんと腕を引かれ、私の体はまたソファに舞い戻った。
「えーっと…飛影、コーヒー飲む?」
私の問いかけにも答えず、後ろからぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。その力が丁度いい加減で苦しくないのは、彼が気遣ってくれているからだろう。
「ナマエ……。」
「っ、ちょっ…。」
首筋に彼の唇を感じた。羽で撫でられているかのような優しいキスに、背筋がぞくりと反応する。
「――きだ。」
「え?」
彼が小さく何かを言った。空耳かと思うようなセリフが、彼の唇からこぼれ出た。
「え、ちょっと、もっかい言って?」
信じられなくて首だけで振り返ると、きらりと赤く輝く瞳が見えてそのまま唇を塞がれた。深く、心の内側まで届かせるようなキスにうっとりと目を閉じる。私も返すと、さらにそれは深くなった。
だが私は諦めていない。彼のあの言葉をもう一度聞くまでは。降り注ぐキスの雨をかいくぐり、目の前の恋人に懇願した。
「んっ、飛影…ねぇ、さっきのもっかい聞きたい。」
彼を見上げると、また無言で見下ろしてくる。だがにやりと笑うと、私の腰をするりと撫でた。その手つきには覚えがあり、どきりとする。
「もう言わん。…さっきオレが言ったことは、これから体で感じ取れ。」
「え…ちょっと、もう……。」
飛影は、言ったことはやり遂げる男だ。今回も例外なく。彼の唇が、手が、指先が、私の心に優しく触れ、そして伝えてくれる。燃えるようなその想いを。
彼がこんなにも雄弁だとは知らなかった。私はその降り注ぐ愛を、目を閉じて受け入れる。ただの一語も逃さぬように。
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