序・邪眼師と花の精
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わたしが話し終えたとき、あたりは水を打ったような静けさだった。盲目であるが故、まわりが何を考えているのかわたしには手に取るように分かってしまう。驚いていたり、胸を痛めていたり。……飛影のほうへ意識を向けることは、今はできなかった。
心配そうにこちらを見る視線に気づきそっと声をかけると、小さな声で彼女は尋ねてきた。
「それで……その方とは、その後……。」
そうね、純粋な彼女のこと。きっと気になるのでしょうね。
もうこれ以上重い空気にはしたくないと、気持ちを切り替え、にこやかに堂々と話すことにした。後悔などない。
「特に何も……って、言ったらいいのかしら。今まで通りにいろんなお話をして、とても楽しく毎日を過ごしましたわ。」
大丈夫、ちゃんと言えるはずよ。
「……あのお方はしばらくして、商家の娘さんと所帯を持ち、お子様にも恵まれました。単純な話ね、あのお方はわたしと同じ気持ちではなかったのだわ。」
誰かが息を飲んだのが分かる。大丈夫、だいじょうぶよ。
「生まれたお子様たちは残念ながら霊力には恵まれず、他にわたしを認識する者はおりませんでした。けれど彼も今や一家の主。……一日中、庭にいるわけにもいかないでしょう?」
想像し、思わずくすりとする。無理などはしていない、本心から笑みがこぼれた。
「ですから自然とあのお方と過ごす機会は減っていきました。けれど、それがかえって良かったのかもしれません。わたしは次第に彼とご家族に、また違った感情を抱くようになりました。」
思い出した恋心は形を変え、優しい甘さとなってわたしの心に再び舞い降りた。当時、あの方たちを見守っていた時と同じ穏やかな気持ち。
「幸せになってほしいと、ただ、それだけをご家族の皆様に願っておりました。……幸い、皆様は大きな事故や流行り病に侵されることもなく、次の代へと、人の営みを続けていかれましたわ。」
「――お前が、願ったからか。」
突然、彼の声が聞こえてどきりとした。――飛影。
「お前は強く願って、その声と姿を手に入れた。ならば他人に対しても同じじゃないのか。お前の願いは、強ければ強いほど叶うんだろう。」
「……冴えてますね、飛影。」
「フン、少し考えれば分かる。」
少し緊張したような声で、蔵馬さんが声をかけた。二人の間に何か、違和感とも言いきれないような些細な何かを感じる。
「……そうかもしれませんね。その当時は、考えてもみなかったけれど……。わたしの思いがご家族の安寧に繋がったのだとしたら、それほど光栄なことはありませんわ。」
確かに私はあのお方に恋をしたけれど、結ばれるとは思っていなかった。それに、心のどこかでそれでいいと思っていた。あのお方が幸せに生きていけるなら。
だけど、今回は違う。
「それから約200年、あの家でいろいろな人間たちを見守ってきましたわ。ふいにまた、わたしが見える者が現れないかと頭の片隅で考えながら。……ずっとその期待を裏切られてきたけれど、ようやく飛影に――そして、みなさんに出会うことができました。」
微笑むと、みなさんの気配も綻んだのが分かった。長く生きてきてよかったと、初めて心の底から思えたかもしれない。
「ですからわたし、今とても幸せですわ。」
静流さんに抱きしめられ、桑原さんの涙声を聞き、幽助さんに頭をくしゃりと撫でられ……。みなさんとの出会いに感謝しながら、わたしは飛影のことを考えていた。
彼がわたしを蔵馬さんや桑原さんと引き合わせてくれなかったら、こんなにもあたたかい人間たちに出会うことはなかった。……ずっと、一人だった。
あのときわたしに声をかけてくださってよかった。名前を聞いて、一緒にすごす時間を作ってくださってよかった。不器用だけれど確かな彼の優しさが、視線が、気配が、わたしの心を満たしてくれる。
この気持ちはもうじゅうぶん知っている。会いたくて涙を流した、それがわたしの気持ち。胸を締め付けるような、けれど、以前のように苦しくはない。とても穏やかで、あたたかい気持ち。いつのまにかこんなにも大きくなっていたなんて。
できれば今度はこの思いを伝えたい。時間が許す限り、あなたのお側にいたいから。