序・邪眼師と花の精
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わたしが目を覚ましたのは7日目の朝、あれからちょうど一週間後だった。その間は桑原さんのお姉さん、静流さんと、雪菜さんがいろいろとお世話をしてくれていたらしい。
飛影に朝食を持ってきた彼女がわたしを見て、やっぱり起きてたんだ、とにこりと笑った。さすがと言うべきか、彼女も霊感が強いらしく、わたしが目覚めたのもなんとなく感じたようだった。
「彼がNAMEちゃんを抱えてうちに来たときはびっくりしたわよ。」
言いながら煙草を持った手で飛影を指した。雪菜さんがお水の入ったグラスを渡してくれたので、本当は必要ないが少しだけ喉を潤す。
「ほっぺは腫れてるわ、あちこち泥やら血やらで汚れてるわで……。すぐに体を拭いてあげたかったのに飛影君は放してくれないし。」
あはは、と笑う静流さんに、くすくすと口元を隠す雪菜さん。飛影はバツが悪そうにそっぽを向いた。
「おまけにカズも帰ってくるなりおろおろ見てるでしょ?ったく、男どもときたら……情けないったらありゃしない!」
「おい……。」
続ける彼女に口をはさむも、ふぅ、と煙草の煙と一緒に簡単にあしらわれる飛影。なんだか今までに見たことのない彼だわ。
「そんなわけでとりあえず、あたしのお古を着てもらってるの。着替えはさせたけど、そんなに体は見てないから。ごめんね、勝手にいろいろと。」
唐突に謝られたので慌ててしまう。そんな、むしろ……。
「いいえ、わたしの方がきちんとお礼を申し上げなくては。」
失礼だと分かりながらも、ベッドの上でできるだけ姿勢を正す。
「あぁ、いいのよ!まだつらいでしょ。」
再びにこりと笑う静流さん。やっぱり桑原さんのお姉さんだわ、こちらも優しい気持ちになる。
「木の妖精さんなんだって?いっぱい光合成して、元気になりなよ!」
「えっと、光合成で……?」
頭を撫でてくださる静流さんと、困惑気味の雪菜さん。女性の知り合いがまた一人増えて、飛影たちとは違う心地よさを感じた。
わたしが眠っていた間のことを彼女たちが教えてくれ、去ったあと、飛影が尋ねてきた。
「体はどうだ。」
目を閉じ、自分に集中してみる。今まで藤の木と離れたことはなかったけれど、遠くにいても意外と問題はない。蔵馬さんが治療をしっかりと施してくれたおかげで、むしろ前よりも明確に藤の波動を感じることができた。
「問題ありませんわ。わたしと藤は今も繋がっております。」
「そうじゃない。」
「え……?」
ふぅ、と小さく息をつき、そっぽを向いて遠慮がちに続ける。
「もう……痛むところは、ないか。」
飛影が呟いた。消え入りそうな、絞り出した声だった。ちょうど7日前、わたしが最後に聞いた声音と同じ。まるでこちらが泣きたくなるような……。
「なぜ、そのようなお顔をなさるの?」
たまらずわたしは両手で彼の手を包み、握る。急に触れられ驚いたのか、彼がこわばったのを感じた。
飛影がいなかったら、わたしは今こうしてここにはいられなかった。彼の骨ばった少し大きな手を感じながら考える。そういえば目覚めてから、飛影にもお礼を言えてないわ。ずっとそばで見守っていてくださったのに。
「……ありがとうございます。駆けつけていただいて。」
わたしの手を握り返すように、ぐっと飛影が力を込めた。
「飛影、あなたが来てくださらなかったら、わたしは……。」
思い出し、眉をひそめる。不快な感覚が蘇ってきてしまった。あの男に吸い付かれた首筋、切りつけられた痛み、わたしを撫であげるあの手……。
「NAME。」
ぐい、と飛影に抱き寄せられ、思考がそこで止まった。
彼のたくましい腕と、そして鼓動を感じ、心が安らいでいく。ずっとこのままでいたい。
窓からのあたたかい日差しにも誘われ、そっと目を閉じる。
「……NAME。」
ぽつりとまた彼が呟いた。まるで一つの旋律のようだわ。ぎゅ、と肩に回った手に力がこもり、わたしたちはさらに近づいた。
「飛影。」わたしも彼に応えようと背中に腕を回したけれど、ぱっと体を離された。
わたしには見えないけれど、真剣な目をしていることが分かった。ただ、どこか迷いのような、いらだちのような。そんな色も見え隠れしていた。
「飛影?」
何をそんなに葛藤しているのかしら。
さらに何か声をかけようとしたけれど、なぜ彼の気がこんなにざわついているのかが分からない。どんな言葉にしようかと選んでいると、
コンコン。
ノックが聞こえた。
「はい。」
「やぁ、おはようございます。飛影も。」
にこりと入ってきたのは、木の治療に専念してくれていた蔵馬さんだった。彼もわたしの目覚めを感じ取り、体に異変はないかと様子を見に来てくれたらしい。
飛影はいつのまにかベッドわきの椅子に腰かけている。そんな彼を一瞥した後、蔵馬さんが口を開いた。
「どう?体の調子は。おかしいところはないですか?」
「ええ。遠くにいても藤との繋がりを感じられますし、何も問題はありませんわ。本当に、ありがとうございます。」
頭を下げるわたしに、いや、と手を振る蔵馬さん。
「誰かさんに早く治せとせっつかれましてね。」ピクリと飛影の気配が動いた気がした。
「魔界植物用の薬を使ったんだけど……。よかった。特に副作用も出てないようで。」
と、急に立ち上がる飛影。
「飛影、どこへ?」
蔵馬さんの問いにも答えず、出て行ってしまった。気のせいかしら、先ほどよりも荒々しい気配になっていたような……。わたしは呆然としていた。
せっかく会いに来てくださったのに、蔵馬さんに気を配ることはもうできなくなっていた。飛影の開け放った窓から感じる優しい風を受けても、沈んだ気持ちはどうにもならない。わたしはつい小さく呟いてしまう。
「……飛影は、わたしが疎ましいのかしら。」
「え?」
先を促すような返事をいいことに、少しずつ胸の内を明かしていく。
「……わたし、あのとき飛影に来ていただけて、とても嬉しかったんです。もうお会いできないんじゃないかと、覚悟を決めていたから……。」
先ほどまで飛影の座っていた椅子に腰かけ、蔵馬さんは静かに耳を傾けてくれている。
「そんな矢先、目が覚めて最初に飛影にお会いできて……。ほんとうに嬉しくて。わたしの心は安らいだのですが、彼の気配は曇ってばかりで……。それに、」
「……。」
ああ、もう止まらないわ。
「……いつものような、あたたかい音がしないんです。いえ、正確には、そのあたたかさがいらだちや怒りで隠れてしまっていて……。」
ぎゅっと目をつむり、何かにすがりたくて胸の前で両手を組む。
じっと聞いてくれていた蔵馬さんが、ふわりとわたしを包み込んだ。わたしの知らない、甘くかぐわしい花の香りがする腕の中、彼の長い髪がわたしの頬をくすぐる。意図がつかめず、思わず硬直してしまった。そうしてしばらく背中を撫でてくれていたと思うと、体はそっと離れていく。
そしてそのまま肩に手を置かれ、何か言いたげにじっと見つめられた。切なくなるような何かを含んだ、痛いほどの視線。
意図を探るようにこちらも彼を見返すと、まるで嘘のようにぱっと雰囲気が明るくなった。そして、ちょっとしたお仕置きです。と、背もたれに体を預ける。窓の外、遠くを見るような目でくすりと微笑んだようだった。そんな様子に少し戸惑っていると、
「飛影はNAMEさんのことをそんな風に思ってないよ。」
最初のわたしの質問に、蔵馬さんははっきりと答えた。ほとんど独り言のように紡がれたわたしの疑念を、正面から否定した。
「でも……。」
飛影のあの気配。以前とは変わってしまった。
「彼は、NAMEさんを危険な目に合わせた自分を責めているんだ。」
「責める……?」
ああ、と蔵馬さんが続ける。
「責めているから、自分でもどうすればいいか分からない……。きっと、彼にとっては初めての感情だろうね。」
まさかそんなことを。まったく予想できなかった答えに、何も言うことができない。だって助けに来てくれたのは彼よ、責めるなんて……。
「飛影のことだ。……自分の気持ちを整理するまで、時間がかかるでしょう。」
またくすりと笑う。
「だから、あなたは何も気にしなくていい。また夜にでも来るだろうから、そのときにいつものように笑ってあげてください。」
飛影とつきあいの長い彼が言うのであれば、そうなのかもしれない。でも……、
「そんなことで?」
やっとのことでわたしは蔵馬さんに返事ができた。きっとわたしはおかしな表情をしている。けれど、蔵馬さんはとても優しい口調で言った。
「もちろん。彼にとって、NAMEさんの笑顔が一番の安定剤だ。」
飛影の胸の内を間接的に聞いてしまった負い目は少しあるけれど、こうしてゆっくりと彼のことを話すことができて嬉しいのは事実。そのおかげでわたし自身も、心の整理がついたようだった。
わたしは飛影のことを大切に思っている。だからこそ、あの方のことを話さなければ。わたしには説明する責任がある。それに、今回のことでたくさんの方を巻き込んでしまった。
「蔵馬さん。」
ん?とわたしの言葉を待つ。
「今夜、みなさんに集まっていただくことはできるでしょうか。」
「みんな?NAMEさんに会ったことのある人たち?」
こくりと頷く。
「今回のことでみなさんを巻き込んでしまいましたわ。ですから、話しておきたいのです。」
ぎゅっと胸の前で拳を握る。
「わたしがなぜ人の形を成しているのか。」