序・邪眼師と花の精
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桑原の家にNAMEを運びこみ3日。初めは百足の再生装置に入れようと魔界へ行くつもりが、蔵馬に止められた。
“ただでさえ躯の仕事をおざなりにしているんだろう。そんな中でNAMEさんを連れて行けば、状況はさらに悪くなるぞ。”
あいつに覆いかぶさる雑魚を見てから目の前が真っ赤になっていたが、その言葉でだいぶ冷静になれた。おかげで気づけたことがある。今のNAMEに再生装置は無意味だ。傷は藤の方ばかりで、こいつは不思議にも無傷そのもの。頬の腫れもだいぶ引いた。一見すればただ眠っているだけにしか見えないが、いまだ目を覚まさないのは木の傷がよほどひどいのだろう。切断された断面から、毒のようなものを確認したと蔵馬が言っていた。身も心も弱らせてから連れて行こうという奴らの企みが見え、右腕の黒龍がうずいた。
「飛影、NAMEちゃんは……。」
「……。」
そっと部屋に顔をのぞかせた桑原に、目だけで答える。
「……そうか。」
気まずいほど静かな時が流れる。こいつは正義感の強い男だ。人間界にいながら、NAMEの危機に間に合わなかったことで自分を責めている。
今回の敵は腹立たしいことに、俺に化けていたようだった。四次元屋敷のときのコピーの奴には劣るが、それなりだったらしい。いくら霊感が強いとはいえ、そのせいですぐには感知できなかったんだろう。
「……ひえ、「いい、言うな。」…。」
詫びを入れられたところで何になる。こいつにつらい思いをさせたのは俺も同じ。自分で自分を八つ裂きにしたい気分だ。
「いや、でもよぉお前……。」
睨むとようやく黙った。
雪菜が心配そうに見つめていたが、俺は気づかないふりをした。
「おじゃまします。」
コンコン、と扉をノックし、蔵馬が入ってきた。
「どうだ。」
NAMEから目を離さず問う。
「できるだけのことは続けてますよ。焼けた箇所と切断面、それぞれに昨日と同じ薬を使った。……ただ、オレの使う薬は強力だけど魔界のものだからね。人間界の植物に効果があるか……。」
「いいから治療を続けろ。」
「……。」
俺に植物の知識はない。……何もしてやれない。
眉を寄せ、じっと俺を見据える蔵馬。俺の妖力が騒いでいるのを感じ取り、警戒すべきかどうか見極めているんだろう。
構えたが、蔵馬の口から出た言葉は、俺の予想していたものと違った。
「飛影。あれからろくに寝てないだろ。」
「……。」
「それに、何も食べてないって静流さんから聞いてる。……気持ちは分かるが、少しは自分のことも考えるんだ。」
そういうことか。まったく、今は耳障りだ。
「チッ――だからなんだ。俺が休めば、食えば、こいつは起きるのか?」
魔界であいつらの本拠地を幽助と見つけ、乗り込んでいたのが仇となった。まさか先に人間界に来ている奴らがいたとは。気づくのが遅れた。NAMEを守りたくて動いていたはずが、このざまだ。自分が愚かで笑えるぜ。
やつの顔すら見ずに俺は続けた。
「フン、俺は俺のやりたいようにやるだけだ。お前らは口を――、」
バキィッーー!
言い終わるか否か、衝撃が走り、俺の視界が逆さまになっていた。見ると、桑原が拳を振り下ろしている。
「かぁー!もー見てらんねぇ!」
「桑原君!」
「和真さん……!」
二人にかまわず俺を指さしながら続けた。
「お前ぇなぁ、腐ってんじゃねぇぞ!いつものお前なら……。」肩が震えている。「……お前なら!オレのパンチなんか避けられるだろうが!」
言われて気づいた。確かにそうだ。床に寝ころびながらこいつをぼーっと見る。殴っておきながら俺よりも痛そうなツラしてやがる。このアホンダラが!などとぶつくさ言いながらどかりと座るこいつに、雪菜がそっと寄り添う。気に食わない。だが理解せざるを得ないらしい。まさかこいつに諭される日が来ようとは。
「そーだぞ、飛影!桑原のへなちょこパンチなんか食らってる場合じゃねぇ!」
からからと明るい声の男が、いつの間にか俺をのぞき込んでいた。
「……幽助。」
「こいつが目を覚ました時によ、おめーがへろへろだったら締まらねーぞ?」
にかりと気持ちよく笑う。
そして、ふとやわらかい目をしたと思ったら、
「好きな女を、自分のせいで泣かせるわけにはいかねーだろ。」
と言われた。
好きな、女。
俺が大人しくなったのを見て、蔵馬がくすくすと笑いだす。
「やっぱり、幽助には敵わないよ。桑原君もね。」
「あ?なんだよ。」
俺の様子を分かって言っていたのか、それともまた直観と勢いか。誰にも分からない、幽助には幽助のセンスがある。
飛影さん、と、俺たちの成り行きを見ていた雪菜が、そっと口を開いた。
「私と和真さんでNAMEさんを初めてお訪ねしたとき、……NAMEさん、泣いていらしたんです。」
ばっと上体を起こす。雪菜の横で、桑原は真剣な表情をしていた。
「NAMEさん、私たちに心配をかけないように、すぐに笑顔でお話してくださったんですが……。私は妖怪だから耳が良くて。それで、聞こえてしまったんです。――飛影、って。」
俺の心臓がまたどくんと鳴る。
「ですから、NAMEさんが目を覚まされたとき、また、飛影さんのことで泣いてしまったら、私……。」
ふるふると、雪菜が両手を握りしめ言い切る。
「私、飛影さんのこと、許しませんから!」
俺と同じ緋色の瞳に見据えられ、不覚にも言葉に詰まる。こいつがこんなに自分の意思をぶつけてきたことはあったか?
いまだ目を逸らさない雪菜に、どうにか「ああ。」とだけ答えると、満足そうに笑った。その明るい笑顔は、俺の気に食わないやつに最近似てきた気がする。
「そういえば、魔界の方はもう片付いたのかな。」
俺たちのやりとりを見ていた蔵馬が言う。そうだ、幽助がここにいるということは。
「ああ。全部ぶっ飛ばしてやった!後片づけは躯んとこの下っ端にやらせたけどな。」
傘下のやつらか。あいつらなら適当にうまいことやるだろう。あ!そーだ!と、俺の顔を見て叫ぶ。
「おめー躯が顔出せって言ってたぞ?大丈夫かよ!」
やつの口ぶりを思い出したのだろう。ぶるっと身震いする幽助。
「フン、適当にごまかしとけ。」
「いぃ!?オレがぁ?……なぁ、蔵馬ぁー!」
「はいはい、一緒にご機嫌取りに行こうか。」
躯、お菓子とか好きかな……。それともお酒?と、ぽそりと呟く元黄泉軍軍事参謀総長。
騒がしくて子守歌にはならないが、俺はそのまま眠りに落ちた。
やつらに散々言われた手前、静流に出されたものは食ったし、夜はNAMEのそばで眠った。俺の変化に、持つべきものはやっぱダチねー!と、軽い足取りで食器を下げていく。
あれから今日で6日目。荒ぶった躯を菓子で静めに行くという任務を遂行した蔵馬が、俺への報告とともに、藤の木は回復したと言っていた。だが肝心のこいつは目を覚まさない。
「NAME……。」
月明かりに照らされるこいつの手を握り、俺はベッドに突っ伏した。
夢を見た。あいつが微笑み、俺の手を取り弾むように一緒に歩く。紫がかった黒髪が風に攫われ、俺の視界で気ままに踊る。変わらず美しかった。
「飛影。」
振り返り、あいつが俺を呼ぶ。今まで何度も呼ばれた俺の名前。夢の中でも形の良い唇から紡がれる。
“NAME”。
答えようとするが声が出ない。俺は自分の喉に触れる。あいつはいつの間にか手をすり抜け、俺の少し前で振り返っている。
次の瞬間、さっきまで笑顔だったNAMEは精気のない顔で俺を責めた。
「飛影、痛いわ。苦しいわ。」
“NAME”!
叫ぶも喉は震えず、体は重く動かない。抱きしめて謝りたいが、黒い靄がかかり顔すら見えない。いやだ。
「どうしてすぐに来てくださらなかったの?」
俺の足元が砂のように崩れていく。徐々にあいつの着物は破れ、美しい髪も乱れていく。
「ねぇ飛影、なぜなの?」
じわりと嫌な汗をかく。
心臓が暴れだして目が覚めた。人生で最悪の寝起きと言ってもいい。窓からの日差しが眩しく、かすむ目をこする。同時に、何か違和感を感じた。
ばっと勢いよくNAMEを見る。
そいつは虚ろな目で宙を見つめていた。ゆったりとした呼吸で天井の一点を見つめる。
すると俺に気づき、顔を少し傾けていつものように微笑んだ。
「おはよう…ございます、飛影。……今日も、良い…気候ですね。」
まだ夢の続きを見ているのだと思った。だが、NAMEの少し掠れた声を聞き、涙のこぼれそうな瞳を見て、やっと現実なのだと分かった。
柄にもなく震える手を伸ばし、起き上がろうとするNAMEを支える。そして、何も考えないまま強く抱きしめた。どうしてもそうしたかった。細くやわらかく、そしてあたたかい。確かに今、俺の腕の中にいる女。
俺の、愛しい女。
NAMEが俺の背にそっと手を伸ばし、静かに涙を流したのを感じた。
けっきょく俺は雪菜や幽助にどやされるのだろうな、と、緩む口元を抑えられずに考えていた。