序・邪眼師と花の精
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
せっかくみなさんで会いに来てくださったのに、やはり飛影の前であの方のことを話すことが難しく、不自然にはぐらかす結果となってしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。いつもの枝に腰かけ、わけもなくぷらぷらと脚を遊ばせるものの、そんなことで気分が晴れないのは分かっていた。
じっと飛影に見つめられていたのが、余計にわたしの口を重くしたようだった。
「なぜかしら……。」
考えてはみるものの一向に答えは出ない。そもそも誰かとお話しすること自体が、あのお方以来。自分の感情の機微が分からなくても、仕方ないと言えばそうなのだけれど……。
あの3人が去ってからひと月ほど。わたしは一人でいることが多かったけれど、時たま蔵馬さんや桑原さんが尋ねに来てくれた。ひとことふたこと会話し、帰られる。……なかなか彼は来てくれない。住んでいる場所が魔界という世界らしく、お仕事もお忙しそうだと、蔵馬さんがおっしゃっていた。でも平気、ここはあの方がいらっしゃった場所だから。
すっかり荒れ果ててしまった家屋を眺めながら、懐かしい当時を思い出す。すると、
「あら?」
脳裏に浮かんだのは飛影のあの鋭く優しい色だった。
いつのまにかあの方よりも飛影が私の心を占めている。自覚したのは、今回が初めてだった。そういえば、いつからお会いしていないのかしら。
一度考え始めてしまうと、やはりごまかせない。会いたくて仕方がないと、心が叫んでいるようで。
「…飛影……。」
気づけば、口をついて彼を呼んでいた。
「おいおい、いったいどうしたんだい、NAMEちゃん!」
力強くも優しそうな声が聞こえた。わたしははっとして、お返事をする。考え事をしていて気づけなかった。
「こんにちは、桑原さん。」
「こんにちは、じゃねえよ!どうしたよ、涙流して……。」
言われて初めて気がついた。自分の目元に触れてみると、液体がこぼれてきている。涙というものは知っていた。人間たちが流していたから。でも、今までこんなことなかったのに。わたしが涙を流すことなんて。どんなに悲しくても、あの方が、この世を去ったときでさえも。
「まぁ、本当ですわね。……なぜかしら。」
そんなことより、と、目元をぬぐい答える。一緒にいらしている方にもご心配をかけてしまう。
「そちらの方は、初めましてですね。」
二人の前に降り、桑原さんの隣の方に話しかける。
どことなく飛影に似た気配に、わたしは確信した。
「あなたは、雪菜さんですね。」
「あ、はい。あの、なぜ私を……?」
「飛影からたくさんお話を伺っていますよ。」
にこりと微笑むと、「そうでしたか……。」と、彼女ははにかんだように笑った。とても可憐な、氷の妖怪。彼の、飛影の妹君。ついいろいろと話したくなるけれど、彼の意思を汲んで何も言わないでおきましょう。
「ひ、飛影が雪菜さんの話を……!?」
青ざめる桑原さんに気づき、思わず笑ってしまった。先ほどまでの沈んだ気持ちは和らいだようで、やはり人の温もりは偉大だと感じさせられる。
「桑原さん、雪菜さん。ありがとうございます。」
顔を見合わせる二人にまたくすりとこぼれる。可愛らしいお二人だわ。人間と妖怪。わたしとあの方とは少し違うけれど、でも似ている。同じ時を生きられない者同士。
幸せになってほしいと、心から願う。
あれからお二人に涙の理由を聞かれたけれど、飛影に会えなくて寂しい、などとは恥ずかしくてとても言えず、自分でも分からないと答えた。きっとわたしの下手な嘘に気づいていたはずだけれど、それ以上は聞かれなかった。それでもやはり心配してくださるのか、去り際に何度も振り返っていたお二人。やはりお優しい。
蔵馬さんもそう。わたしの力を狙う者がいると教えてくださってから、頻繁にお話に来てくださる。こんなわたしを気にかけてくださる方々がいる……。
「いつまでもめそめそしてちゃだめだわ!」
再び彼が……、飛影がいらしたときに、またきれいだと言っていただけるよう、もっと美しく花を咲かせなければ。
自分の心を落ち着かせ、木に触れる。美しい薄紫の花弁たちはさらに色鮮やかに踊った。
お二人の訪問から数日後、待ち望んだ気配が近づいてきたのに気づき、ぱっと顔を上げた。
「飛影!」
思わず笑みがこぼれる。彼はわたしの隣に初めて降り立ち、いきなり手を引いた。枝に乗るとお前を傷つけそうだ、と、頑なに地面に座ってらしたのに。ただならぬ気配を感じる。
驚くわたしに、飛影は慌てたように言った。
「お前の身が危ない。ここを去るぞ。」
必死さが伝わってくる。彼の思いに比例して、ギリギリと握る手に力がこもる。
「お前を失いたくない。俺の側に、魔界へ行こう。」
「っ……飛影、痛いですわ、お待ちになって。」
「もたもたするな……いいからはやく来い!」
初めて聞いた乱暴な物言いにはっとした。もともと淡々と話す方だったけれど、決して尖った言い方はしない方のはず。
それに、彼のあの清廉さが感じられない。
喜び跳ねたわたしの心は、鉛となって沈んだ。そうすると別の感情が頭をもたげてくる。
「あなたは飛影ではありませんわ。」
突如変化したわたしの気配に、相手が怯む。
「何を言う。おかしなやつだ。」
今まで怒ったことは一度もなかったけれど、目の前の男が飛影のふりをしているのがとても悲しく、どうしようもなく頭にきた。
手を振りほどき、未だわたしを信じ込ませようとあがく男の体を、伸ばした枝で拘束する。
「はじめは騙されてしまいましたが、あなたからは彼の悲しさや鋭
さが感じられません。……それに、あたたかさも。」
シュルシュルと枝をゆっくりと巻き付けていく。男は意外にも静かにしている。
「何のために彼のふりを?」
全身を覆いつくさんとしていたとき、鋭い痛みが走った。
「っ……!」
切られた。拘束していた枝がどさりと落ち、自由になった男も地面に降り立つ。
刀をぽんぽんと手で遊ばせながら、別の声が聞こえてきた。
「だから最初から3人で攫おうって言っただろ?まったく、手こずりやがって。」
「おっ、噂通りの女だな。」
かすかに残っていた飛影の気配も無くなり、最初の男は本当の姿を現したようだった。
「っ……すまねぇ、兄ちゃんたち。」
仲間がいたのね、どうりで焦る様子がないと……。もしかしてこの3人が。
「あなたたちが、わたしの力を……。」
自身で体を抱きしめ痛みを堪えるわたしに、笑いながら男のうちの一人が言う。
「ああ、お前は俺たちのお頭の晩飯だ。その前に味見だな……、ははっ。」
「おいおい、お頭に殺されるぜ?」
薄笑いの舐めるような視線を感じる。
こんな者たちに食われるわけにはいかないわ。なるべく速く枝を動かし、彼らを拘束する――はずだった。
ザシュッ――
「くっ……!!」
ああ、彼がきれいだと言ってくださったのに……。落ちていく花々に、心が冷えるのを感じる。
「まあまあ焦るなよ。お前美人だし、すぐ連れてくのももったいねぇ。」
いつの間にか兄と呼ばれた男に抱えられていた。
はっとしたのも遅く、いつも飛影が眠っていた場所で、背中を地面に叩きつけられる。わたしが痛みに顔を歪めても目もくれず、腕を頭上で固定する男。逃れようと枝を伸ばし抵抗するも、真上から聞こえる言葉に耳を疑い、止まってしまった。
「チッ、邪魔だな。おい!少し燃やせ。」
燃やす?何を……。
近くで何かをこする音がし、そのあと、全身が熱く、熱く、気が狂いそうな痛みに襲われた。
「っあ……あぁ!!!!」
「全部焼くなよ、こいつの力が弱まるといけねぇ。」
焼けたわたしの枝が、また、切り落とされる。
「っ、はぁ……っはぁ……。」
腕は自由になっていたけれど、もう抵抗する力は残っていない。
「いいか、黙って脚開いてろ。な?もう痛い思いしたくないだろ。」
必死の抵抗も虚しく、着物の裾からあらわになった脚を撫であげら
れる。全身を襲う悪寒とは裏腹に、頭には血が上る。
「放しなさい!っ……汚らわしい!」
バシッーー
息を整え抵抗するも、たったいま撫でていたその手で頬を張られた。男の感情次第で羽にも鞭にもなるその手が恐ろしかった。やっとのことで灯った小さな勇気は成すすべもなく消えてしまう。そのまま荒い息で首筋に嚙みつかれ、着物の袷を乱暴に広げられ……。これが何を意味するのか。定かではないけれど、体の芯から冷えるような恐怖を感じる。女の体でこの世に顕現したわたしには朧げに分かってしまった。
ああ、飛影、ひえい――。最後にあなたに――。涙がまたこぼれ、とどまることを知らない。悔しい。目を閉じると、あなたのあたたかさが浮かぶようだわ。
ぎゃっ……!っ――!
――がっ!……!
――――。
突如男たちの叫び声が聞こえたと思ったら、何かがわたしの上に降り注ぐ。そしてその後は静かになった。あまりの静けさに、痛みと恐怖で耳も聞こえなくなったと錯覚してしまう。いいわそれでも。これから先、あなたの声を聞けなくなるのであれば――――。
外気にさらされた肌を再び守るように、乱れた着物が直される。誰かがわたしを抱き起こしてくれたけれど、その気配は知っているようで知らない、とても荒々しいものだった。かすかに目を開ければ都合のいい幻か、そこには見たことのないはずの飛影がいる気がした。
「……ひ、ぇい、なの……?」
かすれる声で尋ねると、肩を支える手に力がこもった。すごく疲れたわ。もう、意識を保てない。
「NAMEさん!」「NAMEちゃん!」遠くから口々に誰かが私を呼ぶ中、
「……NAME。」
消えそうに呟いた彼の声だけがやけにはっきりと聞こえた。