結・邪眼師と花の精と願い
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翌朝、不機嫌な躯にまた来ると約束して魔界を出た二人は、屋敷の藤の木のもとへと来ていた。昨夜の人間界は雨だったらしく、雫をまとった花々がきらきらと揺れている。
「最後の願い事をするには、やはりここがいいわ。」
飛影の隣に立ち、木の幹を撫でながらNAMEは言った。
「あなたと初めてお会いした、この場所が。」
自分を見つめて微笑む花の精を見て、彼は昨夜も尋ねたことをもう
一度聞く。
「本当にいいのか。」
「ええ、もう決めましたわ。」
彼女の意志のこもった瞳を見て、飛影は記憶に新しいやり取りを思い出した。
――そんなことできるのか?
――わたしの願いですもの。きっと叶うわ。
――確かにそうだが……。今までとは少し毛色が違うぞ。
――ええ、覚悟はできておりますわ。……結果がどうなろうとも。
――分かった。お前の決めたことだ、好きにしろ。
――ありがとう、飛影。
「フン、言い出したら聞かないというか……。」
「あら、信念が強いと言ってくださる?」
くすりと笑った後、NAMEの瞳が不安からわずかに揺れた。
「ねえ、もしわたしが……。」
言いかけたところで、飛影はNAMEの手を取る。
「言っただろう。お前がどう変わろうと、俺は変わらないと。」
「飛影……。」
「俺は、自分も知らないうちにいつの間にかお前に惚れてたんだ。……今更どうなろうと、お前を手放すつもりはない。」
そのままぐっと腕を引かれたと思ったら、NAMEの唇に何かが触れた。それは柔らかく、少しひやりとしていた。あまりにも急で、それが彼からの口づけだと気づいたのは数秒後だったが、彼女は“口づけ”の意味を理解することができない。意外と反応が薄いと見た飛影はもう一度近づくが、迫る彼の顔を見てようやく脳が働き頬を染めた。
「ひ、ひえい……。」
少しのけぞり追撃を逃れたNAMEだったが、上手く力が入らずによろよろと浮遊する。しかし腕は掴まれたままなので、距離を取ることもできない。
「どうした。」
赤い顔で己を見つめる彼女が可愛く、にやりと笑みがこぼれる。もう一度目の前の紅い果実を奪いたいところだが、再び触れてしまえば歯止めが利かなくなりそうだ。ここへ来た目的を忘れるわけにはいかない。飛影はいろいろと考えていたが、結局NAMEを解放し、一歩後ろへと下がった。彼女の願いを見届けるためだ。
NAMEはそんな飛影に微笑み、己の最後の願いを心に思い浮かべた。ぎゅっと目を瞑り、強く強く心に思い描く。
どれだけの時間そうしていたか。しばらくじっと動かずにいたNAMEは、そっと目を開けた。
「終わったか?」
全身から力を抜いたような様子のNAMEに、飛影が後ろから声をかける。
「ええ。……叶っているのかどうかは、実感がわかないけれど。」
「心配するな。今まで叶わなかったことがあるか?」
NAMEの最後の願い。それは、“これ以上力が強くならないように”そして、“願いを叶える力を失くせるように”というものだった。
生まれてから約200年、今もどんどんと膨れ上がる精霊としての力。それはとどまることを知らず、ついに妖気と融合までした。新しい力を得て、ますます力の歯止めが利かなくなることをNAMEは恐れた。“飛影とずっと一緒にいたい”。これが今の彼女の一番の願いだが、もしもそれが己の力で叶えられてしまったら?相手の意志も、自分の意志すらも分からなくなり、一個の願いとして機械のように処理されてしまったら?彼女は怖かった。
胸の前でぎゅっと拳を握る彼女を、飛影は見つめる。
「力が強くなるのは、きっと素晴らしいこと。……それは分かっているつもりなの。けれど、それでまた誰かに狙われても困りますわ。それに……大切な願いほど、自分の努力で叶えたいと思ったの。」
「……。」
「……今更だけれど。」
ふっと自嘲気味にNAMEは笑う。
「もちろん嬉しかったわ、わたしがこのように形作られて、そしてあなたと見つめ合うことができるようになって。……でもこれからの願いは、やっぱり自分自身で叶えたいのよ。」
ずいぶん自分勝手なことを言っているのは分かっていた。今まで力の恩恵に預かっておいて、今度は怖くなったなどと。しかし今や彼女の力は大きくなりすぎた。“ずっと一緒に”。そう思ってしまったが最後、何よりも大切な飛影の気持ちを置き去りにし、縛り付けることになるかもしれない。もはや、彼女の願いは彼女だけのものではなくなったのだ。無意識に両腕で自身を抱きしめるが、飛影と目が合ってすっと心が軽くなる。
「……今のわたしの願いは、あなたのお側にいさせてもらうことですわ。」
藤の花から、きらりと雨粒が落ちた。NAMEは飛影に笑いかける。
「今度は、自分自身で叶えていくつもりよ。……時間が許す限り。」
彼女はとても幸せだった。
出会った頃と変わらない穏やかな微笑み、そして藤色の瞳を、飛影はやはりきれいだと思った。今までに何度思ったか分からないし、これからも彼女に心を奪われ続けるのだろう。
「フン、お前がどうその願いを叶えていくのか、俺は特等席で見物させてもらおう。」
ふわりと浮かぶNAMEに近づき、手を伸ばす。
「……もっとも、つまらないぐらい簡単に叶うだろうがな。」
彼女の腕を引き、もう片方の手で風に遊ばれる髪を愛おしげに撫でた。飛影は楽しそうに口の端を上げているが、その瞳は熱を秘め揺らめいている。そんな彼の様子に、NAMEの頬はいとも簡単に色づいた。観念したとばかりに地面へと足をつけ、彼の腕の中へ身を寄せる。
「あの……お手柔らかに……、」
消え入りそうに彼女が言うが早いか、唇が重ねられた。
それは触れては離れ、わずかに角度を変えてまた重なる。髪を撫でていた手は、そのままNAMEの後頭部を軽く押さえるように添えられている。
飛影は、NAMEの存在を確かめるように彼女の唇を楽しんだ。甘く柔らかいそれは、まるで禁断の果実のようだ。薄く目を開けると、愛する女の伏せた睫毛が微かに震えているのが見える。どうやら彼女はもう限界のようで、ぎゅっと飛影の肩にしがみついていた。仕方なく彼は腕を緩める。
「はぁ……っ、は、……もう、言ったじゃない……。」
肩で息をするNAMEは、そのまま彼にしがみついている。“お手柔らか”でなかったのは確かだが、それでも飛影は抑えたつもりだった。彼女の顔が真っ赤なのは、酸欠のところに急に酸素が入ってきたから、というだけではないだろう。
非難するように見つめてくるNAMEに、飛影は悪びれもなく言ってのける。
「お前が悪い。」
「まあ……!」
なぜ自分が悪いのか見当もつかないNAMEは、両手を握りしめて抗議の目線を向ける。しかしそれは残念ながら、再び飛影の心を掻き立てる要素にしかならなかった。彼から言わせてみれば彼女のこの瞳が“悪い”のだ。透き通るように輝くこの瞳が。
出会ったばかりの頃に比べると、さらにいろんな表情を見せるようになったとNAMEを見つめる。高潔に微笑む彼女も美しいが、少しむくれた様子の彼女も、また新しい一面を見つけたようで愛おしい。
――さて、どう機嫌を取ったものか。
飛影はそうは思うものの、大して気にしてはいない。むしろ楽しんでいた。腕の中の彼女が、可愛らしく頬を染めているからだ。
今日は何をして過ごそうかと、すっかり己の日常に溶け込んだ穏やかな時間を想像する。飛影はNAMEを抱いていつもの枝に飛び上がった。