中・人間界と魔界
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緊張を解いてうなだれた飛影、その隣でこの状況を読もうと頭を回転させるNAME、そして二人の正面には躯。最初にこの部屋に入ったときと同じ構図で三人は座っていたが、取り巻く空気はまったく別のものだった。
「……俺たちを試したな。」
「え……?」
飛影の言葉に、NAMEは躯へと視線を動かす。彼女は黙って口の端を上げただけだった。
「おおかた、趣味の悪い挨拶といったところか。……貴様の考えそうなことだ。」
「部外者が魔界に来るってことは、つまりこういうことだ。」
『考えそうなこと』と言う割には必死だったなと、先ほどの飛影の様子を思い出しベッドで悠然と続ける。
「ここでは常に誰かに命を狙われる。そこで、護衛ともいえる飛影が危機に陥ったとき、NAMEがどんな行動をするのか見てみたくなった。……お姫様がどれほどの覚悟で、お前の隣を選んだのかをな。」
もっともらしいことを言っているが、そこには飛影がどれほど本気でNAMEに惚れてるのかという、躯の好奇心も少なからず混じっていた。
“覚悟”と聞き、NAMEは先ほどの自分の言葉、そして行動を思い出す。
飛影を救うためなら体の一部を失うなど、彼女にとっては造作もないことだった。想いが通じ合っていると分かった今、彼を失うなどなおさら考えたくもない。しかし、あの藤の木はいったい何だったのか。状況からすると自分がやったのだろうとは思うのだが、初めてのことだ。明らかに以前とは違う力が開花し始めている。
「すると俺は貴様の興味のために、サンドバッグにされたのか。」
飛影の抗議の声で、NAMEは考えるのをやめた。苛立つ彼に、そうだとあっけらかんと答える上司。何か言い返そうと考えを巡らしていたようだが、何も浮かばなかったらしい。飛影は眉を寄せたまま口を閉じた。
「それにしてもNAME、お前も植物の召喚が出来るんだな。」
お前『も』ということは、もちろん一人目に思い当たるのは蔵馬である。
「いいえ、躯さま。先ほどのような召喚は初めてです。なぜそれができたのか、わたしも考えていたのですが……。」
頬に手を当て、つい今しがたたどり着いた仮説を話してみる。
「やはり、妖力が入ってきたのが要因ではないかと。今までよりも出来ることが増えているのかもしれません。」
ここで少しNAMEの表情が曇った。まただ。魔界へ来たいと言ったあの日と同じ。飛影は見逃さなかった。
「……憶測にすぎませんが。」
「いや、じゅうぶんだ。……お前がそう思うならそうなんだろう。」
自信のない彼女を励ますかのように躯が告げる。すっかりNAMEを気に入ったらしく、普段なら好まないはずの煮え切らない返答を受け入れた。
「さあ、遅くなったが、ティータイムとしよう。……おい!」
手を叩き、外で待機していた部下を呼ぶ。彼女のお気に入りの献上品である茶葉を指定しているのを見て、この後も長くなりそうだと飛影はため息をついた。
「今日は疲れただろう、ゆっくり休むといい。」
躯がついにこの言葉を発するまで、おそらく1時間半ほど。隣で繰り広げられるガールズトークを話半分で聞き、たまに相槌を求められれば頷いていた飛影。しばらくは、ああ。とか、そうだな。としか言っていなかった気がするが、それでも二人の会話はとんとんと弾む。
自分がいなくても会話が成立すると分かればいつもなら席を立つところだが、今日一緒にいるのはNAMEだ。彼女を置いていくなど考えられない。
自分の生活圏に恋人がいる。初めて口にした紅茶も気に入ったらしく、嬉しそうだ。すっかり躯と打ち解けた様子に安堵するも、この何ともむずがゆい空間に落ち着きなく空いたカップをいじる。いいかげん飽きてきたところで、先ほどの解放宣言だ。飛影は、待ってましたと言わんばかりにNAMEの肩に手を伸ばした。たくさん話して少し興奮気味なのか、頬が少し上気している。満足そうな様子につい彼も口元が緩みそうになるが、これ以上躯に酒の肴を与えるわけにはいかないので、ぐっと奥歯を噛みしめて彼女を両腕で抱える。
最初は客人用の部屋を用意させようとしていた躯だったが、飛影は自分の部屋に連れていくとそれを断った。慣れない環境の中で彼女を一人にしたくないという配慮からだったが、躯にはそれだけに思えなかったらしい。そんな彼女の表情を見て明らかであるのは、“何か余計なことを考えている”ということだ。
「……なんだ。」
よせばいいのに、視線に耐えきれなくなりつい聞いてしまった。それが良くなかったらしい。
「NAMEはお疲れだ。……はしゃがず、ちゃんと寝かせてやれよ?」
「チッ……。」
躯の余計な一言を導いたのは紛れもなく彼だ。飛影は軽く睨んだが、まさに自業自得といったところである。
至極楽しそうな視線を背中で受けながら、飛影は自室へと向かった。
先ほどと同じようなベッドとテーブル、ソファなど、必要最低限の家具が置かれた暗い部屋。さすがに広さまで同じとはいかないが、それでも個室を与えられているだけましだ。さすが、筆頭戦士といったところだろう。
初めての恋人の部屋に少し緊張気味のNAMEを、飛影はそっとソファへ下ろした。
「どうだ、魔界は。」
「そうね……とても刺激的ですわ。」
端的な質問にこれまた彼女も端的に答えたが、その一言にはたくさんの意味が詰まっている。表情から察するに、満足したのは間違いないだろう。
「……素敵なお方なのね、躯さまは。」
上司を褒めるNAMEを、穴が開くほど見つめる飛影。どこが素敵なのかさっぱり分からない彼は、今一度躯のことを考えてみる。だがどう思い出しても、彼女の圧倒的なパワーの前に沈む自分しか出てこなかった。
「……フン。」
不満そうな飛影を見透かすように、
「あなたも、嫌いではないでしょう?」
と、NAMEは優しく諭す。彼が一時でも“ここに留まろう”と思ったということは、そういうことなんだろうと彼女は思った。躯のことはまだよく分からないが、あの強さの陰に飛影に似た悲しさのようなものを感じる。そういうところからみても、二人は波長が合うのだろう。
しかしこの話題から早々に撤退したい飛影は、ごほんと咳払いをして藤の木の召喚の話を持ち出した。
「さっきのあれは、あの屋敷の木を魔界へ呼んだのか?」
急な舵取りをした彼に小さく笑い、NAMEはまた先ほどの光景を思い出す。
「そうだと思ったのだけれど、今考えてみたらあれは違ったような気がするのよ。」
「……じゃああれは何だったんだ。」
飛影の問いに、NAMEは自分の両手に集中する。淡い光が掌を包んだと思ったら、そこに一房の藤の花が形作られていた。
「……おそらく、こういうことですわ。」
わずかに目を見開く飛影に、彼女は説明した。
「あの木の一部を呼んだというより、わたしが新たに作り出した、といったほうが相応しいかもしれないわ。躯さまはあの枝の拘束を一瞬で解いていたけれど、痛みはもとより、わたしに伝わる感覚が全くなかったのよ。」
ここまで話したところでまた、NAMEは表情を曇らせた。
「……魔界植物って……、妖力ってすごいのね。どんどん新しい力がみなぎってくるような気がするの。まるで……。」
すごいと言う割には全く嬉しそうではない。今しがた生み出した花を手元で遊ばせながら、この先を言っていいものかと俯いていた。
飛影は、彼女がこの表情をするたびになぜかと考えていたが、今の話を聞いてなんとなく分かった気がした。
「まるで、自分が自分でなくなるような感覚か?」
はっと飛影へ顔を向けるNAME。なぜ分かるのかと言いたげだ。
「少し前から悩んでいただろう。妖力と精霊の気が融合し、自分の力が強くなっていくのを。」
「……ええ。」
「その力が次第に、自分の手に負えなくなる日が来ると……おおかた、そんなことを考えているんじゃないか?」
NAMEはじっと飛影を見つめていたが、やがて毒気の抜かれたような表情でため息と一緒に微笑んだ。
「すごいのね、あなたって。」
「何がだ。」
「わたし、誰にも何も言わなかったはずよ。」
「お前が分かりやすいだけだ。」
第三者とのかかわりがほぼ無いNAMEにとって、確かに隠し事は難しい。嘘をつかせてもすぐに見抜けるだろう。それでも周りに余計な心配はかけまいと気を張っていたつもりだ。しかし飛影の観察眼も大したものである。特に初めての恋人相手では、その才能は遺憾なく発揮された。
困ったように眉を下げ「まぁ意地悪ね。」と笑うNAMEを、飛影は抱き寄せる。
「……心配するな。」
移動距離の長い場合はほとんど飛影に抱かれているものの、それとは違う意味合いの温もりにNAMEは小さく肩を揺らす。鼓動が少しずつ速くなり、二人きりだという状況を今更ながらに意識した。
「お前がどう変わろうと、俺は変わらない。」
ゆるりとNAMEの頭を撫でながら、飛影は思っていることを伝える。本当はもっと複雑で、胸がきゅっと掴まれるような切なさを含んでいたが、うまく言葉にできなかった。こんなとき蔵馬なら――と思いかけたところで、正気を保つようにぎゅっと目を瞑る。
――しっかりしろ。今NAMEをその腕に抱いているのは誰だ。
髪を撫でる手と反対の手が、きつく彼女の腰を抱く。呼応するようにNAMEもまた、彼の意外とがっしりとした背中に腕を回した。そしてそのまま、甘えるように飛影の肩に頬を寄せる。その様子に、つい今しがた彼の脳内に現れた赤い髪の男は、いつもの微笑みで消えていった。
ほんの少しNAMEが視線を上げれば、こちらを見下ろす緋色の瞳とぶつかる。出会った時と変わらない、氷のように鋭く清廉で、激しい炎のような飛影を表す瞳。いつも彼女を見守っていた、不器用ながらも優しい瞳。彼に出会えたことで、一辺倒だった彼女の日常は鮮やかに色づいた。
――この瞳がわたしを映してくれるのなら、この先、もう何も怖くないわ。
「あのね、飛影。」
彼の呼吸のリズムが心地いい。
「わたし、ちょっと考えていることがありますの。」
不思議そうな飛影を見つめながら、NAMEは彼女が“ちょっと考えていること”を話した。