中・人間界と魔界
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数日後、飛影とNAMEの二人は魔界へ来ていた。危惧していた瘴気だったが、妖力がうまく緩衝材になっているらしい。体に異変はなかった。その淀んだ空と生ぬるい風、そして微かに漂う血の匂いに、NAMEは目を瞬かせる。予想以上の環境に、ここで暮らす魔族や妖怪たちのことを考えた。
「空が……。」
思わずつぶやく。それは空と呼ぶには、今までに見たことのない色をしていた。
「驚いただろう。……まったく、こんなところを見に来て何が楽しいんだ。」
己の生活圏を“こんなところ”呼ばわりする飛影は、その脳裏で別のことを考えていた。
できれば躯に会わせたくない。魔界へ来たことは妖気でバレているだろうが、すぐに帰れば何も言われないだろう。適当にその辺りを見て回り、早々にNAMEを人間界へ帰そうと飛影は目論んでいた。彼女に会った時を想像し、空を仰ぎ見る。面倒なことになりそうだ。
だが残念なことに、嫌な想像ほど現実になるものである。遠くからの百足の気配にその場を去ろうとした飛影だったが、こちらに狙いを定める妖気を同時に感じ取り、観念せざるを得なかった。
NAMEが百足に気づいたのはその振動が伝わってきた頃で、見上げる大きな物体に、口がわずかに開いたまま固まってしまっていた。
「よォ飛影。」
短めのオレンジ髪を風になびかせ、城主が顔を出す。
「女連れで職場にご帰還とは、なかなかやるじゃねーか。」
「わざわざ主人が外まで出迎えに来るのも、なかなか変わっている
と思うがな。」
様子をうかがうNAMEに、憎まれ口を叩いた飛影が、あれが躯だと目線で指す。
小柄ながら引き締まった肉体と隙のない佇まい。顔の半分は皮膚が剥がれているが、それでも美しいと分かる容姿。そしてこちらを見下ろす視線には知性とカリスマ性。それに加え、飛影をいとも簡単に負かすという秀でた格闘センス。NAMEは、今までに会ったどの女性とも違う躯に目を奪われた。
「おや?お姫様は盲目だと聞いていたが……。まあいい、いろいろと話を聞かせてくれ。」
目を細めて笑う彼女に、飛影は嫌な予感がする。今日はNAMEを帰してやれなさそうだ。
「歓迎するぜ、花の精よ。」
二人を招き入れた百足は、また魔界の大地を揺らすのだった。
真っ直ぐに要塞内を歩き、飛影はNAMEを抱いて躯に続く。すれ違う妖怪たちはみな、美味そうな訪問者に思わず足を止めてしまうが、城主と筆頭戦士の妖気に慌ててその場を離れるのだった。
「入れ。」
入り口で渋っていた飛影は、躯に小突かれて中へ入る。広い部屋にベッドと簡単なソファや机のあるそこは、躯の私室だった。
「まぁ座ってくれ、簡単に自己紹介でもしよう。といってもオレは、一方的にお姫様のことを知っているわけだが……。」
どかりとベッドに座り、大きく伸びをした躯は続ける。
「躯だ。ここを取り仕切っている。いちおうそいつの上司だ。」
NAMEを向かいのソファに降ろす飛影を顎で指す。
「はじめまして、躯さま。NAMEと申します。この度はお会いできて光栄でございます。」
一度ソファに座らされたが、もう一度立ち上がり屈んで頭を下げるNAME。己の体内に妖力が混じったからか、躯の圧倒的な妖気を感じて否が応にも萎縮してしまう。
「あの、こちら……。」躯に着席を促されたNAMEは静かに腰を下ろし、そっと包みをテーブルの上に差し出した。
「蔵馬さんに進言していただいて、お酒をお持ちしました。」
「これは……。」
机に置かれた箱を見て、躯は目の色を変える。それは以前、蔵馬が人間界から持ってきた酒の中で、特に気に入った様子のものだった。今回の魔界での円滑な面会のため、念のために彼が用意していたものである。飛影は、癪だがこういうときのやつは頼りになると思っていた。そもそも会わないに越したことはなかったのだが。
「“
勢いよくベッドから飛び降り、その箱から瓶を取り出すと、愛おしそうに抱きしめる。
「まったく、あの狐。うちに欲しいくらいだ。……おい飛影、冷やしとけ!」
「チッ、なんで俺が……。」
楽しそうに話す躯に、NAMEの緊張は少しずつほぐれる。肩の力を少し抜いた彼女に、飛影も内心胸をなでおろした。
小さめの冷蔵庫のようなものに美酒が格納されるのを見届け、何でもないように躯は口を開く。その穏やかな笑みのせいで、何を言われたのかを二人はすぐに理解できなかった。
「で?NAME。お前はその体のどの部位をオレに差し出してくれるんだ?」
あまりに美しい微笑みと対照的な言葉に、脳の処理が追い付かない。じんわりと耳鳴りがしている気がする。そんなNAMEを横抱きにし、飛影は一足飛びで躯から距離を取った。すでに臨戦態勢は取れている。
「貴様、どういうつもりだ。」
睨む彼には目もくれず、その腕の中のNAMEを恍惚と見つめる。
「その身に宿す莫大な力……、それだけあれば少しだけでじゅうぶんだ。なに、全部寄越せとは言わねぇよ。オレには慈悲の心があるからな。さぁその美しい髪か、腕か?眼球は……、やめとくか。せっかく見えるようになったんだもんな。」
脚を組み、頬杖をついて緩慢に女王は続ける。少し考えた末、「そうだ!」と指を鳴らした。
「脚がいい。どうせ歩けないなら要らないだろう。移動は出来るみたいだからな。」
「おい、聞け!」飛影が唸る。冷や汗が背中を流れるのが分かった。
立ち上がり、ゆっくりと近づく躯。と思えば、一気に距離を詰めて二人を吹き飛ばした。
NAMEは痛みに顔をしかめるが、彼女の実力はこんなものではないだろうと想像した。少し離れたところに倒れる飛影を視認する。NAMEを守るために立ち上がった彼は、再び躯に沈められていた。
初めて見る飛影の姿、そして命のやり取りに、NAMEは魔界という世界を思い知った。自分がいた場所とはまるで違う、力だけがものをいう世界。彼女は己の浅はかな思いを悔やんだが、今となってはもう遅い。倒れては何度でも立ち上がる飛影に、彼女の視界は涙で歪む。己のせいで愛する人が傷つき、血を流している。自分はといえばそばに駆け寄ることすらできず、非力にもただ見ていることしかできない。視力があっても何もできない現実に、NAMEの心臓は悲しさと悔しさで一層強く脈打った。
はやく、はやく助けなければ。ぎりぎりと拳を握りしめ、強く願う。どうにかして彼を助けたい。ふらふらと立ち上がる飛影の背中を見つめる。一刻も早く、彼を……。
次の瞬間、藤の花の香りがふわりと彼女の鼻腔をかすめた。
ザァッーー!
突然の出来事だった。躯は広がる景色に目を疑う。
「な……!」
藤の花が舞うなか、彼女の四肢は、その枝に捕らえられていた。
躯の動きが一瞬止まった。これ幸いにと、飛影は背後で床に伏せているNAMEのもとへと駆け寄る。
「大丈夫か。」
「飛影!あなたのほうこそ……!」
話している暇などない。次の瞬間には枝から自由になっていた躯が口を開く。
「予想以上だぜ……。ますます気に入った。」
一歩、また一歩と歩を進める彼女に、危機感を覚える。近づく彼女はその背に“死”を背負っていた。
「どうかおやめください、躯さま……!」
その言葉に眉を寄せる躯だったが、かまわずNAMEは続けた。
「わたしの体ならば、どこでもお好きなところを差し上げますわ!ですから、どうか彼を……。飛影を、これ以上傷つけないでくださいませ……っ」
「おい、余計なことを言うな!」
飛影が叫ぶのと同時に、女王の足がぴたりと止まる。まるで水中にいるかのような静けさに、お互いの呼吸音もよく聞こえた。爪の先ですら少しも動かせないような緊迫感の中、うつむく躯はククク、と肩を揺らした。
「初めは命乞いかとも思ったが……。ははっ、なるほどな。さすが飛影を骨抜きにした女だぜ。」
顔を上げNAMEを見つめる目は、先ほどとは打って変わって、楽しそうに弧を描いている。
まるで違う躯の様子にNAMEは戸惑い、飛影を見た。付き合いの長い彼なら、これが彼女の通常なのか否かを判断できると思ったからだ。しかし彼はしばらく驚いたように目を見張っていたと思ったら、一度小さく舌打ちをしただけだった。