中・人間界と魔界
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躯のお墨付きで数日は人間界にいてもいいとのことだったので、しばらくNAMEと過ごせることに飛影は気分が良くなっていた。
「どこか、見てみたい景色はあるか。」
翌日、彼女に尋ねてみる。せっかく見えるようになったのだから、望むならどこへでも連れていきたい。仲が良い様子の、雪菜に会いに行くのもいいだろうと飛影は考えていた。
「いいえ、わたしはここからの景色を見ているだけで、じゅうぶん満足していますわ。」
にこりと笑いかけ、それに、と続ける。
「飛影がいてくださるもの。あなたをこの目に映せるだけで、わたしは幸せよ。」
200年間暗闇で生きてきた彼女の本心だった。なんといじらしいことか。NAMEの言葉に、飛影は心臓を鷲掴みにされたような感覚だ。
思わず手を伸ばし、彼女を腕の中に閉じ込める。小鳥のさえずりを聞きながら、飛影はこの甘美な瞬間を胸に刻んでいた。そんな彼はめずらしく、完全に気を抜いていたらしい。
「やほー、アツいねお二人さん!」
「「!!」」
唐突な第三者の声にびくりと肩を揺らすほどに。振り返れば、よっと片手を上げる幽助がいた。それに、いつもの笑みを浮かべた蔵馬も。
「チッ……。なんだ、もうこっちへ来たのか。やつとの酒盛りなら、三日は足止めを食らうと思っていたんだがな。」
邪魔をされたという認識の飛影は、不機嫌を隠しもせずに眼下の二人に言う。
「彼女お気に入りの戦士が、ようやく自分の幸せを掴みに行ったことでご機嫌でね。ずいぶんなペースで飲んでたんだよ。」
「オレらも巻き添え食らうとこだったけどよ、主催者が先に潰れてくれて助かったぜ。」
酒には強いほうの躯だが、よっぽどのペースで飲んだのだろう。介抱する時雨の渋い顔を飛影は想像した。
一方NAMEは、飛影との抱擁を見られた恥ずかしさもあるが、久々の訪問者に嬉しそうだ。
「お久しぶりです、幽助さん。……蔵馬さんも。」
二人の目をしっかりと見ながら挨拶をするNAME。蔵馬に目線を合わせたところで二人にしか分からない笑みのやり取りがあったが、今回ばかりは見逃すことにした。飛影がNAMEに会いに人間界に来れたのも、半分くらいは蔵馬のおかげなのだ。
しかしやはり気に食わないので、彼女の肩をしっかりと抱きながら蔵馬を見る。さりげなく牽制していたつもりだったが、それよりも気になることがあるらしく何のダメージにもなっていない。さすが、観察眼に優れているといったところか。
「NAMEさん、キミ、目が……。」
NAMEの変化に気付いたようだった。
普段から視線を合わせるように話していたNAMEだったので、はた目にはいつもと変わらないように見えるらしい。
「へぇー、すげぇな。」
彼女が枝から降りてきたので、幽助はまじまじと近くでその瞳を見る。愛の力ってやつか?とこっそり飛影に耳打ちすると、いつもの何倍も鋭い眼光が飛んできた。慌てて蔵馬の背後にまわる。
「まぁなんにせよ、よかったじゃないか。彼女はまた一つ、自分の願いを叶えることができたんだ。」
くすりと蔵馬がその場を収めるが、人知れずNAMEはその表情を曇らせていた。何か考えがまとまったようで口を開くも、少しすれば口をつぐむ。ふいに視線を感じそちらを向けば、飛影がじっとこちらを見ていた。今までの様子を見られていたと知ると、取り繕うように慌てて口を開く。
「ね、願いと言えば、実は、あともう一つだけ……。」
つい先ほどまで考えていたことと別の話題をNAMEが持ち出したことは、飛影の目には明らかだった。しかし、あえて何も言わずにそのまま聞く。
「わたし、魔界へ行ってみたいんです。」
「だめだ。」
何も言わずに聞こうとしたが、内容が過激だったため無理だった。
「どうして……?」
「魔界には瘴気がある。お前の体には合わん。」
残念そうな顔をするNAMEに罪悪感が沸いてくるが、それでも飛影は彼女を魔界に来させるわけにはいかなかった。彼の言いたいことが分かる幽助と蔵馬も、黙って成り行きを見守る。
瘴気。魔界に立ち込めるそれは、普通の人間にとっては毒のようなものだ。本体が人間界の植物であるNAMEも例外ではない。
「それに、魔界は遠い。いくら蔵馬の魔界植物の薬で力が増大したとはいえ、そんなにこの木と離れていいはずがないだろう。お前の
本体だぞ。」
飛影にかなり心配されていると分かったNAMEに、それ以上何も言えるはずがない。そうね、と言ったきり、視線を落としていた。
「魔界植物……。」
「どうした?蔵馬。」
口元に手を当てて考え込む蔵馬に、幽助が声をかける。何か引っかかったらしい。うん、と一人で納得すると、
「まぁここで立ち話もなんだし、移動しましょうか。」
と、にこやかに皆をエスコートした。
「で、なんでウチなんだよ。」
猫の栄吉を抱きながら、困惑顔の桑原が出迎える。今日は日曜日だった。
「いやぁ、あそこから一番近いし。それにNAMEさんも、久しぶりに雪菜ちゃんや静流さんに会いたいかなって。」
「桑原クーン、お茶ぁ―。」
「いいのかしら……。お邪魔します。」
「……。」
ははは、とごまかす蔵馬に、自由な幽助。そして飛影に抱えられているNAMEを呆然と室内に見送りながら、桑原は人数分の湯飲みを用意しにキッチンへと向かった。
静流は仕事で留守にしていたが、雪菜との久々の再開に喜ぶNAME。彼女の目が見えるようになったいきさつを話したところで、蔵馬は本題に入った。
「NAMEさん、オレがあなたを治したとき、魔界植物用の薬を使いましたね。」
こくりと頷くNAME。そして、
「その薬の材料自体も、実は魔界植物なんだ。」
何か難しい話が始まりそうな予感に、部屋中が身構える。
「植物という生物は薬の成分を取り込み、そのまま自身のものにすることがある。人間のように代謝して体外に排出せずにね。だから、NAMEさんの体内に魔界植物の成分が……つまり妖力が、残っている可能性があるんだ。」
流れるような蔵馬の説明に感嘆する一同だったが、他より一足先にはっとした飛影が尋ねた。
「それがどうした。まさかそんなことで、NAMEが魔界へ行けるだなんて言わないだろうな。」
「そう、そのまさかだよ。」
予想していなかった答えに飛影は瞠目する。
「彼女の植物としての組成は、半分とまではいかないが魔界植物に似てきているはずだ。もともとあった精霊の気ともうまく融合している。魔界へ行っても差し支えないはずだよ。」
予想していなかったのはNAMEも同じだった。ここへ来て己の主張が通るかもしれない可能性に浮足立つ。
「飛影!」
きらきらした瞳で彼女に見つめられ、飛影はぐっと言葉につまった。彼はこの目に弱いのだ。もう誰にも彼女を止められないと思われたが、もう一つ大事なことを飛影は思い出した。
「本体の木と離れて大丈夫なのかは、まだ分からないだろう。」
フフンと勝ち誇ったような彼だったが、思わぬ強敵が現れた。
「確か、人型の精霊はすごく力が強いんですよね?本体と離れても問題ないはずだと、以前おっしゃっていませんでしたか……?」
「雪菜さん……!」
またもNAMEの瞳が輝く。そうだった。かなり前に蔵馬が言っていたのを思い出した飛影は、がくりと肩を落とした。大事な妹が愛する女の味方になっている。今でなければ感慨深いものだったが、それは余計に飛影の頭を悩ませるだけだった。
「そもそも、なんでNAMEちゃんは魔界に行きたいってんだ?」
成り行きを見守っていた桑原が尋ねると、彼女の顔は徐々に赤く染まっていった。
「それは、あの、飛影の故郷というか、幼少期を過ごされた土地ですし……。それに魔界に行けるようになれば、いつでも、お会いできるかと。あぁ!もちろん、お仕事のお邪魔はいたしませんけれど……。」
しどろもどろな様子に、ひゅー、と幽助が口笛を吹き飛影をちらりと見やる。そこには普段より明らかに赤い顔をした邪眼師がいて、彼は心の中でNAMEに勝利のゴングを鳴らした。
「まあ、飛影がNAMEさんをきちんとエスコートすれば、魔界でも危険はないでしょう。問題は躯ですかね?あの女王様、彼女に興味津々だったじゃないか。」
「な、貴様……。」
くすくすと面白そうに話す蔵馬。完全に他人事だと思っている様子に飛影は睨みを利かすも、赤みの残る顔では威嚇にもなっていなかった。
「本気なのか。」
月が雲に隠れる闇夜の中、彼女を木まで送りぽつりと飛影が呟いた。
「ええ、本気ですわ。」
彼の腕に触れ、きっぱりと答える。
「今までたくさんお話をしてくださったけれど、せっかくこの目が見えるようになったんですもの。実際に見てみたいのよ。」
「だが魔界にはまだ、お前を狙う者がいるかもしれない。魔界植物の妖力が混ざり、以前よりも強い気になっているしな。実際、霊力や妖力のある奴らからすれば、お前は喉から手が出るほどのごちそうだぜ。」
短くため息をつく飛影に、あら、とNAMEは続ける。風が雲を運び、隠れていた月が彼女を照らす。その神々しい姿は、飛影の思考を停止させた。
「今度は大丈夫よ。だって飛影が一緒にいるもの。」
何でもないように言ってのけるNAMEに飛影は面食らい、彼女が言うと本当に何でもないように思えることを不思議に思っていた。淑やかでか弱いように見え、しかしそれでいて肝の据わっている彼女を目の当たりにすると、いつかの躯の言葉が思い出される。
“女って生き物はな、お前が思ってるより強かだぞ。”
にやりとする躯に心の中でフッと笑い、NAMEを抱き寄せた。この軽い体で大した度胸だと、ますます飛影は深みにはまってい
く。
「……上等だ。」
嬉しそうに笑いながらNAMEの額に唇を寄せ、彼女が卒倒しないように軽く口づけをした。その唇は熱く、NAMEの心へじんわりと染み渡っていった。