序・邪眼師と花の精
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俺があいつを見かけるようになったのは暗黒武術会が終わったころだ。風に長い漆黒の髪をなびかせ、今日もまた昼間からぼーっと木の上に座っている。服装はいつも着物で、ちょうどこの花と同じ色の瞳は遠くを見つめている。しかしあの目は……。
緊張感のない奴だと、初めは思った。ときおりふと微笑むが、いったい何が楽しいのか。
「こんにちは。」
「……。」
「良い気候ですね、鳥たちが嬉しそうです。」
「……。」
「まあ、ひどいお怪我……どうなさったのですか……?」
「……。」
その家を通りかかるたびに話しかけられるようになったが、いつもたいして返事はしない。しかしそれでもあいつは話しかけてくる。まったく、何が楽しいのか。
なぜいつも木の上なのか。朝でも夜でも、通りがかりに見ればいつもそこにいる。一目見れば俺には分かる。あいつは人間ではない。だが、魔族でも妖怪でもない。ならば霊魂か?いやちがう。
ある晩、気まぐれに尋ねてみることにした。
「貴様、何者だ。」
ずっと黙っていた男から話しかけられて驚いたのだろう。少し詰まったが、女は答えた。
「……わたしはこの木の精霊です。」
「……名は。」
「NAMEと申します。」
「……。」
微笑んで名乗る女を見て、一つどくんと心臓が鳴った。女のまばたきがやけに遅く見え、こいつの髪は漆黒だと思っていたが光の具合では紫色に見えるのか、などとどうでもいいことを考えていた。枝からふわりとこちらに降りる様は、重力を感じさせない。まるでこの世のものとは思えないほどの美しさだ。
「あの……?」
女の声で我に返り、夜の街へ跳んだ。
逃げるように去ったその足である家に降り立てば、そいつは軽くため息をつきながら窓を開ける。
「靴は脱ぐんですよ。」
と、はたと何かに気づき、俺の頭に手を伸ばしてきた。
「おい、なん「花びら。」……。」
その薄紫の花弁をひらひらさせながらこの男、蔵馬はにこりと笑う。
こいつは見た目は人間だが、中身は1000年も生きる妖怪だ。魔界で深手を負った際に人間界へ逃げ延び、とっさに入ったのがまだ母親の腹の中にいたこいつの体だったらしい。赤みがかった長い髪と知的な翡翠色の瞳、女に見紛うほどの美貌を持つ柔和な男だが、中身はずる賢い狐だ。冷徹で頭がよく切れるこいつとは敵になりたくない。
「似合わないですね、飛影に花。これは……藤の花ですね。」
「知らん。」
さすがは植物使いといったところか、と少し感心しながらどかりと床に座る。にやにや見てくるこいつに次第に居心地が悪くなってきた。ここもハズレだったか、来るんじゃなかった。
「最近あなたから藤の香りがすると思っていたんですが、これで謎が解けましたよ。……すばらしい花だ、栄養状態もいい。」
黙りこくる俺にはおかまいなしに蔵馬は話し続ける。
「一人で花見ですか?それとも……美しく可憐な花の精を見に?」
「……!!」
またも笑うこの男。人間・南野秀一としてのこいつを知る女どもが見たら、赤面して固まりそうだ。だがこの笑みには狐が隠れている。フン、俺は騙されないぞ。
「あ、花の精のほうでしたか。」
ぽんっと手を打つ蔵馬。立派な木には精霊が宿ることが……などと言っているが、もう聞かん。こういうときのこいつはタチが悪い。クソが、人で遊びやがって。
「……うるさい。」
「ふふっ……ぜひ一度紹介してください。」
窓に足をかけた背後で狐が言った。
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