第一章
試合当日。
選手たちはそれぞれのコンディションを整えるため、ホテル内のミーティングルームやジムで軽いストレッチやトレーニングを行っていた。
いつも通りリラックスした表情を見せながらも、これから始まる戦いへ向けて、少しずつ集中力を高めていく。
昼食では、必要なエネルギーをしっかりと補給し、選手たちはそれぞれの思いを胸に試合へ向けた準備を進めていった。
午後。
出発前の最後のミーティングが行われ、監督やスタッフから最終確認が伝えられる。
スタジアムへ向かう時間が近づく頃、選手たちは試合前のエネルギー補給のため食堂へ集まってきた。
それぞれが必要なものを確認しながら、最後の準備を進めていく。
「ごちそうさまでした!」
「美味しかったです!」
スタメンに入れなかった若手選手たちも、いつ出場の機会が訪れてもいいように、必要なエネルギーをしっかりと補給している。
食事を終えた選手たちは、食事担当スタッフに次々と声を掛けながら部屋を出ていく。
真琴も選手一人ひとりの様子を確認しながら、『頑張ってくださいね。』と笑顔で送り出していた。
その光景を湊が無意識に目で追う。
「湊ー。話聞いてる?」
同じテーブルに着いていた高岡がパスタを頬張りながら声をかける。
「え?何?」
「最近どうした?」
「あ、いや、ごめん。なんでもない。」
「試合に集中しろよ?」
「うん。」
湊は最後のおにぎりを頬張って席を立った。
タブレットに向かって入力していた真琴に、湊が声をかける。
「ごちそうさまでした。」
真琴はすぐに顔を上げ、湊を見た。
「織田選手は、おにぎり2個とゼリーですね。……あ!」
「?」
「ちょっと待ってください。」
真琴は湊の頬に目を止め、近寄ってきた。
「ここ、ご飯粒ついてます。」

真琴は湊の頬に付いた米粒を、そっと取った。
一瞬、真琴の指が湊の頬に触れる。
突然の接触に頭が真っ白になる湊。
その時――。
『ガターンッ!!』
後方から、大きな音が響いた。
その場にいた全員が、一斉に音のした方へ視線を向ける。
見れば、直樹が椅子に足を引っかけたらしい。
「何してんねん、あいつ。」
高岡が一人、ぼそっと呟いた。
近くに座っていた梶尾が、笑いながら声をかけた。
「大丈夫か?」
「……大丈夫。」
直樹はすぐに立ち上がると、何事もなかったように椅子を元の位置へ戻した。
そして、湊と真琴をちらっと見る。
一瞬だけ視線を合わせたものの、何も言わず、そのまま椅子に座った。
しかし――
顔から耳まで、真っ赤だった。
直樹が怪我をしていないことが分かると、真琴と湊はほっとした。
その一方で、直樹は俯いたまま、何事もなかったように手元の飲み物へ視線を落とした。
「ありがとう。」
湊が真琴に照れたように笑う。
すると、そこへ高岡がやって来た。
「子供かよ。」
高岡が呆れたように突っ込んだ。
「頑張ってくださいね!」
真琴が声をかけると、
「うっす!!」
高岡は元気よく返事をし、湊の肩を抱いて歩き出した。
湊はされるがまま歩いていたが、ふともう一度、真琴を振り返る。
真琴は小さくガッツポーズを作った。
湊もそれに応えるように、手を上げる。
二人の間に、ほんの一瞬だけ笑顔が交わった。
そして――
SAMURAI BLUEは、アイスランド戦へ向けて出発した。
ワールドカップ前、国内最後の代表戦。
国立競技場は、この日を待ちわびた多くのサポーターで埋め尽くされていた。
スタンドを埋める人々は代表のユニフォームを身にまとい、声を張り上げて選手たちを鼓舞する。
その声援がスタジアム全体を揺らす。
視界いっぱいに広がる、SAMURAI BLUEの青。
選手たちを送り出すその光景は、まるで日本中の期待がこの場所に集まっているかのようだった。
ピッチに立った直樹は、スタンドを見渡した。
これだけ多くの人が、自分たちを応援している。
その瞬間、不意に昨日の言葉が蘇った。
『ほんとに応援してます。』
真琴の声だった。
その言葉を胸に、直樹は前を向いた。
***
試合開始のホイッスルがスタジアムに響く。
序盤から激しい攻防が続く。
日本は何度も相手ゴールへ迫るものの、なかなかチャンスをものにできない。
そして前半――
中盤でボールを奪った日本が、一気に前へ出る。
湊がボールを受けると、前線へ鋭いパスを通した。
ボールを受けた秋庭が、相手ディフェンスをかわしてペナルティエリアへ侵入する。
「秋庭ー!」
「いけー!!!」
スタンドから大きな歓声が上がる。
一瞬、ゴール前にわずかな隙が生まれた。
秋庭は迷わなかった。
右足を振り抜く。
ボールは相手ゴールキーパーの手をかすめ、そのままゴールネットへ突き刺さった。
スタジアムが大歓声に包まれる。
秋庭は拳を握りしめ、そのまま仲間たちの元へ駆け出した。
「よっしゃあ!!」
「やったーーー!」
駆け寄ってきた選手たちに囲まれ、秋庭も笑顔を弾けさせる。
日本が先制した。
その後も、試合はリードを奪った日本に対し、追いつこうと相手も攻勢を強めていく。
直樹も何度も相手の攻撃を跳ね返していく。
試合終盤になっても、集中を切らさない。
最後まで、チーム全員で守り抜いた。
結果は、日本が1-0で勝利。
試合は、決して楽なものではなかった。
それでも、ワールドカップ前、最後の国内試合を勝利で終えたことは、チームに大きな自信をもたらした。
***
試合を終えた選手たちは、ロッカールームへ戻って来た。
勝利の余韻が残る中、真琴たちは選手たちへ補食を配っていく。
「お疲れ様でした。まずは水分をしっかり取ってください。」
「ありがとうございます。」
「補食も用意してあります。」
選手たちがそれぞれ補食を受け取っていく。
真琴は一人ひとりの様子を確認しながら、直樹のところへ向かった。
「柴原選手、お疲れ様でした。」
「お疲れ様です。」
真琴から補食を受け取り、直樹が軽く頭を下げる。
「今日、すごかったですね。」
「……え?」
思わず直樹が顔を上げた。
真琴は、少し嬉しそうに笑っている。
「何度も相手の攻撃を止めてましたよね。」
「……見てたんですか?」
「もちろんです。」
真琴は迷うことなく頷いた。
「柴原選手のディフェンス、ちゃんと見てました。」
昨日、エレベーターの中で交わした会話が蘇った。
『俺のディフェンスも見てください。』
『もちろんです。』
直樹の口元に、自然と笑みが浮かんだ。
「……ありがとうございます。」
真琴は笑顔で頷いて、次の選手のところへ向かっていく。
その背中を見送りながら、直樹は手にした補食へ視線を落とした。
そして、ふっと笑った。
選手たちはそれぞれのコンディションを整えるため、ホテル内のミーティングルームやジムで軽いストレッチやトレーニングを行っていた。
いつも通りリラックスした表情を見せながらも、これから始まる戦いへ向けて、少しずつ集中力を高めていく。
昼食では、必要なエネルギーをしっかりと補給し、選手たちはそれぞれの思いを胸に試合へ向けた準備を進めていった。
午後。
出発前の最後のミーティングが行われ、監督やスタッフから最終確認が伝えられる。
スタジアムへ向かう時間が近づく頃、選手たちは試合前のエネルギー補給のため食堂へ集まってきた。
それぞれが必要なものを確認しながら、最後の準備を進めていく。
「ごちそうさまでした!」
「美味しかったです!」
スタメンに入れなかった若手選手たちも、いつ出場の機会が訪れてもいいように、必要なエネルギーをしっかりと補給している。
食事を終えた選手たちは、食事担当スタッフに次々と声を掛けながら部屋を出ていく。
真琴も選手一人ひとりの様子を確認しながら、『頑張ってくださいね。』と笑顔で送り出していた。
その光景を湊が無意識に目で追う。
「湊ー。話聞いてる?」
同じテーブルに着いていた高岡がパスタを頬張りながら声をかける。
「え?何?」
「最近どうした?」
「あ、いや、ごめん。なんでもない。」
「試合に集中しろよ?」
「うん。」
湊は最後のおにぎりを頬張って席を立った。
タブレットに向かって入力していた真琴に、湊が声をかける。
「ごちそうさまでした。」
真琴はすぐに顔を上げ、湊を見た。
「織田選手は、おにぎり2個とゼリーですね。……あ!」
「?」
「ちょっと待ってください。」
真琴は湊の頬に目を止め、近寄ってきた。
「ここ、ご飯粒ついてます。」

真琴は湊の頬に付いた米粒を、そっと取った。
一瞬、真琴の指が湊の頬に触れる。
突然の接触に頭が真っ白になる湊。
その時――。
『ガターンッ!!』
後方から、大きな音が響いた。
その場にいた全員が、一斉に音のした方へ視線を向ける。
見れば、直樹が椅子に足を引っかけたらしい。
「何してんねん、あいつ。」
高岡が一人、ぼそっと呟いた。
近くに座っていた梶尾が、笑いながら声をかけた。
「大丈夫か?」
「……大丈夫。」
直樹はすぐに立ち上がると、何事もなかったように椅子を元の位置へ戻した。
そして、湊と真琴をちらっと見る。
一瞬だけ視線を合わせたものの、何も言わず、そのまま椅子に座った。
しかし――
顔から耳まで、真っ赤だった。
直樹が怪我をしていないことが分かると、真琴と湊はほっとした。
その一方で、直樹は俯いたまま、何事もなかったように手元の飲み物へ視線を落とした。
「ありがとう。」
湊が真琴に照れたように笑う。
すると、そこへ高岡がやって来た。
「子供かよ。」
高岡が呆れたように突っ込んだ。
「頑張ってくださいね!」
真琴が声をかけると、
「うっす!!」
高岡は元気よく返事をし、湊の肩を抱いて歩き出した。
湊はされるがまま歩いていたが、ふともう一度、真琴を振り返る。
真琴は小さくガッツポーズを作った。
湊もそれに応えるように、手を上げる。
二人の間に、ほんの一瞬だけ笑顔が交わった。
そして――
SAMURAI BLUEは、アイスランド戦へ向けて出発した。
ワールドカップ前、国内最後の代表戦。
国立競技場は、この日を待ちわびた多くのサポーターで埋め尽くされていた。
スタンドを埋める人々は代表のユニフォームを身にまとい、声を張り上げて選手たちを鼓舞する。
その声援がスタジアム全体を揺らす。
視界いっぱいに広がる、SAMURAI BLUEの青。
選手たちを送り出すその光景は、まるで日本中の期待がこの場所に集まっているかのようだった。
ピッチに立った直樹は、スタンドを見渡した。
これだけ多くの人が、自分たちを応援している。
その瞬間、不意に昨日の言葉が蘇った。
『ほんとに応援してます。』
真琴の声だった。
その言葉を胸に、直樹は前を向いた。
***
試合開始のホイッスルがスタジアムに響く。
序盤から激しい攻防が続く。
日本は何度も相手ゴールへ迫るものの、なかなかチャンスをものにできない。
そして前半――
中盤でボールを奪った日本が、一気に前へ出る。
湊がボールを受けると、前線へ鋭いパスを通した。
ボールを受けた秋庭が、相手ディフェンスをかわしてペナルティエリアへ侵入する。
「秋庭ー!」
「いけー!!!」
スタンドから大きな歓声が上がる。
一瞬、ゴール前にわずかな隙が生まれた。
秋庭は迷わなかった。
右足を振り抜く。
ボールは相手ゴールキーパーの手をかすめ、そのままゴールネットへ突き刺さった。
スタジアムが大歓声に包まれる。
秋庭は拳を握りしめ、そのまま仲間たちの元へ駆け出した。
「よっしゃあ!!」
「やったーーー!」
駆け寄ってきた選手たちに囲まれ、秋庭も笑顔を弾けさせる。
日本が先制した。
その後も、試合はリードを奪った日本に対し、追いつこうと相手も攻勢を強めていく。
直樹も何度も相手の攻撃を跳ね返していく。
試合終盤になっても、集中を切らさない。
最後まで、チーム全員で守り抜いた。
結果は、日本が1-0で勝利。
試合は、決して楽なものではなかった。
それでも、ワールドカップ前、最後の国内試合を勝利で終えたことは、チームに大きな自信をもたらした。
***
試合を終えた選手たちは、ロッカールームへ戻って来た。
勝利の余韻が残る中、真琴たちは選手たちへ補食を配っていく。
「お疲れ様でした。まずは水分をしっかり取ってください。」
「ありがとうございます。」
「補食も用意してあります。」
選手たちがそれぞれ補食を受け取っていく。
真琴は一人ひとりの様子を確認しながら、直樹のところへ向かった。
「柴原選手、お疲れ様でした。」
「お疲れ様です。」
真琴から補食を受け取り、直樹が軽く頭を下げる。
「今日、すごかったですね。」
「……え?」
思わず直樹が顔を上げた。
真琴は、少し嬉しそうに笑っている。
「何度も相手の攻撃を止めてましたよね。」
「……見てたんですか?」
「もちろんです。」
真琴は迷うことなく頷いた。
「柴原選手のディフェンス、ちゃんと見てました。」
昨日、エレベーターの中で交わした会話が蘇った。
『俺のディフェンスも見てください。』
『もちろんです。』
直樹の口元に、自然と笑みが浮かんだ。
「……ありがとうございます。」
真琴は笑顔で頷いて、次の選手のところへ向かっていく。
その背中を見送りながら、直樹は手にした補食へ視線を落とした。
そして、ふっと笑った。