第弐章
夢小説名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ーー地下(ネザー)から2日後 浅草
畳の匂いが鼻をくすぐる。紺炉の部屋は、いつもどこか古びた空気が漂う。障子の隙間から差し込む光が、畳の上に並べられた写真に淡い影を落としていた。私は向かいにあぐらをかく紺炉を見ながら、静かに頷いた。
「いいか、絵馬。アレがそろそろ始まる」
「そうだね、紺炉。アレがやってくるよ」
私の声は、部屋の静けさに吸い込まれるように小さかった。二人きりの空間。畳の上には、去年の「特殊消防隊ヌードカレンダー」の写真が無造作に並んでいる。紺炉は一枚の写真に目を落とし、ゆっくりと言った。
「去年は、真正面からの写真が撮れなかったからな。だから、今年は真正面を狙う」
「この横顔の写真も悪くなかったけど、一位を狙うなら、紺炉の言う通り真正面がいいと思う」
そう言って私は、畳の上から一枚の写真を手に取り、じっと見つめた。その写っているのは、浅草の銭湯で紺炉が密かに撮った紅丸の横顔。筋肉の線が浮き上がり、静かな力強さを湛えた姿。去年七月のカレンダーの一枚だ。この「特殊消防隊ヌードカレンダー」は、毎年恒例の企画で、一月から八月までは各隊が担当。私たち第七特殊消防隊は七月を担う。九月からは人気投票で決まり、一位が十二月の大トリを飾る。
「紅丸って、写真撮られるの嫌いだから……いい写真を撮るの、難しいよね。この写真だって、紺炉が銭湯でこっそり撮った奇跡の一枚だもの」
私の言葉に、紺炉の目が鋭く光った。
「そうだ。……そこでだ、絵馬」
名前を呼ばれ、写真から視線を上げた。紺炉の顔は、真剣そのものだ。
「何?」
「明日、若と二人きりで出かけてこい」
「えっ⁉︎」
突然の言葉に、手から写真が滑り落ち、畳に音もなく落ちた。
「待って、ちょっと! ヌードカレンダーのためだとしても、紅丸と……二人きりでなんて……!」
「若は去年の盗撮を、少なからず勘づいている。だから、警戒している可能性が高けェ。そこで、絵馬と出かけるとなれば、さすがの若も気を緩めるだろ?」
「つまり……私が紅丸を誘き出す役ってこと?」
「ああ」
紺炉は真顔で頷いた。つまり、これは皇国の言葉で言う”デート”。紅丸と? 心臓の鼓動が、少しずつ速くなるのを感じた。胸の奥がざわつく。
「絵馬、お前ェさんの紅丸への気持ちはわかってる。その気持ちを利用するのは、心苦しいが……だが、これも浅草のみんなのためだ」
「みんなの……」
紺炉はあぐらを解き、片膝をついて身を乗り出した。大きな手が私の肩に置かれ、熱い視線が突き刺さる。
「最高の写真を撮って、皇国の連中に一泡吹かせてやるんだ、俺たちでな!」
「……そ、そうだよね!今年は、第七小隊が締めの十二月を取りにいく!」
「これには、絵馬の力が必要なんだ」
紺炉の言葉に、熱気が部屋を満たす。私は息を吸い、頷いた。
「私も第七の隊員として、みんなのために……紺炉、私、引き受けるよ」
「頼んだぞ、絵馬!」
「承知!」
部屋を出て、廊下を歩きながら、明日のことを考えた。紅丸と過ごす時間は楽しみだ。でも、写真を撮る使命を忘れずに。どう誘えばいいか、心の中で何度もシミュレーションした。
そういえば、明日、シンラが目覚める頃だ。順調なら。お見舞いに行ってから、紅丸と出かけよう。廊下を歩きながら、そんなことを考えていると、向こうから歩いてくる影が目に入った。見慣れた背中、静かな足取り。
「紅丸!」
思わず声が出た。彼は立ち止まり、こちらを振り返る。いつもの落ち着いた瞳。
「絵馬、どうした?」
その問いかけに、胸が少し締め付けられる。深呼吸して、心に決めた言葉を口にした。
「あの、紅丸。明日、もしよかったら、お昼頃、一緒に出かけないかなって……思って……」
少し恥ずかしくて、声が小さくなったけど、私の言葉はしっかりと届いていたようだ。紅丸は一瞬、目を細め、すぐにいつもの表情に戻った。
「俺と、か?」
「うん……ちょ、ちょっと久しぶりに、浅草のいろんなところを見て回ったりしたいなって。紅丸と一緒に」
「……なるほどな。暇だから付き合ってやるよ」
気軽に応じてくれた紅丸の言葉に、私はほっとした。そして、同時に胸の中がじんわりと温かくなるのを感じた。
「じゃ、じゃあ、明日ね!シンラのお見舞いの後に出かけるからね、紅丸!」
彼に笑顔を向ける。心の中では、明日の「デート」を想像していた。紺炉のために、紅丸の真正面の写真を撮らなきゃ。恋する自分と、使命を果たす自分。両方を握り潰さないよう、静かに喝を入れた。