第弐章
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アーサーが手術室の扉を勢いよく開けた瞬間、その言葉が廊下に響き渡った。
「ちょっ‼︎お前‼︎何やってんだ‼︎」
タマキがすかさずアーサーを怒鳴りつける。
「お前こそ何やってんだ‼︎」
桜備大隊長もアーサーに対して苛立ちを露わにした。
「勝手に開けちゃダメだろ‼︎」
「バカ‼︎よく見てみろ‼︎」
アーサーは動じることなく、中を指差した。半信半疑で視線を追いかけると、私の目に飛び込んできた光景に愕然とした。
「よく見ろって……ええ‼︎」
手術台の上、シンラの身体全身が眩いほどの炎に包まれていた。まさに火葬のようなその様子に、私は言葉を失った。
「燃えてるぅーーーー!‼︎」
茉希とタマキも同じく驚愕の表情を浮かべている。しかし、黄大隊長はその荘厳な炎を見つめながら、静かに言った。
「綺麗な炎だわ」
その冷静な反応に、私たちの間で一瞬の沈黙が流れた。だが、桜備大隊長はすかさず声を張り上げた。
「火葬を頼んだんじゃないぞ!苦しみから解放って……まさかそういうことなのか‼︎」
「この調子なら問題なさそうね。すごいわ”アドラバースト”」
「ってことは、火葬しているわけではないと……?」
桜備大隊長の問いに黄大隊長はしれっと答える。
「この炎はもうじきひく」
続けて彼女は、淡々とその技術を解説した。
「私の炎は人体の治癒力を増幅させる。例えば外傷は、傷口の細胞が分裂によって増えることで次第にふさがっていく。患部の細胞分裂と代謝を加速させることで自己再生能力を活性化させているのよ。筋繊維……真皮……表皮……神経……断裂した彼の組織は、今、再び繋がろうとしている。能力者が患者なら相手の炎を使い急再生できる」
私は興味を引かれ、問いを発した。
「それは、第3世代だけで第2世代は……」
黄大隊長は一瞬、私に視線を向けてから再びシンラに視線を移しながら答えた。
「そうね。第2世代は、第3世代と違って外からの炎を使用しながら治療するわ。それはそうと…… 十二小隊長、もっとこちらに来て見なさい。この炎は彼の身体を蘇らせているのよ」
私は促されるままにシンラの燃える身体に近づた。激しく燃える彼の様子は、変わらず火葬しているように感じた。その時、タマキが焦った声を上げた。
「いやいやいや……めっちゃ燃え移っているんですけど‼︎」
「早く消防隊を呼んでこい!」アーサーが叫ぶも、タマキは即座に応える。
「私たち消防隊でしょ‼︎」
「そ……そうだったな……消火元は……」
アーサーがエクスカリバーを揚げ、シンラの胸に向けて構える。
「”焔ビト”のコアをつぶす。炎炎ノ炎ニ帰セ」
「まてまてまてまて」
茉希がアーサーの背後からエクスカリバーの柄を掴み、必死にその手を押さえた。その時だ。
「離れてくださーい!」
背後から声が聞こえ振り返ると、ナース服を着たメガネの女性が消化器を抱かえて駆け寄ってくる。瞬時にその場を譲ると、彼女は空いたスペースに滑り込み、迷うことなく消化器の栓を開けてシンラに向かって噴射した。
シュウウウ。
「一体何やってるんですか……」
女性は呟き、黄大隊長に視線を向けた。黄大隊長は余裕の笑みを浮かべた。
「ご苦労、アーグ」
アーグと呼ばれた女性は、次は私たちに向き直りつつ注意する。
「第8小隊の皆さん、手術中に勝手に手術室に入ってきてはダメですよ!」
「すみません……気をつけます」
桜備大隊長は頭を下げ、私たちもそれに続いて謝った。桜備大隊長は黄大隊長に伺う。
「とりあえず、シンラは大丈夫なんですか?」
「今のところはな……。彼の炎も、再生に使い切ったから目覚めるのは数日後になるかしら」
黄大隊長の言葉に私たち第8小隊は、傷口が綺麗にふさがったシンラの身体を安堵した目で見つめた。
ーーーー浅草
浅草の立派な門を見上げると、懐かしさが胸に湧き上がった。
「帰ってこれたよ……」
その言葉が自分でも意識しないうちに口から漏れる。門をくぐり、門番に軽く会釈をしてから詰所に向かって足を進める。たった一日町を離れただけなのに、懐かしく、恋しい気持ちが慕った。そして、道すがら気づいた町の人々から声がかかる。
「絵馬ちゃん、おかえりー」
「絵馬小隊長、お疲れさまっす!」
「お嬢!ワハハッ、傷だらけじゃねーか。後で、紺炉中隊長にドヤされるぞ〜」
思わず苦笑しながら、「だだいま!紺炉に怒られるのは、ちょっと堪忍……」と頬を軽く掻く。
「いいじゃねーか、たまには思いっきり怒られてきな!」
女将がドンと背中を叩く。その勢いに身体が一瞬浮き上がる。
私の反応を見て、町民たちは声を合わせて笑った。その笑い声の中に、聞き覚えのある声が混じってくる。
「絵馬ーー‼︎」
ヒカゲとヒナタが元気いっぱいに駆け寄ってきた。二人は私の防火服の袖を掴むと、引っ張り始める。
「遅すぎなんだよーー!コノヤロー‼︎」
「チンタラしてんじゃねーぞーー‼︎」
「ただいま!ヒカゲ、ヒナタ」
嬉しそうに二人は続ける。「ワカが絵馬をまだかと呟いていたぞーー!」
「コンロも!ささっと行くぞーー!」
彼女たちは私を急がすようにして詰所へと導く。その後ろ姿を、町民たちが面白そうに見つめ、囁き合う。
「あらあら、絵馬ちゃんは人気者ね〜」
「そう言えば、ワカと紺炉中隊長も絵馬小隊長のこと気にされてましたからっすね」
「カァーー!羨ましいぜぇ。俺も嫁さんが待つ家に帰るとするか」
「絵馬!紺炉の旦那に、今度うちの店に寄ってくるように伝えてくれよー!」
その言葉に手を振って応えると、ヒカゲとヒナタの手をしっかり握りしめる。そして、二人の顔を見つめ、心からの言葉を口にした。
「帰ろうか……私たちの家に」
詰所に着くと、私は瞳を閉じる。その間に、様々な声や響きが遠く近くで交差する。
「絵馬ーー!なんで目ェつぶってんだーー?」
「腹下したかーー?」
ヒカゲとヒナタが、私が目を閉じているのを不思議に思っている様子だ。
「お腹は大丈夫。ふぅ〜……、よし!」
深呼吸してから目を開け、ガラガラと戸を開け、のれんを捲る。
「たっ、ただいまーー!」
詰所の中は静かだったが、食堂の方から何やら騒いでいる声が聞こえてきた。
「二人は食堂の方か……ん?他にも何人かいるのかな」
話し声には二人以外のものも混じっているようだった。私は土間近くの板敷に座り、防火靴を脱ぎ始める。
「姉々ーー!先に行ってるーー!」
「さっさと来いよーー!」
ヒカゲとヒナタもその騒ぎに気付いたのか、好奇心を抑えきれずに食堂へと駆け出していく。私はゆっくりと腰を上げ、食堂へと向かった。
食堂に近づくほど、その賑やかさは増してくる。
「もしかして……宴会があっている?」
食堂に着くと、のれんを捲った。
「ただいまーー……」
「ガハハ‼︎おっ、お嬢じゃねーか!おかえり、邪魔してるぜぇ!」
「絵馬小隊長、お疲れ様です!お邪魔してます」
「仕事ご苦労さん!絵馬ちゃん、酒飲むか?」
食堂には、第7小隊の火消したちが集まっており、盛り上がりすぎて、そしてにぎやかすぎて何が何だがわからないくらいだ。
「絵馬」
名を呼ばれ、声の主に振り返ると、そこには酒で頬を赤らめた紺炉が立っていた。
「紺炉!ただいま、無事に帰ってこれたよ」
「おかえり。無事っていうより…… 絵馬、お前ェ傷だらけじゃねーか!」
紺炉が私の肩を掴んで、心配そうに顔を覗き込む。その様子に一人の火消しが茶々を入れる。
「おーおー!紺ちゃん、そう睨みながらカッカしなさんな!絵馬ちゃん、紺ちゃんに「怖い顔しないで〜」って、言ってやんな」
「……えーっと」
「外野はちぃっと黙っててくれ」
紺炉は私から火消しに視線を向けると、火消しはにやりと笑いながら答えた。
「おー怖い怖い。酒が入ると紺ちゃんは、熱が入るからなぁ」
紺炉は私の肩から手を離し、大きく息を吐くと頭を掻く。
「絵馬、一旦浴室に行って汚れを落としてこい。その後、顔の処置をするからな」
「うん、承知」
紺炉に応えると、私は食堂を出ることにした。出る前にもう一度、ちらと食堂を見渡したが、紅丸の姿はなかった。その熱気から少し身を離し、静かな廊下を浴室へと向かった。