第弐章
夢小説名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
アーサーが手術室の扉を勢いよく開けた瞬間、鋭い叫び声が無菌の廊下に響き渡った。
「ちょっ‼︎お前‼︎何やってんだ‼︎」
タマキがすかさずアーサーを怒鳴りつける。
「お前こそ何やってんだ‼︎」
桜備大隊長の顔が曇り、普段の冷静さがほつれていた。
「勝手に開けちゃダメだろ‼︎」
アーサーは動じず、落ち着いた手つきで部屋の中を指差した。「バカ‼︎よく見てみろ‼︎」
私はためらいながら彼の視線を追った。
「よく見ろって……ええ‼︎」
次の瞬間、目に飛び込んできた光景に息をのんだ。手術台の上で、シンラの全身が眩い炎に包まれていた。まるで火葬のようなその光景は、神聖でありながら恐ろしく、言葉を失った。
「燃えてるぅーーーー!‼︎」
茉希とタマキも同じく呆然とした表情を浮かべていた。しかし、黄大隊長は燃えるシンラを見つめ、静かに言った。
「綺麗な炎だわ」
その言葉は、場違いなほど穏やかで、異様な静寂を呼び込んだ。一瞬、誰もが息を止めた。だが、桜備大隊長が声を張り上げ、沈黙を破った。
「火葬を頼んだんじゃないぞ!苦しみから解放って……まさかそういうことなのか‼︎」
「この調子なら問題なさそうね。すごいわ”アドラバースト”」
桜備大隊長の眉が寄った。「ってことは、火葬しているわけではないと……?」
「この炎はもうじきひく」
黄大隊長はシンラに視線を戻し、淡々と説明を始めた。
「私の炎は人体の治癒力を増幅させる。例えば外傷は、傷口の細胞が分裂によって増えることで次第にふさがっていく。患部の細胞分裂と代謝を加速させることで自己再生能力を活性化させているのよ。筋繊維……真皮……表皮……神経……断裂した彼の組織は、今、再び繋がろうとしている。能力者が患者なら相手の炎を使い急再生できる」
私はその言葉に引き込まれ、思わず口を開いた。
「それは……第3世代だけで? 第2世代は……?」
黄大隊長は一瞬、私に視線を向け、再びシンラを見ながら答えた。
「そうね。第2世代は第3世代と違って、外からの炎を使って治療するわ。……それより、 十二小隊長、もっと近くで見なさい。この炎は彼の体を蘇らせているのよ」
促されるまま、シンラの燃える身体に近づいた。激しく揺らめく炎は、依然として火葬を思わせた。その時、タマキが焦った声を上げた。
「いやいやいや……めっちゃ燃え移っているんですけど‼︎」
「早く消防隊を呼んでこい!」アーサーが叫ぶと、タマキが即座に応えた。
「私たち消防隊でしょ‼︎」
「そ……そうだったな……消火元は……」
アーサーがエクスカリバーを揚げ、シンラの胸に向けて構える。
「”焔ビト”のコアをつぶす。炎炎ノ炎ニ帰セ」
「まてまてまてまて」
茉希が後ろからアーサーの剣の柄を掴み、必死に押さえつけた。その瞬間、背後から声が響いた。
「離れてくださーい!」
振り返ると、ナース服を着たメガネの女性が消火器を抱えて駆け寄ってきた。私たちが慌てて道を譲ると、彼女は滑り込むようにしてスペースを確保し、迷わず消火器の栓を開け、シンラに向かって噴射した。
シュウウウ。
「一体何やってるんですか……」女性は呟き、黄大隊長に視線を向けた。
黄大隊長は余裕の笑みを浮かべた。「ご苦労、アーグ」
アーグと呼ばれた女性は私たちに向き直り、注意した。
「第8小隊の皆さん、手術中に勝手に手術室に入ってきてはダメですよ!」
「すみません……気をつけます」
桜備大隊長は頭を下げ、私たちもそれに続いて謝った。桜備大隊長は黄大隊長に尋ねた。
「とりあえず、シンラは大丈夫なんですか?」
「今のところはな……。彼の炎も、再生に使い切ったから目覚めるのは数日後になるかしら」
黄大隊長の言葉に、私たち第8小隊は安堵の視線をシンラに向けた。傷口が綺麗に塞がった彼の身体を見て、ようやく胸をなでおろした。
ーーーー浅草
浅草の立派な門を見上げると、胸の奥から懐かしさがこみ上げてきた。
「帰ってこれたよ……」
言葉は、意識せずとも口からこぼれた。一礼して門番を過ぎ、詰所へ向かう。たった一日町を離れただけなのに、この懐かしさは何だろう。恋しさにも似た感情が、足取りを軽くした。
道すがら、町の人々の声が響く。
「絵馬ちゃん、おかえりー」
「絵馬小隊長、お疲れさまっす!」
「お嬢!ワハハッ、傷だらけじゃねーか。後で、紺炉中隊長にドヤされるぞ〜」
苦笑しながら頬を掻いた。「だだいま!紺炉に怒られるのは、ちょっと堪忍……」
「いいじゃねーか、たまには思いっきり怒られてきな!」
女将がドンと背中を叩く。その勢いに身体が一瞬浮き上がる。
私の反応を見て、町民たちは声を合わせて笑った。その笑い声の中に、聞き覚えのある声が混じってくる。
「絵馬ーー‼︎」
ヒカゲとヒナタが元気いっぱいに駆け寄ってきた。二人は私の防火服の袖を掴むと、引っ張り始める。
「遅すぎなんだよーー!コノヤロー‼︎」
「チンタラしてんじゃねーぞーー‼︎」
「ただいま!ヒカゲ、ヒナタ」私は笑顔で応えた。
二人は嬉しそうに続けた。「ワカが絵馬をまだかと呟いていたぞーー!」
「コンロも!ささっと行くぞーー!」
彼女たちは私を急がすようにして詰所へと導く。その後ろ姿を、町民たちが面白そうに見つめ、囁き合う。
「あらあら、絵馬ちゃんは人気者ね〜」
「そう言えば、ワカと紺炉中隊長も絵馬小隊長のこと気にされてましたからっすね」
「カァーー!羨ましいぜぇ。俺も嫁さんが待つ家に帰るとするか」
「絵馬!紺炉の旦那に、今度うちの店に寄ってくるように伝えてくれよー!」
その言葉に手を振って応えると、ヒカゲとヒナタの手をしっかり握りしめる。二人の顔を見つめ、心からの言葉を口にした。
「帰ろうか……私たちの家に」
詰所に着くと、私は瞳を閉じる。その間に、様々な声や響きが遠く近くで交差する。
「絵馬ーー!なんで目ェつぶってんだーー?」ヒカゲの元気な声が、静けさを破った。
「腹下したかーー?」ヒナタがからかうように続ける。
二人の声に、私は小さく笑った。「お腹は大丈夫。ふぅ〜……、よし!」
深呼吸してから目を開け、ガラガラと戸を引くと、埃っぽい空気が鼻をくすぐり、のれんの布が指先に触れた。のれんを捲りながら、声を上げた。
「たっ、ただいまーー!」
中は意外なほど静かだった。だが、食堂の方から賑やかな話し声と笑い声が漏れてくる。
「紅丸と紺炉は食堂の方か……ん?他にも何人かいるのかな」
私は首を傾げ、土間近くの板敷に腰を下ろした。防火靴を脱ぎながら、指先が靴の硬い表面をなぞる。埃と焦げ臭さが混じった靴の感触に、今日一日の激しさが蘇った。
「姉々ーー!先に行ってるーー!」
「さっさと来いよーー!」
ヒカゲとヒナタは好奇心を抑えきれず、食堂へ向かって駆け出していった。その後ろ姿を見送りながら、私はゆっくりと立ち上がった。靴を揃え、板敷の冷たさが足の裏に伝わる。食堂へ向かう足取りは、疲れで少し重かったが、どこか心地よい期待感に支えられていた。
食堂に近づくにつれ、賑やかさが増していく。笑い声、グラスのぶつかる音、誰かの大きな咳払い。
「もしかして……宴会があっている?」
食堂に着くと、のれんを捲った。
「ただいまーー……」
「ガハハ‼︎おっ、お嬢じゃねーか!おかえり、邪魔してるぜぇ!」野太い声が響き、第七小隊の火消しの一人が豪快に笑った。顔は赤らみ、酒の匂いが漂う。
「絵馬小隊長、お疲れ様です!お邪魔してます」若い火消しが丁寧に頭を下げたが、その手にはすでに酒瓶が握られていた。
「仕事ご苦労さん!絵馬ちゃん、酒飲むか?」もう一人がコップを掲げ、ニヤリと笑う。
食堂には、第7小隊の火消したちが机を囲み、酒とつまみを手に大声で語り合っている。机には空いた瓶や皿が散乱し、壁に掛かった提灯の明かりが、皆の顔をほのかに照らしていた。盛り上がりすぎて、そしてにぎやかすぎて何が何だがわからないくらいだ。
「絵馬」
名を呼ばれ、声の主に振り返ると、そこには紺炉が立っていた。頬は酒で赤く染まり、普段の厳格な表情に柔らかさが混じっている。
「紺炉!ただいま、無事に帰ってこれたよ」
「おかえり。無事っていうより……」紺炉が一歩近づき、私の肩を掴んだ。視線が私の顔を、腕を、防火服の汚れを素早く走る。「 絵馬、お前ェ傷だらけじゃねーか!」
心配そうに顔を覗き込む紺炉。その様子に一人の火消しが茶々を入れる。
「おーおー!紺ちゃん、そう睨みながらカッカしなさんな!絵馬ちゃん、紺ちゃんに「怖い顔しないで〜」って、言ってやんな」
「……えーっと」
「外野はちぃっと黙っててくれ」
紺炉は私から火消しに視線を向けると、火消しはにやりと笑いながら答えた。
「おー怖い怖い。酒が入ると紺ちゃんは、熱くなっちまうからなぁ」
紺炉は私の肩から手を離し、大きく息を吐くと頭を掻く。
「絵馬、まずは浴室に行って汚れを落としてこい。その後、顔の傷を処置するからな」
「うん、承知」私は小さく頷き、食堂の熱気から一歩退いた。
出る前、ちらりと食堂を見渡した。賑わう火消したちの間に、紅丸の姿はなかった。私はのれんをくぐり、静かな廊下を浴室へと向かった。