第壱章
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ーー次の日の昼
「絵馬。こっちにきてくれ」
「ん?どうしたの紺炉」
庭でヒカゲとヒナタと遊んでいた私は、縁側にいる紺炉に声をかけられた。二人と一緒に歩いて彼の元に行くと、手に持っていた一枚の書類を渡された。それを受け取って目を通すと、私は思わず目を疑った。
「えーっと……『消防官新人大会のボラン……ティアに、第7特殊消防隊代表として絵馬 十二小隊長参加するように』……⁉︎えっ?私が参加しないといけないの?」
「ボラン?すまねェ、絵馬。上からのお達しだ。基本、俺たちは皇国の祭りなんかに参加しねェんだが……だからか、別の隊にも所属しているお前ェさんに目をつけられたようだ」
紺炉は書類を見つめながら、厳しい表情でため息をついた。
「紺炉ーー。ため息つくなんざ、ジジィでもなったかーー?」
「うるせェ」
紺炉はヒカゲとヒナタの茶々に、少し苦笑いしながら答えた。軽く書類を読み終えた私は、すぐに彼に質問した。
「紅丸は、このこと知っているの?」
「あぁ、若は……『絵馬の好きなようにさせろ』と言っていたが」
「そう、紅丸が……。わかった、私、大会のボランティアに参加してくるよ」
「良いのか?無理に参加しなくても良いんだぞ」
紺炉は心配そうに私を見つめていた。私は少し肩をすくめて答える。
「最近、第8に新しい隊員が入ったって聞いたから、その子を見るついでに参加することにする」
「お前ェさんがそう言うなら、俺は何も言わねェよ」
私は紺炉に書類を返しながら、心の中で決めたことをしっかりと意識する。書類を受け取った紺炉は、最後に「無理はすんなよ」とだけ言い残し、奥へと消えていった。
その時、隣にいたヒカゲが声を上げた。
「姉々ーー!土産買ってこいやーー」
「良いけど、何が欲しいの?」
「甘くて、さくさくして、中がフワフワのやつーー!」ヒナタも続けて言った。
「メロンパンチだ!買ってこいーー!」ヒカゲも負けじと叫んだ。
「あー……メロンパンね。承知」
どうやら前回、皇国からのお土産で買ってきたメロンパンが、ヒカゲとヒナタには大好評だったようだ。大会が終わった後、忘れずにメロンパンを買って帰ることにしよう。目の前で嬉しそうに回りながら跳ねる二人を見つめつつ、心の中でそんなことを呟いた。
ーー新人大会当日
当日の朝、迎えがやってくると聞き、紅丸と紺炉は「門の前まで見送りする」と言って、一緒に門の前で待っていた。しばらくすると、一台の車が止まった。車から、一人の男が後部座席からドアを開け、姿を現した。その男の姿を見て、紅丸は片眉を上げた。
「自ら大隊長がお出ましたァ、絵馬も偉くなったモンだなァ」
「バーンズ大隊長!」
私の呼びかけに、レオナルド・バーンズ大隊長はこちらを見下ろす。
「十二小隊長。大会が始まるまでの間は、私と一緒に途中まで行動してもらうこととなる。服装は……」
バーンズ大隊長は、私が法被を着ていることに気づいた。その瞬間、紅丸が一歩前に出る。
「これが俺らにとっての正装だ。文句なら受けつけねェぞ」
「……なら、いい。いくぞ」
「ハ、ハイ!じゃあ、二人ともお見送りありがとう」
私は紅丸と紺炉に礼を言ってから、バーンズ大隊長の後に続いて車に乗り込んだ。車のドアを閉めようとしたその時、誰かの手によって阻止された。
「第1の大隊長さんよォ……」
「何だね?」
紅丸が車内を顔だけ覗くように、バーンズ大隊長と私を交互に見た。
「絵馬は、てめェらの隊にはやらねェからな」
「ちょっと、紅丸!急に何言って……」
「……そうか」
バーンズ大隊長は紅丸の顔を見た後、運転席の方へ顔を向ける。紅丸はフンと少し強めに車のドアを外から閉めた。えっ、それだけで会話成立したの?頭がついていってないのは私だけのようだった。
私はちらりとバーンズ大隊長の横顔を確認した後、車の窓を開けて紅丸を見る。二人ともこれ以上会話する様子はないようだ。取りあえず、
「いってきます」と言って、車内から軽く二人に手を振った。紺炉は心配そうにこちらを見つめている。
「絵馬、気ィつけていってこいよ」
「うん。分かった」
私の言葉を合図に、車は目的地に向けてゆっくりと動き出した。
二人の姿が見えなくなるまで、車内から手を振り続けていた。そうしているうちに、ふとバーンズ大隊長の方を見て、我に返った。
「し、失礼しました!」
「いや……かまわない」
彼は運転席の方を見つめたまま、まるで私の動揺を気にすることなく、無表情で言った。その冷静さが、逆に私は気恥ずかしくなった。
レオナルド・バーンズ。彼は、私が初めて会ったときから、変わらずその威厳を感じさせる存在だった。眼帯をしている姿も、無駄な動きなく防火服を肩に身にまとった姿も、どこか壮大で堂々としていた。彼に感じるのは、恐れと敬意だけではない。あの姿勢を見ていると、自然と「かっこいい」と思ってしまう自分がいる。
私が訓練校に通っていた頃、彼と過ごした研修生時代が思い出される。あの時、彼と一緒に手合わせをしたり、少し遠くの街まで買い物に出かけたりしたことを、今でも鮮明に覚えている。その後、桜備大隊長から聞いた話では、訓練校から研修生制度が撤廃され、今は消防隊に配属された新人隊員に対して行われるようになったとか。
頭の中で記憶を辿っていると、バーンズ大隊長がふとこちらを振り向き、目が合った。
「元気にしているか?」
「えっ⁉︎あっ、ハイ」私は一瞬、驚き、素早く返事をした。
「そうか。……新門大隊長とは仲がいいんだな」
その言葉に、少し胸が熱くなった。バーンズ大隊長が興味を持っているその内容に、私はゆっくりと話し始めた。
「そっ、そうですね。小さい頃から一緒にいましたし、紺っ……相模屋中隊長も同じように育ってきた仲ですので。私にとっては……何より、”家族”ッて感じでしょうか」
言葉を並べているうちに、少し照れくさくなり、無意識に頬を掻いてしまった。バーンズ大隊長と二人っきりになると、いつも不思議な親近感を感じてしまう。研修生として過ごした時とは違う、今の私と大隊長の関係に、どうにも戸惑ってしまう自分がいる。
あの頃の研修生の私は、まだ未熟で、どこか手を差し伸べてくれる大隊長の存在が心強かった。でも、今は第7の小隊長として彼と並んでいる。何を話せばいいのか分からなくて、ちょっとした沈黙が息苦しくなる瞬間がある。あぁ、あの人達を今ここで呼びたい。私とバーンズ大隊長の間に入ってほしいと、心の中で叫ぶ。
「家族……」
ぽつりと呟いたバーンズ大隊長に視線を向けると、彼は私を見ているのか、それとも私を誰かと重ねているのか。見間違いでなければ、ほんの一瞬、少し寂しそうな雰囲気で私を見つめていた。
「そろそろ目的地に着きますが……」
運転手の声に、バーンズ大隊長が前を向いた。
「分かった。十二小隊長、これを着なさい」
彼は助手席に置いてあった防火服を私に手渡してきた。腕には堂々と”1”と、第1特殊消防隊を象徴するエンブレムが見える。
「これは……」
「これは、十二小隊長が研修生の時に着ていた防火服だ。……その服装では、何かと目立つから、これを着て動きなさい」
バーンズ大隊長の言葉には、私への配慮が感じられた。原国主義の浅草の服装は、皇国の人々からあまり良い目で見られないことを、彼は知っているのだろう。だからこそ、わざわざ第1の防火服を持ってきてくれたのだと私は理解した。
「ありがとうございます」
私はバーンズ大隊長から研修時に着用していた防火服を受け取り、久しぶりにその防火服に腕を通した。
「私と一緒について来たまえ、十二小隊長」
「承知……しました」
私は抑えた声で返事をし、車を降りると、バーンズ大隊長の後に続いて歩き始めた。足元が軽く、でも意識がどこか重く感じられる。周囲から集まる視線が、まるで私を見透かすように感じた。聞こえてきた声が、私の耳に突き刺さる。
「おい、見ろよ!」と誰かが興奮した声で叫んだ。
「第7の絵馬 十二小隊長がいるぞ!」別の声が続く。
「本当だっ!しかし……第7の大隊長じゃなくて、第1のバーンズ大隊長と一緒に歩いているぞ!」
「十二小隊長、第1のバーンズ大隊長と一緒にいるのはどういうことだ?」
歩くたびに、私に関するヒソヒソ話が耳に入ってくる。
「てか、何故第7の十二小隊長は第1の防火服を着ているんだ?」
「さぁ?十二小隊長は確か……第8に所属じゃなかったか」
「もしかして、十二小隊長……第1に引き抜きされたとか?」
「そんな馬鹿な!十二小隊長は原国出身の浅草だぞ⁉︎」
私に関する憶測が飛び交う中、その冷たい視線が私を包んでいった。勝手に好き放題言っている彼らの声が、どうしても耳に入ってきて、心がざわつく。それでも、私は足を止めることなく、バーンズ大隊長の後ろを歩き続けた。すると、彼が前を向きながら、無駄に気にしないように呟いた。
「嫌なら、耳でも塞いでおけ」
「……いえ、大丈夫です」
私は深呼吸をして、気持ちを整えながら答えた。どうやら、バーンズ大隊長もこのヒソヒソ話を聞いているようだが、彼は全く気にしていない様子だった。彼の背中を見つめながら、私もそのまま前を向いて歩き続けた。すると、ふと見覚えのある隊員の姿を見かけた。
「あっ、茉希ー……!」
「ん?知り合いがいたか?」バーンズ大隊長がちらりと私を見てきた。
「え?ハッ、ハイ!」
私はちょっと驚き、慌てて返事をする。足を止めた私に気づいたバーンズ大隊長は、ほんの一瞬、足を止めると、静かに言った。
「……大会が始まるまで少し時間があるから、話してきなさい」
「ありがとうございます!」
私は感謝の気持ちを込めて、軽くお辞儀をした。バーンズ大隊長の言葉に甘えて、茉希の元へと足を運んだ。
「おーい!茉希ーッ!」
声をかけると、軍服姿の茉希がこちらに振り返り、手を振りながら近づいてきた。
「あっ、おはようございます絵馬さん……って⁉︎その防火服、どうしたんですか!⁉︎」
茉希は私の防火服に刺繍された”1”のエンブレムを見て、驚きのあまり足を止めた。私は軽く防火服の袖を引っ張りながら、少し照れくさい気持ちで説明を始める。
「あぁ、これ。ちょっと事情があって、この防火服を借りているんだよ」
「そうでしたか……でも、よりによって何故、第1の防火服を?」
「今、第1のバーンズ大隊長と一緒に行動していて、その時に借りたんだ。茉希にも伝えたよね?第8に入隊する前の訓練校時代に、研修生として第1小隊に配属されていたこと」
「はい。……もしかして、それが絵馬さんが訓練校時代に着ていた第1の防火服でしょうか?」
「そうそう」
私が頷くと、茉希は理解した様子で手のひら同士を合わせ、軽く叩いた。
「今日は、第7としてボランティアに参加するから、宜しくね!」と私は手を挙げる。
茉希は微笑みながら「はい!絵馬さん、また会いましょう」と応えてくれた。
お互いに軽く手を振り合い、別れを告げると、私は少し離れた場所で待っていたバーンズ大隊長のところに戻った。バーンズ大隊長は私に気付き、
「話は終わったのか?」と尋ねた。
「はい。お時間をとっていただき、ありがとうございました」
「いや、かまわない。話が終わったのなら、受付の方へ行って手続きをしに行く」
「承知!あっ、承知しました!」
バーンズ大隊長は何事もなかったかのように前を向き、歩き始める。その後ろに続くように、私は少し遅れて歩き出した。彼の背中を見ながら、受付場所へと向かって行った。
「バーンズ大隊長!十二小隊長!おっ、お早うございます」
受付会場に足を踏み入れると、思わず驚いたような声が私たちにかけられた。顔を向けると、そこにいた隊員が目を見開いてこちらに駆け寄ってきた。
「あぁ」と返事したバーンズ大隊長は、いつもの冷静な態度で返事をし、微笑みを浮かべていた。
受付会場に入ると、受付担当の隊員が私たちに気づき、少し驚きながらもすぐに敬礼した。私はその姿勢を見て、ちょっとした緊張感を覚える。
「こちらの紙に、今回参加される所属隊員の名前の記入をお願いします。十二小隊長は、ボランティア参加者としてこちらに名前を記入して、もう一枚お渡しします」
受付担当隊員の指示に従って、私は書類に自分の名前とチェック項目を記入していった。もう一枚の紙には、今回の大会に参加する新人隊員に伝えるべきルールが記されており、どうやら会場の後片付けもボランティアの一環に含まれているらしい。
バーンズ大隊長の紙を横目で盗み見ると、第1からは一人だけ参加するようだった。
「記入は終わりましたか?」
受付担当隊員の声で、我に返る。私はすぐに自分の記入済みの紙を手渡し、隊員の目を見て静かに待った。
受付担当隊員はその紙をしっかりと確認した後、少しだけ頷いてから言った。
「問題ありません。もう少ししますと、アナウンスでボランティアに参加される隊員は集合するようにと放送が流れると思いますので、それまではゆっくりされて下さい」
受付担当委員の言葉は淡々としていたが、その表情に変化はなかった。私は軽く頷いて、少しだけ安堵の気持ちが広がるのを感じた。