第弐章
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目が覚め、壁に掛けていた第8小隊の防火服を両肩に羽織り、静かに呼吸をする。部屋の時計が狂っていなければ三十分後、私は第8小隊と共に地下にいく。枕元に置いてあったバンダナと腰ベルト。それから槍伸縮型を拾い上げ腰に装着し、ヴァルカンから貰った雷火鼬を両手にはめて「よしっ!」と呟き、自分の部屋を後にした。
階段を下りて、玄関でかがみ込み履き慣れた防火靴を手にかけた時だった。
「行くのか?」
と後ろから声がして振り向くと、法被姿の紅丸が立っていることに気づいた。その近くには紺炉もいた。
「起こしちゃってごめんね。食堂に置き手紙を書いたけど」
「別にかまわねェよ。手紙は後で見る」
そう言ってこちらにやってくる紅丸。昨日の出来事もあり、紅丸から視線をそらしながら「そう」と私は呟く。
「絵馬」
と名前を呼ばれ、私は少し顔を上げた。
「俺が地下に行かずにここにいろと言ったら……お前ェはいてくれるか?」
「えっ……」
紅丸の言葉に顔を上げ、思わず言葉が洩れる。どうして今、そんな事を言うの。どうしてそんな表情をするの。周りから見ればいつも通りの無表情な顔だろと言われるかもしれないが、今の紅丸はなんていうか、寂しい。いや、心配。どちらとも捉えることのできるそんな複雑な表情を私に見せていた。
紅丸から紺炉にチラッと視線を移し、目が合った瞬間紺炉はハッとした表情になり「紅ッ」と口を動かした。
紅丸は深く息を吐いて、
「わーってるよ、紺炉。……絵馬、気ィつけろよ」と言って背を向ける。
名残惜しそうに背を向けたような感じがして、咄嗟に紅丸の法被の袖を掴む。
「紅丸。絶対に帰ってくるから……その時はおかえりって、言ってね」
「……ああ」
「俺たち初出動だな」
「きんちょーするッスね」
第8教会の車庫に来ると、ヴァルカンとリヒトが防火服を身にまとって話しているのを小耳に挟み二人に声をかける。
「初出動って、凄く緊張するよね!その気持ちわかる」
「姉さん!」
「法被しか見てなかったスけど、十二小隊長も僕たちと同じの持っていたんスね」
二人は私が防火服を着ている姿に少なからず驚いているようだった。
「基本は法被で行動していますけど、第8で出動する際はつなぎと防火服を着るようにしていますので」
「律儀ッすね〜」
「そういうリヒトは、似合ってねェな」
ヴァルカンは私からリヒトへ視線を向ける。リヒトは防火服のボタンを外しながら防火服を両手で掴み横に広げると、見たことのある白衣が目に入ってきた。
「インナーに、ちゃんと白衣着てるんで」
「なんか意味あんの……?」
リヒトの返答にヴァルカンはため息をつき、私はハハハと乾いた笑いがこぼれた。
「ヴァルカン。マッチボックスの運転は任せていいのか」
ヴァルカンの背に視線を向けると、火縄中隊長がこちらに向かってくるのが見えた。ヴァルカンが振り返る。
「ああ。自分でマシンを運転しないとわからないこともあるしね」
「誰かさんみたいにスピード出しすぎないように、安全運転で頼むね」
「なんで僕を見るんスか、十二小隊長」
リヒトは自分自身の事を言われてると思ったみたいだ。そう、間違ってない。だが、敢えてリヒトには答えなかった。リヒトからヴァルカンに視線を移し目が合うと、
「任せてくれ!」
と。ヴァルカンはにんまり顔で笑った。桜備大隊長が、私とヴァルカンとリヒトの顔を交互に見ながらこちらへとやって来て鼻をすすり、
「やっと、消防官隊らしくなってきたな……」と鼻声で言った。
「……ホントに……」
と呟く火縄中隊長。火縄中隊長も少し鼻声だった。
最初は、桜備大隊長と火縄中隊長の二人だけの第8小隊で結成され、半年後に私が仮入隊。二人と私の間には大きな壁があったが、それは徐々に徐々にと崩れていき、今では信頼出来る上司と部下の関係へとなった。そして、茉希・アイリス・シンラ・アーサー・リヒト・ヴァルカンそしてタマキ。三人だったのが今では十人の小隊へと成長した。記憶を遡っていくほど、桜備大隊長と火縄中隊長のように気持ちが込み上げくるのがわかる気もする。私は桜備大隊長に言った。
「三人で勤務していた時期を考えると、頼もしい仲間が増えましたね」
「ああ、そうだな」と、桜備大隊長は嬉しそうに頷いた。
準備を済ませマッチボックスに一人一人と、中に入ったのを確認してから最後に足を踏み入れる。
「人が増えたんだから奥に行けよ。絵馬さんが入らねェだろ」
先に座っていたシンラがアーサーに奥に行けと注意する。アーサーは仕方ないと思っていそうな表情で奥へと移動し、それに合わせるようにシンラとリヒトが移動する。リヒトの隣に一人分の隙間が空いたので、私はそこに座ることにした。
ブロロロロ。ヴァルカンの運転でマッチボックスは私達を乗せて地下に向けて走っていく。
私は手袋を見つめながらゆっくりと開いたり閉じたりと何回か繰り返し、到着まで待とうと考えていた。
「地下は、教会から特別に許可をもらってやっと入ることのできる場所……普段入ることは不可能だ」
桜備大隊長が話始めたので、私は顔を上げ桜備大隊長に視線を向ける。シンラが呟いた。
「地下に電車が走ってたなんて信じられないな……」
「まぁ、それは大災害が起こる前の話らしいけどね」
私はシンラに付け足すように呟くと、アイリスは怖い話でもするかのように言った。
「聖陽教では、太陽神さまの光が届かない地下は”地獄”と繋がっていると言われています。人ならざる者が住まう”不浄の地”です……。ちょーこわいんです……」
「地獄ねェ……本当にあるのかな」
と私は独り言のように言った。向かい側に座っていたアイリスが私にキッと視線を向ける。
「絵馬さん!信じていないですね。聖陽教ではそう言われているんですよ!」
「別に否定しているわけじゃないって!」
右手を上げヒラヒラと左右に振って誤解を解く。一拍置いて、
「聖陽教の教えですからね」と呟く。
そう言うと、アイリスは少しムッとした表情で「そうですよ!聖陽教の教えは間違ってないのです」と強めに言った。
ヴァルカンが運転するマッチボックスはゆっくりとスピードを落として停車した。私達はマッチボックスから降りて、少し荒れた道を歩いていく。しばらくして、下り坂が見えたと同時に錆びて草木が生い茂る大扉を見つけた。
元々の色は赤色だったのだろう。錆びて焦げ茶となっている大扉の中央には、聖陽教会が管理していると表す十字架模様があり、頑丈に閉ざされた扉に向かって壊れ土に埋もれた線路が繋がっていた。
「これが地下(ネザー)の入り口ですか?」と表情が固まるシンラ。
アーサーは振り返ってシンラの顔を見ると鼻で笑う。
「ビビってんのか」
「ご冗談を……」
「ふッ」
シンラの隣に立っていた私と目が合うと、アーサーは私に言った。
「画家。怖くなったら、俺の背に隠れてもいいぞ」
「あー……。その時は、お願いしようかな」
別に地下に入ることに関しては怖くないが、この中に伝導者が待ち構えていると考えると私の拳は小刻みに震えた。私が怖がっていると勘違いしたアーサーは、画家の頼みだからなと嬉しそうに頷き私の肩を叩いたのだった。
私の背後で茉希が震える声で言う。
「……本当に入るんですか……?すごく暗いんですよね……」
「こんな所に近づいたらママに怒られちゃう……」
茉希に感化されたのか。タマキの声も震えているのがわかった。
「ヴァルカン君は、平気そうだね」
「ああ。別に得意では、ないけど。浄水施設の検査で何度か入ったことはあるしな……得意ではないけど」
リヒトは普段通りの声で、ヴァルカンも普段通りだが少しだけ歯切れが悪いような声だった。茉希が叫ぶ。
「私たち本当に入っていいんですか!?」
「あんまり騒がないでくれ。俺まで怖くなってくるだろ……!!」
先頭に立つ桜備大隊長が首だけを振り返り、一筋の冷や汗を流す。一番後ろに並んでいた火縄中隊長が冷静に言った。
「今回の調査で地下に入ることを許可されたのは第8だけだ……。聖陽教会は、穢れた”不浄の地”へ大人数で入ることを許していない。そして、ピーピー騒ぐな」
火縄中隊長の言葉により、一番騒いでいた茉希がスンと大人しくなった。アイリスが扉の前に近づいてからこちらを振り返る。
「……では今から祝詞を捧げます」
「お願いします」
桜備大隊長はアイリスに頷く。アイリスは扉に視線を戻し、ゆっくりと扉を見上げてから深く息を吐き両手を合掌し、祝詞を読み始めた。
「永久ニ日ノ出拝ムラン。穢レナキ魂ニ光与エタマエヨ。ラートム」
アイリスが祝詞を読み終えた時。ゴゴと。錆びた頑丈な大扉が私たちを招き入れるかのように音を立てながらゆっくりと開いた。