第弐章
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第1特殊大聖堂から第8教会に戻った私は、火縄中隊長に声を掛けられ、彼と一緒に会議室に向かった。部屋に入ると、すでに第8小隊のメンバーが集まっており、桜備大隊長が冷静な表情で私たちを待っていた。空気がひどく張り詰めているのを感じながら、私はその場に立ち尽くしていた。
「え……地下……ですか……」
シンラが信じられないといった声で、桜備大隊長に問い返す。私たちは、火縄中隊長の指示で会議室に集められ、目の前に立つ桜備大隊長から地下のことを説明されていた。
桜備大隊長はシンラの疑問に冷静に答えた。
「ヴァルカンの工房が襲撃された痕をリヒトが調査した結果、伝導者の一味は地下に潜伏していることがわかった」
私の隣に立つアイリスは、その情報に動揺していた。
「聖陽教の教えでは、地下は太陽神さまの光が届かない”不浄の地”とされていますが……」
「シスターの言ったとおり、地下は”禁忌の地”とされている。そこを拠点とする奴らは、聖陽教の教えに反する異教徒かもしれない」
その言葉に、アイリスは言葉を詰まらせて黙り込んだ。ヴァルカン工房でシンラが接触した弟も、伝導者の一味の一員として地下に潜んでいるのか。
その時、リヒトが口を開いた。
「その地下ですが東京皇国には、かつての地下鉄道が張り巡らされていたッス」
私はすかさずそれに付け加えた。
「地下鉄道は原国時代から存在していると聞きました」
リヒトは少し驚いたように私を見て、言った。
「十二小隊長、詳しいッスね」
「……昔にそう聞いただけですから」
「それは、誰から聞いたんスか?」
「誰からか……」と考えたが、その記憶はもう遥か彼方。幼い頃に誰かから聞いた記憶があるが、その人物が男か女かすら覚えていない。けれど、それだけは確かだ。あの話を、誰かが教えてくれたこと。
「私が子供の頃にそう聞いただけだから、人物までは覚えていないです……」
「そうっスか……。ほとんどが”あの日”の大災害で崩れて埋まってしまったみたいですが、まだ地下には空洞だけ残ってる場所があると判明しました」
リヒトは私の話を深く追及せず、ガララと端っこに置いていたホワイトボードを取り出して路線図を貼り付け始めた。
「Dr.ジョヴァンニの遺留物と人工”焔ビト”が発生した地域からそこを絞りました」
リヒトが指を路面図でなぞると、ある場所で止まった。四ツ谷——。私たちの目の前に示されたその地点は、皇国の地図で見ると、第1地区と第3地区のほぼ中央に位置している。
桜備大隊長が静かに言った。
「今から向かうのは、人工的に”焔ビト”を造っている奴らの拠点となる場所!そこには必ず人体発火の謎があるはずだ!」
そして、声の調子を変えてこう続けた。
「これは、鎮魂じゃない。命をかけた戦闘だ」
桜備大隊長はさらに声を張り上げ、シンラに近づくと、彼の背中をバンと力強く叩いた。
「弟を連れ戻すぞ」
その瞬間、シンラはすぐに大きな声で返事をした。
「はい!」
その返事の中には、迷いなく決意が込められ、その目の奥には、確固たる覚悟が見えた。
ーーーー浅草
浅草に戻り、時は流れ、午後十時を迎えた。桜備大隊長の「明日に備えよう」という指示で解散した後、私は自室の網戸を開け、詰所の屋根に飛び乗った。屋根にゆっくりと腰を下ろす。昼間の残暑が厳しかったが、夜になると肌寒さが身に染みてきた。浴衣から露出した腕をさすりながら、私は夜空を見上げた。浅草の町からポツポツと光が消えていく中、星々がひとつ、またひとつと静かに輝き出していた。
「眠れねェのか」
三十分ほど経った頃、ふと耳にした声に私ははっとして、屋根の縁から下を覗き込んだ。紅丸が窓からこちらを見上げていた。
「うん。少しね……」
私はそう呟くと、紅丸はヒョイっと屋根に登ってきて、私の隣に腰を下ろした。
「明日、地下とやらに行くんだろ?身体がもたねェぞ」
「分かってるよ。もう少し夜風にあたったら部屋に戻るから」
私は視線を夜空に戻したまま答えた。紅丸はため息をつき、少し苛立ったような声で言った。
「どうだか」
そう言うと、隣で寝転がり、腕を枕にして背を向ける。
「……変なところは頑固だからなァ」
ポツリと呟く紅丸の言葉に、私は目を細めた。静かな夜空の下、彼の声が一層静けさを引き立てている。
「私は頑固じゃないよ、頑固は紅丸の方だよ」
「俺は頑固じゃねェ」
紅丸は不機嫌そうに私を睨み、寝返りを打った。それから、お互いに何も言わず、時が静かに流れていった。夜が深まるにつれ、浅草の町はしんと静まり、街の音はすっかり消えていた。明日、私は第8小隊の一員として地下に向かう。ヴァルカン工房の襲撃からの一連の出来事。シンラたちが修行を終えてからは、紅丸や紺炉と組手をしたり、一人で武器鍛錬をしたりして過ごしてきた。そして、今度こそDr.ジョヴァンニに一泡吹かせてやる。その決意を胸に、私は拳をぎゅっと握りしめた。
その瞬間。
カタカタカタカタ——。
詰所全体が微かに震える音が聞こえた。揺れは大きくなかったが、身体が小刻みに揺れていることに気づき、地震だとすぐに分かった。
「わっ!」
思わず声が漏れたその瞬間、私の左腕がぐいっと引っ張られ、紅丸が私を抱きしめるように身体を引き寄せてきた。彼の温もりが肌に伝わる。地震の揺れが収まるまで、ただ静かにその温もりを感じながら待った。数分後、揺れは収まった。
「最近、多いなァ」
紅丸の声が頭上から聞こえてきたが、私は顔を上げることができなかった。揺れが収まった直後は地震のことに気を取られていたけれど、今はそれ以上に紅丸に抱きしめられていることを思い出してしまった。顔に熱が集まり、頬が熱くなるのを感じる。
「絵馬?」
紅丸が私の名を呼ぶ。私は顔を上げず、うつむいたまま、慌てて言葉を紡ぐ。
「そ、そうだね!最近、地震多いよね!」
そう言って、私は紅丸から離れ、そそくさと立ち上がった。
「ありがとう、紅丸!ちょっと肌寒くなってたし……べ、紅丸の言うとおり、身体がもたなくなるから部屋に帰るね!おやすみッ!!」
紅丸に背を向け、逃げるように部屋に戻った私は、布団を頭まで被り、浴衣に僅かに残る紅丸の体温をほんのりと感じながら、目を閉じた。