第弐章
夢小説名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ーーーー3日後
私は第8教会に足を運び、重厚な門をくぐった。大きな扉を押し開け、教会内に足を踏み入れると、長い廊下を進んで、ひときわ目立つ一室の扉を開けた。
デスクに座っている桜備大隊長が、私の到着に気づき、静かに視線を向けてきた。
「急に呼んで悪かったな、絵馬」
「いえ。大丈夫です。それよりも……大事な話とは、何でしょうか?」私は少し緊張しながら尋ねた。
桜備大隊長は一息つき、言った。
「昨日、リヒト隊員が敵の本拠地を特定したんだ」
その言葉に、私は一歩前に進み、桜備大隊長のデスクに目を落としながら、食い入るように尋ねた。
「場所は、どこですか⁉︎」
桜備大隊長はデスクの引き出しから数枚の書類を取り出し、静かにデスクの上に置きながら言った。
「これを見て欲しい」
私は書類に目を移し、内容と写真を確認する。思わず声が漏れた。
「こ、これは……」
「ヴァルカンの工房周辺の調査書と、白装束の奴らが残した痕跡の結果だ。リヒト隊員の調査結果によれば、伝導者は地下(ネザー)にいることが分かった」
「ネザーにですか……」
「あぁ」
桜備大隊長は静かに頷く。私は汗が頬を流れ落ちるのを感じた。まさか、伝導者が地下(ネザー)に身を潜めているとは考えてもいなかった。しかし、浅草・ヴァルカン工房での騒動を起こした連中が見つからなかったことを思い返すと、リヒトの結論には納得できる部分があった。
「そこで一つ、絵馬に頼みたいことがある」
「はい」私は桜備大隊長を見つめ、次の言葉を待った。
「地下に行くには、聖陽教会の許可が必要だ。そして、聖陽教会と関わりが深い第1消防隊にも、一度、書類に目を通してもらわなければならない」
「……つまり、私は第1消防隊のバーンズ大隊長に書類を渡せばいいのですね」
「話が早くて助かる。俺は昨日、聖陽教会の方に赴き、書類を提出してきた。報告が今日中には来るはずだから、ここを離れることができない」
「分かりました。しかし……」私は少し躊躇しながら尋ねた。
桜備大隊長が、デスクに置いてあった書類を私に手渡す前に顔を上げる。
「火縄中隊長ではなく、何故、私に頼むのですか?」
「絵馬が第1に行った方が、スムーズに行くと思ってな。それに、カリム中隊長に渡して欲しい封筒がある。接点がある絵馬なら、怪しまれずに渡せるだろうと思ったからだ。頼めるか?」
「承知!」
私は力強く答え、桜備大隊長から書類と封筒を受け取った。
私は第一特殊消防大聖堂に向かった。周囲にいたシスターや神父にカリムの居場所を尋ねながら、目指す建物へと足を運ぶ。
「ここには正直、入りたくないんだけどなぁ……」
つぶやきながら、私は大聖堂の扉を見上げる。その扉は、信仰の場所として、シンラたちを引率した時に一度足を踏み入れた場所でもあり、記憶が鮮明だ。ゆっくりと扉を開け、中を覗く。
「くどくど野郎、いる……?」
私の声が聖堂の広い空間に響く。しかし、返事はなかった。ざっと周囲を見渡すが、人の気配は全くない。私は中へ足を踏み入れ、中央回廊の先にある高祭壇へと向かう。一歩、一歩と踏みしめながら階段を登り、顔を上げると、そこには半立体の彫像がこちらを見下ろしている。
高い窓から差し込む陽の光が、ステンドグラスを通して淡く色づいていた。その光が彫像に当たり、まるで生きているかのように輝いている。
「太陽神……」
皇国の人々が崇め、信仰する神。太陽神の像が、今もそこに存在している。それが神の似像として信仰されていると、私は認識している。けれど、ふと疑問が湧いた。
「本当に、存在していたのだろうか?」
その疑問の言葉が、思わず口から漏れる。この言葉をアイリスやカリムに聞かれたら、きっと怒られるだろうなと思い、私は一人で苦笑を漏らす。その瞬間、気が緩んだのか、手に抱えていた書類が何枚か、ヒラヒラと床に落ちていった。
「あ!」
私は慌てて膝をつき、書類を床から拾い上げようとする。その瞬間、背後で扉が開く音が静かに響いた。
「絵馬……」
その声が、遠くから私の名前を呼んだ気がした。私は拾い上げた書類を両腕に抱えたまま、膝をついた姿勢のままゆっくりと首だけ振り返る。視線の先に目を向けると、扉を開けたまま、驚いた表情で立っているバーンズ大隊長の姿が目に入った。ふと、ステンドグラスを通して差し込む光が視界に入り、私は焦点を合わせるように何度か瞬きをする。
「絵馬!」
今度は、確かな声で名を呼ばれた。それが耳に入ると、視界が明るく開けていくのがわかる。高祭壇に向かって早足で歩いてくるカリムの姿が見えた。私は立ち上がり、ゆっくりと一段一段階段を降りて、カリムに近づく。
「どこにいっていたの?ここにいると思ってたのに」
「あ?絵馬が俺を探してるって聞いたから、絵馬を探していただけだ。てめェこそ、あちこちフラフラしてんじゃねェよ」
「それはこっちのセリフなんだけど」
私は言い返すと、カリムと目を合わせ、無言の睨み合いが続く。まるで火花が散るようだった。
「よさぬか、お前たち」
その瞬間、バーンズ大隊長の声が静かに響く。ため息混じりで、二人のやり取りを止める。カリムは合掌し、私は軽くお辞儀をする。バーンズ大隊長の目線がこちらに向けられると、私は顔を上げ、彼と目を合わせた。
「桜備大隊長より、バーンズ大隊長宛てに書類を預かっています」
私は、両腕に抱えていた書類をバーンズ大隊長に手渡した。彼は静かに書類を受け取り、目を通しながら、少し考えるように黙っていた。やがて、顔を上げ、私に向けて言った。
「……なるほど。伝導者は地下にいると」
「はい」
私は頷きながら、続けて言った。
「聖陽教会には、これと同じ書類を昨日、桜備大隊長が提出しに行っています」
バーンズ大隊長は一瞬、じっと私を見つめた後、再び口を開いた。
「……行くのか?」
その言葉に、私は確かな意思を込めて答えた。
「行きます!第8小隊の一員として!」
「そうか」
バーンズ大隊長は、少しだけ瞬きをしてから、ゆっくりと背を向けた。
「死ぬなよ」
その言葉が、静かな空気の中で響く。私は深く頷き、強く答えた。
「承知です」
私の返事を聞いたバーンズ大隊長は、書類をしっかりと手に持ったまま、大聖堂の扉を開けて去って行った。
バーンズ大隊長の姿が見えなくなったのを確認した瞬間、私は大きく息を吐き出した。
「〜〜ッぷはァ!!緊張したぁ〜〜……」
思わず声が漏れる。体の力が抜け、やっと息ができたような気がした。すると、すぐ横から冷たい声が響く。
「おい、ワガママ女」
カリムの視線を感じて、無意識にそちらを向いた。彼は私の様子に、少し焦ったような表情を浮かべていた。
「伝導者の居場所が居場所が地下って、本当なのか?」
私はその問いに頷き、少しだけ口を開いた。
「本当だよ。第8の化学捜査隊員がそう推測した。バーンズ大隊長に渡した書類には、その調査結果が記載されている」
「で、その書類と同じ書類を聖陽教会にも提出していると?」
バーンズ大隊長との会話の様子で、カリムはなんとなく理解しているようだった。
「うん、あとは聖陽教会から許可が出るだけ。聖陽教会からの報告が各消防隊に届くのは、もう少し先だろうけどね」
そう言いながら、私はポケットから封筒を取り出して、カリムに手渡した。
「桜備大隊長から、カリムにと」
カリムは一瞬驚いたような顔をした後、封筒を受け取った。封を開け、中身を確認してから、何も言わずにローブの裏ポケットにそれを仕舞う。そして、代わりに私にバンダナを差し出した。
「フォイェンから預かっていたものだ。”ありがとう”とよ」
「リィ中隊長の容態は?」
「徐々に徐々に回復している。もう少しで、第1に復帰するだろうよ」
その言葉を聞いて、私はほっと胸を撫で下ろした。「本当に良かった」と心の中で呟き、バンダナを受け取った手で拳を作って、カリムに差し出した。
「行ってくる」
「憎たらしいてめェの顔を見なくて精々するわ」
「あ?やんのかコラァ?」
自分ではかっこよく決めたつもりだったが、こいつは本当にムカつく。その思いが頭の中で渦巻いて、私はカリムを睨みつける。すると、カリムは鼻で笑いながら、嫌味な笑みを浮かべ、コツンと拳を合わせた。