第弐章
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「人差し指と親指を内側に……。気の流れを足の方に集める感じで……」
シンラは紅丸の言葉を繰り返す。その背中を、私は少し距離を取って見守っていた。先程の爆発の余波を考えれば、警戒を怠るわけにはいかない。
「絵馬ーー。あいつ、またひょっとこみてェな顔をするんじゃねェーか?」
「ウヒェヒェヒェ。ゲロブサだぜーー!」
「二人とも!今は、しっだよ。しっ!」
私は軽く人差し指を唇に当て、ヒカゲとヒナタに注意を促す。すると、彼女たちはニヤリと笑ってから、地面に横たわる火犬の背に乗り、庭の端を時計回りに指示を出し始めた。火犬はヒカゲとヒナタを背負ったまま、ゆっくりと立ち上がり、歩き始める。
「十二小隊長の能力って、ほんとに変わってるスね」
振り返ると、縁側に腰掛けたリヒトがこちらをじっと見ていた。
「シンラ君の能力もすごいんですけど……十二小隊長の能力、特におかしいスね。第二世代なのに、第三世代のように自在に炎を操っている。しかも、炎は防火すれば間接的に触れることが可能。まるで自分の意思で動いているかのように」
リヒトは興味深げに言った。
「……よく観察していますね」
「科学者なもので」
リヒトはニヤリと笑った。私は火犬に目を移す。
「第二世代の形状変化能力がこんなに高いなんて……いや、それに炎の制御能力も異常なほど高い。ここまで炎を自在に操れるのは、天性の才能っスかね〜〜」
リヒトはまるでおもちゃを見つけた子供のように、ヒカゲとヒナタを背に乗せた火犬を眺めている。
「もしかしたら、十二小隊長の武器にも何か力が宿っているんじゃないんスか?」
リヒトが再び私を見て話しかけてきたその瞬間、私は不意に胸のあたりが冷えた。槍の伸縮型をしっかりと抱きしめ、私は言った。
「これは、解体させませんからね!」
「僕、そこまで外道じゃないっスよ……」
リヒトは私の警戒に気づくと、軽く笑いながら肩をすくめた。
私は少しリヒトに警戒しながらも、紺炉の隣に腰を下ろし、シンラの様子を見守った。
シンラは呼吸を整え、肩幅に両足を広げ、両手を地面に向けて目を閉じる。その手がゆっくりと形を変えていくのが見えた。人差し指を親指の付け根に、親指を小指の付け根にと。これが、さっき紅丸がシンラに教えた「虎ひしき」の型だ。
その瞬間、シンラの手が虎ひしきの型に変わると、彼は息を吐き、彼の周囲から砂煙が立ち上がった。目の前が砂煙で覆われ、私は直感的に目を閉じようとしたが、隣に座る紺炉が口を開いた。
「絵馬、目をつぶるな」
私は言われた通りに目を細め、なんとか目を瞑らずに済んだ。砂煙が徐々に収束していく中、シンラの動きを追った。すると、彼は一瞬で浅草上空まで飛び上がった。
「速ッ。あいつが見込んだだけのことはあるなァ」と、リヒトが呟いた。
彼が言う「あいつ」とは、誰を指しているのだろう? 灰島の研究仲間のことか、それとも別の人物か。私は横目でリヒトをちらりと盗み見た。彼は私の視線に気づいていないようで、その表情は感心と納得が入り混じった微妙なものだった。
「シンラ!今のを使って俺に仕掛けてみろ!」
紅丸が上空のシンラに向かって叫んだ。その声に応えるように、シンラは「はい」と返事し、庭に降りてアーサーと共に紅丸の組手に参加した。
小気味のよいキックの炸裂音が響く。シンラは紅丸に右足のハイキックを繰り出すが、紅丸はするりとかわす。その後すぐ、アーサーが持つエクスカリバーが風を切り、紅丸の横腹を狙ったが、彼は素早く手で防いだ。アーサーは数歩下がり、踏み込みを終えた後、前足を踏み出して斬り込む。しかし、紅丸はその動きを見て瞬時に距離を取った。
そんな二人の連携攻撃に、紅丸の無表情な顔が、かろうじて薄笑いで唇をほんの少しだけゆがめている。彼の嬉しそうな表情に、私は思わず頬を緩ませながら言った。
「紅丸、嬉しそうだね」
「あァ。最初は嫌がってたが、若も楽しそうでなによりだ……。まァ若は、いつでも楽しそうだけどな」紺炉は微笑みながら頷いた。
そのやり取りを見て、リヒトが半信半疑な表情を浮かべて呟く。
「あれが……。すごく不機嫌そうだけど……」
「教えがいのある奴らが来たからな。若もきっとはりきってんだろ。昔の絵馬を見てるみてェだからな」
「何言ってるの?紺炉。私の方がまだまだ教えがいがあるよ」私は冗談めかして言った。
「変なところで張り合うんじゃねェよ」
紺炉は笑いながら、私の頭を軽く小突いた。その瞬間、何とも言えない温かい雰囲気が周囲を包み込んだ。シンラとアーサーが紅丸を相手に真剣な表情で取り組んでいるのを見ながら、私もまた彼らと共にこの瞬間を楽しんでいるのだと感じた。
「どうですか?」
「とりあえずサマにはなってきたな。あとは、横方向への移動に対応できれば問題ねェだろ」
紅丸の言葉は冷静で、的を射ていた。その目線の先には、紅丸の攻撃を受けて少し意識を失っていたアーサーが、ヨロヨロとしながら立ち上がろうとする様子が見えた。
「騎士は……。負けない……」
「あいつもへばってきたようだし、このへんで今日は終まいにするか」
紅丸はアーサーの様子を見て、シンラに軽く合図を送る。シンラはそれを受けて頷き、アーサーの元へ近づき、左腰を支えた。
「だいぶのされてたけど大丈夫か?」
「騎士だからな」
アーサーは、普段通りの返答を返したが、その声にはいつもの力強さが欠けているのがわかった。
「そろそろ晩飯の準備をするか。兄ィちゃんも食べてけよ」
隣に座っていた紺炉が、さっと腰を上げて言った。
「お言葉に甘えちゃっていいんスか?じゃあ、遠慮なく〜〜」
紺炉の言葉に、リヒトがニヤリと笑いながら見上げている。
「私も手伝う!」
私も縁側から立ち上がり、思わず声を上げた。
「シンラーー!アーサーーー!晩御飯食べていきなよ!」
私の声が庭に響き渡る。
「アザース!!」
シンラはにっこりと笑い、元気よく返事を返した。その姿に、私は自然と頬が緩んだ。くるりと向きを変え、私は紺炉の後に続いて食堂へと歩き出す。背後では、シンラが必殺技の命名を紅丸に伝えているが、その内容に躊躇なく却下する紅丸の声が風に乗って耳に届いた。