第弐章
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ーーーー浅草
「おッ、やってるな」
紺炉が居間の障子を開け、縁側へと出ていく。私は、その後に続いて庭の方へ足を運んだ。障子の向こうには、私のお気に入りの場所である庭が広がっており、そこで紅丸とシンラ、アーサーが組手を行っていた。縁側に腰を下ろした紺炉の隣に、私もゆっくりと腰を下ろし、組手の様子を見つめる。
シンラとアーサーは、第三世代の能力を駆使しながら紅丸に攻撃を繰り出しているが、紅丸はそれらをするりとかわしている。二体一の状況。しかし、数ではシンラとアーサーが優勢だが、紅丸はその動きを容易に読み取り、観察しているようだった。
すっと、紅丸は右手で型を作り、熱風を二人にぶつけた。その勢いで、シンラとアーサーの動きが止まる。
「もう十分だ」
「もう?」
アーサーが紅丸の言葉に疑問を投げかける。紅丸は、シンラとアーサーを交互に見ながら続けた。
「筋は、まぁまぁだが当たる気がしねェな。お前らの攻撃には、意外性がねェ。足りねェモノがあるんだよ。なんだかわかるか?」
「足りないモノ……」シンラは呟く。
「必殺技だ!!」
「必殺技ッ!!!」
紅丸の言葉に、シンラは拳をギュッと握り、心を奮い立たせたように興奮した表情を見せた。
ドガ。紅丸の足蹴りがシンラの顎にクリーンヒットした。
「あちゃー……」
私は一部終始を見ていて、手で顔を覆い隠しながら無意識に言葉が漏れた。
「気を抜くなって言ってんだろッ」
地面に尻もちをついて顎をさするシンラを見下ろす紅丸は、言葉を続ける。
「お前の長所であるスピードを生かした必殺技を編み出せ」
「さすが新門大隊長。目のつけ所が最強ですね〜〜」
聞き覚えのある声が、縁側の曲がり角から響いた。庭にいる私たちが驚いて見つめる中、長身の男が姿を現した。
「シンラ君の魅力は、推進力から得られる爆発的な火力とスピードっス。元々、体内に備えられている炎の量も常人より遥かに多いんスよ」
「兄ちゃん……誰だ?」
「リヒトさん!?」
紺炉は怪しげにリヒトを睨み、私は思わず縁側から腰を上げる。リヒトはこちらに気づくと、ペコリと頭を下げて自己紹介を始めた。
「あ!どーも、どーも。十二小隊長から先に名を呼ばれちゃいましたが改めて……私、第8特殊消防隊押しかけ科学捜査班、ヴィクトル・リヒトっす。シンラ隊員のパワーアップ方法を考えてきました」
「この人、神出鬼没だなァ」
シンラが呟く。私はリヒトの行動を観察しながら、もう一度縁側に腰を下ろした。
浅草事件を経て第8との関係が深まった今、浅草の町民たちが第8の隊員を警戒することはない。むしろ、親切に私たちの詰所へ案内してくれるほどだ。多分、リヒトも浅草の町民たちに尋ねながらここまで来たのだろう。そう推測しながら、私は彼の動きを見守った。
リヒトはシンラたちに近づくと、紅丸に尋ねた。
「新門大隊長、お手伝いお願いできますか?」
「どういうことだ?」
紅丸が警戒心を持ちながらリヒトを睨む。リヒトはニヤリと笑ってから話を続ける。
炎を一方向に収束させ、推進力をアップさせるーーつまり、ジェット噴射のイメージとのことだ。そうすることで発火した炎を圧縮し、瞬間火力を引き上げて威力を増すという。
耳を傾けていた紅丸が訊ねる。
「つまり、炎を細く絞ればいいんだな」
「ですッ、ですッ」リヒトは嬉しそうに頷き、小さく笑った。
紅丸は後ろを振り向くと、シンラとアーサーに指示を出した。
「後ろ開けとけ」
二人は紅丸の指示に従い、距離を取る。その様子を見届けた紅丸は、右手から炎を噴き出した。
「これくらいの火力で十分か?」
「ですッ、ですッ」
リヒトは頷きながら言った。「失礼します」そう言って、紺炉の左隣に腰を下ろす。
紅丸は炎を噴き出しながら、右手で型を構えた。すると、その手から発せられた炎は多方向から徐々に一点に集中し、細長くなりながらキィィィィと音を立て衝撃的な勢いで発射した。
「じゅう」と熱した音が響いた瞬間、地面に焦げた縦線が生まれ、紅丸は一瞬で数十メートルの距離を移動した。
「すげェ……」シンラは感嘆の声を洩らす。
リヒトは冷静に分析するかのように、分かりやすくシンラに説明した。
「今、君の炎は無駄に多方向に拡散している。それを纏めるだけでこれだけの推進力が上がるんだ。新門大隊長のように一方向に凝縮できれば、今以上のスピードが出せるはずだよ」
「それができれば俺の必殺技に……よし!!やってみます!!」
シンラはガッツポーズを作り、笑顔を見せた。その様子を見た私も、自然とガッツポーズを作って応援する。
「頑張って、シンラ!」
「はいッ!」
シンラは踵を返し、紅丸に近づく。紅丸はシンラとアーサーを見つめ、しっかりとした声で言った。
「シンラは必殺技の練習をひたすら繰り返せ。アーサーは能力自体が必殺技だ。俺と組手して基礎を鍛える。殺す気でこい」
「押忍」
シンラとアーサーは、毅然とした面持ちで返答した。
「さてさてうまくできますかね」
リヒトは楽しそうにほほ笑んでいる。
「兄ちゃん、あまり第8の人間っぽくねェな……。絵馬から聞いたが、灰島から来たってのは本当のようだな」
「第8にしてはおつむが優秀すぎっスか?」
リヒトは私たちの方に視線を戻した。
「てめェ、第8で変なマネしたら海に沈めんぞ……」紺炉は低い声で脅しをかける。
「やるわけないじゃないっスか。やだなァ〜〜」
リヒトは私たちの様子を観察しながら、身体を少しだけ前に乗り出して言った。その時、彼と目が合った。リヒトは続ける。
「十二小隊長からも言ってくださいよォ〜〜。僕、そんなことしないっスよね?」
その問いに私は、正直なところ返事に困った。前回のヴァルカン工房での件が妙にタイミング良すぎて、確かに怪しいと言われてしまえばそうだった。でも、現時点では第8に危害を加えるような兆候は見えないし、むしろ第8のために調査をしてくれているのだから、私は助かっている立場だ。
「十二小隊長からも僕、怪しまれてるっスか。ショック〜〜」
リヒトは私が返答しなかったことに肩を落とし、落胆した表情を浮かべた。
「ふごぉおおお!!」
シンラの叫び声が庭に響き、私は思わずリヒトから目を逸らす。
「アリァリァ。炎が分散しちゃってるよ」
リヒトは顔を引っ込めて姿勢を戻し、シンラの様子を見つめる。リヒトの言う通り、シンラは両足に能力を発動させてジャンプのイメージを持とうとしているが、炎がまばらに拡散していて、全然上手くいってないようだ。
「おりぁああ!!うお!!」
ギュンと急に角度が変わり、シンラは突然頭から地面に落下した。両手を地面に付け、横になったまま両腕を組んで何やらぶつぶつと呟いた後、ひょんと起き上がった。
「何もできていないことを考えても時間の無駄だ!!とりあえずやってみないと!!」
彼は自分を奪い立たせようとしているらしい。
「頑張れ、シンラ……」
私はじっとシンラを見つめた。
「十二小隊長。大概の問題は「いいからやれよ」か「やめちまえ」でカタがつくからね。彼は利口っスね」
リヒトは私の言葉に続き、シンラに人差し指を突きつけている。紺炉は横目でリヒトを見る。
「お利口な科学者が随分と短絡的だな」
「まずは、スタートラインに立たないと考えるべき本当の問題にすら気がつかない」
「何事にも挑戦あるのみってことですか?」
リヒトは頷き、再びシンラに視線を戻す。
「そんな感じっス。難しい問題ってのは、やってみないとわからないから難しい問題なんスよ」
「……そこはお前も、俺たちやくざ者と一緒なんだな」と紺炉が呟いた。
彼の言葉に返答はなかったが、少しだけリヒトの口角が上がるのを私は見逃さなかった。