第弐章
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紺炉が部屋を出て行くと同時に、入れ替わるように紅丸が部屋に入ってきた。彼は私の目の前にどっかりと座り込む。その瞬間、胸がドキドキし、意識が彼に釘付けになった。浅草の出来事以降、紅丸の行動には以前と異なる何かが感じられ、さらに彼に対して意識が高まっているのを自覚していた。
ちらっと紅丸を見ると。彼は下を向き、黙々とガーゼを私の右頬に合わせ、ハサミで切っている。
「消毒するぞ、絵馬」
紅丸が顔が上げた。
「う、うん!」
紅丸と視線がぶつかり、私は思わず目をギュッとつぶってしまった。変に思われたくなくて、心の中で「平常心、平常心」と呟きながら、ただ処置が終わるのを静かに待つ。右頬の傷は切れて血が出ていたが、今は乾いていて、数日もすれば傷跡も消えるだろうと思っていた。カリムに氷で冷ましてもらったおかげで、痛みも腫れもない。でも、紅丸が優しく右頬を触るたび、痛いというよりかは、少し痒い感覚がする。
消毒液を塗ってもらうと、何とも言えないじんわりとした感覚が肌を流れる。ガーゼが右頬に貼られ、私はその瞬間をしっかりと味わった。この二人きりの数分足らずの時間が、長い時が音を立てて流れつづけたように私は感じた。
「終わったぞ」
紅丸の声が耳元で響いた瞬間、私はビックリして目を開け、片手で耳を抑えながら叫んだ。
「バ……ッ!み、耳元で喋らないでよッ⁉︎」
「あァ?何怒ってんだ」
腑に落ちないという表情で、紅丸は首を傾げている。救急箱の中身を整理しながら、スッと立ち上がり、私の横を通り過ぎて襖を開く音がした。その瞬間、部屋を出ていくと思ったのだが、紅丸の突然の声が耳に飛び込んできた。
「素直じゃねェな……」
その言葉に、私は一瞬、ドキリとした。彼の言葉は、私の心の深い部分を揺さぶる何かがあったのかもしれない。紅丸の背中を見送りながら、彼の言葉が頭の中でぐるぐると回り続けるのを感じていた。
ーーーー3日後
私と紺炉は法被を見に纏い、浅草を後にして第8教会へ向かった。門前には火華大隊長とカリムが待っており、火華大隊長が私たちに気づいて声を掛けてきた。
「来たか、十二」
「おはようございます火華大隊長」
「すまねェ、待たせちまったみてェだな」
紺炉が謝ると、カリムは軽く首を振った。
「大丈夫です。俺も今さっき着いたばかりですから」
「揃ったなら、さっさと行くぞ」
火華大隊長が私たちを促し、門内へと進んでいく。私と紺炉も、それに続いて足を踏み入れた。
教会の扉の近くで、箒を持っているシンラと、その隣に立つ桜備大隊長の姿が目に入った。火華大隊長が桜備大隊長に呼びかける。
「おい、オウビよ。来てやったぞ」
こちらを振り返るシンラは、私たちの登場に驚いたようだった。その近くで掃除をしていたタマキが慌てて私たちの方に駆け寄り、カリムに敬礼した。
「カリム中隊長、お久しぶりです!!なぜ、ここに⁉︎」
「タマキ!元気に好調そうでなによりだ」
シンラがこちらに近づいてくる。
「絵馬さんと紺炉中隊長は……」
「桜備大隊長から連絡が入ってね」
「今後に向けて情報交換だよ。互いに協力し合えればと思ってな」
私に続いて、紺炉がシンラの問いに答ると、桜備大隊長が私たちを見て嬉しそうな表情を浮かべた。
「お待ちしておりました」
そう言いながら、桜備大隊長は教会の扉を開いて、私たちを中に招き入れた。
「邪魔するぜ」
「それじゃあ、また後でね、シンラ」
私は紺炉と一緒に、軽く手を上げつつシンラに別れの挨拶をする。その瞬間、背中越しにシンラから「お疲れさまです」という言葉が風に流れてきた。ゆっくりと、教会の扉は音を立てて閉まった。
来客用の一室に案内された私たちは、年代物の落ち着くソファに腰かけた。向かいのソファには火華大隊長と、目の前にはカリムが座っている。静寂が流れる中、アイリスが部屋に入ってきて、トレーに乗せた湯呑みを4つ、テーブルの上に優雅にトンと置いていく。
私の左隣に座っている紺炉がアイリスに向かって言った。
「ねェちゃん、悪いね」
「合点承知の助ですッ」
その言葉に、思わず苦笑いを隠せなかった。アイリスはどういたしましてと言いたかったのだろうが、少しズレたその言葉が可笑しくて、私は口の中を奥歯で噛むようにして笑いを堪えた。
すると、火華大隊長が桜備大隊長を睨んだ。
「オイ、オウビ!!アイリスをお茶汲みに使っているんじゃないだろうな」
「義姉さん……。私が進んでやってるだけです」
アイリスの言葉に、不満そうに口を曲げた火華大隊長はそれ以上何も言わなかった。桜備大隊長は、困った顔をしながら愛想笑いを浮かべた後、眉根を寄せて真剣な表情に切り替えて口を開いた。
「では、早速ですが会議を始めさせてもらいます」
一拍置いて、桜備大隊長は事務的にそう言った。その声に、私の緊張が一層高まる。重要な情報が交わされるこの時間を、無駄にするわけにはいかない。
「それぞれが把握している情報を共有し、伝導者の手がかりと今後の対策を決定しましょう」
その言葉を合図に、各々がこれまでの出来事を話し始めた。火華大隊長は、灰島との関係を持ちながら手に入れた情報を語り、カリムは第1で起きた事件について、さらには星宮中隊長のことを話す。紺炉は、浅草での白装束との戦闘について詳細に説明し、私はそれに付け加えるように、先日ヴァルカン工房で起こったDr.ジョヴァンニと白装束2人との戦闘のことを話した。一通り話が終わると、紺炉が怪訝な表情を浮かべながら言った。
「絵馬は別として、俺たちが白装束の存在を信じたのはつい最近のことだ……。紅のかわりに来てみたがまだ情報が少ないな……」
「今起きている人体発火の中にも、白装束が人工的に造っているものがあるはずだ」
「浅草では敵が自ら”蟲”を使って人工”焔ビト”になったのを確認しているので、その可能性は高いと思います」
火華大隊長の言葉を聞いて、私は頷いた。カリムは考え込むよな表情を浮かべた。
「烈火星宮が”蟲”を使って人工”焔ビト”を作っていたのは、炎への”適合者”とやらを捜すため……。単に”焔ビト”を作るだけでなく、何か特殊な能力者を求めているのでは……絵馬小隊長のように」
そう言い終えたカリムは、私を真っ直ぐに見つめてきた。その視線が心の奥に突き刺さる。私の心臓が少し早く打ち始めた瞬間、紺炉が声を張り上げた。
「第1のにィちゃんよォ、それはどういう意味だ?」
彼の声の調子が急に変わった。カリムはローブの内ポケットから折りたたまれた紙を取り出し、テーブルの上に拡げた。それは、私の履歴書のコピーだった。火華大隊長から見せてもらったものと同じだが、何やら手書きで付け足されている。
「絵馬小隊長に頼まれて色々と調べていたら、烈火の部屋からこれが見つかった」
「第1の砂利も持っていたのか……」
火華大隊長はすぐに察した。桜備大隊長は間を置かずにカリムに問い詰める。
「絵馬がDr.ジョヴァンニから目を付けられているらしいが、まさか烈火星宮も……?」
「そう言うことだと考えられます。ここの文字に、「第三の片鱗」と書かれていますから」
カリムが人差し指で手書きの文字をトントンと指差す。能力の記入欄の外枠には、赤色のペンで殴り書きされた「第二の太陽」「第三の片鱗」という言葉があった。私は呟くように質問した。
「第三の片鱗って何?」
カリムは考える間もなく答えた。
「おそらく……第二の太陽に続いて、第三の太陽になりうる存在。それか、第二世代の能力を持っている絵馬に”蟲”を使用して、人工的に新たに第三世代の能力を開花させようとしたのか……。俺はそう推測した」
その言葉を聞いた私は、驚きのあまり言葉が出なかった。
「つまり、十二はどちらでもなれる存在であると?」
火華大隊長は厳しい目つきでカリムを見つめる。カリムは静かに頷く。
「俺の推測ですが、推測なので……可能性は0ではないと思います」
「なるほど。それなら、Dr.ジョヴァンニが私に”時を待て”と言ってきたのも納得出来る。その時が来るまで、十二は野放しにされているということか」
「紅と同じ、煉合能力者に絵馬が……」
その言葉を聞いて、私は紺炉の方に目をやった。彼の顔は引きつり、額から一筋の汗を流れていた。私は彼から目を逸らし、俯いて自分の手を見つめた。なるほど、そういうことか。研修生の時には星宮中隊長に接触し、初対面であんなにぐいぐいと関わってくる人物は彼だけだと思っていたが、それには深い理由があったのだ。今、私はDr.ジョヴァンニに目を付けられている。その瞬間が思い出される。彼に髪をわし掴まれた時、私を殺せる状況だったのにもかかわらず、彼は私を殺さずに地面に薙ぎ倒した。あの時の彼の意図を、今頃ようやく理解し始めている。しかし、果たして私にそんな力が本当にあるのだろうか。
「烈火星宮が持っていたのはこのコピーだけだ。第1の事務所で烈火が事務所を出入りしていた痕跡を調べたが、異常は見つからなかった。第1から漏洩されたようには思えない」
顔を上げると、カリムは首を左右に振った。
「承知。調べてくれてありがとう」
カリムに礼を告げ、私は桜備大隊長を見上げた。