第弐章
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火華大隊長に連れられ、病院から少し離れ場所にある喫茶店に入店した。ドアを開けるとすぐさま男性スタッフがやってきて、火華大隊長の顔を見ると奥にある席へと案内された。ここは、火華大隊長の行きつけの店なのか。そんなことを考えながら、私は彼女と向かい合って座った。
少しして、私達の前にコーヒーが運ばれてきた。火華大隊長がコーヒーを飲んだのを見てから、私も一口飲んで、緊張交じりの声で尋ねる。
「えーー……っと、火華大隊長。何故私は、ここに連れてこられたのですか?」
「不満か?」
彼女の返事は、まるで試すかのような響きを持っていた。
「不満ではないですけど、気になって……」
火華大隊長は、コーヒーを皿に戻し、上着の胸ポケットから二枚の書類を取り出してテーブルの上にのせた。一枚目を手に取ると、それは私の顔写真が載った履歴書だった。もう一枚の書類には、ヴァルカンの顔写真と彼に関する内容が記載されている。
「私とヴァルカンーー」
「お前が訓練生として皇国に来た時に、Dr.ジョヴァンニから渡されたものだ。砂利のは……それよりも前だったな」
火華大隊長は、私の疑問を先に察知したかのように、冷静に答えを返してくる。私の頭の中には新たな疑問が浮かんだ。
「ヴァルカンは、Dr.ジョヴァンニと関係があることが今回の件で判明し、それに納得はしているのですがーー」
私は書類から顔を上げると、火華大隊長の鋭い視線と目が合った。
「何故、砂利と一緒に十二のがあるか、ということだろ?」
「はい」
火華大隊長は、少しの間を置いてから慎重に口を開いた。
「砂利には、第5で勧誘出来るなら勧誘しろと言われ、渡された。十二には、ただ『時を待て』と。それだけだ」
私は首を傾げた。
「『時を待て』とは、いったいどういう意味ですか?」
「さあな。それは私にも分からん」
「分からんって……。何か理由があって、火華大隊長に渡してきたのではないですか?」
火華大隊長は、一瞬、疑わしげな目で私を見つめ返した。その視線の奥には、隠された真実があるように感じられた。まるで、彼女もまた何かを探っているかのようだった。
「理由なら、十二が知っているのではないのか?」
「私が?」
火華大隊長の反応に少し混乱する。彼女が知らないのなら、私がその理由を知る由も無い。「時を待て」という謎の言葉に、思考が混乱していた。白装束のフレイルともう一人の男の姿が思い浮かぶ。彼らは私の名前や、第二世代であることを知っていた。そして、私の幻影が「忘れるな」と警告を発していた。私は訓練生の頃は、Dr.ジョヴァンニと直接接点なんてなかったはずだ。それなのに、どうして私の履歴書を持っていたのか。
考えを巡らせるうちに、あることに気が付いた。
「訓練生……。保管……」
その瞬間、胸に何かがひらめいた。
「星宮中隊長!」
火華大隊長との別れを告げると、私は息せき切って第1特殊消防大聖堂に向かった。受付に誰もおらず、来場者用の紙にパッと記入してから教会の扉を押し開けた。教会内を走っているとすれ違った神父から「廊下を走るな」と注意をされたが、今はそれどころではない。数十メートル先に、見覚えがある後ろ姿が見えたため、私は思わず大声で叫んだ。
「シスター!」
眼鏡をかけたシスターは、その声に反応してこちらに振りむき、足を止めた。
「十二さん⁉︎どうされたのですか?そんなに慌てて」
彼女の驚いた表情は、私の心の中の焦りを明確に映していた。シスターの両腕にはいくつもの書類が抱かえられていた。私は彼女の方に歩み寄り、呼吸を整えてから切り出す。
「シ、シスター!お聞きしたいことがありまして、私の訓練生時代の履歴書は、どこに保管されているのでしょうか?」
「履歴書ですか?」とシスターは考え込むように首を傾げた。
その瞬間、私の背後から「ワガママ女‼︎」という言葉が響いてきた。私はハッとして後ろを振り返る。
「くどくど野郎!」
カリムが大股で迫って来ていた。彼は私の前に立ち、厳しい目を向ける。
「テメェ、廊下を走るなとあれほど前に注意したのに、注意したにも関わらずまた走っただろ?隊員が俺に報告してきたぞ」
「くどくど野郎、今はそれどころじゃ……」
言葉を続けようとした瞬間、カリムは私の手を掴み、まるで引きずるように玄関へと連れて行く。
「悪いが、シスター。絵馬を借りるぞ」
「えっ⁉︎」
この状況、火華大隊長との時と同じような流れだ。距離が離れていくシスターの方を振り返ると、彼女は何故か嬉しそうに手を振っていた。
ーーーー聖陽オベリスク前
「第8の桜備大隊長から、先程、俺に俺宛てに直接連絡が入った」
私の前を歩くカリム。カリムの後頭部を見上げながら、私は疑問を口にした。
「桜備大隊長がカリムに?」
「あぁ、そうだ。3日後に、第5の大隊長と俺、それに第7と第8で伝導者に関する会議を開くことになった」
会議か。それなら、私の履歴書の出所を知っていた方が良いかもしれない。私は思いを馳せ、カリムに質問を投げかけた。
「あのさ、カリム。聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
カリムが足を止め、こちらを振り向く。私もそれに合わせて足を止めた。
「私が訓練生の時に、第1に提出した私の履歴書って、第1教会のどこに保管されているの?」
「ワガママ女の履歴書?ああ、それなら他の隊員の履歴書と一緒に、事務所で事務所のファイルに保管されてる」
「それって、誰でも閲覧できるの?」
「いや、閲覧できるのは、事務や受付をしているシスターや神父、それに小隊長以上の隊員だけだな」
「そっか……」
私はそれを聞いて、しばし黙り込んだ。視線を下を向け、地面を見つめる。小隊長以上なら、星宮中隊長が閲覧できる。やはり、星宮中隊長が私の履歴書を持ち出した可能性が高いのか。でも、なぜ彼は私の履歴書を持ち出したんだ?”時を待て”という言葉が、妙に引っかかっている。
「おい、絵馬」
カリムの声に呼ばれ、私は顔を上げた。
「何故、履歴書を気にする?」
カリムは不思議そうに私を見つめる。合同会議が控えている3日後を意識し、彼と話しても問題ないだろう。私は口を開いた。
「桜備大隊長と電話しているのであれば、第3の大隊長の件は知っている?」
「ああ、第3隊大隊長が暴行事件を起こしたらしいな。明日の今頃には、放送されるだろうな」
「なら、話は早いね。Dr.ジョヴァンニが、今回の事件で襲撃した工房職員の書類と、なぜか私の履歴書を持っていたらしい」
「どういうことだ⁉︎」
カリムは驚きを隠せず、私の言葉にしっかりと耳を傾ける。
「理由が分からないから、それを調べるために私は第1教会に来たんだ」
カリムはその言葉を噛み締めるように、意味を理解したのだろう。彼の視線が鋭くなり、まるで私の思考を読み取ろうとしているかのようだ。
「烈火か……?」
私は首を縦に振らず、ゆっくりと口を開いた。
「確信は持てないが、可能性は0ではないと思っている」
「そうか」
カリムはそれだけを呟き、何かを思案する様子を見せる。その姿を見守りながら、私も同様に思考を巡らせた。