第弐章
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私は工房に空いた大穴を眺めていると、ヴァルカンに背後から声をかけられた。
「姉さん」
私は振り返る。
「ヴァルカン。シンラがDr.ジョヴァンニを引き止めている間に、ユウ君を連れてここから離れるよ」
ヴァルカンは思わず目を閉じ、深い息をついた。
「あぁ、わかった。けど、どうやってだ?」
「それなら僕に考えがあります」
その時、工房の暗がりから影のように一人の男が姿を現した。天然パーマ気味の髪を持ち、白衣を着こなす流麗な姿に、思わず声が漏れた。
「リヒトさん!?何故ここに?」
「誰だ?あいつ」
驚く私とは裏腹に、ヴァルカンはリヒトに目を細め、首を傾げた。
「リヒトっす。十二小隊長と同じ第8所属してるっす」
リヒトは右手を上げて、ヴァルカンに自己紹介をした後、私の方を見つめて言った。
「十二小隊長は、何故僕がここにいるのか疑問っすよね?実は、シンラ君たちが心配で気になっちゃって……こそっと様子を見に来たら、こんな状況に出くわしたってわけっす」
肩をすぼめながらそう言ったリヒト。そのタイミングの良さに、私は強い疑念を抱いた。信じるべきか、警戒するべきか。私はリヒトに向かって、鋭い視線を送る。
「おお、怖い怖い」
リヒトは私の表情を見ても一切動じることなく、無邪気に笑った。続いて、彼は工房の外に置かれているクレーン付きトラックを指差した。
「あれって、まだ使えるっすか?」
「あぁ」
ヴァルカンは頷きながら、真剣な表情で答えた。
「じゃあ、それを使って脱出しましょう!」
リヒトはそう叫びながら、トラックへと近づき、運転席に乗り込んだ。エンジンがかかると、空洞になった壁の隙間から工房内へと入ってくる。とりあえず、私たちはリヒトの指示に従った。
ユウとアイリス、ヴァルカンを荷台に乗せ、最後に私が助手席に座った。隣でハンドルを握るリヒトの背中を見つめ、内心ドキドキしていた。彼の運転技術を信じてよいのか、さらにはこの状況下で彼の指示に従っても大丈夫なのか、疑念が晴れない。
「リヒトさん……あっちにシンラとアーサーがいるので、二人もーー」
「大丈夫っすよ。僕の運転さばき、見てて下さい」
ブロロロロ。リヒトがアクセルを踏み込むと、エンジンが一段と激しく回転し始めた。その瞬間、ドドドドという轟音が響き、工房の周囲で突如として爆発が発生した。
リヒトはその爆発音を合図に、勢いよくトラックを発進させた。工房内を飛び出し、爆風により視界が遮られる中でも、彼は動じることなく、加速していった。
外に出ると、シンラの脇に抱かえられているアーサーの姿が目に入った。そして、気絶して地面に倒れている火華大隊長の存在も確認した。リヒトはその瞬間を逃さず、クレーンを使って火華大隊長を回収した。
ヴァルカンはトラックの荷台から身を乗り出し、片腕を伸ばしてシンラに向かって叫んだ。
「シンラ摑まれ!!」
一瞬の躊躇もなく、シンラはアーサーを抱かえたまま近づき、ヴァルカンの腕を掴んだ。ヴァルカンはシンラの脇腹を掴んで、思い切りトラックの荷台へと引き上げた。リヒトはバックミラー越しに、シンラとアーサーが無事に荷台に乗ったこと確認し、首だけを振り返った。
「なんとか無事のようだね」
「リヒト捜査官⁉︎」
シンラも私と同じように、リヒトの突然の登場に驚きを隠せない様子だった。混乱の中、ヴァルカンの声が響いた。
「リサ!!来い!!」
サイドミラー越しに目を凝らすと、ヴァルカンが物陰に隠れているリサに手を伸ばそうとしているのが見えた。しかし、リサは躊躇いながらその場に留まり、ヴァルカンの手を掴むことはなかった。隣でリヒトが小さく呟いた。
「速いなァ〜〜。どうなってんのアレ……」
フロントガラスに視線を向けると、まるでトラックの進行を阻むかのように、白装束を身に纏った一人の少年が待ち構えているのが見えた。その姿は他の白装束とは異なり、若々しかった。見た目からして、10代前半のように見える白髪の少年は、腰に付いた剣の柄に手を添え構えた。
その瞬間、白髪の少年は何かを察したのか、トラックから距離を取る。緊張感が漂う中、リヒトはその隙を逃さず、アクセルをさらに踏み込んだ。トラックはスピードを増し、羽もないのに車体が何度も宙に浮くような感覚を覚えながらも、目的地に向かって走らせたのだった。
病院特有の強い消毒液の香りが鼻につく。クーラーの効いたロビーは外来の患者でごった返し、静寂とは程遠い。病院は決して楽しい場所ではない。整然と清潔にされすぎてて、ロビーですらどこかに緊張を含んでいる。
「桜備大隊長……はい!負傷した工房職員は病院に搬入しました。工房は半壊……敵は白装束の一味……。Dr.ジョヴァンニは、裏切り者です。俺の弟らしき相手にも会いました……」
シンラは携帯電話で桜備大隊長に報告をしていた。先ほど見た白髪の少年が、シンラの弟であることを知った。以前の資料では、母親と次男は焼死したと記されていたが、まさか白装束の一員として生きていたとは予想もしなかった。シンラの声が病院内に響く。
「ヴァルカンは、また敵に狙われる可能性があります。今は俺たちが傍に……桜備大隊長の迎えを待ってそちらに合流します」
報告が終わると、シンラは電話を切り、手に持っていた携帯電話をリヒトに渡した。そして、ユウの手術室前で椅子に腰掛けて待つヴァルカンの方へと足を向けた。
「十二よ。お前がいながら、このような状況になるとはな」
火華大隊長の視線が鋭くこちらを見つめていた。彼女の言葉には、何か含みがある。
「……何が言いたいんですか、火華大隊長?」
「義姉さん!」
火華大隊長の隣にいたアイリスが、私をかばうように声を上げた。
「アイリス。十二に本当の事を言ったまでだ。お前の能力には買っていたんだがな」
「それは有難いことです。しかし、私はDr.ジョヴァンニを捕まえることができませんでした。向こうの方が一枚上手でした」
気持ちの混乱はなく自分でも意外なほど落ち着いていた。星宮中隊長に続き、Dr.ジョヴァンニ大隊長までが白装束の仲間になっていたこと。頭の中では次第にその真実を受け入れていくが、消防団の中から次々と裏切り者が現れる現実は、信じがたいものだった。やはり、桜備大隊長が考えているように、特殊消防隊には何か重要な裏があると感じた。白装束や伝導者、そして灰島といった存在が絡んでいるのだろう。
火華大隊長が私からリヒトへ視線を移す。
「しかし……なぜお前は、あんなタイミングで現れたんだ」
「やだなァ。帰りが遅いんで心配になって、来てみただけですよ」
「……よもや、伝道者の一味を連れて来たのはお前なんじゃないだろうな⁉︎」
「まさか!違いますって。むしろ僕が来たおかげでみんな助かったんじゃないですか。ねェ、十二小隊長?」
「えっ、うん?」
突然リヒトが私に問いを投げかけてきたものだから、私は驚いてタメ口で返事してしまった。リヒトは「ほぉら」と言いたげな表情で火華大隊長を見つめた。火華大隊長は不快そうに舌打ちし、大声でリヒトを指差す。
「ヘンな動きをしたらメタメタに踏みにじってやるからな!!行くぞ、十二!」
「えっ⁉︎私もですか⁉︎」
有無を言わせず、火華大隊長は私の腕を摑み、強引に引きずるようにして病院の外へと急ぎ足で進んでいった。