第弐章
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「……オイ。どうかしたのか?最近、変だぞ……」とアーサーがつぶやいた。
横目で見ると、アーサーが右足首を掴むシンラを心配そうに見つめていた。次に、アーサーはシンラから私に視線を移す。
「どうする、画家?あの感じでは勧誘は無理そうだ。いったん、第8に戻ったほうがいいかもな……」
「そうだね。断られるのはある程度覚悟していたけど……こうも頑に、ここまで徹底的に拒否されるとまでは思ってもみなかった。桜備大隊長に報告して、作戦を変更するしかーー」
「ここから離れなくなった」
とシンラが私の声を遮った。そして、立ち上がり、工房を見据えて一言放つ。
「ヒーローの直感だ!!」
シンラの声には、揺るぎない決意が込められていた。
工房から少し離れた私たち。シンラの話を静かに聞きながら、アーサーが慌てた声で言った。
「Dr. ジョヴァンニが、ヴァルカンの命を狙っている!?」
「理由はわからねェけど、そう感じたんだ。でも、そんな直感で応援を呼ぶわけには、いけない……。俺たちでなんとかしないと……」とシンラは静かに頷きながら呟く。
「第3の大隊長は、ヴァルカンさんをスカウトしようとしていたんですよね。なぜ命を狙うのですか……」
アイリスは驚いた表情でシンラを見つめる。シンラは苦悩の表情を浮かべながら答えた。
「灰島との因縁が関係あるのかもしれない……!!」
「シンラの言う通りだと思う。灰島との因縁が関係しているのは私も感じている。Dr.ジョヴァンニ大隊長がヴァルカンへの資材供給を止めているのは確かだし、ヴァルカンは祖父と父親の死にDr.ジョヴァンニ大隊長が関与していると考えているようだから」
言いながら私は首を左右に振り、言葉を続けた。
「だけど、険悪な関係であっても、命を狙うまでとは思えない……」
私の言葉にアーサーは頷き、続ける。
「ヴァルカンにそれを伝えるにしても信じると思うか?だいたい俺も信じてないぞ」
アーサーも少なからず私と同じ意見であることが感じ取れた。しかし、なぜシンラはヴァルカンが命を狙われていると思ったのだろうか。そう考えていると、
「シンラさんが言われていた”アドラバースト”と関係があるのでしょうか?」とアイリスが呟いた。
その言葉に私はぎょっとして、思いっきり首を捻ってシンラに視線を向けた。
「ちょっと待って!シンラ、君は、”アドラーバースト”を持っているの!?」
私の声は思わず裏返っていた。私の驚きにシンラも目を見開く。
「絵馬さん、知らなかったんですか!?てっきり、俺…… 絵馬さんは知っているものだと思ってました」
「知らない!知らない!今、知ったよ!!……それ、シンラは、いつわかったの?」
「烈火 星宮と戦っている時にそう言われました。そして、この前の全隊の大隊長会議でーー……あっ!」
シンラは何か思い出したように口をつぐんだ。そうだ、あの大隊長会議では私を含む第7は途中退室したため、その後の会議がどう進んだか知らないのだ。穢レ無キ純粋な炎ーーシンラが第三世代能力者に極まれに生じる”アドラーバースト”を持つ者だったなんて。
「”アドラバースト”……。”アドラリンク”……。絵馬さん、浅草でもあったんです!単なる直感とは思えないほど明確に、人の声のようなモノが聞こえて……しかも、それは現実だった……。ということは今回も……」
私は頭の中で情報を整理し始めた。もう一度、浅草の出来事を思い出してみる。あの時のシンラは、周囲をキョロキョロと見回したかと思うと、急に動きを止めて紺炉の名を呟いた。そして、空を見上げて紅丸に一直線に向かう炎の矢を止めに空を飛び、阻止していた。私もその時、紺炉の声が聞こえたような気がしたが、シンラには実際に紺炉の声が聞こえていたということだ。宴会の時に、紺炉がシンラに耳が良いのかと尋ねていた場面が脳裏に浮かぶ。
「そうか……。あの時からもう……」
「絵馬さん?」
「あっ、ごめん。シンラ、その”アドラリンク”で紺炉の声が聞こえていたんだよね?」
「絵馬さん、そうです!だから、見過ごすわけにはいかない!!」
「……わかった。シンラのその直感、信じるよ」と私はシンラに向かって頷いた。
「絵馬さん、ありがとうございます!」
その時、アーサーがじっと私を見つめた。
「そうなると、画家。どう動く?」
私は両腕を組み、真剣な声で答えた。
「Dr.ジョヴァンニ大隊長がヴァルカンの命を狙っているのであれば、応援を呼ぶために第8に戻る時間は……正直ない。なら、この人数でヴァルカンをなんとか説得して、守りに徹するしかないね」
私の言葉を聞きながら、シンラはアーサーとアイリスを見て言った。
「シスターとアーサーは、工房に戻ってヴァルカンに身の危険を伝えて下さい。素直に聞き入れてもらえるようなら、そのままどこかへ身を潜めたほうがいい」
「はい……」
アイリスは困惑しながら返事をした。
「私も工房に行くよ。ちょっとくらいは話を聞き入れてくれるかもしれないから」
その言葉にアイリスは頷き、アーサーはシンラに向き直った。
「お前は、どうするんだ?」
「相手がDr.ジョヴァンニ個人なのか、第3なのかわからない……。でも、相手もここに第8がいることを知らないはずだ。俺が高い位置から先に敵を把握できれば、先手を打てる」
「なら、私たちはその状況をふまえて戦闘準備をしておいたほうが良さそうだね」
「戦えるのは、絵馬さんと俺とアーサーしかいない!」
そう言って、シンラは足に能力を発動し、空へと迅速に飛び上がった。
「任せたぞ!!」
アーサーは飛び去るシンラに向かって叫んだ。
「待て!!もう一回、言ってくれ!!」
私はアーサーとアイリスを引き連れて工房へと向かい、ユウに鉄ドアを開けてもらった。
「姉さんとお前らか。……何の用だ?」
ヴァルカンがこちらにやってきた。その隣にはリサもいる。私はヴァルカンの前に一歩進み出た。
「ヴァルカン、今から私が話す内容を聞いてほしい!」
そう言って私はヴァルカンに、Dr.ジョヴァンニから命を狙われていることを話した。話を最後まで聞いたヴァルカンは驚きの表情を浮かべ、私に厳しい目を向けて言った。
「姉さん、Dr.ジョヴァンニが俺を殺そうとしてるって!?」
私は言葉を返さない代わりに、静かに頷いた。
「殺してやりたいほど恨んでるのは、俺の方だぜ!!なんで俺が狙われなきゃならない!!」
ヴァルカンの言葉にアイリスは困惑した表情で、「え……え〜〜〜〜っと……」としどろもどろに呟く。アーサーそれを聞き、
「聞いたような感じだ!!そんな感じだからだ!!」
と全然フォローになっていない言葉を放った。正直なところ、シンラの”アドラリンク”や”アドラバースト”のことを話したとしても、今のヴァルカンは信じてはくれないだろう。ヴァルカンは溜息交じりに言った。
「消防官のくせに変わった奴らだと思ったら……。姉さんもお前らも訳のわからない脅しで俺を連れてこうってのか!?」
「違う!脅してなんか……ただ、私たちの話を聞いてほしくて」
私は首を振る。するとアーサーが私の隣に立ち、こう言った。
「本当に身に覚えがないのか!?灰島と何か因縁があるんだろ?」
「だから恨みがあるのはこっちの方だ!!」
ヴァルカンはアーサーを睨みつけた。その時、話を傍聴していたリサが、ヴァルカンに向かって叫んだ。
「ヴァル!いったい灰島と何があったんだ!?教えてくれよ!!」
「お前まで。なんだ、いきなり」
リサの言葉に少し驚いた様子で、ヴァルカンは静かに言った。
「………………もしかしたら、見逃してもらえるかもしれないだろ」
リサの声には焦りの色が滲んでいた。
「リサは、こいつらの言っていることを信じるのか!?」
「……ヴァルが心配なんだよ。私たち家族だろ?私とユウにも言えないことなのか?」
リサの言葉に、ヴァルカンは一瞬考え込み、そして口を開いた。
「灰島は、俺たち一族から全てを奪ったんだ」
リサに話すヴァルカンの横顔は、怒りに満ちているように見えた。
「ヴァルカン!外を見てください!!」
突然、鉄ドアの隙間から外の見張っていたユウがヴァルカンを呼んだ。
「なんだ、どうした!?」
慌てるユウに近づいて外の様子を伺うヴァルカン。私もヴァルカンに引き連れられて隣に立ち、隙間から外の様子を覗いた。そこには、白装束の者たちが工房から少し離れた場所に横並びに佇んでいるのが見えた。
「白装束の奴らがこんなに……」
私は呟き声を漏らした。浅草では二人だったが、まだこんなにも多くの白装束の奴らが潜んでいたのか。リサの声が耳に入ってきた。
「裏口も包囲されている……」
「俺一人に!?大げさすぎだろ」
白装束の人数に驚愕するヴァルカン。その様子を見ながら、シンラの直感が正しかったことを再確認した。ヴァルカンも指摘しているが、ヴァルカン一人を狙うにしてはあまりにも大勢だ。もしかすると、Dr.ジョヴァンニ大隊長に我々の存在がばれてしまったのかもしれない。
「あれだけの大軍を見逃すなんて……。シンラは何やってんだ!!」
アーサーの言葉に私はハッと目を覚ました。こんなに大勢の白装束が集まっているなら、シンラはすぐに気づくはずだ。しかし、そこには白装束の奴らだけがいて、シンラの姿がなかった。シンラの身に何か異変が起きているのかもしれない。私は腰ベルトに装着された槍伸縮型にそっと手を触れた。