第弐章
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動物達が霧とともに消えていき、もやがかかっていた遠方の景色が少しずつ鮮やかに浮かび上がっていた。まるでお祭りを楽しんでいる子供のような賑やかな顔で、ユウが声を張り上げた。
「何回見てもいいものですね‼︎シンラさんたちは、どうでしたか⁉︎」
「私、感動しました!」とアイリスが素直な思いを口にする。
「やばい…………」
とアーサーも満足げに呟いた。その様子を見ていると、私の胸には何とも言えない感情が込みあげてきた。幸福感と嬉しさが混ざったような、初めて感じる類の感動だった。もう一度、いや、ユウが言うように何回でも、あの映像を見たいと思わずにはいられなかった。
「姉さん!どうだった?」
ヴァルカンと目が合い、私は一つ息を吐きながら答えた。
「最高だった!」
「だよな」
とヴァルカンは目を輝かせながら応える。
「姉さんに見せれて良かったぜェ」と満足そうな笑みを浮かべた。
その瞬間、シンラが興奮気味に前に出た。
「なァ、ヴァルカン!お前もきっと第8を気に入る!一度でもいいからうちの大隊長と会ってみてくれないか?」
その懇願にも、ヴァルカンは冷静に首を振った。
「いや……。なんと言われようが、灰島の息がかかった連中とつるむ気はない。俺は俺でやっていく」
「でも、このまま店を続けていてもいつか、灰島に潰されますよ!最近は、ジャンク屋からも資材供給を止められはじめてるんです」
「ユウくんの言う通りだよヴァルカン。このままだったら、全てストップになるのも時間の問題だよ」
ヴァルカンはじろりとこちらを一瞥した。距離が縮まったと思っていても、この種の勧誘はやはり嫌なようだ。
「姉さん。現状、苦しくてもまだ食えてはいるんだ。俺は仕事があるから、工房に戻るぞ」
そう言うと、地面に置かれていた丸い球体の機械を地面拾い上げ、脇に抱えると、私たちの反応を見ることなく背を向け、工房へと歩いて行った。
カラカラカラ。リサが平な皿にエサを移し、「おいでー」とパンパンと手を鳴らすと、林の中から「にゃー」と言う声が響いた。数匹の野良ネコがリサの呼びかけに応じるように現れた。
野良ネコたちは、皿に入ったエサに飛びつき、夢中でガツガツと食べ始めた。リサはそれを見ながら、小さくため息をつく。
「野良ネコのエサ代も、バカにならなくなってきたな」
リサは造作品の上にどっかと腰を下ろし、片膝を曲げて野良ネコ達をじっと見つめる。
「ほかに、鳥もいるし……。私だって、野良ネコみたいなものだし……」と、ぽつりと呟いた。
その言葉に、シンラが静かに問いかけた。
「ヴァルカンとはいつから……?」
リサはふっと目線を下げ、口をかすかにへの字に結び、そしてぽつりと語り始めた。
「”焔ビト”が原因の火事で両親とも失っちまった。それから身寄りがなくなって、修道院に入れられそうになったけど。私がシスターなんてゴメンだ」
その言葉を聞いて、私の心に小さな共感の火が灯った。リサさんも両親を失っているのか。自分と少しだけ似た境遇を思うと、親近感がかすかに湧いてきた。しかし、それを言葉にするのはリサに対して失礼だと感じ、胸の中で留めた。
俯いていたリサは、ふと顔を上げ、私の隣に立つアイリスに目を留め、そして、はっとした表情を浮かべる。
「悪い……。アンタ、シスター……だったな」
「あ……いえ」
アイリスは大丈夫ですよと言うように、両手を胸元まで挙げ、優しく頭を二、三度軽く振った。リサは言葉を続けた。
「雨をしのぐ場所も失い、このスクラップ場で寝泊まりしていたらヴァルカンに拾われた」
「優しい方ですね」
「優しいよ……おかしいくらい」
アイリスに言われ、ヴァルカンのことを思うと、リサは呆れるような表情を浮かべた。しかし、その口調には深い温かみと感謝が滲んでいた。ユウがリサの側に近づき、私達を見つめた。
「動物も人の面倒もどれだけ増えようが、ヴァルカンはその分自分が倍働けばいいと思ってるんです」
その言葉を聞きながらアーサーが私から少し離れ、機材で造作された十字架へと歩み寄った。十字架の中央にはドクロが刻まれている。その足元には古びた空き缶と一輪の花が供えられていた。ヴァルカンの祖父と父の墓だろう。アーサーが十字架に両手を合わせ合掌をする。そして、ユウに視線を向け、問いかけた。
「この墓は、ヴァルカンの身内の墓だって言っていたな」
私はユウに視線戻すと、ユウは静かに頷いた。
「ヴァルカンの祖父と父親は、二人同時に”焔ビト”になったと聞いています。これって、よくあることなんですか?ヴァルカンは、ジョヴァンニを疑っているようですが……」
ユウが語尾を濁らせた。それに対して、私は首を横に振って答えた。
「二人同時は別に珍しくないけど、あまり遭遇したことはないね」
シンラが疑問を抱き、ユウに問いかける。
「なんで、ジョヴァンニが怪しいと?」
「ヴァルカンの祖父には、二人のお弟子さんがいたんです。一人はヴァルカンの父。もう一人が、Dr.ジョヴァンニです。二人が不自然な死を遂げた直後、ジョヴァンニは灰島へ入社したんです」
「不自然な死を遂げた後に、灰島に入社ねェ……。それは確かに、私も怪しいと感じてしまう」
「絵馬さんもそう思いますか。しかもそれは、師に厳しく禁じられていたことだそうで……」
ユウの言葉には、深い疑念と未解決の謎が込められていた。シンラはユウを見つめたまま問い続けた。
「禁じられてた?何が問題だったんだ?」
「ヴァルカンの一族は、ずっと灰島との間に因縁を持っているようなんです……」とユウは少し口ごもりながら答えた。
なるほどね。ユウの話を聞いて、ヴァルカンとDr.ジョヴァンニ大隊長の険悪さが少しずつ見えてきた。二人の会話を盗み聞きした時も感じたが、Dr.ジョヴァンニ大隊長が業者の資材供給を止めていたことや、ヴァルカンの祖父と父親が”焔ビト”になった件について何も答えなかったことが気になる。ヴァルカンがDr.ジョヴァンニ大隊長を疑う理由が少しずつ納得できる。これは、何か裏があるな。
「いくら私達が喋っていても、知っているのはヴァルカンだけだぞ」
リサはが淡々とした表情で私たちに言いながら、腰を上げた。ドドドカカカとリズミカルな工房の機械音が背後で響く中、リサはふと振り返り、「……そろそろ、ヴァルのメシを作ってやらないと……」と呟いた。
突然、辺りが少し薄暗くなった。私は視線を上げると、いつの間にか新しい雲が現れ太陽を覆っていた。ふと呟く。
「これが嵐の前の静けさってやつかな……」
その時、再び光が戻り、目の前が白く露光し始める。私はその眩しさに一瞬目を細めた。
「お前らも悪いが、諦めて帰ってくれ」
「お役に立てずにすみません……」
リサとユウが謝罪の言葉を口にした。
「そう言わずに……」
視線を戻すと、シンラは言葉を詰まらしてその場にしゃがみ込み、右足首を掴んでいた。シンラの行動に一抹の不安を覚えながらも、
「二人とも知っていることを教えてくれてありがとう」とお礼を伝える。
二人もシンラの行動に少し不思議そうな表情を浮かべながら、こちらに背を向けて工房へと帰っていった。