第弐章
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「姉さんになら、俺の工房で作った色んな動物のメカを見せてやるよ!」
「本当⁉︎じゃあ、浅草に来るときがあったら、私の描いた動物の墨絵も見に来てよ!」
「動物の墨絵か!いい趣味してるじゃねェか‼︎」
工房に到着するまでの道中、私たちは動物の話で盛り上がり、意気投合出来るほど距離が縮まっていった。ヴァルカンの目の奥にある情熱を感じ、私の心も熱くなっていくのを感じた。
工房に辿り着くと、ヴァルカンは鉄ドアに手をかけてドアを開け、中に入る。私も続いて中に入ると、シンラ達が既に待っているのが見えた。それに気づいたヴァルカンが、シンラ達を怖い目でジロっと睨んで険しい表情を浮かべた。
「まだいたのか。クソ消防官」
「いいのか?灰島は、ますます圧力をかけてくるぞ」
「テメェらには関係ねェだろ」
「関係あるよ」
シンラが真剣な表情で続けた。
「第8は、他の消防隊の内部調査をするために結成された部隊だ……。組織のしがらみに囚われた隊とは違う!純粋に人を救いたい‼︎だから、ヴァルカン。あんたの力になりたいんだ」
「ヴァルカン……。少しだけ、耳を貸してくれない?」
私は顔を上げてヴァルカンに静かに呼びかけた。ヴァルカンは無言のまま、シンラと私をただ見つめていた。突然、リスのような機械が動き出し、ピシャと音を立てて勢いよく水を噴き出した。機械がドンと天井にぶつかったのを視界から見えた。
「むお!」
「なんだいきなり‼︎」
シンラとヴァルカンは驚いて声を揃えた。私は、リスはリスでもあんまり可愛くないリスだなと思わず心の中で呟いた。力なく地面にすとんと落ちたリスの機械を両手で拾い上げたのはアーサーだった。
「すまん……。ヘンなトコ触ったら、ヘンなんなった」とアーサーは困惑した表情で言った。
「ヘンなトコ触るなよ。真面目に話している時に……」
シンラは呆れた声で返した。リスの機械は、いまだにお尻から水を出し続けている。その様子を見ながら、私はふとアイリスの姿が見えないことに気づいた。周りを見回すと、アイリスが柱に設置されている赤いボタンの前に立っていた。ボタンに目が釘付けのアイリスは、手が震えるほど興奮しているようでボタンを見てうずうずしている。アイリスが尋ねた。
「これ、なんですか?」
「だめだ‼︎それ、絶対押すな‼︎」
ヴァルカンが必死に制止しようとするが、アイリスは「はぁ〜」と呟きながらボタンのスイッチを押してしまった。
「なんでだよ‼︎」
ヴァルカンの声は虚しく響く。私の近くに設置されていた”クマ”、”ウサギ”、”サル”の機械が突然頭を失い、その頭部が宙に浮いてから床に落ちて転がった。
「生首みたい……」
私はその光景に思わず呟くと、ヴァルカンが叫んだ。
「”森のどうぶつシリーズ”のクビトビスイッチを‼︎」
「なんでだよ‼︎なんで、そんな機能付けたんだよ‼︎」
「しょせん。メカはメカである戒めだ……」
シンラにツッコまれ、急に冷静さを取り戻したヴァルカン。床に転がった”サル”の頭部と目が合ったような気がして、私は視線を逸らした。すると、アイリスがまた別のボタンを押すのが目に入った。
今度は、ドンと大砲のような音が工房内に響き、工房全体が振動でゆれた。どこからか風が吹き込み、工房内を冷たい空気が満たしていく。
「ぞぉう‼︎!」
とヴァルカンが鉄ドアを開けて、外で叫んでいるのが見えた。天井を見上げると、”ゾウ”の模型があった場所がなくなり、そこには大きな穴が開いて、日差しが焦点となり、工房内に降り注いでいた。
「オイ、ねェちゃん!良い加減にしろ‼︎」とヴァルカンは声を荒げた。
しかし、叱られているアイリスはまったく反省の色を見せず、むしろヴァルカンに近づいて新たな丸い球体の機械を両手に抱かえ、尋ねた。
「これは、なんですか?」
ヴァルカンはその質問にハッとして、慌ててアイリスから機械を奪い取って、叫んだ。
「これは、だめだ‼︎」
「あ……すいません…………」
ヴァルカンに叱られたアイリスは口ごもりながら答える。
「ごめんね、ヴァルカン!」
と私は少し戸惑いながらも、謝罪の意を込めて言った。私は外に出て、アーサーとアイリスの言動や、工房を一部破壊してしまったことについて謝る。ヴァルカンはぷっと笑い、
「あッはッはッは‼︎なんなんだ無茶苦茶しやがって……。お前ら、ホントに消防官か⁉︎わかった、わかった。姉さんみたいにそんなに俺の造ったメカに興味があるのか?」と笑顔を浮かべながら返した。
それを聞いたシンラが私に近づき、耳元で囁いた。
「あねさんって……絵馬さんのことですか?」
「そうみたい。気づいた時には、姉さんと呼ばれるようになってた」
「いつの間に仲良くなってんすか……?」
「さっき?」
私が首を傾げると、シンラも同じように反対側に首を傾げた。それを見ていたヴァルカンは、私たちを見回しながら言った。
「だが、何があろうと、俺が消防官になることはねェ。でも、姉さんやお前らもなんの収穫なく帰るわけには、いかないんだろ?今から、ここに来た甲斐があるいいもん見せてやるから、大人しく帰ってくれ」
「いいもの?」
シンラは不思議そうに少し首を傾げる。その瞬間、ヴァルカンと目があった。そして、丸い球体の機械を誇らしげに持ち上げ、私を見つめて微笑んだ。
「これが俺が姉さんに見せてェメカだ!」
周囲に造作品や廃棄品等が少ない広場に移動し、ヴァルカンは持っていた丸い球体の機械を設置し始めた。私たちはその機械を囲むようにして集まる。
「これでよし」とヴァルカンは言い、手を離す。
私の隣に立つアーサーが訝しげに尋ねた。
「一体、それはなんなんだ。それもヴァルカンが造ったのか?」
「子供の頃、じいさんと親父と一緒に造ったんだ……まぁ、見てなってッ」
ヴァルカンは少し懐かしむような表情を浮かべた後、球体の機械から距離をとる。シュウウウ。球体から白い煙が出始めた。湧き出る煙に驚くシンラ。
「なんだ、この煙……。水蒸気か…………」
私はヴァルカンに問いかける。
「どうしてそこまで、私たちにしてくれるの?」
「たしかに……灰島に関わる消防官は大嫌いだ……。だが、そもそも俺が造りたいのはただの機械じゃないんだよ、姉さん」
とヴァルカンは真剣な表情で答えた。水蒸気のヴェールが辺り一面を包み込み、冷たい白い冷気が顔に触れた瞬間、私は思わず目をつぶった。すると、耳にカーと機械音が響き渡り、警戒心を持ちながらゆっくりと目を開けた。
そこには、インクを溶かしたように青く静かな海が目の前に広がっていた。海上を見上げると、陽を差し、うすい緑色に透けてみえる。海を触ろうと手を伸ばして掴もうとするが、空気のようにするりと手から抜けて白い煙に戻る。これは、映像なのか。
グルリと見回す。360度、どこを見ても海が広がる。海の中には、動物図鑑で見た”クジラ”が、穏やかに自然の流れに身をまかせながら泳いでいる。まるで、最初からそこに存在していたかのような自然な風格で。
「知っているか?この世界には昔、175万種以上の動物がいたんだ」
ヴァルカンが反対側に立ち、微笑んでいた。ヴァルカンの周りには、おびただしい魚が雲のように集まり、その光景は圧巻だった。
「す……すげ……」
アーサーの興奮した声が耳に響くと同時に、場面が切り替わった。今度は、何もないことが逆に素晴らしいと感じる広大な大地が目の前に広がる。ゆっくりと一歩、そしてまた一歩、映像を目に焼き付けながら私は歩き続ける。
灰色の巨体が目に入った。それは”ゾウ”だった。”ゾウ”はぼんやりとした目で、どこかよくわからない空間の一点を眺めている。風が吹いたのか。耳や白い体毛がふわふわと揺れていた。
ふと、”ゾウ”の親子が目に映った。その瞬間、幼い頃の記憶がよみがえった。頭に少しもやが掛かる感じでうる覚えだが、お気に入りの動物図鑑を大事に脇に抱かえ、こっちにおいでと手招きをする人のあぐらをかいた脚のなかにうしろむきで腰を下ろして、手と足で作り出す空間にしっかりと収まりながら、一緒に動物図鑑を見ていたのを思い出した。その人の体温が心地よくて、何度も何度も動物図鑑を読みまくって、その人を困らせていたのは覚えている。しかし、どんな顔をしていたのか、どんな声だったのか、思い出そうとしても煙のように消えてしまう。
「これは……”ゾー”ですか?」
はっと我に返り横を見ると、映像にうつる”ゾウ”に興味津々のアイリスが立っていた。
「……うん、”ゾウ”だよ」
と私は微笑みながら答える。その微笑みはもやもやを誤魔化すようなあいまいなものだった。
再び場面が変わり、大きな翼を持つ鳥たちの群れが大空へと羽たく映像が移し出された。それを見たシンラが、尋ねる。
「これは……」
「渡り鳥だ……。かつては、あちこちの大陸を飛び回っていたんだが。今は、もう。渡れる場所がなくなちまった…………」とヴァルカンは静かに説明した。
「なんでしょう…………。すごく、涙が……とまりません」
アイリスはこの一連の光景に胸がじーんと熱くなったのか、感動して暖かな涙をほろりとこぼした。
そして、ヴァルカンは自信をもって断言するように、一語一語に力をこめてはっきりと言った。
「”天照”は、皇国の人間分のエネルギーしか賄えない。だから、世界全体を再生できる”天照”以上のエネルギー源を作り出しーーーー。絶滅した動物を、この世界に復活させる‼︎それが俺の夢だ‼︎」
その言葉は、まるで弾丸のように私の心を撃ち抜き、胸の奥底が熱く泡立つのを感じた。
「こんなに動物が生息してたなんて……知らなかった…………」
と、心の奥から揺り動かされるような感動を感じながら、ヴァルカンにそう呟く。
「同じ動物を愛する姉さんになら、もっと色々教えてやるよ!」
ヴァルカンの顔には生き生きとした輝きが宿り、その姿は喜びに溢れていた。