第弐章
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「姉さんになら、俺の工房で作った色んな動物のメカを見せてやるよ!」
ヴァルカンの言葉に、私は思わず笑みをこぼした。驚きと、どこか温かいものが胸に広がる。彼の声には、さっきまでの鋭さが薄れ、代わりに少年のような純粋さが滲んでいた。姉さん。その呼び方に慣れない自分を自覚しながらも、彼の意外な一面に心が軽くなる。
「本当? じゃあ、浅草に来るときがあったら、私の描いた動物の墨絵も見に来てよ!」
「動物の墨絵か!いい趣味してるじゃねェか‼︎」
ヴァルカンの声が弾む。工房への道すがら、私たちは動物の話で盛り上がった。彼が語る動物への情熱は、まるで炎のように熱く、私の心に火を灯す。少しずつ、彼のことを理解していけるような気がした。
工房に到着し、ヴァルカンが鉄ドアを無造作に開ける。私はその後に続き、ドアを閉めると、シンラたちの姿が目に入った。
その瞬間、ヴァルカンは一瞬硬直し、シンラたちをじっと睨み、警戒の色を濃く浮かべた。
「まだいたのか。クソ消防官」
ヴァルカンの吐き捨てるような声が響いた。シンラもそれに負けじと、真剣な表情で応じる。
「いいのか?灰島は、ますます圧力をかけてくるぞ」
「テメェらには関係ねェだろ」
「関係あるよ」
シンラの声には、譲れない信念があった。彼は一歩踏み出し、言葉を続ける。
「第8は、他の消防隊の内部調査をするために結成された部隊だ……。組織のしがらみに囚われた隊とは違う!純粋に人を救いたい‼︎だから、ヴァルカン。あんたの力になりたいんだ」
私は静かに顔を上げ、ヴァルカンに呼びかけた。「ヴァルカン……。少しだけ、耳を貸してくれない?」
彼は無言で、シンラと私を交互に見つめる。その瞳には、疑いと葛藤が渦巻いているようだった。と、その瞬間、リスの形をした機械が突然動き出し、ピシャッと水を噴き出す。天井にぶつかる音が響き、工房内に不協和音がこだました。
「むお!」
「なんだいきなり‼︎」
シンラとヴァルカンの声が重なる。私は心の中で呟く。可愛くないリスだな。
力なく床に落ちたリスの機械を拾い上げたのはアーサーだった。彼は困惑した顔で言う。
「すまん……。ヘンなトコ触ったら、ヘンなんなった」
「ヘンなトコ触るなよ。真面目に話している時に……」
シンラが呆れた声で返す。リスの機械はお尻から水を噴き続け、私はふと気づく。アイリスの姿が見えない。
視線を巡らせると、彼女が柱に設置された赤いボタンの前に立っていた。手は震え、興奮しているのが見て取れる。
「これ、なんですか?」
「だめだ‼︎それ、絶対押すな‼︎」
ヴァルカンの制止の声が響くが、アイリスは「はぁ〜」と呟きながら、ボタンを押してしまった。
「なんでだよ‼︎」
ヴァルカンの叫びが虚しく響く。近くにあった“クマ”、“ウサギ”、そして“サル”の機械が次々と頭部を失い、宙に浮かんだ後、床に転がる。
「生首みたい……」
その光景に私が呟くと、ヴァルカンが叫んだ。
「”森のどうぶつシリーズ”のクビトビスイッチを‼︎」
「なんでだよ‼︎なんで、そんな機能付けたんだよ‼︎」
「しょせん。メカはメカである戒めだ……」
シンラのツッコミに、ヴァルカンは急に冷静さを取り戻す。床に転がる“サル”の頭部と目が合ったような気がして、私はその視線を避けるように目を逸らした。
すると、アイリスがまた別のボタンに手を伸ばす。ドン!大砲のような音が工房全体を揺らした。どこからともなく風が吹き込み、冷たい空気が工房内を満たしていく。
「ぞぉう‼︎!」
ヴァルカンの叫び声が響き、鉄ドアが勢いよく開けて、外に出ていくのが見えた。天井を見上げると、かつて“ゾウ”の模型があった場所に大きな穴が開き、そこから差し込んだ日差しが工房内に降り注いでいた。
「オイ、ねェちゃん!良い加減にしろ‼︎」とヴァルカンは声を荒げた。
ヴァルカンの声が工房に響き渡る。しかし、叱られているアイリスは反省の色もなく、むしろヴァルカンに無邪気に近づき、新たな丸い球体の機械を両手で抱えて尋ねた。
「これは、なんですか?」
その問いかけに、ヴァルカンは明らかに慌てた様子で、アイリスから機械を奪い取ると、急いで声を荒げた。
「これは、だめだ‼︎」
「あ……すいません…………」
その反応に、ヴァルカンはやれやれといった表情でため息をつくが、アイリスの謝罪に対して少しだけ冷静になったように見えた。
「ごめんね、ヴァルカン!」
私は慌てて外に出て彼に謝る。そのまま工房を見渡し、アーサーやアイリスの言動、一部破壊してしまった工房の責任で少し胃が痛くなる。
すると、ヴァルカンはぷっと笑い出した。
「あッはッはッは‼︎なんなんだ無茶苦茶しやがって……。お前ら、ホントに消防官か⁉︎わかった、わかった。姉さんみたいにそんなに俺の造ったメカに興味があるのか?」
それを聞いたシンラが私に近づき、耳元で囁いた。
「あねさんって……絵馬さんのことですか?」
「そうみたい。気づいた時には、姉さんと呼ばれるようになってた」
「いつの間に仲良くなってんすか……?」
「さっき?」
私が首を傾げると、シンラも反対に首を傾げる。その光景を、ヴァルカンは静かに見つめ、突然口を開いた。
「だが、何があろうと、俺が消防官になることはねェ。でも、姉さんやお前らもなんの収穫なく帰るわけには、いかないんだろ?今から、ここに来た甲斐があるいいもん見せてやるから、大人しく帰ってくれ」
「いいもの?」
シンラは少し首を傾げ、興味を示す。
その瞬間、ヴァルカンと目が合った。彼の表情にはどこか誇らしげなものが浮かんでいた。。彼は丸い球体の機械を持ち上げ、私を見つめた。
「これが俺が姉さんに見せてェメカだ!」
工房から少し離れた広場に移動した。造作品や廃棄品がほとんどない開けた場所で、ヴァルカンは丸い球体の機械を地面に設置し始めた。私たちは自然とその周りに集まり、彼の動きを見守る。
「これでよし」とヴァルカンが呟き、手を離す。
私の隣に立つアーサーが、その機械を見つめながら訝しげに尋ねる。
「一体、それはなんなんだ。それもヴァルカンが造ったのか?」
「子供の頃、じいさんと親父と一緒に造ったんだ……まぁ、見てなってッ」
ヴァルカンは少し懐かしむような表情を浮かべ、機械から少し距離をとり、しばらく静かにその様子を見守る。シュウウウ。突然、球体から白い煙が立ち上り、周囲に湧き出した。シンラが驚いて声を上げた。
「なんだ、この煙……。水蒸気か…………」
私はその光景をじっと見つめながら、ヴァルカンに静かに尋ねた。
「どうしてそこまで、私たちにしてくれるの?」
「たしかに……灰島に関わる消防官は大嫌いだ……。だが、そもそも俺が造りたいのはただの機械じゃないんだよ、姉さん」
水蒸気のヴェールが辺り一面を包み込み、その冷たい白い冷気が顔に触れた瞬間、私は思わず目をつぶった。耳元にカーという機械音が響き渡り、警戒心を抱きながらゆっくりと目を開けた。
目の前に広がるのは、まるでインクを溶かしたように青く静かな海。海の上を見上げると、陽光が差し込み、薄緑色に透けて見えた。私は手を伸ばし、海の水を掴もうとするが、手が空気のようにすり抜け、再び白い煙に戻っていく。これは、映像?
私は周囲を見回した。360度、どこを見ても広がるのはただただ青い海。その中には、動物図鑑で見た”クジラ”が穏やかな流れに身を任せながら泳いでいる。まるで、最初からそこに存在していたかのように、自然で美しい姿だった。
「知ってるか?」とヴァルカンの声が響いた。「この世界には昔、175万種以上の動物がいたんだ」
ヴァルカンは楽しそうに笑った。その笑顔はどこか誇らしげで、周りに群れ集まる魚たちがまるで彼に引き寄せられるかのように動いている。雲のように、魚たちが一つの塊となって、海を彩っている。私はその光景に息を呑む。
「す……すげ……」
アーサーの声が耳に響いた。彼もまた、この美しい映像に驚いているようだった。その瞬間、場面が切り替わった。今度は、何もない広大な大地が目の前に広がる。私は、映像の中で一歩一歩踏み出し、その光景を目に焼き付けるように歩き続けた。
その時、灰色の巨体が視界に入った。それは、”ゾウ”だった。ぼんやりとした目で、何かを見つめている。その巨大な体が、風が吹いたのか。耳や白い体毛がふわふわと揺れていた。
ふと、”ゾウ”の親子が目に映った。その瞬間、幼い頃の記憶がよみがえった。頭に少しもやが掛かる感じでうる覚えだが、お気に入りの動物図鑑を大事に抱えながら、こっちにおいでと手招きをする人のあぐらをかいた脚のなかにうしろむきで腰を下ろして、手と足で作り出す空間にしっかりと収まりながら、無邪気にそのページをめくっていた光景が浮かんだ。懐かしい手のひら、温かい体温。何度も図鑑を繰り返し見て、笑われたり、困らせたりしたことを思い出した。しかし、その人の顔や声は、煙のように記憶の中から消えていった。
「これは……”ゾー”ですか?」
はっと我に返ると、横に立つアイリスが映像に興味津々で尋ねていた。
「……うん、”ゾウ”だよ」
私は微笑みながら答える。その微笑みは、どこかあいまいで、心の中のもやもやを誤魔化すようなものだった。
再び、場面が切り替わり、大きな翼を広げた鳥たちの群れが、広い空へと羽ばたくシーンが現れた。その光景を見ていたシンラが、興味深そうに尋ねた。
「これは……」
「渡り鳥だ……。かつては、あちこちの大陸を飛び回っていたんだが。今は、もう。渡れる場所がなくなちまった…………」とヴァルカンの声は静かだった。
「なんでしょう…………。すごく、涙が……とまりません」
アイリスがそう呟きながら、涙をこぼした。その涙は、映像の中の悲しみと、美しさが入り混じった感動の証だった。
ヴァルカンはその反応に応えるように、そしてまるで自信を持って断言するように言葉を続けた。
「”天照”は、皇国の人間分のエネルギーしか賄えない。だから、世界全体を再生できる”天照”以上のエネルギー源を作り出しーーーー。絶滅した動物を、この世界に復活させる‼︎それが俺の夢だ‼︎」
その言葉は、まるで雷鳴のように私の心を貫いた。胸の奥が熱くなり、目頭がじんわりする。
「こんなに動物が生息してたなんて……知らなかった…………」
私はその光景を見つめながら、ふと口をついてそう呟いた。
「同じ動物を愛する姉さんになら、もっと色々教えてやるよ!」
その言葉とともに、ヴァルカンの顔には生き生きとした輝きが宿り、彼の姿からは喜びが溢れていた。