第壱章
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「桜備大隊長、そろそろ」
「よ〜し、みんな揃ったし始めるか!」
火縄中隊長が、明らかに埒が明かないと感じたのか、静かに合図を送った。だが、桜備大隊長は周囲の空気をまるで無視し、近くのバーベルを手に取る。
「よいしょッ!!」
と声を上げ、机に寝転がり、筋トレを始めた。――何度目だろう、この光景。筋肉への執着は、彼の信念の一部なのだろうが、理解を超える。私はため息を抑え、名前を呼んだ。
「桜備大隊長……」
「トレーニングじゃないでしょ。ミーティングでしょ」
火縄中隊長の冷静な指摘にも、桜備大隊長は気にした様子もなく、バーベルを持ち上げながらぽつりと話し始めた。
「人の死因にもいろいろある。老衰……自殺……病死……」
バーベルを持ち上げながら、動きを止めず、言葉を続ける。
「う〜〜ん……これもある種の病死かもしれないな……。今、この世界で最も多くの人々を恐怖させている死因は…………焼死だ……」
バーベルを地面に置き、私たちに向き直る。その顔には、真剣な表情が浮かんでいた。
「今、ここにいるみんなにもいつ、誰に起こるか分からない。地球に住む人類皆が抱かえ込んだ恐怖……”人体発火現象”。ある日を境に突然世界中で人が燃え出すようになった……第一世代とされる人体発火の被害者たちだ。後に第二、第三世代と呼ばれる被害者達は炎に適合し、操る力に目覚めたが……自我を失い命尽きるまで暴れる第一世代の彼らは”焔ビト”と恐れられている。我々、特殊消防隊の任務は、”焔ビト”の炎を鎮火し、人々と”焔ビト”の魂を救うこと……そして、一刻も早く人体発火の原因と謎を解明し、何より人類を炎の恐怖から救い出すことが我々の使命だ!」
桜備大隊長が一呼吸をおいて、私を含む一人一人の目をじっと見つめる。その視線は、重く、決意に満ちていた。まるで、私の心に直接訴えかけてくるようだ。
「この施設、第8特殊消防隊の隊員はーー自ら発火できないが炎の操作や制御が可能な三名の第二世代消防官。そして、自ら発火を起こし能力として自在に操る第三世代消防官。あとは俺のような元消防士あがりの無能力者の消防官。”焔ビト”へ鎮魂の祈りを捧げるシスターの以上六名!まだまだ化学班や機関員など人員は足りていないが……一致団結してこの人体発火現象の謎を究明していくぞ!」
桜備大隊長の言葉が、胸に深く響いた。
“人体発火現象”。“焔ビト”。
その言葉を聞いた瞬間、あの日の記憶が、脳裏をよぎる。浅草で炎に包まれた両親。絶望の叫び。焦げる匂い。そして、私の代わりにすべてを背負ってくれた、あの人の背中。
見つめるだけでは足りない。強くなければ。
心の奥で、静かな炎が燃え上がる。私は第8の皆の顔をそっと見つめ、その思いを胸の奥に抱きしめた。
「シンラ、ちょーっとお願いがあるんだけど……」
「はい、何でしょうか?絵馬さん」
シンラの口元に、どこかニヒルな笑みが浮かんでいる。まだ私に緊張しているのだろうか。私は腰ベルトのポーチから武器を取り出し、手のひらに乗せて見せた。
シンラはその武器をじっと見つめ、目を丸くして頭上にクエスチョンマークが浮かぶような表情になる。
「これは?」
「この武器は私にとって大切な武器で、名前は“槍伸縮型”。この武器に、シンラの炎を分けてほしいな、って思って」
「炎を分けるとは?」
その瞬間、アイリスが嬉しそうに私の隣で、シンラに武器の説明を始めた。
「絵馬さんは、この槍で炎の動物を描いて、その動物が絵馬さんの意志で動くんですよ」
「あぁ!駅で大きな虎を出してましたね」
「そうそう、それ。さっきの鎮魂で補充していた炎を使い切っちゃって……槍を使い続ければまた溜まるんだけど、時間がかかるから、手っ取り早く補充するには、やっぱり第三世代の炎が早いんだよ。私は第二世代だけど、召喚型だから補充が必要なんだ」
私の説明に、シンラは納得したように頷いた。
「なるほど、分かりました。いいですよ」
「本当!?ありがとう!」
――なんて良い後輩だろう。普通なら、自分の炎を他人に分けるなんて考えもしないはずだ。第8に、こんな素晴らしい新人が入ってきたんだな。心がほっと温かくなる。私は彼に甘えることにした。
「それじゃあ、ここに足を乗せてくれる?」
槍伸縮型のロックを外すと、ポンっと音を立てて、槍が約2メートルの長さに変形した。
「槍が伸びた!?」
「ハハッ、さっきも言ったけど、私の武器は”槍伸縮型”。これが本来の形なんだ」
シンラの表情が驚きから好奇心に変わり、いろんな感情が交錯しているのが見て取れて、思わず笑ってしまった。そのとき、茉希がアイリスの隣にやってきて、興味津々で言った。
「絵馬さん!私も炎が補充されるところ、見てもいいですかー?」
「茉希、別に了承得なくても全然いいんだけど」
「俺も見てもいいか?」
「シンラが来るまでは、補充するところを見せてもらえなかったからな」
「火縄中隊長、桜備大隊長まで……」
シンラの両隣に火縄中隊長と桜備大隊長が近づいてきた。皆、私の武器に興味津々の様子だ。ふと、私は気づく。いつも補充された状態で余力を残して帰っていたから、第8の皆に補充の瞬間を見せたことがなかったんだ。私は頷きながら言った。
「いいですけど、皆さん、少し離れてくださいね」
そう告げて、ゆっくりと槍を横にして床に下ろす。シンラに後方近くに足を乗せるよう指示した。
「シンラ、ここに足をのせて」
「こうですか?」
彼は少し躊躇いながらも、恐る恐る片足を乗せた。
「そう。そして、そのまま炎を出して」
シンラは私の指示に従い、足から能力を発動させて炎を出し続ける。その炎が槍の先端を赤く染め始め、次第に柄の方へと銀色から赤色に変わっていく。私はさらに指示を続けた。
「1……2……3。この縦線が入っている部分が赤くなるまで、炎を出してほしい」
「はっ、はい!」シンラの返事には、少しの緊張が混じっていた。
槍伸縮型には縦線が全部で六つ刻まれている。それは、簡単に言うと、炎の補充のメモリだ。火縄中隊長は観察するように、じっと槍伸縮型を見つめている。
「なるほど、この縦線で残量が分かるのか」
「そういうことです、火縄中隊長」
「ほー、こんな感じで補充してるのか」
「基本的には、後方付近の柄から炎を補充してもらっています」
桜備大隊長は槍伸縮型を興味深く見続けている。その様子を見て、アイリスが小さな子供のように頬をほころばせ、手を叩きながら言った。
「何かグラデーションみたいで綺麗ですね」
「グラ……デ?」私はその言葉に耳を傾けた。
「色が変わっていくことです、絵馬さん」
皇国の言葉をまだ全部は理解していないため、アイリスの説明を茉希が補足してくれた。槍伸縮型が目安であった3メモリに到達したことを確認し、私はシンラに声をかける。
「シンラ、もう炎止めていいよ!ありがとう」
「ハァ……ハァ……」シンラの息が荒い。
顔を上げると、彼の顔には汗が流れていた。その光景を見て、私は慌ててシンラに謝った。
「わぁ!ゴメンっ!大丈夫、シンラ?」
「い、いえ……。絵馬さん、俺は大丈夫ですが、これってまぁまぁ体力を奪われますね」
彼は汗を服の袖で拭いながら、少し苦笑いを浮かべていた。シンラに少し無理をさせてしまったな、と心配していると、桜備大隊長が私に話しかけてきた。
「赤く変色した部分は触っても熱くないんだな」
「簡単に言うと、ボールペンをイメージしていただければと思います。槍の外側は、中に入っている炎を保存するための器みたいなものです」
桜備大隊長は槍伸縮型を床から持ち上げ、槍先から3メモリまで赤く変色した部分をコンコンと叩いたり、触ったりして感触を確かめている。
「ボールペンねぇ……ほら」
そう言って、桜備大隊長が槍伸縮型を私に手渡してきた。
私はその槍伸縮型を受け取り、ポーチに入れやすい形に戻してから、ポーチにしまい込んだ。
第8のメンバーを一通り見渡して、私は言った。
「では、皆さん。また何か要請があったら、いつでも呼んでください」
「えっ、もう帰っちゃうんですか……絵馬さん?」
アイリスが、私のズボンの裾をそっと掴んで、少し困った表情を見せる。私は眉間にしわを寄せながら、少しだけため息をついた。
「うっ……シスター。今日は早めに帰宅しろと言われているので」
アイリスは私を見つめて、その目はまるで何かを探るかのようだった。そして、ポツリと。
「絵馬さん、申し訳ないと思っている時だけ、私を『シスター』と呼ぶんですね」
「お姉さんは、ワカラナイヨー」
「もう、絵馬さんったら!」
アイリスはプンプンと不機嫌そうな表情を見せた。
「怒ったシスターも可愛いなぁ」
ぼそっと。シンラの声が近くから聞こえたが、無視することにした。茉希が優しくアイリスの肩に手を置いて言った。
「まぁまぁ、シスター。最後の別れじゃないんですから」
「……そうですけど」
アイリスは少し不満そうに言ったが、桜備大隊長の言葉に少し表情が柔らかくなる。
「第8が活躍することが増えれば、絵馬がこっちに来る回数も増えますよ」
「そうですよ!大隊長の言う通りです、シスター。私たちが頑張って活躍して、絵馬さんをこっちに呼び込んじゃいましょう!」
茉希がにこやかに言った。それに、アイリスの顔がパッと明るくなる。火縄中隊長が私の肩を軽く叩く。
「まぁ、こうなったら諦めろ、絵馬」
その一言に、私は温かな光景に圧倒されつつ、笑ってしまった。
「ハハッ、そうですねー」
シンラから炎をもらい、火鳥の背に乗って浅草まで戻った私は、詰所に到着すると、すぐに第7特殊消防隊大隊長である新門紅丸に今日の報告を始めた。
「ーーで、今日は新人消防隊員たちと自己紹介してきた」
「へェー。お気楽なもんだなァ、第8は」
紅丸は興味なさげに欠伸をしながら聞いている。その目には、話への関心がまるでない。
その時、スパーンと襖が開き、誰かが入ってきた。
「若ーッ!絵馬はかえってきやがったかーー?」
トコトコと小さな足音を立てながら、似た顔の双子、ヒカゲとヒナタが私の両隣に座り、袖を引っ張る。
「おそいぞーー!コノヤローー!!」
「ちんたらしてんじゃねェーぞーー!姉々ーー!!」
双子の声が重なり合って、少し騒がしく響いた。
「ただいま、ヒカゲ、ヒナタ」
二人はぴったりくっついてくる。紅丸は呆れたような表情で、二人に注意をした。
「お前ェら、まだ絵馬とは話の途中だろうがァ」
私の中で思ったことがあったが、声に出すことはせず、ただ黙って聞いていた。双子は面白くなさそうに言った。
「だったら、はやく話を終わらせて、ババァの大福食べるぞーー!」
二人は私の袖を軽く引っ張った後、さっさと襖を閉めて部屋を出て行った。
「後でくるから」私は襖越しに叫ぶ。
すると、ヒカゲとヒナタの声が返ってきた。
「早くしやがれってんだい!」
私は正座から立ち上がり、紅丸に向き直った。
「じゃあ、紅丸。報告は以上だから」
「待て、絵馬」
紅丸も立ち上がり、私を見据える。
「俺も一緒に行く」
そう言うと、紅丸は私より先に襖の戸を開ける。振り返った彼の顔を見て、私は少しドキリとした。
「何立ち尽くしてるんだ?行くぞ」
「う、うん」
その言葉に背中を押されるように、私は紅丸の後に続いて部屋を出た。
最近、第8への出動が増え、他の部隊への書類提出も多くなっている。ヒカゲたちや紅丸と過ごす時間が減っていることに、ふと寂しさを感じていた。そんなことを考えながら歩いていると、紅丸が足を止めて振り返った。
「文句なら受けつけねェぞ」
「いや、別に文句はないよ。ただ、ちょっと嬉しいなって」
「それならいい」
「えっ、ちょっと……急に早足にならないでよ、紅丸!」
「うるせェ」
紅丸は一言残して、2、3歩先に進む。速くはないが、置いて行かれないよう、私は少し急いで後を追った。