第壱章
夢小説名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「桜備大隊長、そろそろ」
「よ〜し、みんな揃ったし始めるか!」
火縄中隊長が周囲の状況を見渡し、埒が明かないと感じたのか、桜備大隊長に合図を送る。桜備大隊長は何を思ったのか近くにあったバーベルを持ちあげて、
「よいしょッ!!」
と、机に寝転がり筋トレを始めた。こんな光景は第8小隊では何度も見たことある。桜備大隊長、筋トレ好きすぎだろ。私は少し呆れながらも、彼の名を呼ぶ。
「桜備大隊長……」
「トレーニングじゃないでしょ。ミーティングでしょ」
火縄中隊長は、その冷静な声で桜備大隊長を注意する。注意されても、桜備大隊長は意に介さない様子で、ぽつりと話を始めた。
「人の死因にもいろいろある。老衰……自殺……病死……」
バーベルを持ち上げながら、彼は話を続けていく。
「う〜〜ん……これもある種の病死かもしれないな……。今、この世界で最も多くの人々を恐怖させている死因は…………焼死だ……」
バーベルを地面に置き、私たちの方へ向きを変える桜備大隊長。
「今、ここにいるみんなにもいつ、誰に起こるか分からない。地球に住む人類皆が抱かえ込んだ恐怖……”人体発火現象”。ある日を境に突然世界中で人が燃え出すようになった……第一世代とされる人体発火の被害者たちだ。後に第二、第三世代と呼ばれる被害者達は炎に適合し、操る力に目覚めたが……自我を失い命尽きるまで暴れる第一世代の彼らは”焔ビト”と恐れられている。我々、特殊消防隊の任務は、”焔ビト”の炎を鎮火し、人々と”焔ビト”の魂を救うこと……そして、一刻も早く人体発火の原因と謎を解明し、何より人類を炎の恐怖から救い出すことが我々の使命だ!」
桜備大隊長が一呼吸を置き、私を含む一人一人の目を見つめた。その視線は重たく、決意に満ちている。
「この施設、第8特殊消防隊の隊員はーー自ら発火できないが炎の操作や制御が可能な三名の第二世代消防官。そして、自ら発火を起こし能力として自在に操る第三世代消防官。あとは俺のような元消防士あがりの無能力者の消防官。”焔ビト”へ鎮魂の祈りを捧げるシスターの以上六名!まだまだ化学班や機関員など人員は足りていないが……一致団結してこの人体発火現象の謎を究明していくぞ!」
桜備大隊長の言葉が心を打つ。人体発火現象……”焔ビト”。その言葉を耳にした瞬間、私はあの日の浅草で炎に包まれた両親の姿が脳裏に浮かんだ。そして、私の代わりをしてくれたあの人。あの人の背中を見つめるだけではいけない。もっと強くならなければならない。私は第8の皆の姿をしっかりと見つめながら、もう一度、その思いを胸の内にそっと抱いた。
「シンラ、ちょーっとお願いがあるのだけど……」
「はい、何でしょうか?絵馬さん」
彼の口元にはニヒルな笑みが浮かんでいる。まだ私に緊張しているのだろうか。私は腰ベルトに装着しているポーチから、一つの武器を取り出し、手のひらにのせてシンラに見せた。彼はその武器を見て、頭の上にクエスチョンマークが浮かぶような驚いた表情を浮かべる。
「これは?」
「この武器は私にとって大切な武器で、名前は”槍伸縮型”。この武器に、シンラの炎を分けてほしいなぁーっと思って」
「炎を分けるとは?」
その瞬間、アイリスが嬉しそうに私の隣で、シンラに武器の説明をしてくれた。
「絵馬さんは、この槍で炎の動物を描いて、その動物が絵馬さんの意志で動くんですよ」
「あぁ!駅で大きな虎を出していましたね」と、シンラは思い出すように言った。
「そうそう、それ。さっきの鎮魂で補充していた炎を使ってしまって……槍を使い続ければまた炎は溜まっていくのだけど……ちょっと時間がかかっちゃうから、手っ取り早く補充するには、やっぱり第三世代の炎が早いんだよ」
私の説明を聞いて、シンラは納得したように頷いた。
「そういうことですね。いいですよ」
「本当っ!?ありがとう」
なんて良い後輩なんだろう。普通なら、赤の他人に自分の炎を分けてほしいなんて思わないはずだ。第8に素晴らしい新人が入ってきたな、うんうん。心がほっこりとする。彼に甘えることに決めた。
「それじゃあ、ここに足を乗せてくれる?」
槍伸縮型のロックを外すと、ポンっと音が鳴り、長さが約2メートルの槍へと変形した。
「槍が伸びた!?」
「ハハッ、さっきも言ったけど、私の武器は”槍伸縮型”。これが本来の形なんだ」
シンラの表情が驚きから好奇心へと変わり、いろいろな感情が交錯しているのを見て、思わず笑ってしまった。すると、茉希がアイリスの隣へと、興味深々でやってきた。
「絵馬さん!私も炎が補充される所を見ても良いですかー?」
「茉希、別に了承得なくても全然良いんだけど」
「俺も見ても良いか?」
「シンラが来るまでは、補充するところを見させてもらえなかったからな」
「火縄中隊長、桜備大隊長まで……」
シンラの両隣に火縄中隊長と桜備大隊長が近づいてきた。皆、私の武器に興味津々という様子だ。ふと、私は気づいた。いつも補充された状態で余力を残して帰宅していたため、第8の皆に補充の瞬間を見せたことがなかったのだ。私は頷きながら言った。
「良いですけど、皆さん、少し離れてくださいね」
そう告げて、ゆっくりと槍を横にして床に下ろす。シンラには、槍の後方近くに足を乗せるように指示した。
「シンラ、ここに足をのせて」
「こうですか?」
彼は恐る恐るといった形で片足を乗せた。
「そう。そして、そのまま炎を出して」
シンラは私の指示に従い、足から能力を発動させて炎を出し続ける。シンラの炎が槍の先端が赤く染め始め、徐々に柄の方へと銀色から赤色へとかわっていく。私はさらに指示を続けた。
「1……2……3。ここの縦線が入っている部分が赤くなるまで、炎を出してほしい」
「はっ、はい!」と、返事するシンラの声には、少しの緊張が混じっていた。
槍伸縮型には縦線が全部で六つ刻まれている。それは、簡単に言うとメモリを表す線だ。火縄中隊長は観察するように、じっと槍伸縮型を見つめていた。
「なるほど、この縦線で後、どのくらい残っているのかが分かるのか」
「そう言うことです、火縄中隊長」
「ほー、こんな感じで槍に補充しているのか」
「基本的には、後方付近の柄から炎を補充してもらっています」
桜備大隊長は興味津々で槍伸縮型を見続けている。その様子を見ていると、アイリスはが小さな子供のように頬をほころばせ、手を叩いた。
「何かグラデーションみたいで綺麗ですね」
「グラ……デ?」私は彼女の言葉に耳を傾けた。
「色が変わっていくことです、絵馬さん」
皇国の言葉をまだ全部は理解していないため、アイリスの説明を茉希が補足してくれた。槍伸縮型が目安であった3メモリに到達したのを確認し、私はシンラに声をかけた。
「シンラ、もう炎止めていいよ!ありがとう」
「ハァ……ハァ……」シンラの息が荒い。
顔を上げると、彼の顔には汗が流れていた。その光景を見て、私は慌ててシンラに謝った。
「わぁ!ゴメンっ!大丈夫、シンラ?」
「い、いえ……。絵馬さん、俺は大丈夫ですが、これってまぁまぁ体力を奪われますね」
彼は汗を服の袖で拭いながら、少し苦笑いを浮かべていた。シンラに少し無理をさせてしまったなと心配していると、桜備大隊長が私に話かけてきた。
「赤く変色した部分は触っても熱くないんだな」
「簡単に言うと、ボールペンをイメージしていただければと思います。槍の外側は、中に入っている炎を保存するための器みたいなものです」
桜備大隊長は槍伸縮型を床から持ち上げ、槍先から3メモリまで赤く変色した部分をコンコンと叩いたり、触ったりしながら感触を確かめている。
「ボールペンねぇ……ほら」
そう言って、桜備大隊長が槍伸縮型が私に手渡す。
私はその槍伸縮型を受け取り、ポーチに入れやすい形に戻してから、ポーチにしまい込んだ。
第8の各々を見渡しながら、私は言った。
「では、皆さん。また要請がある時は呼んでください」
「えっ!もう帰っちゃうんですか……絵馬さん?」
アイリスがそっと私のズボンの裾を掴んで来た。困ったように眉間に皺を寄せながら、私はそっと伝える。
「うっ……シスター。今日は早めに帰宅しろと言われているので」
アイリスは私を見つめ、その視線はまるで穴が開くほどだった。
「絵馬さん、申し訳ないと思っている時だけ私を”シスター”と呼ぶんですね」
「お姉さんは、ワカラナイヨー」
「もう、絵馬さんったら!」
彼女はぷんぷんと不機嫌さを表現し、まるで効果音が聞こえてくるようだった。
「怒ったシスターも可愛いなぁ」
ぼそっと。近くいたシンラの声が聞こえたが、聞こえなかったことにした。茉希が優しくアイリスの肩に触れながら言った。
「まぁまぁ、シスター。最後の別れではないですから」
「……そうですけど」アイリスは少し不満気だった。
「第8が活躍することが増えれば、絵馬がこっちに来る回数も増えますよ」
「そうですよ!大隊長の言う通りです、シスター。私たちの活躍で絵馬さんをこっちに呼び込んじゃいましょう!」
桜備大隊長の言葉に、アイリスの顔がパッと明るくなった。茉希もその言葉に乗り、うんうんと頷いている。すると、火縄中隊長が私に近づいてきて、軽く肩を叩きながら言った。
「こうなったら諦めろ、絵馬」
その瞬間、私はこの温かな光景に圧倒されつつも、思わず笑ってしまった。
「ハハッ、そうですねー」
シンラから炎をもらい、火鳥の背に乗って浅草まで戻った私は、詰所に着くと第7特殊消防大隊長である新門 紅丸に今日の報告を伝えていた。
「ーーと、今日はこんな感じで新人消防隊員と自己紹介してきた」
「へェー。お気楽なもんだなァ、第8は」
紅丸は興味を失ったように聞いている。彼の表情からは、話の内容にまったく関心がないことが見てとれる。
その時、突然スパーンと襖が開き、誰かが入ってきた。
「若ーッ!絵馬はかえってきやがったかーー?」
トコトコと小さな足音を立てて、私の両隣には似たような顔つきと髪型、そして法被を着た双子の女の子が並んで座った。私の服の袖を引っ張ってくる。
「おそいぞーー!コノヤローー!!」
「ちんたらしてんじゃねェーぞーー!姉々ーー!!」双子の声が重なる。
「ただいま、ヒカゲ、ヒナタ」
ヒカゲとヒナタと呼ばれた二人は、私にピタリとくっついてくる。紅丸は少し呆れた様子で、二人に注意した。
「お前ェら、まだ絵馬とは話の途中だろうがァ」
途中から興味を失っていたのに、今になって注意するのか、と心の中で呟いた。しかし、実際に言葉にすることはせず、紅丸の言葉を受け流す。注意されたヒカゲとヒナタは、面白くないような顔を浮かべながら言った。
「だったら、早くはなしをすませて、ババァの大福を食べるぞーー!」
彼女たちは私の両袖を軽く引っ張った後、さっさと襖を閉めて部屋を出ていく。
「後でくるから」と私は襖越しに叫ぶ。
すると、ヒカゲとヒナタの声が返ってきた。
「早くしやがれってんだい!」
私は正座から体制を崩して立ち上がる。
「じゃあ、紅丸。報告は以上だから」
「待て、絵馬」
紅丸は私と同じように立ち上がった。
「俺も一緒に行く」
そう言って、紅丸は私よりも先に襖の戸を開ける。振り返ってこちらを見る紅丸に、私は少しドキリとした。
「何立ち尽くしてるんだ?行くぞ」
「う、うん」その言葉に背中を押されるように、私は紅丸の後に続いて部屋を出た。
最近は第8に出動する回数が多く、他の部隊に書類を提出しに行くことも多かった。だから、ゆっくりとヒカゲたちや紅丸と過ごす時間が少なくなっていた。そんなことを考えながら少し前を歩く紅丸を見上げると、彼は一瞬足を止めて私の方に振り返った。
「文句なら受けつけねェぞ」
「いや、別に文句はないよ。ただ、嬉しいなって思っているだけ」
「それならいい」
「えっ、ちょっと……。急に早足にならないでよ、紅丸!」
「うるせェ」
その言葉と共に、彼は2、3歩先に進んだ。彼の足はそれほど速くないが、置いていかれないように私は小走りで彼の後を追いかけた。