第弐章
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鉄ドアをそっと少しだけ開け、顔を覗かせた。ヴァルカンとDr.ジョヴァンニ大隊長は一定の距離を保ちながら、工房から離れてどこかへ向かっているようだった。
「第3のDr.ジョヴァンニ大隊長が何でヴァルカンの所に……」
「画家、大隊長って言ったか?あの、目立つ帽子が第3の大隊長!?」
アーサーは、私の頭上から同じように外を一瞥する。
「帽子より、マスクだろ……」
「どっちでもいい」
シンラのツッコミに冷静に返すアーサー。そのやり取りを聞きながら、私は外にいる二人を注意深く見つめた。
「ヴァルカンとDr.ジョヴァンニ大隊長。あの二人、接点があったんだ」
見た感じでは、あんまり友好的な雰囲気ではない。しかし、アーサーは少し驚いた様子で言った。
「なんだよ……。消防官の話は、聞かないんじゃなかったのか?」
「しかも、第3は灰島の息がかかった隊だぞ。そんなところに、ヴァルカンを先に獲られてちまう…………」
シンラの戸惑いに、私はぼそっと呟いた。
「それは何か嫌だなァ」
ユウが首を横に振ってそれを否定する。
「でも……第3や灰島にいては、ヴァルカンの夢は叶えられません!」
ユウの言葉が響いた。第3や灰島にいては、ヴァルカンの夢は叶えられない。その言葉が頭の中を何度も反響する。二人の雰囲気は脅迫的に近いものだった。尾行して確かめるしかない。
私はポーチから槍伸縮型を取り出し、鉄ドアに手をかける。
「私、あの二人が気になるから、ちょっと様子見てくる!」
そう言うや否や、二人の後を追って外に出た。それを見かねてアーサーが声をかける。
「待て!画家の字!」
その呼び声に振り返らなかった。何だよ、画家の字って。浅草言葉が特徴的なアーサーの言葉に、私は内心で小さく突っ込んだが、誰にも聞かれぬまま静かに行動を続けた。
きぃっ、きぃっ、きぃっ。金属のこすれあう規則正しい音。錆びた鉄ぶらんこが揺れる音が静寂の中に響く。金網で囲まれた広場には、ヴァルカンとDr.ジョヴァンニ大隊長が向かい合って立っている。この辺りは元は公園だったのだろう。造作された遊具があちこちにぽつぽつと点在し、その残骸が小さな山を成していた。
私は二人に気配を悟られないように、少し離れた無人の錆びた滑り台の背に身を潜めながら地面に絵を描く。絵から二匹の火鼠がゆっくりと姿を現し、一匹は残骸の小山に潜り込んで火が燃えうつらないように身を潜める。もう一匹は地面に突き刺した槍伸縮型を木登りするように駆け上がり、少し湿った法被の右肩にちょこんと乗り移った。私は背後で立ち話を続ける二人の様子をちらっと見守った。肩に乗っている火鼠から声が聞こえてきた。
「動物好きは、子供の頃からだったな……」
「汚ねェマネしやがって!!俺の工房への資材供給ラインを止めたのも、お前だろ!!」
ヴァルカンの怒声が耳元で鋭く響く。
「設計図だけでは、物は造れないとわかったか?」
その言葉から察するに、Dr.ジョヴァンニ大隊長が灰島に裏から手を回し、資材供給を止めていたのだろう。Dr.ジョヴァンニ大隊長の声が続く。
「いつまでも意地を張ってないで、第3に来るんだ……。資材は、いくらでもあるぞ?」
「テメェらの指図じゃ、豆電球すらつけたくねェよ!!」
ヴァルカンの激高する様子を見る限り、第3への勧誘は交渉決裂の様相を呈している。目線を少し斜め前方にやると、シンラ、アイリス、アーサーが残骸の影に身を潜めて私と同じように二人の様子を伺っているのが見えた。二人の様子が気になって仕方がないのだろう。再び、火鼠からDr.ジョヴァンニ大隊長の声が聞こえ、私は二人に視線を戻した。
「これが、最後の通告だ……。無視すると言うなら、どうなっても知らんぞ」
Dr.ジョヴァンニ大隊長の声が冷たく響く。少し間が空き、ヴァルカンが真剣な声で返した。
「そんときゃ、俺も親父とじいさんのように殺すのか」
「なんの話だ」
Dr.ジョヴァンニ大隊長が低く応じた。
「お前が工房を出ていったあの日。親父とジジィは、”焔ビト”になった…………。二人同時にだ!不自然すぎるだろうが。この裏切り者が!!」
そう叫んだと同時に、Dr.ジョヴァンニ大隊長に向かって指さしているのが見えた。Dr.ジョヴァンニ大隊長は反応を見せず、ゆっくりと背を向けて、持っていた杖で犬のオモチャの頭を強めにつつき、邪魔だというように弾き倒した。
「残念だ……。そのせっかくの才能も、こんなスクラップ場にいたら失われてしまうな」
地面に横たわった犬のオモチャを見下ろし、Dr.ジョヴァンニ大隊長は言葉を続ける。
「役に立たないガラクタばかり造り続けて……。いまだに、この世の動物をどうとか言っているのか?」
「うるせェ!!」
ヴァルカンが怒声を上げた。
「くだらん夢だ」
「金と権力のために出ていったお前が、人の夢を笑うんじゃねェ!!」
「その腕と才能を皇国のために捧げれば、一体どれほど多くの人が救われるのだろうな」
Dr.ジョヴァンニ大隊長はヴァルカンに目を合わせることなく、ゆっくりと歩き出しながら言葉を投げかけた。
「お前の夢など、荒唐無稽で笑いも起きんよ……」
そう言い残し、Dr.ジョヴァンニ大隊長は振り返ることもなく荒廃の大通りへと消えていったのだった。
Dr.ジョヴァンニ大隊長の気配が完全に消えたのを確認し、私は火鼠を消した。シンラたちは一旦工房に戻ったようだ。今、ここには私とヴァルカンだけ。滑り台から離れ、こちらに背を向けて景色を眺めているヴァルカンに近づき、声をかけた。
「ヴァルカン」
「何しに来やがったクソ消防官」
ヴァルカンの目が一瞬で鋭くなる。私は迷わず言った。
「別に隠すことじゃないから、はっきり言うね。第8に入ってくれる気はある?」
「ねェよ」
ヴァルカンはそう言ってそっぽを向いた。
「そっかァ……」
「用はそれだけか?だったら、さっさと帰りやがれ」
ヴァルカンの言葉に応じず、私は地面に横たわった犬のオモチャを拾い上げて、土を優しく払ってヴァルカンの前にそっと差し出した。ヴァルカンは触るなと言わんばかりの表情で、やや乱暴にオモチャを受け取った。
「この犬のオモチャ、”ダックスフンド”そっくりに細かく造られてるよね」
「お前、犬の種類分かるのか?」と、意外そうな表情でこちらを見るヴァルカン。
「全部は知らないよ。でも、工房や周りにある造作品や廃棄品。どれも動物図鑑で見たことある動物たちだよね。模様まで細かく再現されているから、純粋に凄いなって思ってたんだ」
「…………動物好きなのか?」
「もちろん。これ、見てて!踊れ!火犬!!」
私は槍伸縮型で地面に絵を描き、ヴァルカンの前に一匹の火犬(小)を出現させた。その瞬間、ヴァルカンは驚き、動きを止めた。火犬(小)はヴァルカンが手に持つ犬のオモチャとそっくりな姿をしていた。炎とは思えぬ動きに驚いているのか、あるいは胸を打たれたのか定かではないが、火犬(小)と犬のオモチャを交互に見つめている。
「すげェな、お前!いや、姉さん!本当に生きているみてェに、”ダックスフンド”が動いてるじゃねェか!!」
さきほどの鋭い目つきはどこへやら、ヴァルカンは嬉しそうに言ってその場にしゃがみ込み、火犬(小)の頭を撫でようとしたーーーー。
「あっ!駄目だよ!!姿はそっくりでも炎だからーー」
「あっち!」
「ほら、言ったでしょ」
火傷した手に息を吹きかけるヴァルカン。幸いにも怪我は全く無く、少し赤みができてしまった程度だ。ヴァルカンの姿がまるで小さい子供のように見えて、私はほんのちょっと笑ってしまった。
「笑い事じゃねェよ!」
「ご、ごめん」
ヴァルカンは私を睨むが、その目には嫌悪感は感じられず。しばらくの間、ヴァルカンは火犬(小)を楽しそうに眺めていた。
「この世界に生きていたら、こんな感じなんだろうな」
好きなように動き回る火犬(小)の様子に満足したのか、ヴァルカンはゆっくりと立ち上がった。私は火犬(小)に「ありがとう」とお礼を伝えると、火犬(小)はまるで頷くように消え去った。槍伸縮型をポーチに戻し、顔を上げるとヴァルカンと目が合った。
「消防官は嫌いだが……良いもん見せてもらった礼に、姉さんに見せてェモンがある!着いてこいよ!」
ヴァルカンの言葉に、私に対する警戒心が薄れたことを感じとった。いつの間にかに「あねさん」とあだ名がつけられていたことに少し驚いた。ヴァルカンにガツンと右腕を掴まれながら、引っ張られるように工房へ向かって一緒に歩き始めた。