第弐章
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少年は、一語一語を確かめるようにゆっくりと話し始めた。
「以前、殺人鬼の”焔ビト”から助けてもらった……」
「あ!!あの第5と揉めたときにいた子か!!」
シンラの表情が一瞬で変わり、驚きの表情を見せる。まるで風船が弾けた時のように何かを思い出したかのようだった。第5と揉めた……アイリスがいなくなった日のことだろうか。私もその記憶をたぐり寄せる。
あれは確か、桜備大隊長が電話越しで「第5と第8の衝突を合同戦闘練習にすり替えた」と話していた。そのあたりに出会った子なのだろう。自分なりに納得しながら、少年を見つめた。
「消防官さんが、こんなところに来てるってことは、皆さんも師匠をスカウトに来たんですね」
少年は私たちが消防官と理解しているにもかかわらず、背負っていたリュックサックを地面に下ろし、目の前の鉄扉に向かって叫んだ。
「師匠!!頼まれたパーツ、仕入れてきましたよ!!」
銀色の鉄ドアがキィと音をたてて開く。また何かが飛んでくるのではないかと、私たち4人は身構えた。
「ユウ!師匠って呼ぶなって言ってるだろ」
奇妙な仮面を被った男が現れ、ユウと呼ばれた少年に言い放った。
「ヴァルカンかクソ野郎か、どっちかにしろ」
「じゃあ……ヴァルカン…………。パーツはカバンに全部入ってます」
ユウはヴァルカンに向かって、右拳を左掌に当てて胸の前で合わせる不思議なお辞儀をした。この人たちの挨拶なのだろうか。私はその様子を興味深く見つめた。ヴァルカンはリュックを地面から拾いあげ、肩に担ぎ直すとこちらに背を向けた。
シンラとアーサーが同時に声を荒げた。
「待て、クソ野郎!!!」
ゴゴン。二人の顔に缶がクリーンヒットした。
「いい加減にし……!?」
シンラは言葉を飲み込んだ。開いている鉄ドアの向こうから、スッと缶を持った手が見えたからだ。アーサーは身構える。
「なに!中にもう一人いるのか!?」
ヴァルカンは仮面を上に上げ、ちらりと赤髪が見えた。ドスをきかせたように眉をひそめ、こちらを睨み、怒りを込めた声で叫ぶ。
「消防官には手をかさねェ!!帰れ!!」
言葉が出なかった。何を言えばいいのかわからなかった。その間に鉄ドアがバタンと音を立てて勢いよく閉まった。
沈黙を破ったのはアイリスの一言だった。
「消防官嫌い…………筋金入りですね……」
私はコクリと頷いた。ヴァルカンのあの顔は、第7が結成する前の紅丸の顔を思い出させる。まあ、今でも浅草と第8以外の消防官は好ましく思ってないが、と心の中で呟いた。
「こんな初めからケンカ腰じゃ、話になんねェよ!!絵馬さん!帰りましょう!!」
シンラは怒気を露わにしながら来た道を戻ろうと後ろを振り返り、地面に転がっている石ころを蹴り飛ばした。
「待ってください!!僕でよければ、お話を聞きます!助けられたお礼もあるので!」
ユウの言葉にシンラはピクっと反応し、足を止める。振り返らずにこう言った。
「お礼など必要ない!ヒーローとして、当然のことをしたまでですッ」
「そんなこと言わずに……」
「せっかく来たんですし」
ユウとアイリスの言葉に更に反応するシンラ。私はもう一押しとばかりにシンラに言った。
「お願い、ヒーロー」
すると、シンラは仕方ないなあという表情で振り返った。
工房から少し離れた丘で、私たちはドドドカカカと奏でる音を聞きながらヴァルカン工房を見下ろしていた。
「作業音がリズミカルだな」
シンラは工房から響く音に耳を澄ましながら、周囲を見渡す。訳のわからない機械があちらこちらに散乱しており、有象無象の部品が地面に落ちている。
「すげェところだ……。この辺の全部、ヴァルカンが造ったのか?」
「大体は……、先代や先々代のもありますけど」
シンラはユウを見下ろす。
「ユウって、いったっけ?大荷物をヴァルカンに届けていたけど、パシリをやらされてるのか?」
「やらされているなんて、とんでもない。僕はヴァルカンの自称弟子みたいなもんでして……」
ユウは首を横に振る。
「昔から機械いじりが好きで、ヴァルカンの腕に惚れ込み、仕事のサポートをさせてもらうようになったんです。まぁ、最近はパシリみたいなものですけど…………」
「最近?前まで違ったのか?」
シンラの素直な質問にユウは眉をひそめて、困り果てた様子で唸る。
「えーーと……」
と考えながら、過去の記憶を引っ張り出すかのように視線をさまよわせていたが、最後にはシンラの方へ顔を向けた。
「ヴァルカンの腕は本物です。安全性・仕事の精確さ、速さ・創造性……。技術者に必要なモノを全部持っています。ドクロなセンスは少々難ありですが……。灰島や消防隊などの組織から、沢山のスカウトが来るんです。けれど、ヴァルカンは片っ端から手ひどくつっぱねてしまう」
ユウは俯いたまま言葉を続ける。
「結果。それを面白く思わなかった灰島の根回しにより、今では業者からヴァルカンへの資材の供給が全て止められてしまいました。それで僕が、あちこちのジャンク屋から資材を買い集めるようになったんです」
「そんなことが……」
「灰島が嫌いになるワケだ」
私とアーサーは呟く。ユウは憂わしげな表情を浮かべる。
「でも…………。ヴァルカンの灰島や消防官嫌いには、他にも何か理由があるみたいなんです」
ユウの話を聞いてから、私の心は不愉快な気分に包まれた。皇国に移住してきた当初、周囲から不快な視線を浴びせられたあの目を思い出す。疎ましく睨まれ、後ろ指を指されたあの時を。ヴァルカンが自分達の組織に属さないからといって、権力や金を使って意図的に妨害しようとするなんて。胸糞が悪い。これだから皇国の奴らはーーーー。
「苦手だ……」
自分の口から出た言葉に驚いた。今、私は何て言った?”嫌い”と言いたかったはずだが、別の言葉が漏れた。
「絵馬さん……」
呼びかけで現実に引き戻される。アイリスが心配そうな瞳で私を見つめていた。かつては皇国の奴らがいなくなればいいと思っていたが、いつの間にかカリムや第8の皆に出会い、心の中の膨らむ風船から少しずつ空気を抜かされていたようだ。
アイリスの頭に手を置いてひと撫でする。
「大丈夫だよ、アイリス。ちょっと考え事していただけだから」
そう言って、アイリスからシンラに視線を移す。シンラは真剣にユウを見つめていた。
「第8は、他の特殊消防隊とは違う‼︎俺が保証する‼︎ヴァルカンに、話を聞いてもらうことだけでも頼めないか?」
「ん〜〜……。ヴァルカンは、結構ガンコなんです。僕が、いくら言っても聞き入れてもらえないですよ。なので、こうなったら……」
ユウは、拳を強く握りしめ、私たちを見上げた。
「ほら、皆さん。入ってください」
ユウは固く閉ざされた鉄ドアの中に一人で入り、しばらくしてからゆっくりと音を立てないように鉄ドアを開けて私たちを手招きする。忍び入る猫のような足取りで私達は工房の中に入っていく。シンラが抑えた声でユウに尋ねた。
「いいのか?工房に勝手に入って……」
「シンラさんは、僕の命の恩人です。ヴァルカンに怒られるくらい安いもんですよ」
ユウの近くに、缶を持つ腕が見えた。シンラは「くん!!」と叫んで防御の構えを取るが、すぐさまそれを解いた。なぜなら、人だと思っていたその腕は、侵入者を追い出すように設置されていた機械の腕だったからだ。
「って…………。これ、機械だったかのか。変なものばっか造ってんな……」
ゴス。シンラの横っ面に缶が鈍い音を立てて当たった。
「いてェ〜〜〜〜!!無回転だと!?」
「うわぁ……。痛そう」
一部終始を見ていた私は、思わず口にする。
「なんだ、お前ら!」
横から声が聞こえ、振り向くと片手に缶を持った女性が立っていた。シンラは女性に近づき、ぶつぶつと文句を言いながらその胸を突く。
「クッソ!!これも機械かよ!!クッソ!!うまいこと造りやがって!!ちくしょう、ちくしょう」
「ちょっと!?シンラその人ーー」
「え?」
「人間だよ!!」
女性は右手に持っていた缶をシンラの頭上に力強くぶつけた。
「ホントすみません」と、ギャグみたいに両手をついて土下座するシンラの隣で私も深く頭を下げて女性に謝る。そして、おそるおそる顔を上げ、ユウに尋ねた。
「ユウくん。この方は……?」
「こちら。ヴァルカンと暮らしているリサさんです」
ユウがリサを私たちに紹介してくれた。第一印象は、はっと目を引く美人な女性だ。リサはユウの頭に缶を乗せながら言った。
「オイ、ユウ!客が来るなんて聞いてないよ!!」
「彼らは僕の命の恩人なんです」
こちらを見るリサと目が合った。
「第7と第8特殊消防官隊 小隊長。絵馬 十二です」
「同じく。第8特殊消防官隊 二等消防官。森羅 日下部ですッ」
リサに軽く会釈し、立ち上がったシンラは敬礼した。
「……第8の特殊消防隊……」
リサは私たちを睨み据えた。いや、私を見据えていた。私は内心で何か悪いことでもしちゃったのかなと考え始めたが、リサはユウに視線を投げかけながら言った。
「特殊消防隊を中に入れてんじゃねェよ!!」
その瞬間、リサはユウの左腕を掴み、巧みな格闘技の動作を見せた。ユウはたまらず、必死に言い訳を試みる。
「だって、命の恩人なんですよ!!」
ユウの目にジワジワと涙が溜まっていくのが見え、その姿は痛ましくもあった。先ほどのリサの鋭い視線は気のせいだったのどろうか、と一瞬の疑念が浮かんだその時ーーーー。
ドドド。突然、私の耳の奥にいきなり突き刺さってくるような金属音が響いた。その音に眉をひそめ、思わず音の方へ目を凝らす。ヴァルカンが何か造っていた。ジーンズと上半身裸の姿で、器用に作業をこなしている。アーサーが隣に立ち、同じように眉をひそめる。
「すげェスピードで組んでくな……」
「あれでちゃんと造れてんのか?ドラムでも叩いてるみたいだ」
シンラがぼそりと呟いたその時、ヴァルカンはガンと鉄槌を機械に振り下ろし、また金属音が響いた。
「おらァァ!!」
ヴァルカンは勢いよく左足のハイキックを繰り出し、完成したばかりの造作品をサッカーボールのように飛ばした。その出来事を目の当たりにした私たちは、ただただ驚くばかりだった。
「っしゃ!!できたァ!!」
その叫びに戸惑いつつ、私は声を出した。
「え?あれで、完成なの!?」
シンラも呆然とした表情で言う。
「せっかくできた物を、なんで蹴ってんだよ……。壊れんだろ……」
「こんなんで壊れるようなマシンは、不良品と変わらねェ」
ヴァルカンは意地を見せるように答える。ヴァルカンの言っていることは一理ある。それでも、あまりに普通のことのように行うヴァルカンに対し、驚きを隠せなかった。そのとき、ふとヴェルカンがこちらを振り返った。
「つか、なに勝手に入ってきてんだ!!」
「まァまァまァ」
シンラはお構いなくと言うようにヴァルカンを宥める。
「おい!ユウ!何やってんだ!!来客だ!茶ァ持ってこいよ!!」
「はい!!」
ユウはヴァルカンに言われ慌ててお茶缶を4つトレーにのせて持ってくる。ヴァルカンは缶を一つ掴むと、
「やるか‼︎」
と、渡すというよりもこちらに投げつけてきたのだ。私はとっさに身をかわし、シンラも避けながら叫んだ。
「話くらい聞いてくれよ!!」
「消防官の戯言は、散々聞いてきた!いまさら聞くことなんてない!!」
ピッチャーのモーションで振りかぶり、今度は私に狙いを定めて思いっきり投げた。
「画家、しゃがんでろ!!」
背後から聞き慣れた声が聞こえ、声の指示に従って、私はその場にしゃがむ。
ガ。とアーサーはその場に落ちてあった部品を拾い上げ、バットのように持ち、缶をボールのように打った。しかし、缶は力に押し負けて破裂し、中身の液体がアーサーと私の法被にかかってじっとりと漏れた。
「消防官が消化されたか!!?」
ヴァルカンが悪意のこもった笑みを浮かべる。一瞬の静寂の後、ビーーーーーーと警戒警報のようなブザーが工房内に鳴り響いた。リサが鉄ドアの方へ歩いて行き、隙間から外を覗く。そしてこちらに向けて告げる、
「ヴァル……また、あいつだ…………」
ヴァルカンは私たちをちらっと見てから、無言で服を着込み静かに口を開く。
「わかった…………」
ゆっくりと鉄ドアに近づくヴァルカンにリサが問いかける。
「一人で大丈夫か……?」
「問題ねェよ」
その言葉を最後に、ヴァルカンは重苦しい鉄ドアをゆっくりと開けて外に出ていった。
シンラはその姿を追うように鉄ドアの方へ近づき、外の様子を伺う。
「なんだ?誰が来たんだ……。アレは……!!」
私も同じように鉄ドアの隙間から外の景色を凝視した。
「何で、第3が……!?」
息を呑むように外を見つめた。そこには特徴的な鉄の鳥のくちばしのような仮面、赤いマフラーを付け、頭の上にシルクハットを被り、黒いコートを羽織った第3特殊消防隊大隊長、Dr.ジョヴァンニが佇んでいた。