第壱章
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ーーーー次の日の朝
カンカンコンコン
浅草のあちらこちらでカナヅチの音が響き合う。瓦が吹き飛び、障子や襖がボロボロに破れた家も、一晩である程度修復される。浅草では被害に遭った場所はほとんど修復されていた。
「火牛!あっちの火消しに木材を運んで」
火牛は黙って頷き、ゆっくりと指示された場所へ向かう。
「絵馬さん」
名を呼ばれ、私は首を捻る。後ろを確認すると、シンラと桜備大隊長がこちらに歩いてきていた。シンラは浅草の町を見渡し、口を開く。
「絵馬さん。あれだけの被害があったのに、一晩でよくここまで修復しちゃいますね」
「紅丸を中心として浅草の皆で直したりするのが、私達の日常茶飯事みたいなもんだから慣れているよ」
「破壊するだけの破壊王では、ここまで町民に好かれないさ」
桜備大隊長の言葉に、私は嬉しくなって微笑む。その時、火縄中隊長と茉希が私達の所へ近づいてきた。茉希が桜備大隊長に報告する。
「大隊長‼︎書類にあった伝導者絡みの会社ですが……」
「今、確認してきました」
と火縄中隊長が続ける。
「どうだった?」
「社屋は全焼……。この騒動に乗じて証拠隠滅されたようです」
「こちらの動向に気づいていたのか……なかなか鋭い連中だ。今回の戦闘では、町にまで被害が及んでしまった」
火縄中隊長の報告を聞いた桜備大隊長は、顎に手をやりながら言う。私は桜備大隊長の前に、一歩前に出て尋ねる。
「桜備大隊長。昨日の件もあり、第8の目的を聞いてなかった私も悪いのですが、第8が浅草に来た本当の理由を教えていただけますか?」
桜備大隊長は一瞬考えてから答えた。
「第8が正式に隊となって絵馬なしで初めての出勤した日。”焔ビト”化した犠牲者は、白ずくめの服装。遺留品に見慣れない赤いクロス。勤め先の会社が妙に慌てて引き取りに来たんだ」
「白ずくめの服装……赤いクロス……それって!」
「あぁ。白装束の奴らで間違いないだろう。そして……勤め先の会社が……」
桜備大隊長の意図を察し、私は代わりに言った。
「ここ……浅草にあったんですね」
「そういうことだ。しかし、火縄中隊長が言ったように、昨晩の騒動で証拠隠滅ときたもんだ。特殊消防隊の目的を察して動き出したのか。これで奴らの活動が過剰化しなければいいんだが……それで、絵馬。俺たちは、そろそろ第8に戻らなくてはならない」
第8のメンバーを見つめ、私は胸に一抹の寂しさを感じた。
「もう、帰るんですね」
「ああ。新門大隊長の所に今から伺おうと思っているんだが」
「わ、私も一緒に行きます!」
第8の皆ともう少し一緒いたいという気持ちから、私は自ら道案内を買って出た。
ガララと詰所の戸を開け、のれんを捲りながら、「ただいまーー」と私は言った。
紅丸が土間近くの板敷に座りながらこちらを見上げ、紺炉も作業の手を休めて、首を傾げながら顔を上げる。
「おう、おかえり」と紅丸が言った。
「絵馬、どうした?第8の奴らを連れて」
紅丸は反応が早く、状況を一目で察したようだった。第8の全員が詰所に揃い、紅丸が何かを感じ取る。
「第8に戻るのか?お前らには、世話になったな」
私は第8から離れ、紅丸の隣に立つ。桜備大隊長が紅丸に向き直り、
「いえ……我々がここに来たことが、騒動の引き金になってしまったのかもしれません」と静かに言った。
「だとしても、伝導者の一味が潜伏していたことに変わりはねェ。今まで起きていた人体発火も奴らの仕業だったのかもしれない。それを止めることができたんだ」
桜備大隊長、火縄中隊長、茉希、アーサー、タマキ、そしてシンラの顔を見回しながら、私はゆっくりと頭を下げた。「ありがとう、皆」と。
顔を上げると、それぞれが嬉しそうに微笑んでいた。紅丸がちらりと私を見て、紺炉に声をかける。
「紺炉。アレ持ってこい」
「へい」
と紺炉は嬉しそうに答え、一旦その場を離れる。桜備大隊長は首を傾げながら呟く。
「アレ?」
「皇国の消防隊は気に入らねェが、第8は気に入った。絵馬がお前らを選んだ理由も分かる」
紅丸の言葉に私は頷いた。すると、紅丸は板敷から腰を上げて、私の背中を第8の方へと軽く押した。
「うわっ!っと、と!」
私は少しバランスを崩しながらも倒れることなく体勢を立て直し、紅丸に向かってクルリと振り返った。私は隣に立つ桜備大隊長を見上げる。桜備大隊長が柔らかく微笑み、紅丸に視線を戻す。
「絵馬小隊長は、我々第8にもなくてはならない存在です」
と桜備大隊長が続け、
「第8にとって絵馬小隊長の能力は必要不可欠であり、部下を指示する能力も素晴らしいですから」と火縄中隊長が捕捉する。
茉希も熱心に訴えかける。
「絵馬さん!ずっと、第8にいて下さい!」
「絵馬さん!」「画家!」「十二小隊長!」シンラ、アーサー、タマキがそれぞれの呼び名で私を呼んだ。
紅丸は第8のメンバーと私を見比べてから、静かに言った。
「絵馬をこれからもよろしく頼むぜェ、第8」
「紅丸!それって……」
紅丸の言葉に、私の胸に嬉しさが込み上げる。私は深く頷き、微笑んだ。
「若、持ってきやした」
紺炉が瓶を両手で持って戻ってきた。それをどんと板敷に置き、その横に2つの盃を置いた。シンラが最愛と書いてあるラベルを見て呟く。
「酒?」
「日本酒ですか?」
「盃を交わして互いの友好の証とする……原国の同朋の儀式だ」
桜備大隊長の問いに応えながら、紅丸は容器を傾ける。ちょろろ、と、その水面を溢れさせないように白色の液体が盃の中でふくらんでいく。紅丸は盃を一つ、桜備大隊長に差し出した。
「酒は嫌いか?」
「大好きです!」
盃を受け取った桜備大隊長は、紅丸を見つめながら盃を傾け、お互いにぐびと一気に飲み干した。桜備大隊長は、紅丸と紺炉に向かって言った。
「これで、第7と第8は友となれたわけですね」
「よろしくな」
紺炉は言いながら、桜備大隊長の隣に立つ私を手招きする。不思議に思いながら近づくと、頭を一撫でされて、くるりと桜備大隊長に向けられた。
「俺からも頼むぜ。お転婆な絵馬をよろしくな」
「お転婆は余計だよ、紺炉。せめて、おしとやかと言ってよ!」
私は少しムッとして抗議したが、紺炉はからかうように笑うだけ。
「いいや。お前ェさんはおしとやかとはちぃっとばかし、かけ離れているからなァ」
軽く肘で脇腹を小突いたが、紺炉はびくともしなかった。
外から足音が響いた。群れというより塊といったほうが良いか。町民たちがのれんを捲り上げて私達を見ていた。火消しが呆れたように町民たちを見つめる。
「コラコラ……なんだ、お前ら」
町民たちは喜びを露わにして口々に言う。
「紅ちゃんが酒を飲んだって⁉︎」
「俺たちも仲間に入れてくれよ‼︎」
大人たちが笑って手を叩き、子供たちは嬉しそうに笑う大人の真似をして外ではしゃいでいる声が聞こえた。その声に、紅丸が低く呟く。
「うるせェなァ」
だが、その顔は怒りというよりも口元がほころび、にぱと効果音が聞こえるような快い感じでニコニコしていた。タマキが紅丸の表情を見て戸惑いながら呟く。
「エ⁉︎めっちゃ、笑顔……」
「あは、あははは‼︎」
「紅のその顔……いつ見ても飽きねェぜ」
町民たちは、相手の背中を叩きながらあははとわらったり、お腹を抱かえて笑う者、軽快に笑う者と。爆笑がまるで雷鳴のように広がり、外まで響いていった。
紅丸は町民たちを見て、「あ⁉︎」と眉をひそめながら言葉を続ける。
「人のツラ見て笑うたァ、お前ェらどういう了見だ!今、大事な話をしてんだよ。入ってきてんじゃねェ‼︎」
「そんな笑顔で何言ってんだッ!浅草の破壊王が愉快王だぜ‼︎ぶはははは‼︎」
町民たちは一斉にワッと笑い出した。紅丸のあんなに嬉しさに揺れるような微笑みで注意されても、全く怒られたとは思えないだろう。第8をチラリと見ると、シンラは紅丸の表情を見て頬をひきつらせていた。
「どうなってんだ、あの顔……」
「そんなに第8と仲良くなれて、嬉しいんでしょうか……」
茉希もシンラと同じく困惑していた。私は町民たちの笑いに耳を傾けた。曇りなく楽しそうに笑う朗らかなその響きが、私の心を踊らす。
「ち、違くてね……くっ……紅丸は、くっ、ふふ」
二人に答えようとしたが、駄目だ。くすくす笑いじゃなくて、胸の辺りから笑いの漣が込み上げてくる感覚がして言葉が続かない。私の代わりに紺炉が答えた。
「紅は酒が入ると、笑顔が止まらなくなっちまうんだ」
「いや……それにしても……ぶあッはッはッはッは」
シンラは頭を縮めて笑い出した。私も始めは、下を向いて可笑しさをこらえていたが、とうとうこらえ兼ねて、一度にふっと吹き出してシンラと同じようにハハハと、声を上げて笑う。
「何が面白い、クソガキ。絵馬もつられて笑ってんじゃねェよ」
「ごめんごめん、ふふ。でも、紅丸……くっ……その笑顔で笑うなと言われる方が、無理だよ」
私は笑いながら言った。その笑いにつられてさらに笑い声が上がる。町民たちがぞろぞろと詰所に押し寄せ、第8の皆と私、紅丸、紺炉を笑いの波に引っ張るかのように詰所の外へと連れ出した。
詰所の外には長方形の敷物が地面の上にいくつも敷かれており、沢山のビールや日本酒や缶ジュース等が並べられていた。座ってビールを飲む者。建物に寄りかかりながら立って仲良く缶ジュースを飲む者。各々が楽しんでいた。
詰所の外に出た私たちを見て、そして喜びをほほに浮かべる紅丸の顔を見た町民の一人が、楽しそうに叫んだ。
「飲め飲め‼︎愉快王の笑顔にカンパーイ‼︎」
町民達がいっせいに「カンパーイ!」と声を合わせ、宴会が再開された。
「俺のどこが愉快なんだ」
私の隣で呟く紅丸。その声は少し嬉しそうで、酒の力ではなく、心の底から笑っているように見えた。
両手に酒瓶とコップを持った町民が火縄中隊長と桜備大隊長に声をかけた。
「第8の兄ちゃんたちも飲んでけよ」
「ぜひそうしたいのですが、我々はまだ任務中で。車もあるので」
「また改めて挨拶に伺います」
車を運転する火縄中隊長はやんわりと断り、桜備大隊長は軽く会釈して応じる。
「おう、いつでも待っているぜ‼︎」
町民は嬉しそうにコップに入った酒をごくごくと飲み干して、元の場所へ戻っていく。ぼーっとその様子を見つめていた私に、シンラが声をかけた。
「絵馬さん」
「ん?どうしたの?」
シンラは何かを決意したかのように、ニヒルな笑みを浮かべて私に近づき、コソッと小声で尋ねる。
「昨晩のことで思ったんですけど……絵馬さんは新門大隊長のことを、その……」
「シンラ、いい?もしそう思ったとしても、紅丸には言わないで」
「え?」
「まだ、言わないでくれる?」
「まだ、ねえ」
「しっ、だよ」
シンラが顔を上げ、私を見つめる。私はニヤリと笑った。シンラはなんとも言えない気持ちだろうが、私は人差し指を口に当てて、二人だけの秘密を示す。
「シンラ」
少し離れた場所に座っていた紺炉が、シンラの名を呼んだ。私とシンラは視線を紺炉に向ける。紺炉はシンラと目が合うと感謝の言葉を述べた。
「あんときは、紅を助けてくれてありがとよ!耳がいいのか?酷い混乱の中、よく俺の声が聞こえたな……だいぶ距離もあったろ?」
「いつでも、どこでも駆けつけるのがヒーローです‼︎」
シンラは誇らしげに応えた。あの時、紺炉の叫びが聞こえたのは間違いではなかったらしい。私の勘が当たっていたことが嬉しくなる。
「何、ニヤニヤしてェんだ、絵馬?」
「んーん。何もないよ。私、紅丸の所に行ってくるから」
と、紺炉とシンラから離れ、詰所に戻ることにした。
詰所の近くで見知った二人を見かけて、私は声をかけた。
「茉希、タマキ隊員。二人で何してるの?」
「十二小隊長」
タマキが私に気づいてこちらに顔を向ける。茉希は私に手招きしながら、
「絵馬さん、それが……」と言って、私を二人の間に誘導してくれた。
詰所の中を覗くと、何やらお互いにニコニコし合っている桜備大隊長と紅丸がそこにいた。紅丸が桜備大隊長に言った。
「桜備 秋樽だったな。この度は、世話になったな。何かあったら、いつでも呼んでくれ」
「はい。盃を交わした仲ですから、互いに協力していきましょう」
笑顔の二人を外から見る光景は、不思議な感じがしたが、私が求めていた協力体制が確立したことに気づいた。私の左隣に立つ茉希が呟く。
「絵馬さん。最初の険悪なムードが、嘘みたいですね」
「必要以上に仲良しになったみたい」
茉希とタマキの言葉を聞き、そうだねと私は嬉しさに満ちた表情で頷いた。
「こんど、くるときはおかしでももってこねェと、おいだすかんな‼︎」
「つまらなくねェもん、もってこいや‼︎」
ヒカヒナが、浅草を去っていく第8のマッチボックスに向かって、着物の袖口を手を振るように左右に振って、第8を見送る。
「いっちまったなァ」
遠ざかっていくマッチボックスを見つめながら、紅丸が呟いた。
「うん。そうだね」
「そーいや、絵馬。さっき、シンラと何の内緒話をしてたんだ?」
「へぇ⁉︎」
突然、紺炉から思いがけない質問が飛んできたため、私はぎょっとして紺炉を見る。
「あぁ?何の話だァ?」
隣に立つ紅丸は、面白くなさそうに私を睨んでいる。
待って、紺炉。今、紅丸がいる場でそれを言っちゃうの。私は心の内を見透かされたかのように狼狽した。
「いや……あの……なんでもないよ。そう、何でもない!」
なるべく紅丸を見ないようにして紺炉を見て誤魔化す。
「俺にも言えねェ話なのか?」
ずいっと、こちらに近づく紅丸と目が合った。外気にさらされているせいか、それとも目の前に紅丸がいるからなのか、私の頬に少しずつ熱が集まっていくを感じる。視線を紺炉に逸らすと、紺炉は私の表情を見て察したのか、目尻を少し下げて心の中で「すまねェ」と言いたげな顔をしていた。
「紅丸にも言わない!」
私は目を合わせないように、ぎゅっと目をつぶった。すると、ふいに宙に浮かされたような感覚が。そして、腹部を抱えられた感触が襲い、すぐに目を開けた。ヒカヒナと目が合い、
「ウヒェヒェヒェ。絵馬ーー、まるやきにされるのかーー⁉︎」
「姉々ーー。やいてもまずそうだなーー‼︎」
と、はしゃいでいる。顔を上げると、少し不機嫌な紅丸が私を見下ろしていた。冷や汗がじっとりと肌にしみる。紅丸の脇に抱えられた私の姿を見て、ヒカヒナは、「まるやきだーー」と何故か嬉しそうに叫んでいた。
〜〜第一章 完 〜〜