第壱章
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「紅丸……」
私は夜空を見上げながら呟いた。紅丸は先程、紺炉と同じくらいの火力が必要だと言っていた。それ程までに鬼の”焔ビト”の皮膚は頑丈みたいだ。そのとき。
「シンラァ!!!」
紺炉がシンラの名を叫んだように感じ、私は周りをキョロキョロ見渡していたシンラに視線を移した。シンラも何かを感じ取り、動きが止めた。そして、私と目が合うとーーーー
「紺炉中隊長……」
シンラは呟き、目を大きく見開いて空を見上げた。
私もシンラにつられて夜空をもう一度見上げると、紅丸に向かって一直線に炎の矢が飛んでいるのが見えた。シンラが慌てた声で言う。
「あの矢は‼︎新門大隊長を……‼︎」
鬼の”焔ビト”と戦っている間に見失っていたもう一人の敵が、今度は紅丸を狙っている。
「気づいてねェのか‼︎」
シンラは息を切らさず、言葉を荒げ、足に能力を発動させて一気に炎の矢に向かって飛び出した。
「シンラッ‼︎」
私は思わず叫んだ。考えるよりも先に身体が動いていた。シンラの後を追うように、私の火鳥が空に翼を大きく広げ飛んでいく。
「させねェ‼︎」
シンラはさらに足に発火能力を集中させ、ゴゴゴゴと速度を上げていく。私は驚いた。
「す、すごい……。火鳥との距離がどんどん引き離されてる」
シンラの食い縛るような叫びが夜空に響く。
「ぐぐ……んおおおお‼︎」
シンラと炎の矢が真横に並んだ。私はその光景を見て叫ぶ。
「追いついた‼︎」
シンラが炎の矢と同じ速度に追いついたのだ。後は炎の矢をどうにかして紅丸から遠ざければと考えていると、シンラがくるりと炎の矢に向きを変え始めた。そして、シンラの足と炎の矢がガツッとぶつかり合う。
バチバチと反発し合う音が浅草の空に響き渡る。炎の矢は威力を弱めることなく、少しずつ紅丸に近づいている。
私は槍伸縮型を地面に落とし、両手を合わせた。皇国の人達には悪いが、私は太陽神なんて信じていない。だから神頼みのお祈りなんて一度もしたことがなかった。けれど、今、この瞬間。太陽神を信仰する人達が、お祈りをする気持ちに少しだけ気づけたかもしれない。自分自身の力ではどうにもならない状況に陥った時に、両手を合わせて神に頼むことを。
「私は、太陽神に祈っているんじゃない……」
自分に言い聞かせるように呟く。
「お願い‼︎シンラ‼︎」
と私は叫んだ。
私の声が聞こえたかどうかは分からないが、シンラが答えるように叫んだ。
「俺の炎は人を護る炎だ‼︎!」
シンラは、一歩も引かない意志で続ける。
「俺は、この炎でみんなを護るヒーローになるんだ‼︎今から照明してやる‼︎何がなんでも蹴り飛ばしてやるマン‼︎!」
そう言って、シンラは炎の矢を思いっきり蹴り上げた。
紅丸から軌道がズレ、打ち上げ花火のように真上へと高く舞い上がっていく炎の矢。
「やったぞ!」
私の近くにいたアーサーが空を見上げて言った。クルクルクルと宙で回転をしつつ体勢を整えたシンラは、紅丸に向かって叫んだ。
「新門大隊長‼︎」
シンラの叫びに応えるように、紅丸は更に上へと飛び上がる。突然、私の近くにあった纏が動き出す。纏のばれんに火が付き、紅丸に引かれるかのように空へと向かって舞い上がる。あちこちから応じるかのように、いくつもの纏が夜空を駆ける姿は、まるで鯉の滝登りのようだ。
紅丸は纏を鬼の”焔ビト”に一気にぶつけ、背後に炎の炎月が現れる。
”居合手刀 七ノ型 日輪”
紅丸から鬼の”焔ビト”の背後に日輪が移り、爆音と黒煙が浅草の空に広がる。しかし、鬼の”焔ビト”は消滅していない。浅草の全員が固唾を呑んでその瞬間を見守っているに違いない。私だってそうだ。ふと、紺炉の声が聞こえた気がした。
ーーーー行け‼︎紅‼︎
紅丸に向かって叫んでいる紺炉の顔が浮かび、私も同じように紅丸に向かって叫ぶ。
「負けるな‼︎紅丸‼︎!」
カ、と。ほんの一瞬、太陽を溶かしたような純白の光が夜空を照らしたかと思うと、紅の月が浅草の夜空に突如として現れたのだった。
「紅の月……”紅月”」
私は呟いた。紅丸の真紅の火炎は綺麗な円を描き、鬼の”焔ビト”を跡形もなく消し去った。紺炉が地面に月を墜落させたような大穴を開けたのに対し、紅丸は本物の月を覆い隠すかのように空に紅月を浮かび上がらせたのだ。
浅草の町に吸い込まれるようにゆっくりと落下し始めている紅丸に気づく。空を見上げながら、私は紅丸の落下地点に向かい、両脚に気合いという鞭打って、勢いよく地面を蹴った。
左右の景色は瞬く間に流れていくが、紅丸だけが目に留まる。紅丸をお姫様抱っこで受け止めたシンラに気づき、私はゆっくりと足を止めた。
じっとその様子を見ていると、紅丸と目が合ったように感じた。紅丸がシンラに何か言っている。あっ、こっちに向かってくる。それと同時に、私は無意識に両手を紅丸に向かって広げていた。
あと五メートルの距離で、紅丸が、
「受け止めろ」
一言、そう言ってふわっとシンラから飛び降りてきたのだ。
「えぇ‼︎?」
紅丸の行動に私は目を大きく見開いた。正面から受け止めるが、成人男性の体重を支え切れず、抱きしめるというよりは、もたれかかる形で紅丸と一緒にゆっくりと後ろに傾き、地面に倒れた。
「絵馬さん⁉︎新門大隊長‼︎」
上からシンラの戸惑う声が聞こえた。私は目を開く。目の前には、覆い被さる紅丸。その背後に見える夜空には、円を描く火鳥が飛んでいた。紅丸と目が合い、私は呟いた。
「勝ったね……」
「あぁ、勝ったな」と紅丸は頷いた。
紅丸の言葉に、私は実感する。私たちは鬼の”焔ビト”に勝ったのだ。二年前の紺炉のリベンジを果たすことができたんだと。
「”発火限界”だ。絵馬、手を貸してくれ」
紅丸に言われ、私はゆっくりと上半身を起こし紅丸と同じ目線になった。紅の瞳が私を見つめる。紅丸はこんなにも強く、約束を果たしてくれた。ゴツゴツした大きな手、ぶっきらぼうな表情、鍛え上げられた身体、そのすべてが私の目には輝いて見えた。
紅丸は私を家族として見ているかもしれないが、私は紅丸を家族として見つつ、もう一つ、家族とは違う感情で見ている自分がいる。その感情が表に出て、私の心臓がドクドクと激しく音を立て始めた。そして、その感情が口から言葉として漏れた。
「紅丸、とてもカッコ良かったよ」
私の言葉に紅丸は驚いたようで、少し身震いした。ここでいっそのこと、もう一つの感情を素直に伝えたら、紅丸はどう答えるのか。そう期待する私がいた。
「絵馬さん、新門大隊長」
シンラに名を呼ばれ、顔を上げる。
「ここで、いいっスか?」と言われ、うんと頷こうとしたが止めた。
紅丸の遥か後方で、「紅ちゃん!」と叫びながらこちらに走ってくるオネェな大男が見えた。ゾクゾクと悪寒が私の身体に走る。紅丸もオネェな大男を横目で見ている。さっき、紅丸が身震いしたのは、私の言葉じゃなくてこれだったかもしれない。この気持ちを伝えるのは、またの機会にしよう。そう思い、そっと心の中に仕舞い込んだ。
火鳥を呼び寄せ、地面に落ちている槍伸縮型を両足で掴んでもらう。火鳥の暖かい炎が、疲れた身体を癒すように感じられる。その炎の温かさを感じながら、私は紅丸に手を貸しつつ、紅丸とシンラに言う。
「紅丸、シンラ。紅月が消えるまで夜空を飛ぶのに付き合ってくれない?」
その瞬間、紅丸の瞳に一瞬の驚きが走り、そして微かに柔らかい微笑みを浮かんだ。シンラもまた軽く頷いた。オネェな大男から距離を取るために、もう一度三人で、紅月が浮かぶ浅草の夜空に向かって飛び上がった。高く舞い上がると、戦いの後の浅草が町が一望できた。家々の屋根が月明かりに照らされ、人々の小さな灯火が点々と見える。
風が頬を撫で、心地よい涼しさが広がる。私は心の中で、この静寂と共に過ぎ去った戦いを振り返る。空を飛びながら、私はもう一度火鳥の背に乗る紅丸に目を向けた。
「紅丸、ありがとう」
と呟く私の声に、紅丸は一瞬こちらを見たような気がした。そして、何も言わずに前を向いた。紅月の光に照らされ、私たちは浅草の夜空を飛び続けた。