第壱章
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紺炉たちから離れた私は、火犬(中)を2匹引き連れて紅丸を捜していた。
「”焔ビト”だーッ!く、来るんじゃねェ‼︎」
町民の危険を知らせる叫び声が、どこからか聞こえてきた。浅草内を走っていた私は曲がり角を曲り、声がする方角に向かって火犬を突撃させる。
「火犬‼︎」
火犬(中)は、私から離れて一目散に声のする方角へ走り出した。
「アガガガッ‼︎」
火犬(中)は”焔ビト”を見つけ、地面に尻餅をついている町民の頭上を飛び越え、”焔ビト”の肩と足に噛みついた。私は槍伸縮型をくるりと回し、走りながら槍先を”焔ビト”を向かって思いっきり放り投げた。
槍伸縮型は”焔ビト”の胸を貫く。動きが止まった”焔ビト”の前に立ち、槍伸縮型を掴み、一捻りして百合の炎を胸に浮かび上がらせながら、”焔ビト”を水平に引き裂いた。
「ア……ガ……」
「苦しかったよね……。少しだけ休んでて」
胸を引き裂かれた”焔ビト”は、チリチリと灰へと変わり、消えていく。私は静かにそれを見つめた。火犬(中)が”焔ビト”と共に消えていくのを眺めていると、背後から声がかかった。
「絵馬ちゃん……」
振り返ると、尻餅をついたまま私を見上げる町民が、身体を微かに震えているのが見えた。
「さぁ、立って」
私は町民に手を差し出した。町民は、「ありがとう」と言って私の手を掴んで立ち上がった。
「ねぇ、紅丸がどこにいるのか知ってる?」
町民は首を振った。
「すまねェな、絵馬ちゃん。紅ちゃんは見かけてねェ……」
「そうなんだ……教えてくれてありがとう。とりあえず、ヤグラが見える場所まで走って」
「え…………え?」
「私も後でヤグラの方へ行くから」
町民は少々の間を置いて、「あぁ」と深く頷いた。
私はそれからも紅丸を捜して走った。反対側の道から大勢の町民が押し寄せてくるのが見えた。私は足を止める。
「どけ‼︎」「待て!てめェ、逃げんのか⁉︎」「こっちはだめだ‼︎」「子供が先でしょ‼︎」と阿鼻叫喚に染まった町民たちの群れが、怒号とともに私の横を通り過ぎ、後方へ向かって走り去っていった。
「ここまで混乱が広がっているのか……」
後方へ走り去っていった町民たちを見つめていた私の視線が前方へ向かう。私の目に一人の男が映った。百メートルぐらいは離れているだろうか。男の前には、”焔ビト”がいる。徐々に男の姿がハッキリと見えてくると同時に、男の手によって”焔ビト”は鎮魂された。
「紅丸‼︎」
私の声に気づいた紅丸は、振り向いて私の顔に気づくと、近くにいた火消しから纏を受け取り、私の方へやってくる。紅丸は纏の飾りのばれんに火をつけ、纏に足を乗せて勢いを増してこちらに向かってくる。
「よかった。やっと見つけーー」
その瞬間、紅丸は私の腹部を抱えて話を途中で遮った。
「絵馬!紺炉はどこにいる?」
「ヤグラに合流する話をしたから、多分ヤグラに向かっていると思う……って、このまま行くの⁉︎」
紅丸を見つけられたと思った瞬間、紅丸は私を肩に担ぎ上げた。私はぎょっとする。
「時間がねェから、このまま行く」
そう言って紅丸は、私を俵担ぎしたまま、纏に乗ってヤグラの方へと向かって空を飛んでいった。
空から見下ろす浅草の町は、町民たちがあちらこちらで乱闘していたり、火消したちが消化活動をしていたり、どこかに向かって走り続ける町民たちが目に入る。
「浅草の町がめちゃくちゃだ……」
「ああ、どうなってやがる……」
紅丸も浅草の町を見下ろしながら呟く。
「紺炉が言っていた通り、他にも偽物がいる感じだね……これは」
「絵馬。お前は何か、知ってるのか?」
紅丸はちらっと目線だけ私に向ける。
「私も紺炉も知っているよ……あっ、紺炉!」
紅丸に話そうとしたが、ヤグラに紺炉と桜備大隊長と火縄中隊長がいるのが見えた。紺炉たちもヤグラから浅草の町を見下ろして紅丸を捜しているようだ。
紅丸も気づいて、叫んだ。
「紺炉‼︎」
紅丸は纏をヤグラに近づける。紺炉が私たちに気づいて顔を上げる。
「捜したんですぜ‼︎町が混乱して収拾がつかねェ‼︎」
「ああ!俺もだ!”焔ビト”も町の喧嘩も増える一方だ‼︎」
紅丸は纏をヤグラの横に近づけて、俵担ぎした私をヤグラの中に降ろす。そして、紅丸もヤグラの柵に足をかけて中に入る。
「そこら中で勘違いしてて、何がなんだかわかりゃしねェ。絵馬と紺炉はこの状況について知っているみてェらしいな」
私は隣に立つ紅丸を見上げる。
「さっき、ヒカゲに変装した偽物が現れたんだ」
私の言葉に続いて、紺炉は桜備大隊長と火縄中隊長を指差しながら言った。
「絵馬の言っていることは本当だ、若。顔を変えられる敵がいるようで……若が彼らを見間違えたのも、誰かが、そっくりに化けてたんじゃないかと」
「たしかに。そんな奴がいたとすると合点がいく。だったら、それを町の連中に教えてやれ‼︎あいつらは、今、混乱の真っただ中だ。お前じゃねェと聞く耳持たねェ‼︎」
紺炉は首を左右に振り紅丸を静かに見つめる。
「それは、俺の役目ではないですよ……」
紺炉は紅丸から黒煙が燃え上がる浅草を見る。紅丸と私は同じように浅草を見つめる。紺炉は左手を浅草の方へ向けながら語った。
「今の浅草を見てください。大混乱だ……みんな、待ってんだよ……この混乱をまとめられるでっけェ男を‼︎」
紅丸は私の方をちらっと見て、もう一度紺炉に向き直って叫んだ。
「ああ‼︎絵馬に聞いて、だから、ここに来たんだ。混乱しているからこそ、紺炉のような冷静な判断が出来る奴の言葉が必要なんだよ‼︎」
「若……まだそんなこと言ってんのか……」
紺炉は紅丸を見つめる。その時、ヤグラの下から誰かが大声で叫んだ。
「紺ちゃああん‼︎助けてくれよ‼︎もう何もかも、めちゃくちゃでにっちもさっちもいかねェ‼︎」
町民が紺炉に助けを求める。それを聞いていた紅丸が紺炉に言う。
「見てみろ。お前を待ってんだよ‼︎」
私はヤグラの柵から少し身を乗り出してヤグラの下に立つ町民を見つめる。町民は先ほど私が助けた町民だった。町民は、私に気づくと大声で叫んだ。
「絵馬ちゃん‼︎紅ちゃんは、どこ行っちまったんだ‼︎早く紅ちゃんを連れてきてくれ‼︎」
「待ってて‼︎もう少しで紅丸は来るから‼︎」
私は町民に答えた。
「おい、絵馬……」
私の背後から紅丸の声が聞こえる。私はヤグラの柵から身を戻し、くるりと町民から紅丸に振り返った。紅丸を見つめながら、
「紅丸、ほら!呼んでいるよ!」
と言った。紺炉は紅丸の左肩に手を置いて言った。
「いつまでも俺に遠慮なんてするな。いい加減、覚悟を決めろや」
「あ?」
紅丸は紺炉を睨む。紺炉はそんな紅丸に優しく、そして、力強く言い放った。
「誰がなんと言おうと、浅草は若の町だ。誰の言葉でもない……みんな、紅の言葉が聞きてェんだよ」
私たちの話をじっと聞いていた桜備大隊長が紅丸に向かって一歩前に出る。
「この状況を壊せるのは、あなたしかいませんよ。浅草の破壊王」
桜備大隊長の言葉に、紅丸は髪をくしゃと掻いた。
「お前ら、ヤグラから降りろ」
「へい……聞いたか、降りるぞ」
紅丸の指示で、紺炉と一緒に私もヤグラから降りようとした。その時、紅丸に呼び止められた。
「絵馬、ここにいろ」
私は紺炉と目で相槌をして、「承知」と言って足を止める。
紺炉は桜備大隊長と火縄中隊長を引き連れてヤグラから降りていった。紅丸と二人きりになるやいなや、紅丸は私に言った。
「槍を俺に貸せ」
紅丸に言われた私は、素直にポーチから炎が切れた槍伸縮型を取り出して紅丸の方へ差し出す。紅丸は私から槍伸縮型を受け取ると、後方に炎を注入し始める。
「……悪かったな」
「え?」
注入される槍伸縮型を見つめていた私は顔を上げた。紅丸は私に目線を合わせず、槍伸縮型を見つめながら口を開いた。
「あの時、絵馬の言葉を信じてやれなかった」
「……桜備大隊長と火縄中隊長の件のこと?」
「あぁ」と紅丸は僅かに頷いた。
「紅丸は間違ってないよ。浅草のためにした行動だったと、今になって私も気づいたから」
紅丸は俯いていた顔を上げ、私はと目が合った。優しい笑みがこぼれる。
「私たちって、お互いに頑固者だからね」
紅丸は、私の顔を見てほんのちょっぴり笑顔を見せた。それは、紅丸にとって最大の感情表現だった。
「フ……そうだな」
紅丸は炎を注入し終えた槍伸縮型を差し出す。私はゆっくりと槍伸縮型を受け取ろうとしたが、紅丸は槍伸縮型ごと私の手を掴む。私の瞳を真剣に見つめ、揺るぎない決意で言った。
「絵馬が出来ねェ事は、俺が代わりにやってやる」
二年前に浅草大災害時、お父ぅとお母ぁを私の代わりに鎮魂してくれた時の紅丸の言葉だ。私は紅丸の瞳を見て、紅丸と同じように手に力を入れる。あの時の私は何も出来なくて、紅丸を信じ、頼ることしかできなかった私。今は違う。私はあの時よりも強くなったと思う。だから、今の私なら言える。
私は深く息を吸い込み、全身に力込めて言った。
「だったら私は……紅丸が迷った時に手を差し伸べて、隣に立ち、背中を思いっきり叩いてあげる。そうでしょ?”バディ”」
私の言葉に、紅丸は一瞬驚いたように目を見開く。その目には、笑う私が映り、信頼が確信に変わる。
「……久しぶりだな、そのあだ名。絵馬らしいぜ」
紅丸は私から手を離し、私の横を通り過ぎ、ヤグラの柱を右手で掴み、柵に右足を乗せて左上半身を外に出す。
「俺見てェな奴はよォ、破壊することしかできねェんだ……せいぜい期待しとけ。ぶっ壊してやるぜ」
紅丸の言葉には、独りよがりではない力強さが宿っていた。それは浅草を守る決意と、背負う覚悟そのものだった。