第壱章
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第8特殊消防隊は、焔ビトの鎮魂を終え、拠点である第8特殊消防教会へと戻った。私、絵馬十二も彼らと共に教会へ向かい、アイリスと茉希と共にシャワー室で汗と灰を洗い流していた。静かな水音が響く中、茉希が突然、アイリスを真正面から見据め、まるで何かを確かめるように言葉を絞り出した。
「シ……シスター……」
アイリスは穏やかに微笑み、柔らかく応じる。「なんです、マキさん」
「シスター、さっき駅で新入隊員にお姫様抱っこされていましたよね?そのとき……やっぱり、運命とか感じましたか?」
その一言に、アイリスの顔が一瞬で凍りついた。「えっ!?」と、驚きの声が漏れる。私もその言葉に喉が詰まり、思わずむせてしまった。
茉希の瞳はキラキラと輝き、夢見るように私を振り返る。「絵馬さんもそう思いますよね?シスターと新入隊員、絶対運命です!」
私は焦りを隠し、笑顔で誤魔化した。
「さ、さぁ……?お姉さんは、ワカラナイヨー」
茉希・尾瀬。彼女は私より一つ年下の後輩で、クールな見た目とは裏腹に、時折「お花畑」な思考に突入する少女だ。特に恋愛話になると「運命」を連発し、周囲を巻き込むその癖が、時に困った事態を招く。
隣にいるアイリスは、"焔ビト"を鎮魂する祈りを捧げるシスターで、茉希とはまた違った雰囲気を持っている。純粋で優しい心の持ち主だが、茉希のロマンチックな妄想に振り回されると、どうなるのか……私には想像がついた。
アイリスがこちらを見た。訴えかけるような瞳に、胸がチクッと刺される。だが、茉希の「運命トーク」にこれ以上付き合うのは、私の精神が持たない。
「私は先に上がるね。後はお二人でどうぞー」
「えっ、絵馬さん!」
アイリスの声が背中に突き刺さった。心の中で「ごめん、アイリス」と呟きつつ、私はシャワー室を逃げるように後にした。
「ぶぁっはっはっは‼︎」
着替えを終え、廊下を歩いていると、事務室から桜備大隊長の豪快な笑い声が響いてきた。
「桜備大隊長ー、また何か可笑しいことでもあったのですか?」
私が軽く声をかけながら事務室のドアを開けて中に入ると、そこには笑い声の主である桜備大隊長、火縄中隊長、そして――見覚えのある少年がいた。
「君は、さっきの……」
「おっ、お疲れ様です!」
駅でアイリスをお姫様抱っこで守った新入隊員、森羅・日下部だ。私は驚きつつも、軽く声をかける。
「お疲れ様……えーっと、シンラだっけ?何か、私の顔に付いてる?」
「い、いえ……!」
シンラはちょっと顔を赤らめて、敬礼しながらぎこちなく笑った。その視線に不思議な感覚を覚えつつ、私は自分の顔周りを軽く触ってみたが、別に何も付いていない。
「ぶぁっはっはっはっ!!」
私とシンラのやり取りを見守っていた桜備大隊長が、再び声を上げて笑った。その笑い声に、私は少し気恥ずかしくなる。
「絵馬。シンラはな、緊張すると笑っちまうんだとよ」
「緊張すると、笑う……?」
桜備大隊長の言葉を受けて、私は再びシンラに目を向ける。彼と視線が合った瞬間、彼の口元が徐々に緩み、ニヒルな笑みを浮かべていた。その表情が、何だか少し不思議だった。
「あ、本当だ……って、あダッ!?」
「絵馬、好奇心で近づくな。シンラが緊張しぱなっしだ」
無意識にシンラに近づきかけた私を、火縄中隊長がバインダーで軽く叩いて制止した。
「いててっ。火縄中隊長、バインダーはやめてくださいよ。承知です」
私は叩かれた頭をさすりながら苦笑し、シンラに手を差し出す。
「改めて、私は絵馬 十二。第8特殊消防隊の一等消防官です。よろしくね」
シンラは一瞬躊躇するように私の顔と差し出した手を交互に見つめ、ようやく笑いながら握手を返した。
「よ、よろしくお願いします!」
その瞬間、駅での彼の姿が脳裏に蘇った。足から噴射する炎でアイリスを抱き上げ、蛍光灯の落下を回避したあの動き。
――あんな風に、足だけで飛べるなんて……。
私は第二世代で炎を操るけど、火鳥に乗るのとは全然違う。なんか、羨ましいな。
「絵馬は、事情があって第8と別の部隊の小隊長を掛け持ちしてる。こちらから要請があった時だけ、応援に来てくれるようになっている」
火縄中隊長の言葉に、シンラの目が大きく見開かれた。
「掛け持ち!?掛け持ちする隊員、聞いたことないですよ!」
私は苦笑しながら肩をすくめた。
「そうだよねー、普通はないよね。私も最初は信じられなかったよ」
シンラが「へえ……」と感心したように呟く。その視線が少し熱を帯びている気がして、私は無意識に握っていた手をそっと離した。
――この子、意外と好奇心旺盛かも。
彼の気持ちは何となく理解できる。私も当初はシンラと同じ気持ちだった。普通、掛け持ちなんて聞いたこともないし、消防訓練校では「一つの隊に専念しろ」と教えられる。……でも、今は二つの部隊を往復して、最善を信じてる。それでも、心のどこかで不安が消えないんだよね。
「失礼します」
ノック音と共に、事務所のドアが音を立てて開いた。茉希とアイリスが敬礼しながら入ってきた。シャワーを終えたばかりの二人は、ほのかに石鹸の香りを漂わせている。
アイリスは私の隣に立っていたシンラを見つけ、両手を合わせて言った。
「先ほどは有難うございました」
「い……いえ、ヒーローとして当然です!」
シンラは少し照れたように、アイリスの視線を避けて目を逸らした。その様子に、私は思わず微笑んだ。だが、静寂は長く続かなかった。アイリスがこちらを振り向き、鋭い視線を向けてきた。次の瞬間、彼女の表情がムッと変わる。
「それと、絵馬さん。私を置いていきましたよね?」
私は一瞬、言葉に詰まった。
「え、なんのことでしょ……?」
目の前でアイリスがわずかに不機嫌そうな表情を見せている。シャワー室の一件を指摘されたのは明らかだ。気まずくなった私は、アイリスに目を合わせないように、視線を茉希に移す。
すると、茉希はシンラとアイリスを交互に見つめ、まるで乙女のように頬を赤らめていた。
「やっぱり、運命……」
茉希が恍惚の表情で呟いた。私は苦笑しながらも、そのロマンチックな発言に少し目を細めた。しかし、アイリスはそんな茉希を許す気はないらしく、彼女に向かって手刀を繰り出し始めた。
「シスターで可愛いアイリス様が暴力なんてイケナイと思います」
アイリスは何度も茉希に手刀を繰り出す。茉希は、手刀をくらいつつも、乙女の夢を諦めない。「ロマンティック」と言いながら、シンラとアイリスを恍惚のまなざしで見つめ続けていた。その様子に笑いを堪えていた私に、突然、アイリスの手刀が腰に炸裂した。
「イタッ!」
「シャワー室のお返しです、絵馬さん」
アイリスは満足げに微笑む。予想以上に痛かったが、その小さな復讐心に驚きつつ、私は素直に謝った。
「ごめんね、アイリス」
彼女は小さく頷き、私はその頭をそっと撫でた。事務室には、桜備大隊長の笑い声と、仲間たちのざわめきが響いていた。