第壱章
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「”焔ビト”だ‼︎」
「呉服屋のヨッちゃんも”焔ビト”になっちまった‼︎」
町民たちがあちらこちらでざわざわし、混乱し、騒ぎが大きくなってきている。近くにいた町民たちが私を見つけ、慌てて駆け寄ってきた。
「絵馬ちゃん!”焔ビト”が現れたんだ‼︎助けてくれェ‼︎」
「あっちには”焔ビト”になったヨッちゃんがいるの‼︎」
「絵馬ちゃん‼︎こっちの方にも”焔ビト”が‼︎」
私は両手を上げて彼らを落ち着かせようとする。
「ま、待って‼︎”焔ビト”は私がなんとかするから!まずは、皆、落ち着いて‼︎」
だが、人々の混乱はおさまらない。それを見ていたシンラが桜備大隊長に声かけた。
「大隊長‼︎絵馬さんと俺たちで鎮魂しましょう‼︎」
桜備大隊長は険しい顔で渋りを見せる。
「ダメだ‼︎ここは、絵馬がいたとしても第7の管轄だ‼︎俺たちだけで勝手な行動はできない‼︎」
アーサーが不満そうに抗議する。
「画家がたった一人で鎮魂するのを、指をくわえて見てろっていうのか……⁉︎」
桜備大隊長は冷静で続けた。
「シスターがいなくては正式な鎮魂もできない……。それに、ここには皇国式の鎮魂を望んでいない人もいる」
桜備大隊長がそう考えるのも無理はない。浅草は紅丸と紺炉が率いる第7の管轄であり、原国主義者が多い。太陽神を信仰しない者も多く、皇国の鎮魂を嫌う者もいるのは確かだ。しかし、今ここに紅丸はいないし、この混乱を私一人でまとめるのは無理がある。
私はちらっと紺炉を見た。紺炉は混乱している町民たちを見て呟いた。
「若は……どこ行っちまったんだ……」
紺炉から視線を外し、私は桜備大隊長に訴える。
「桜備大隊長!”焔ビト”は私が鎮魂します!ですので……」
桜備大隊長は私の決意に気づき、眉を下げる。わかったと、桜備大隊長は厳しい顔で頷き、第8の面々に指示を飛ばした。
「第8は住民の救助と避難誘導を行う!」
「了解‼︎」
第8はいっせいに声を合わせ、敬礼する。その瞬間、茉希の頭上に赤黒く光るものが飛んできているのが目に映った。
「茉希!避けて‼︎」
私の叫びにいち早く反応したシンラが、茉希の両肩を掴み、その場で素早くしゃがみ込ませる。
「マキさん‼︎」
ズン、という衝撃波と共に地面が砕け散る。この能力、見覚えがある。フォイェン中隊長の右腕を貫いた、あの赤黒く光る炎の矢だ。星宮中隊長の胸を貫き殺した矢。
町民たちはこの光景を見るや否や、わぁっと四方に散らばり走り出した。
「お前ェら……⁉︎」
紺炉が慌てふためて走る町民たちを止めようと声をかけるが、その声は混乱の中にかき消され、その場からいなくなった。私達と違い、こんな状況で落ち着けというほうが無理だったようだ。
「十二小隊長……日下部……これ……」
私は町民が去った方角から、タマキに目を向けた。タマキもこの状況に目を見開いていた。シンラは矢の飛んできた方向に目を凝らす。
「レッカの時の……‼︎」
「カリムとフォイェン中隊長を狙った、あの矢で間違いないね!」
私はポーチから素早く槍伸縮型を取り出し、手に握る。再び空から炎の矢がこちらに向かって飛んできている。シンラが叫んだ。
「また来るぞ‼︎」
茉希は立ち上がり、くるりと炎の矢に向かって振り返る。
「退がってください‼︎私が‼︎」
茉希は迷わず両手を胸の前に突き出し、炎の矢を迎え討つ。バチン、と炎の矢と茉希の炎制御能力がぶつかり合う。しかし、矢の勢いは止まらず、徐々に茉希に近づいている。
「んくぅ……‼︎はじ……はじけ……ない…………炎が前に進もうとしてくる力を曲げれない‼︎」
地面につけた茉希の両足がジリジリと後ろへと押しやられていた。
「マキさん‼︎」
シンラが叫ぶ。私は駆け出し、茉希の背後に立った。槍伸縮型の槍先を地面に突き刺し、茉希の背中に右手を添える。
「絵馬さ……」
「茉希!炎の矢に集中して‼︎」
こちらに振り返ろうとする茉希に制止する。私は茉希みたいに器用に操作能力で相手の炎を消したり、退けたりは全くもって得意ではない。だけど、炎を違う形にして自分の能力として使用する、第二世代の能力で形状変化ならば茉希以上に得意だ。
炎の矢を必死に抑える茉希の背に向かって私は叫んだ。
「私が能力で、炎の矢の外側を変える!茉希は中心だけに集中して‼︎」
茉希は頷かず、矢の中心に能力を定め続けた。矢はチリチリとミリ単位で茉希に近づいてきている。私は息を吸い、地面から槍伸縮型を引き抜き、槍先を炎の矢の外側に向けて能力を発動した。
「踊れ!火犬‼︎」
ポンポン、と。炎の矢から二匹の中型の火犬が現れた。炎の矢は一回り小さくなったが、それでも威力を弱まらなかった。しかし、ほんの一瞬の停滞が茉希が叫びを引き起こす。
「形状変化‼︎」
小さくなった炎の矢は火の玉に変わった。それは茉希が能力で作り出す火の玉、可愛がっていたプスプスに似ていた。火の玉は茉希に襲いかかり、私たちは大きく後ろに弾かれた。
「十二小隊長‼︎マキさん‼︎」
タマキが駆け寄り、私と茉希を支える。
「平気、だよ。私は茉希の下敷きになっただけ……茉希は?」
私は茉希の顔を覗き込む。
「大丈夫。プスプスが私の胸に飛び込んできた……」
相当な威力の火の玉が茉希の胸にぶつかってきて痛みが伴うバズなのに、なぜか茉希は嬉しそうだった。安心したが、気を抜く暇はない。
タマキに茉希を託し、私は地面に落ちている槍伸縮型を拾いに立ち上がる。シンラが、炎の矢が飛んできた方角を睨みながら言った。
「伝導者の仲間の可能性が高い……二発目が来る前に、俺が、引きつけます‼︎」
足に能力を発動させたシンラが炎の矢が飛んできた方角に向かって飛んでいく。シンラの背中を見ていた桜備大隊長が叫んだ。
「シンラ‼︎無茶するなよ‼︎」
「はい‼︎」
私は槍伸縮型を拾い上げ、飛んでいくシンラを見つめる。その跡を追うようにアーサーも駆け出していったのが見えた。
敵は2人に任せるとして、私はやり残していたことをしようと思い、地面に倒れ込んでいる偽ヒカゲに近づき襟首を掴んで、ドンと偽ヒカゲの背中を家の壁に強く叩きつけた。
「うぅッ……!」
痛みによって呻く偽ヒカゲ。そして、ゆっくりと目を開けた。私は、偽ヒカゲから手を離して少し距離をとる。私の両隣に立つ火犬(中)が唸り声を上げながら偽ヒカゲに向かって威嚇している。
紺炉が私の隣で偽ヒカゲを見下ろしながら言う。
「本物のヒカゲはどこにいる?第8の隊長に化けていたのもお前か?」
偽ヒカゲは不気味に笑う。
「人間は信用できない。嘘をつく、騙す。裏切る、すぐ死ぬ。だから、太陽神が必要なんだ」
紺炉がすかさず足を上げ、偽ヒカゲの左肩を防火靴で力任せに押さえ込み、噛み付くように言葉を放つ。
「神とかクソみてェな話なんて聞いちゃいねェんだよ。俺が聞きてェ答えは一つだけだ」
「い……いたい……」
「ヒカゲをどこにやった?」
紺炉の問いに、偽ヒカゲは口を歪めて笑う。
「ほひッ……ひひひ……」
「あ?」
紺炉が偽ヒカゲを睨みつける。私は、この状況で気味悪く笑う偽ヒカゲに冷たく言い放つ。
「こんな状況でよう笑っていられるね、あんた」
「太陽神に背く原国主義のクズ共が……お前らに教えることなどない」
偽ヒカゲの着物の袖からコロロと何かが地面に転がり落ちる。それは小瓶。紺炉が目を細めた。
「小瓶……?報告書で見た”蟲”の入れ物か?中身がねェ……お前……」
ハッとして私は叫ぶ。
「紺炉!離れてッ‼︎」
それは星宮中隊長が持っていた小瓶と同じもので、小瓶の中に入っているハズの”蟲”がいないということは、”蟲”は偽ヒカゲの体内にいる。
「あはッ、ははは。はははははは」
偽ヒカゲが狂ったように笑い、呼吸は荒くなり、上半身を左右に激しくねじらせ、その身体が炎に包まれていく。
「太陽神様‼︎ 伝導者様ばんざあぁあい‼︎」
私は手に待つ槍伸縮型を構え、目の前にいる”焔ビト”の胸のコアを突き刺した。そして、槍伸縮型を一捻りして百合の炎を”焔ビト”の胸に浮かび上がらせる。タンタンタンタンと。背後から銃声が響く。火縄中隊長が冷静に撃ち込んでいる。
「炎炎ノ炎ニ帰セ」
私は、槍を”焔ビト”から引き抜く。コアを破壊された”焔ビト”は灰となり、消え去る。桜備大隊長は両手を合わせ、
「ラートム……」
と”焔ビト”に合掌した。紺炉に引っ付きながらヒナタが「キメェ」と、ボソッと呟く。紺炉が、消えていく"焔ビト"に目を向け、言った。
「クソが……なんなんだこいつは……これが人工的に”焔ビト"化するってやつか……」
「私もちゃんと見たのは、これが初めてだよ……」
私は、消え去った”焔ビト”の跡を見つめながらごくりと唾を飲み込んだ。
合掌をし終えた桜備大隊長は、紺炉に向かって言った。
「原国式じゃなくて申し訳ない」
紺炉は淡々と答える。
「構わんよ。どうせ、浅草の人間じゃねェだろ……」
紺炉の言葉に、桜備大隊長は周囲を見回しながら呟いた。
「それと、我々の誘導に町の人たちが全く従ってくれない……」
私も桜備大隊長と同じようにあたりを見回すと、町民たちが騒ぎ立てていた。
「邪魔だぞ、おめェら!とっとと、どけよ‼︎」「なんで、てめェの言うことを聞かなきゃならねェんだ‼︎」「こんな時に言い争っている場合か⁉︎」
町民たちの声は混沌とした渦の中で、聞こえないほど遠く感じた。動揺や不安が広がるこの場で、彼らをどう導けばいいのか、私たちは答えを見出せずにいた。
近くにいた若い火消しが紺炉に訴える。
「この様子じゃ、絵馬小隊長や俺たちが言ったところで、聞きゃしないですよ」
もう一人の火消しが続ける。
「それどころか、あちこち揉め事が増えていくばかりだ……」
火消しの言葉を聞きながら紺炉は、
「他にも偽物が民衆に紛れているのか?」と呟いた。私は頷いて言った。
「その可能性はあるね」
紺炉の表情には一瞬の苦悶が走る。紺炉は深呼吸し、不安を振り払おうとするかのように粒立つ声で言った。
「クソ……この町がこんなことになるなんて」
「彼らを統率できる人が必要です……」
桜備大隊長の声が耳に入る。
その言葉を聞いて、私の中で浅草をまとめるのは、あの人しかないと思った。私はゆっくりと紺炉の顔を見上げる。
「若……」
紺炉も私と同じ考えのようだ。私は槍伸縮型を持つ手をギュッと握りしめて、歩き出した。
「紺炉。桜備大隊長達と一緒にヤグラに向かって。私も後からそっちに行くから!」
紺炉の横を通り過ぎようとした瞬間、紺炉に肩を掴まれた。その手は冷たく、何かを伝えようとしていた。
「絵馬……何する気だ⁉︎」
私はゆっくりと顔だけを紺炉に向けて答えた。
「何って……鎮魂をしながら、私たちの大隊長を……浅草の”破壊王”を捜しに行ってくるだけだよ」
紺炉の手は一瞬のためらいを見せたが、やがて離れた。紺炉の背中を少しずつ遠ざかるのを見ながら、私は反対方向へ駆け出した。