第壱章
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紺炉の話に私は黙って耳を傾けていた。火消し達もいなくなり、気づけば部屋に私とシンラ、廊下に立つ桜備大隊長と火縄中隊長だけが残っていた。紺炉は思い詰めた表情で自分を責めた。
「俺が、こんな身体になってのは自分のせいなんだ。若が気にする必要はねェ」
「絵馬さんと新門隊長のためにそこまで……」
紺炉の思いを聞いたシンラは驚いた。紺炉は手を伸ばし、自分の額に置かれていたタオルを掴み、私に手渡す。
「ありがとうよ、絵馬」と言って、ゆっくりと身を起こす。
ぬるくなったタオルを受け取った私は桶にタオルを入れ、紺炉を見る。紺炉はシンラを見て言った。
「若は人を惹きつける天性の力を持っている。頭になるべき人間なんだ。そして、絵馬は自分の意思をしっかりと持ちながらも、周りをよく見て判断する。良い意味でも悪い意味でも、お人好しな人間だ。仲裁のためにこの身を張ったことも後悔はしていない」
紺炉は紅丸と私に対する感情を示すその視線を、私は改めて知る。紺炉は片眉を吊り上げ、真剣にシンラを見つめる。
「男ならわかるだろ?俺は若を担ぐためなら、絵馬を守れるならこんな安い命、いくらでも捨てられる」
私は紺炉の言葉を聞き、下を向いて拳を握りしめる。あの大災害の際、自分の身を犠牲にして私の命を守ってくれた紺炉に、何も言えなかった。鬼の”焔ビト”の前に、紺炉と紅丸がいなかったら、今の私はどうなっていたのだろう。そう考えると、私は紺炉以上に力不足でひ弱だ。
そのとき、向かい側に座っていたシンラがボソッと呟く。
「そ……そんなのダメですよ」
「お前にはまだ、わからねェんだよ」
顔を上げると、紺炉がシンラを睨んでいるのが目に入った。部屋がしんと静まりかえった。シンラは緊張しているのか、ニヒル顔になり俯きながらもぽつりぽつりと自分の思いを伝い始める。
「じ……自分は、物心ついた頃には家族を……大事なものを全て失ってしまった……。だから自分には、安い命も高い命もない……。みんな大事な命です……」
顔を上げるシンラ。その顔は、ニヒル顔ではなく真剣な顔つきをしていた。
「俺は”みんな”を救うヒーローになりたい‼︎紺炉中隊長‼︎また命を捨てようとする前に、俺を、使って下さい‼︎役に立ちたいんです‼︎」
「シンラ……!」
シンラの言葉に胸が熱く震え、強く握りしめた拳に力が込もるのを感じた。星宮中隊長の件でも、アーサーと一緒に私を励ましてくれたシンラになら、本当に”みんな”を救うヒーローになるんじゃないかと。瞳に映るシンラの姿は、とても輝いてみえた。
紺炉はとんとシンラの肩を軽く叩いた。
「……ありがとよ。お前の気持ちは、受け取った。お前にとって大事なモノができるまで頼りにするよ」
そう言って紺炉は、私の方を振り向いた。シンラの言葉に感化された私は今、ようやく言葉にする勇気が湧いた。真剣に紺炉を見つめて、決然と言葉を放つ。
「あの時、私は非力で、紺炉と紅丸を置いて逃げてしまった……でも、紺炉のおかげで今の私がいる。それでもね、紺炉、もう自分の命を無下にしないで!守られるだけの私じゃない‼︎私にとって大事なものは、紅丸とヒカヒナだけじゃない。紺炉お兄ちゃんーーあなたも大事な存在なんだから‼︎」
私の訴えを紺炉は驚きと喜びの表情で受け止めた。久しぶりに「紺炉お兄ちゃん」と呼びかけたことに照れくささを感じで、私は下を向いた。
「そうか……。ありがてェな」
紺炉はくしゃくしゃと私の頭を撫でてから、立ち上がる。顔を上げると、紺炉は着物を整えながら、
「話に付き合ってもらってる間に、気分もよくなった!いつまでも寝てらんねェ」と、気合を入れた。
廊下に立っていた桜備大隊長が、紺炉に言葉を投げかける。
「先程、新門大隊長が町へ聞き込みに行かれましたが、我々も調査に協力するわけにはいきませんか?」
「紺炉。私からもお願い」と、私はゆっくりと立ち上がって紺炉にお願いする。
紺炉は私の顔を見つめながら、横目で桜備大隊長を見て頷いた。
「構わねェよ。俺と絵馬がついていってやれば問題ねェだろ」
第8小隊と法被に着替えた紺炉と一緒に、私は浅草の町を歩いていた。その時、近くで誰かが怒鳴っているような声が聞こえてきた。紺炉も異変に気づき、辺りを見回す。
「やけに騒がしいな……なんか、揉め事か?」
私も見回し、声の主を探す。
「テメェーー‼︎なんなんだ、そのツラはよォ‼︎」
「テメェこそ、なんなんだ‼︎」
少し先の方で、ヒカゲとヒナタが口論しているのが見えた。
「クソがァアアア‼︎」
ヒカゲとヒナタは両腕を大きく振り回し、着物の袖口でべちべちと叩き合っている。
「オイ、やめろって……喧嘩か⁉︎」
ヒカヒナを見つめていたシンラが制止をかける。私は慌ててヒカヒナに問いかけた。
「ヒカゲ!ヒナタ!どうしたの?」
「ヒカとヒナが喧嘩たぁ、珍しいな……」と物珍しそうに二人を見守る紺炉。
こちらに気づいたヒカヒナが、着物の袖口でお互いを指し示しながら言った。
「あん⁉︎ヒカじゃねェ‼︎ヒカじゃねェだれかだ‼︎」
「ヒナじゃねェ‼︎ヒナじゃねェだれかだ‼︎」
「ヒカじゃなくて、ヒナじゃない?」
私は思わず聞き返した。耳を疑索しているが、どういうことか理解できない。お互いが相手を別人として認識している。
「……また、何言っている⁉︎」
私の隣に立つシンラも首を傾げ困惑している。ヒカヒナは私達に怒鳴り返した。
「こいつのどこがヒカゲにみえんだよォ、バカヤロウか‼︎テメェ‼︎コラ‼︎」
「テメェこそなにモンだ、このやろーー‼︎」
お互いを激しく睨み合うヒカゲとヒナタ。そして再び、大きく腕を振り回しながら、着物の袖口で喧嘩を続ける。
「ヒカをどこにやりやがった‼︎ヒカをかえせ‼︎命ひきちぎんぞオラ‼︎」
「ヒナをどこにやった‼︎ヒナをかえせゴラ‼︎」
ヒートアップするヒカヒナにシンラが宥めるように声を張り上げる。
「ヒカ・ヒナ!やめろ‼︎」
第8の面々も喧嘩を止めるように宥めようとするが、アーサーだけは違った。一人だけ、とても驚いている表情でヒカゲとヒナタを見つめている。すると、アーサーが一歩近づき、私に尋ねる。
「画家。動いていいか?」
「えっ?良いけどーー」
私が言い終わるよりも早く、アーサーはヒカゲとヒナタに接近してーーーー。
「ブ」
頭をわし掴み、アーサーの勢いにのせた右膝蹴りが、ヒカゲの顔面にめり込んだ。
ヒカゲは反動で後方にあった木箱まで吹っ飛ばされた。
「ええっ⁉︎」と私は驚きの声をあげる。
「いえ〜〜〜〜い♪」と、吹っ飛ばされたヒカゲを見て、ヒナタが嬉しそうに喜ぶ。
シンラが声を張り上げる前に、アーサーはさらに勢いを増した。
「気持ち悪いりィんだよ‼︎」と言って、吹っ飛んだヒカゲの頭や腹を容赦なく蹴り続けた。
突然のアーサーの行動に、「お前‼︎子供になんてことするんだ‼︎」「お前は、いいバカだと思ってたのに‼︎」「悪いバカだったんですね‼︎」第8がアーサーに掴みかかり、阿鼻叫喚状態だ。アーサーはヒカゲを指差しながら言った。
「よく見ろ‼︎ヒナタの言う通りだぞ‼︎こいつのどこがヒカゲに見える‼︎どう見たって女装してる小さなおっさんだろ‼︎」
「え」
私は驚きの声を漏らす。第8もヒカゲを見るが、ピクピクと弱々しく動くヒカゲの鼻から、鼻血が滴り落ちた。アーサーを羽交い締めして、殴り続ける第8の面々。
「どう見たってヒナタか、ヒカゲだろ‼︎」
「バカなだけじゃなく、とうとうおかしくなったか‼︎」
「これが騎士のすることですか⁉︎」
私は急いでヒカゲに駆け寄り、しゃがみ込み、声をかける。
「ヒカゲ‼︎大丈……夫?」
倒れたヒカゲの顔を見て、私は違和感が広がる。紺炉は私の隣に立ち、ヒカゲを見ると、
「ちょっと待て、第8……」と呼び止めた。
その瞬間、ヒカゲの顔がぶくぶくと膨れ上がり始めた。
「か……顔が……」
「変わっていく……」
紺炉、私が凝視する中、ヒカゲは小さなおっさんに変わり果てたのだった。アーサーから離れた第8の各々は、偽ヒカゲに驚きの声をあげる。シンラが口を開く。
「エ?ヒナタかヒカゲが、小さいおっさんに……?」
すると、ヒナタが反応した。
「あれは、ヒカゲじゃねェ‼︎」
ヒナタはシンラに抱っこしてもらいながら、偽ヒカゲをキッパリと否定する。
「だから、言ってんだろ」
私は首を捻りながら、後ろにいるアーサーを見つめる。アーサーはゆっくりと立ち上がると、身体についた砂を払った。私はアーサーに尋ねた。
「それで、私に尋ねたのね」
アーサーは私と目を合わせ、腕を組んで自信満々に、「なんたって、騎士王だからな‼︎」と喜びの声をあげた。
「こいつは一体……。顔が変わった……」
私は顔を上げると、紺炉も偽ヒカゲを見つめながら戸惑っていた。偽ヒカゲの近くに立つ火縄中隊長は冷静に分析する。
「新門大隊長が見間違えたのも、これと同じ能力を使用した者だったのでは?」
「第三世代か?こんなことをできるのは……」
桜備大隊長も偽ヒカゲを見つめ、敵を分析し始める。
「こいつ自身が顔を変える能力を持っていたのか……。それとも、他に顔を変えられる人間が……?」
紺炉は偽ヒカゲを捕まえて口を吐かせるようだ。私は偽ヒカゲから離れ、立ち上がり、皆の顔を見る。そして言った。
「もしかしたら、もう浅草で何かが始まっているかもしれない」
再び偽ヒカゲを見つめ、私は本当の戦いはここから始まることを感じ取った。