第壱章
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”焔ビト”を鎮魂している間に、いつの間にかあたりは薄らと明るくなってきた。
朝日が差し込み、町を淡白色にゆっくりと染めていく。私の手足も、朝日に照らされた。30分前にドォォォンという轟音が鳴ってから、浅草の町はシンと静まり返っている。
「絵馬ちゃん!」
誰かが私の名を呼んだ。振り返ると、壮年の火消しと、その隣に立つ男。男は、防火服を着て、首に笛を掛け、”4”とエンブレムがついたヘルメットを被っている。私は、その男に尋ねた。
「あんた……特殊消防隊か?」
「そうだ。今、ここを仕切っているのは貴方だと伺って来た」
私は、特殊消防隊の男の胸ぐらを思いっきり掴み、怒鳴った。
「あんたら来るのが遅ェんだよ‼︎その間に何人の町民がーー」
「よさねェか、絵馬ちゃん!」
壮年の火消しが、私の肩を掴み止めに入る。壮年の火消しに言われ、私は特殊消防隊の男を睨んだまま胸ぐらから手を放す。特殊消防隊の男は、胸元を整えると、何事もなかったように私に言った。
「我々は、大隊長の指示により、先に浅草に来て”焔ビト”の鎮魂と人命救助、消火活動の加勢にきた。状況を簡単でいいので教えて欲しい」
私は特殊消防隊の男から視線をそらし、辺りを見つめる。炎の壁に避難している町民たち。その近くに立つ特殊消防隊の隊員たちを見つめながら言った。
「……一晩で浅草の町民が次々と”焔ビト”になり、町中が炎に包まれたんだ。それで私は、川に避難してきた町民達をここにいる火消したちと一緒に、”焔ビト”から守っていた」
「なるほど。……あの炎の壁は?」
「私が作った」
私は手に待つ槍伸縮型を地面にタンッと叩いて、炎の壁を解除する。
「ピー、ピッピッ。ピピー」
突然、笛の音が響き、顔を上げると、特殊消防隊の男が首に下げていた笛を吹いて私を見ていた。私は眉間にしわを寄せながら、
「……なぜ笛を吹いたの?」と言った。
私が求めていた返答とは違う答えが返ってきた。
「ピー。いい能力を持っているな、貴方」
「はぁ……」
何、この笛吹き男。まだ口に笛咥えているよ。ちょっと怖いんだけど。私は、笛吹き男から数歩距離をとる。
笛吹き男は、浅草を見て何かを思い出したように言った。
「そう言えば……ここにピー、町中の方でもの凄い音が聞こえたんだが」
笛吹き男の言葉で私はハッとする。紺炉!紅丸!紺炉の所に行かなくちゃ。私は槍伸縮型を小さくし、壮年の火消しと笛吹き男に向かって言った。
「他の火消しにも伝えて!音が止まったから消火活動にまわってと‼︎そこにいるあんたは、火消し達と一緒に消火活動を手伝って‼︎」
そう言い残し、二人の返事を待たずに私は浅草の町に向かって走り出した。
「紅丸……紺炉……」
私は辺りを見回した。まだ”焔ビト”が潜んでいるかも知れない。周りに目を配り注意を払いながら、二人を捜す。
「あれは……」
私は右前方に目を凝らした。一人の男が座り込んでいるのが見える。”焔ビト”ではないようだ。私はもう少しだけ男に近づく。そして、私は無意識に駆け出していた。
「紺炉ッ‼︎」
しゃがみ込み、槍伸縮型を地面に置いてゆっくりと紺炉の顔を覗き込む。
「紺炉ッ!ねェ、しっかりして!」
叫び続ける私に、紺炉はうっすらと目を開いた。
「絵馬か……無事だったか……?」
紺炉は呼吸を乱しながらも苦笑いを浮かべる。ボロボロ姿の紺炉を見つめながら、私は唇を噛み締めて言った。
「うん……私も川に避難した皆も無事だよ」
「そうか……」
「紺炉。鬼の”焔ビト”は……どうなったの?」
紺炉は、ゆっくりと左腕を垂直に上げ、ある場所を指差した。その方向を辿って行くと、その光景に私は目を疑った。その時、ドンと何かが吹き飛ぶ音が響いた。
私は音がした方へ目を逸らし、崩壊した家を見上げる。そこには、見覚えがある男が、崩壊した家から這いつくばって現れる。私と目があった。紅丸だ。
「絵馬‼︎紺炉‼︎」
紅丸は私たちの名を叫ぶと、立ち上がってこちらに駆け寄った。私が無事なのを確認すると、紅丸は紺炉を真剣な眼差しで見つめた。
「紺炉‼︎無事か‼︎あの”焔ビトは⁉︎」
紺炉は紅丸の存在に気づき、視線だけ紅丸に向ける。
「ああ……紅……なんとかな……」
紺炉は苦しい顔をしながら、ちょっぴり微笑んだ。紅丸は紺炉の両肩に視線を移した。
「身体が炭化しているじゃねェか……」
紺炉の上半身。主に、両肩は”発火限界”になっても能力を使用し続けた代償として皮膚が剥がれ、赤黒くなっていた。紅丸は下を向いて、自分の気持ちを必死に堪えているようだった。声が震えていた。
「なんでだよ、紺炉……。俺も絵馬も一緒に戦えば…………お前が、こうまでボロボロにはならなかったはずだ」
私は「紅丸……」と呟く。
紅丸はちらっと私を見てから、再び紺炉を見つめた。
「なんで俺にもやらせなかった……」
紺炉は私を見て、そして、ゆっくりと紅丸を見つめて優しく言った。
「絵馬と紅をよぉ……こんなところで、失うわけにはいかねェんだ」
「紺炉だからって……」
私は自分自身が情けなくなって奥歯を噛み締める。そして、紺炉の手をギュッと握り締めた。
「馬鹿野郎‼︎俺は、こんなところじゃ潰れねェし……お前が潰れてどうすんだよ‼︎」
自然と紅丸の口調が強まっていった。紅丸は続けて言った。
「みんなお前がいるから、ついてきたんだぞ……紺炉が、こんなになっちまったら、これから誰が浅草を仕切ってくんだよ‼︎」
紺炉がカッと目を開き、私の手を振り解いて、紅丸の胸ぐらを思いっきり掴んだ。紅丸をぐいと引っ張り、ゴッと鈍い音を立てて紅丸と紺炉の額がぶつかり合う。紺炉は紅丸を睨みながら、静かに力強い声で言った。
「お前がやるんだよ、紅丸……」
暫くして、”4”とエンブレムがついたヘルメットと刺繍された防火服を身にまとった特殊消防隊の団体が現れ、人命救助と炎で燃え上がっている場所の鎮火にあたった。
「家の下敷きになっている住民がいないか捜せ!」
「”焔ビト”もまだ残っているかもしれない‼︎」
隊員同士で協力しあいながら行動する特殊消防隊を見ながら、紅丸は小さく呟いた。
「特殊消防隊……」
「全部、終わってから来やがって……」
紺炉は彼らを見て呆れ果てていた。ふと私の背後に人の気配を感じて振り向くと、反射する丸眼鏡と顔の多くの面積を占める傷を持つ老男性がそこに立っていた。老男性は特殊消防隊と同じ防火服を着用し、私たちを見下ろしながら口を開く。
「第4特殊消防隊大隊長、蒼一郎 アーグだ。紺炉君だな。君が、ここの自警団の代表か?」
「あぁ……」紺炉は頷く。
第4の大隊長は私を見つめ、
「絵馬君……であってるかい?」と言う。
私はゆっくりと頷いた。第4の大隊長はそのまま言葉を続ける。
「絵馬君。君を保護して皇国に連れて帰るように、君の親族から依頼があった。それから、皇国の宣旨により、君ら、浅草の火消しを正式に第7隊として特殊消防隊に迎える」
「わ、私が皇国に?」
第4の大隊長の言葉に、私は愕然とし、素っ頓狂な声を上げていた。紅丸は第4の大隊長に怒鳴る。
「なんだと‼︎ふざけんじゃねェ‼︎」
紺炉は手を上げて紅丸を静止する。
「紅……‼︎少し待ってくれ」
紺炉は私をゆっくりと見てから、第4の大隊長に向かって低い声でこう言った。
「絵馬が皇国に連れて帰るように依頼したのは、本当に絵馬ンとこの親族か?」
第4の大隊長は目を細める。
「……”母方の叔母”からの依頼と言えば、分かるかな」
「お母ぁの……」と私は洩らす。紺炉はちょっと間を置いて、
「……あぁ」と深く頷き、言葉を続けた。
「それなら良い。後は絵馬が決めることだ。……話を戻すが、俺達を第7に?それで、こちらになんの得があるんだ」
第4の大隊長は私たちを見つめながら、冷淡な口調で言った。
「皇国正式の隊になれば金銭面はもちろん、物資や装備の支給に、優秀な人員も補充される。断る理由など見つからないと思うが?」
紺炉は片眉を釣り上げて答えた。
「すぐに答えは、出せねぇな……。考えさせてくれ」
私も紺炉に続くように言う。
「私も……」
「君たちのような猛者が仲間になれば、我々も心強い。よい答えを待っている」
そう言うと、第4大隊長は町中に消えて行った。お母の親族が皇国にいることは知っていたが、まさか私を皇国に連れ帰る依頼をしているとは思わなかった。小さい頃に何回か会った程度の関係なのに。俯く私に紅丸が問いかける。
「おい、絵馬!まさか、皇国に行くのか⁉︎」
「待って、紅丸。まだ……私自身が良く理解できていないから」
私は首を左右に振る。紅丸はそれを見て、紺炉に視線を移す。
「紺炉。皇国の犬になる気か……‼︎」
紺炉は冷静な口調で答えた。
「俺たちが正式な隊として動いていれば、今回の被害も少しは減らせたかも知れねェ。皇国が俺たちを利用する気でいるなら、俺たちも逆に利用してやればいい」
「逆に利用する」と私は声を漏らし、立ち上がってその場でゆっくりと振り返る。目の前には、瓦が吹き飛び、崩壊している家。地面が抉れ、ぼっこりと月が墜落した痕のような巨大な穴。この穴は紺炉の能力でできたものだ。私が先程見た光景がここにある。
私はゆっくりと目を閉じる。火消し隊が正式な隊になれば、浅草の被害も減らせれるようになるだろうし、金銭面もなんとかなると第4の大隊長は言っていた。そして、皇国にいるお母ぁの叔母が、私の保護を依頼してきたとなれば、私はどっちみち皇国には行かなければならないだろう。そうなれば、ずっと浅草で暮らす事は難しくなる。ならば、火消し隊が第7隊になろうがならなかろうが、どっちに転んでも対応できるように、私は私の出来ることをしよう。
心に決意が芽生えた瞬間、私の拳が軽く震える。そして、今まで見慣れた町並みが急に遠い存在に感じられる。浅草、幼い頃からの思い出が詰まったこの町を離れることになるのかーーそう考えると胸が痛む。
目を開け、荒れ果てた浅草の町を見つめながら紺炉と紅丸に言った。
「紺炉、紅丸。私はーーーー皇国に行くよ」
その言葉を最後に、二人は複雑そうな表情を私に向ける。そして私は第4小隊と一緒に浅草を後にした。