第壱章
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涙を拭いながら、私は両親と同じように”焔ビト”になった町民たちを一人ずつ鎮魂していった。紅丸が静かにその背後を支え、私の手を取って、紺炉が待つ場所に向かって歩いていた。
「紺炉!」
紅丸が突然、何かを察したように声をあげると、彼は一気に駆け出し、紺炉を狙う“焔ビト”を前に発火能力を使い、その姿を一瞬で鎮魂してしまった。
紺炉はその後、目の前にいた“焔ビト”を素早く鎮魂した後、私たちの方を振り返る。
「紅!絵馬は……」
少し息が乱れている紺炉。紅丸が悔しそうに目を逸らすのを見て、私はその顔を見ているのが辛くて、視線をうつむけた。紅丸の悔しげな表情、そして私の泣きじゃくった顔に、紺炉はそのすべてを悟ったのだろう。彼は言葉を少し切ってから、私の前にゆっくり寄り添い、ポンと軽く頭を撫でた。
「絵馬、すまねェな……。親父さんとお袋さんの所に早く帰らせてやれれば……」
「ううん……。紺炉、そうだったとしても…お父ぅとお母ぁはもう、”焔ビト”になってた……」
「……そうか」
彼は静かに頷いてから、私の頭を一撫でして、手を離した。再び紅丸の方に歩み寄り、軽く肩を叩く。
「すまねェな、紅」
その一言が、紅丸の胸を軽く打ったようだった。紅丸は、ほんの少しだけ目を閉じ、そしてかすれた声で答える。
「あぁ……」
その後、私たちは無言のまま、目の前の“焔ビト”たちを一人、また一人と鎮魂していった。手のひらが冷たく震えながらも、私は何度も自分に言い聞かせるように目を閉じた。涙が止まらなくても、足を動かし続けるしかなかった。
どれくらい時間が経ったのだろう。空はすでに暗く、浅草の町に浮かぶ炎が、まるで悪夢のように燃え上がり、黒煙が不気味に漂っている。まさに地獄のような光景だった。
「キャアアアアア‼︎」
「川まで走れェ‼︎」
“焔ビト”から逃げる町民たち。その近くに突如現れた新たな“焔ビト”。
「火猿‼︎」
私は無意識にその名を呼ぶ。火猿は吼えると、瞬時にその“焔ビト”のコアを狙い、一撃を放つ。その“焔ビト”はあっという間に灰となり、風に流され消えていった。私はその光景を目の前にしながら、手に持つ槍の感触に力を込める。
「ごめん……。お父ぅとお母ぁと一緒に……見守っていて」
涙がまた溢れそうになるのを必死に堪え、灰が熱風に乗って、黒煙の中へ消えていくのを見つめる。周囲を見回すと、荒い呼吸をし、顔を歪めた紅丸と紺炉が目に入った。私はすぐに二人の元へ向かって駆け寄る。
「……紅丸」
紅丸がこちらを振り向く。汗だくで、顔色がすっかり疲れ切っていた。それは私も変わらない。紅丸は荒い息をつきながら、どこか遠くを見つめ、
「どうなってやがる……なんで、一晩でこんな”焔ビト”化が起きるんだ」と言った。
「分からない……鎮魂しても、近くにいた町民が”焔ビト”になっていたし……」
私の言葉を聞き、紺炉が静かに周囲を見渡しながら、落ち着いた声で言った。
「とにかく今は、町民を無事に避難させねェと……」
その言葉が終わるや否や、近くにいた壮年の火消しが、息を切らしながら走り寄ってきた。
「紺さん‼︎浅草の外からも”焔ビト”がここに向かってきてんだよ‼︎」
「こんなこと、今までなかったッス‼︎」
続けて若い火消しも驚き、声を上げる。
「特殊消防隊は……あいつら、いつになったら来るんだ……‼︎」
この状況に苛立つ紅丸。まだ来ない特殊消防隊に文句をぶつける。紺炉は、私と紅丸を見て深いため息をつきながら呟いた。
「あてにしてられねェ……俺たちでやるぞ!」
その瞬間、町民の男が紺炉を見つけ、慌てた様子でこちらに駆け寄った。
「紺ちゃん!はやく火事を止めてくれ‼︎このままじゃ、町が燃えちまう‼︎」
「無理言うな‼︎人命救助に鎮魂!全部、紺さんと紅と絵馬ちゃんの三人でやってんだ‼︎」
壮年の火消しが怒鳴りつける。その横で、紅丸は肩を叩きながらゆっくりと町民の男の方に歩み寄り、口を開いた。
「ったく……次から次と……今、行く……」
「紅……‼︎」と壮年の火消しが言葉を詰まらせ、紅丸を心配そうに見つめる。
紅丸はフラフラとした足取りで、ヨロヨロと歩き、すぐ近くにあった木箱にもたれかかる。
「クソ……息が…………いくら吸っても、酸素が……入ってく、気がしねェ…………」
言葉が途切れ途切れに、紅丸は必死に空気を求めるように言った。私は急いで駆け寄り、背中をさする。
「紅丸‼︎もういいよッ!少し休んでて‼︎」
「”発火限界”か……紅は、ここに残っていろ!」
紺炉が荒い呼吸をしながらも、辛そうな表情で紅丸を見下ろす。紅丸は顔を上げ、目を大きく見開き、怒気を込めて言う。
「馬鹿野郎‼︎お前も似たようなもんだろ‼︎」
「紅よりかはマシだ……」
紺炉の言葉は弱々しく、彼もまた息を切らし、身体が限界に近いことを悟らせた。私はその場から離れ、少しでも二人に負担をかけないよう、数歩前に出た。火猿が並んで、私の横に立つ。
「二人はここで少し休んでて。代わりに私が行く!」
「何言ってやがる絵馬‼︎お前だって……使える炎が……限られているだろうが……」
紅丸は途切れ途切れに声を喉に詰まらせる。紅丸はもう、いつ倒れてもおかしくない状態だ。
「第三世代の二人よりは、私の方がまだ体力も残っている!近くに炎があればそれを利用して、十二炎も出せるから‼︎」
私は強気の言葉を口にして、少しでも安心してもらおうと、振り返りながら二人に言う。自分にも言い聞かせるように、力強く。
「大丈夫!」
紺炉はその言葉に反応し、悲痛な声で叫んだ。
「絵馬!紅と一緒にここに残ってろッ‼︎俺がーー」
その時、突然、先ほどの町民の男が目的の場所を指差し、慌てて叫んだ。
「紺ちゃん‼︎こ……こっちだ……」
その瞬間、曲がり角に立っていた町民の男に向けて、ゴウと炎火が押し寄せた。男は瞬時に炎に包まれ、あっという間に焼け落ちていった。骨も残らず、完全に消え去った。その光景を前に、私はただ呆然として立ち尽くしていた。
私の心臓が、激しく脈打ち始めた。曲がり角から、何かが現れる。それは、ゆっくり、確実に姿を見せていた。
「なんだ、あいつは……」
紺炉の困惑した声が後ろから聞こえてきた。その瞬間、喉がカラカラに乾き、言葉が一切出なくなる。全身に重くのしかかる震え。それを必死に抑えようと、槍伸縮型をしっかりと握り締めた。しかし、震えは止まらない。私の目には、それがはっきりと映っていた。
”焔ビト"だ。いや、違う。頭に二本の角が生えた”焔ビト"だ。
「鬼の……”焔ビト”……」
無意識に、私はその言葉を呟いていた。それが最悪の事態を引き起こす。鬼の”焔ビト”は、その場でぴたりと足を止め、こちらを振り向く。その視線が、私と重なるのがわかった。凶暴な眼差しに、私は思わず息を呑んだ。
その瞬間、何かが私の法被の襟を掴み、強引に後ろに引っ張られた。次の瞬間、私は勢いよく後ろに投げ飛ばされていた。
右腕が地面に擦れて、激しい痛みが走る。
「いった……」
顔をしかめながら、私は立ち上がろうとした。その時、壮年の火消しと若い火消しが、駆け寄ってきて、私を支えてくれた。
「絵馬ちゃん‼︎」
その声が、私の耳に届いた。だが、すぐに前方で響く、紅丸の叫び声。
「紺炉‼︎」
顔を上げると、紺炉が能力を発動し、紅丸を家ごと、遠くに吹き飛ばした。紅丸は粉々に崩れた家の下敷きになり、その姿は見えなくなった。
「紅丸ッーー」
「絵馬‼︎火消したちと一緒に川に向かって走れッ‼︎」
紺炉が私の言葉を遮り、突き放すように言う。私は叫んだ。
「でも!紅丸と紺炉がッ⁉︎」
「でもじゃねェッ!‼︎絵馬!町民が最優先だ‼︎」
紺炉は私に背を向け、強く言い放った。心の中で、無意識にその言葉が反響する。紺炉と紅丸を置いて、私だけ逃げるなんてできない。そんな私のためらいを打ち消すように、
「何を迷っている!走れ‼︎絵馬ッ‼︎」と怒鳴るように叫ぶ紺炉。
その言葉が、私の胸に深く突き刺さる。火消し二人が、両肩を支えて立ち上がらせてくれる。涙がこぼれ、私はその涙をこらえきれずに流しながら、声を詰まらせた。
「合点……承知‼︎」
右肩の痛みを感じながら、私は唇を噛みしめる。紺炉が鬼の”焔ビト”に立ち向かう後ろ姿を見ながら、心の中で強く誓う。絶対に負けないで、必ず生きて戻ってきてほしい。涙を拭い、私は火消し二人と火猿を引き連れて、川に向かって走り出した。
川は、予想以上に多くの人々でごった返していた。年齢や性別に関係なく、さまざまな町民たちが必死に避難しようとしている。その中で、私は槍伸縮型を使い火猿を消し、川のほとりに立つ。すぐに十二炎を呼び出した。
「踊れ!火猪‼︎3匹だ‼︎」
空中に描いた絵から、炎に包まれた巨大な猪が現れる。その猪は、ズシンと大地を揺らすような音を立てて、炎の力を増しながら川のほとりから向こう岸まで、炎の壁を作り上げる。壁の幅は三十メートルほどに達し、炎が揺らめくその様子を見た町民たちがざわめき始めた。
私はくるりと町民たちの方に振り向き、大声で叫んだ。
「みんなーーッ‼︎ この炎の壁の中に隠れてて‼︎ こっちに向かってくる”焔ビト”は私が何とかするからーー‼︎」
「絵馬ちゃん!紺炉さんと紅丸ちゃんは?」
「絵馬ちゃんだけで大丈夫なのかい?」
町民たちは、炎の壁に隠れながら、ここにいない紺炉と紅丸の安否が気になっている様子だ。その不安を少しでも和らげようと、私は一人ひとりに微笑みかけながら言った。
「大丈夫だよ。紺炉と紅丸は今も最前線で”焔ビト”の鎮魂と人命救助をしているからさ! 私は二人を信じてる‼︎ だから、安心して」
私の言葉に、町民たちは少しだけ安心した様子で、炎の壁の中へと避難していく。その時、遠くでドォォォン、ズウゥゥンと、轟音と共に衝撃が響き、川まで振動が伝わってきた。
「きゃあああ‼︎」「うわぁぁ‼︎」
町民たちの悲鳴が飛び交う中、私は舞い上がる土煙を見つめていた。その視界の中で、壮年の火消しと若い火消しが、心配そうに私を見ていた。
「あの方角は……紺さんがいる場所。紺さん、あの鬼のような”焔ビト”を一人で……本当に大丈夫なんか?」
「……あんなの見ただけで……オレ、手が震えまくりだったッス……」
若い火消しは、自分の手で自分の両肩をギュッと掴みながら震えていた。私は、炎炎と燃え上がる浅草の町をじっと見つめ、心の中で決意を固める。
「紺炉が頑張っているんだ。私だって……」と呟き、横目で再び二人の火消しと炎の壁の中に避難している町民たちを見た。そして、くるりと振り返り、みんなの方へ向き直ると、両手を広げ、大きく強い声で言った。
「ここは、絶対に私が守ってみせる‼︎だから、皆!私と紺炉と紅丸を信じて‼︎」
町民たちは、少しの間、お互いの顔を見合わせた。
「俺は信じるぞ‼︎」
壮年の火消しが、私の隣に立った。その隣に、さっきまで自分の肩を抱いていた若い火消しも並ぶ。
「オ、オレもッス‼︎」
他の火消し達も、彼らに続いて横に並び始めた。
「紺さんと紅が守っている浅草を俺らも守るぞーー‼︎」「よっしゃあ、やってやる!」「絵馬に続くぞーー‼︎」
彼らの視線が、私に集中する。そこには不安と恐怖が見え隠れしているが、それでも私と同じように、紅丸と紺炉を信じ、私の隣に並んでくれている。この瞬間、浅草の火消したちの強さを、改めて実感した。
炎の壁の中で、町民たちが私たちに手を合わせて祈っている。その期待と願いを胸に、私は再び炎に燃え上がる浅草の町を見据えた。
「こっちに向かってくる”焔ビト”は絶対に町民達には触れさせないように‼︎」
「合点!承知‼︎」
火消し達が、一斉に声を合わせ、私の後に続いた。