第壱章
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涙を拭いながら、両親と同じように”焔ビト”になった町民たちを鎮魂していく中、私は紅丸に連れられて紺炉がいる場所に向かっていた。
「紺炉!」
紅丸が紺炉の背後を狙う”焔ビト”に向かって駆け出し、発火能力を使用して”焔ビト”を鎮魂する。紺炉は目の前にいた”焔ビト”を鎮魂してからこちらを振り向いた。
「紅!絵馬は……」
少し息が乱れている紺炉。紅丸の悔しそうな表情と私の泣きじゃくった顔を見て、紺炉は何か悟ったのだろう。私の前に寄り添い、ポンと頭を軽く置いてから言った。
「絵馬、すまねェな……。お前ェさんを早く、親父さんとお袋さんの所に帰らせとければ……」
「ううん……。紺炉、そうだったとしても……お父ぅとお母ぁは”焔ビト”になってた……」
「……そうか」
紺炉は私の頭を一撫でしてから手を離し、紅丸に近づいて、「すまねェな、紅」と紅丸の肩を叩いた。
「あぁ……」
紅丸がぼそりと呟いた後、私たちは"焔ビト”になった町民たちを一人、また一人と鎮魂していった。
どれくらい時間が経ったのだろう。空は黒んで、真っ暗な浅草に炎があちらこちらで燃え上がり、黒煙が漂う。まるで地獄のようだ。
「キャアアアアア‼︎」
「川まで走れェ‼︎」
”焔ビト”から逃げ惑う町民たち。その近くに突如現れる”焔ビト”。
「火猿‼︎」
私は火猿の名を呼ぶ。火猿は吼えると”焔ビト”のコアを狙って一撃を放つと、”焔ビト”は灰と化して消えていく。それを見つめながら槍伸縮型を持つ手に力が入る。
「ごめん……。お父ぅとお母ぁと一緒に……見守っていて」
灰は熱風に流されて、黒煙の中に消えていった。周囲を見渡すと、荒い呼吸をし、顔を歪めている紅丸と紺炉を見つけて急いで二人の元へ向かう。
「……紅丸」
こちらを振り向いた紅丸は、全身汗だく。表情は疲れ切っている。それは私も変わらない。紅丸は、荒い呼吸を繰り返しながら、
「どうなってやがる……なんで、一晩でこんな”焔ビト”化が起きるんだ」と言った。
「分からない……鎮魂しても、近くにいた町民が”焔ビト”になっていたし……」
私の言葉を聞きながら、紺炉が周囲を見渡して言う。
「とにかく今は、町民を無事に避難させねェと……」
近くにいた壮年の火消しが戸惑いながら、
「紺さん‼︎浅草の外からも”焔ビト”がここに向かってきてんだよ‼︎」と口にする。
「こんなこと、今までなかったッス‼︎」
壮年の火消しに続くように若い火消しも驚いていた。
「特殊消防隊は……あいつら、いつになったら来るんだ……‼︎」
この状況に苛立つ紅丸。まだ来ない特殊消防隊に文句をぶつける。紺炉は、私と紅丸を見て呟いた。
「あてにしてられねェ……俺たちでやるぞ!」
その瞬間、町民の男が紺炉を見つけて、慌ててこちらに向かってきた。
「紺ちゃん!はやく火事を止めてくれ‼︎このままじゃ、町が燃えちまう‼︎」
「無理言うな‼︎人命救助に鎮魂!全部、紺さんと紅と絵馬ちゃんの三人でやってんだ‼︎」
と怒鳴る壮年の火消し。紅丸は、壮年の火消しの肩に手を乗せて、町民の男の方にゆっくりと歩き出す。
「ったく……次から次と……今、行く……」
「紅……‼︎」と言った後、壮年の火消しは言葉を詰まらせ、心配そうに紅丸を見つめる。
紅丸はおぼつかない足取りでフラフラと歩き、ヨロケてすぐ側にある木箱にもたれかかった。
「クソ……息が…………いくら吸っても、酸素が……入ってく、気がしねェ…………」
紅丸は息を乱しながら、言葉が途切れる。私は紅丸に駆け寄り、紅丸の背中をさする。
「紅丸‼︎もういいよッ!少し休んでて‼︎」
「”発火限界”か……紅は、ここに残っていろ!」
息も荒く辛い表情を浮かべながらも、紺炉は木箱にもたれかかる紅丸を見下ろした。紅丸は顔を上げ、ハッと大きく目を見開いて紺炉に向かって言った。
「馬鹿野郎‼︎お前も似たようなもんだろ‼︎」
「紅よりかはマシだ……」
そう言う紺炉だが、紅丸と同じように息を乱している。私は息をグッと飲み込み、紅丸から離れて紺炉の横を通り過ぎ、数歩前に出で二人に背を向ける。私の隣に火猿が並ぶ。
「二人はここで少し休んでて。代わりに私が行く!」
「何言ってやがる絵馬‼︎お前だって……使える炎が……限られているだろうが……」
紅丸は途切れ途切れに声を喉に詰まらせる。紅丸はもう、いつ倒れてもおかしくない状態だ。
「第三世代の二人よりは、私の方がまだ体力も残っている!近くに炎があればそれを利用して、十二炎も出せるから‼︎」
強気の口調でいった後、「大丈夫!」と二人に少しでも安心してもらうように、そして、私自身にも大丈夫だと言い聞かせるように言って、二人に振り向く。
紺炉は私を見つめ、悲痛な声を上げて言った。
「絵馬!紅と一緒にここに残ってろッ‼︎俺がーー」
私は紺炉から目を逸らし、前を向く。先程の町民の男が、紺炉の言葉を遮って、目的の場所を指差しながら、
「紺ちゃん‼︎こ……こっちだ……」と言っていた。その時だ。
曲がり角に立っていた町民の男に向かってゴウと炎火が押し寄せ、町民の男があっという間に炎に包み込まれ、焼け落ちた。骨も残らず、跡形もなく消えた。その光景に私はただ呆然としていた。
私の心臓が激しく音をたて始める。曲がり角から何かが見える。それがゆっくり、ゆっくりと姿を現す。
「なんだ、あいつは……」
紺炉の戸惑う声が後ろから聞こえてくる。その瞬間、喉がカラカラになり、言葉が一つも出なくなった。全身にくる大きな震え。それを抑えるかのように、槍伸縮型を持つ手をギュッと握り締める。しかし、少しも震えが止まらなかった。私の目にははっきりと映っていた。
”焔ビト”だ。否。頭に二本の角が生えた”焔ビト”だ。
「鬼の……”焔ビト”……」
と私は、無意識にそう呟いていた。それが最悪の事態を引き起こした。鬼の”焔ビト”は、その場でピタリと足を止めてこちらを振り向き、視線が合ったのが分かった。その凶暴な眼差しに目があった瞬間、私は誰かに法被の襟を掴まれ、強く後ろに引っ張られながら、後方に勢いよく身体を投げ飛ばされた。
右腕を擦りむいた私は、「いった……」と顔をしかめる。
「絵馬ちゃん‼︎」と壮年の火消しと若い火消しが私に駆け寄ってくる。
「紺炉‼︎」
紅丸の声が響いた。顔を上げると、紺炉が能力を発動し、紅丸を家ごと遠方に吹き飛ばしたのだ。紅丸は粉砕した家の下敷きになる。
「紅丸ッーー」
「絵馬‼︎火消し達と一緒に川に向かって走れッ‼︎」
紺炉が私の言葉を遮り、突き放すように言う。私は叫んだ。
「でも!紅丸と紺炉がッ⁉︎」
「でもじゃねェッ!‼︎絵馬!町民が最優先だ‼︎」
と紺炉は私に背を向けたまま、強く言い放った。紺炉と紅丸を見捨てて私だけ逃げることなどできなかった。そんな私のためらいを打ち消すように、
「何を迷っている!走れ‼︎絵馬ッ‼︎」と怒鳴るように叫ぶ紺炉。
火消し二人に両肩を支えられ立ち上がった私は、涙を流し、声を詰まらせながら、
「合点……承知‼︎」
と、右肩の痛みと共に唇を噛み締める。鬼の”焔ビト”に立ち向かう紺炉の後ろ姿に、絶対に負けないでと思いを込めて、涙を拭い、二人の火消しと火猿を引き連れて川に向かって走り出した。
川は、予想よりも多くの人でごったがえしていた。老若男女様々だ。火猿を槍伸縮型で消して私は川のほとりに立ち、新たに十二炎を呼び出した。
「踊れ!火猪‼︎3匹だ‼︎」
空中に描いた絵から炎に包まれた巨大な猪がズシンと音を立てて現れる。火猪が吼え、その体は十二倍程の大きさになり、川のほとりから向こう岸までの炎の壁を作り上げた。壁は縦横で幅三十メートルくらい。炎の壁の出現に、町民たちはざわざわし始める。
私はくるりと町民達の方へ振り向き、大声で叫んだ。
「みんなーーッ‼︎この炎の壁の中に隠れてて‼︎こっちに向かってくる”焔ビト”は私が何とかするからーー‼︎」
「絵馬ちゃん!紺炉さんと紅丸ちゃんは?」
「絵馬ちゃんだけで大丈夫なのかい?」
町民たちは炎の壁に隠れながら、ここにいない紺炉と紅丸の安否が気になるようだ。その不安を少しでも和らげれるため、私は一人一人に、
「大丈夫だよ。紺炉と紅丸は今も最前線で”焔ビト”の鎮魂と人命救助をしているからさ!私は二人を信じてる‼︎だから、安心して」と優しく笑って言った。
町民たちは、私の顔を見て少しだけホッとしたような表情を浮かべ、炎の壁に入っていく。遠くでは、ドォォォン、ズウゥゥンと大音響の轟音と衝撃が起こり、私がいる川まで振動が響く。
「きゃあああ‼︎」「うわぁぁ‼︎」町民達の悲痛な声が飛び交う。
「絵馬ちゃん」
町中で舞い上がる土煙を眺めていた私は振り返る。壮年の火消しと若い火消しが心配と不安を隠せない表情でこちらを見ていた。
「あの方角は……紺さんがいる場所。紺さん、あの鬼のような”焔ビト”を一人で……本当に大丈夫やろうか?」
「あんなの見ただけで……オレ、手が震えまくりだったッス……」
若い火消しは自身の手で、自分自身を抱きしめるかのように両肩をギュッと掴む。私は、炎炎とあちらこちらで燃え上がる浅草の町を見つめながら、
「紺炉が頑張っているんだ。私だって……」と言い、横目でもう一度二人の火消しと炎の壁の中に避難している町民達を見る。そして、くるりとみんなの方へ振り返り、両手を横一杯に大きく広げて、強い口調で言った。
「ここは、絶対に私が守ってみせる‼︎だから、皆!私と紺炉と紅丸を信じて‼︎」
みんながお互いの顔を見合う。
「俺は信じるぞ‼︎」
私の隣に壮年の火消しが立つ。その隣にさっきまで自分の肩を抱いていた若い火消しが並ぶ。
「オ、オレもッス‼︎」
それを見ていた他の火消し達も彼らに続くように横に次々と並び始める。
「紺さんと紅が守っている浅草を俺らも守るぞーー‼︎」「よっしゃあ、やってやる!」「絵馬に続くぞーー‼︎」
彼らの視線が私に向けられる。そこには不安と恐怖が垣間見えるが、それでも私と同じように紅丸と紺炉を信じ、私の隣に並ぶ。これが浅草の火消し達の強さだと、改めて感じた。
炎の壁に隠れる町民たちが、私達に向かって手を合わせる。浅草を守ってくれと。その期待と願いを受け、私は再び炎に燃え上がる浅草の町に向き直った。
「こっちに向かってくる”焔ビト”は絶対に町民達には触れさせないように‼︎」
「合点!承知‼︎」
火消し達が、一斉に声を合わせ私の後に続いた。