第壱章
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紺炉は布団の上に横たわり、布団の横に両膝をついた私は、紺炉の額の上に濡らしたタオルをそっとのせる。
「紺炉と絵馬に免じて、今は勘弁しといてやる」
私は首だけ振り返ると、紅丸が廊下から部屋を覗き込んで近くにいた桜備大隊長、火縄中隊長、シンラに向かって言っていた。私と目が合うとふいっと視線を逸らして、紅丸は、
「町の人間に話を聞いてくる。疑いが晴れるまで浅草を離れるなよ」と言った。
「紅丸。私の火犬をーー」
「いらねェ。用があるなら、絵馬が来い」
そう言って紅丸は、紺炉の部屋から姿を消した。私は、ハァとため息を吐いて紺炉の方へ振り向くと、紺炉は、紅丸を見つめて何かを言いたそうな表情をしていた。
ふと誰かが紺炉の右隣に両膝をついた。顔を上げると、シンラが心配そうに紺炉を見下ろして呟く。
「大丈夫ですか……?」
「あぁ……このくらい。しばらく体を冷やして安静にしてりゃ問題ねェ」
紺炉はシンラを見て、それから私を見て目をゆっくりと閉じた。ぽつりと呟く。
「全く、若は聞かん坊だからな……いつまで経っても、変わらねェ」
とため息を吐き、目を開ける。シンラは紺炉の肩に視線を向けて言った。
「紺炉中隊長のその身体……何があったんですか?」
紺炉の代わりに私がシンラに答える。
「灰病だよ」
「灰病……」
シンラの疑問を読み取ったのだろう。紺炉は悔しそうな声で呟いた。
「”発火限界”を迎えてなお、能力を使い続けると身体が灰化する。全部、俺の力不足だ」
私は紺炉の言葉に、膝の上にのせた拳を握り締める。シンラが何かを思い出し、絞り出すような声で言う。
「……新門大隊長は、何か悔いているようでした……」
紺炉は身を起こして、顔を上げる。
「若は何も悪くねェ……」
「あ……安静に!」
シンラは慌てて紺炉の身体を支える。
「まだ駄目だよ、紺炉ッ!じっとして」
紺炉の額から落ちたタオルを私は拾って、紺炉に注意した。
「すまねェ、絵馬」と紺炉は私に謝った。
私は落ちたタオルを水に入った桶に入れて、ギュッと絞る。もう一度紺炉を布団に寝かせ、額の上にそっとのせた。
「若は何も悪くねェんだ……」
私を見て、紺炉は言った。
「いいか?絵馬。あの話を……」
「うん。良いよ……私は大丈夫だから」
私は頷く。私の返事を聞いた紺炉は、天井を見つめながらぽつりぽつりと呟き始めた。
「聞いてくれるか?二年前のことだ……」
ーーーー二年前 浅草
その出来事は今でも鮮明に記憶に残っている……。
当時、私は17歳。火消しの一員として、紅丸と紺炉と共に”焔ビト”を鎮魂していた。浅草に次々と現れる"焔ビト"たちは、その晩、さながら初めて見る光景だった。
「ハァ……ハァ……」
私は走りながらある場所を目指していた。前方から悲鳴と恐怖が入り混じった浅草の町民たちが、私の側を駆け抜け、後方にある川へと向かって走り去る。
一度立ち止まり、周囲を見回した。どこもかしこも炎や黒煙が舞い上がり、町民たちの絶叫が空間を支配していた。私は妙な胸騒ぎを覚えた。一度も感じたことのないこの不安。次第に高まる鼓動が自らの胸で鳴り響くのが分かる。
自宅についた私は戸を開けると、着物と法被を纏った二体の”焔ビト”がそこにいた。
「お父ぅ……お母ぁ……」
あまりの驚きに言葉が続かない。”焔ビト”が着ている着物と法被には見覚えがあった。それは、私が両親の誕生日の日にそれぞれ祝い物として贈ったものだったからだ。瞳から涙が溢れ、とめどなく涙がこぼれ頬を伝った。
理解するのにそんなに時間はかからなかった。両親は、周囲を延焼させて被害を及ぼす”焔ビト”に成り果てていた。私は目元を拭おうとはせず、手に持つ槍伸縮型の先端を両親に向ける。
「ウゥゥ……アァ……」
と声にもならない悲痛な声で”焔ビト”化した両親が一歩、また一歩と近づいてくる。
「鎮魂しないと……浅草に……お父ぅとお母ぁが……」
呼吸が荒くなる。槍先を向けたまま、一歩も動けない。足がなまりのようだ。
「私がこの手でやらなければ……でも……でも、私が……」
槍先が震えている。私の槍を持つ手が小刻みに震えていることに気づいた。
「絵馬、もういい……俺が……代わりにやる」
私の背後から声がしたかと思ったら、槍の先端が両親でなく地面に向けられた。顔を上げると、長い前髪の隙間から見える◯と✖️模様が入った紅の瞳と目が合った。私は法被の袖で目元を拭う。紅丸だ。紅丸が私の前に立っていた。
私は安堵と悲しみ、恐怖が混同した気持ちになり、つぶやくように、
「承知」
と小さく囁き、紅丸を見つめた。紅丸は私から”焔ビト”たちを見つめ、指先から炎を発し、
「絵馬のことは、俺に任せてくだせェ……」
そう言って”焔ビト”にゆっくりと歩み寄り、ドスと鎮魂を行った。その光景を私は拒まなかった。その代償として、ボロボロと涙が崩れ頬を伝い落ちた。
灰と化していく両親が、
「あり……が……と……」
と最期に紅丸に微笑み、お礼を言ったような気がした。私は槍から手を離し、すがるように紅丸の背に駆け寄って、声を出しながら紅丸の法被をギュッと掴んだ。
「ごめん……なさい……紅丸……私できな……かった……」
大粒の涙をこぼしながら、私は言葉を続ける。
「何度も……”焔ビト”になった町民を鎮魂してきたのに……お父ぅとお母ぁが”焔ビト”になって……手が震えて……ぐすッ……何もできなかった……」
地面を見つめ、涙が止まらない。一つ、また一つ。とめどなく私の目から涙がこぼれ落ちていく。
「絵馬が出来ねェ事は、俺が代わりにやってやらァ……」
紅丸は言葉を掛け、くるりと私の方へ振り向いた。柔らかく頭を撫で、手で私の頭を引き寄る。
耐えきれず、顔をくしゃくしゃにして私は顔をうずめ、静かに紅丸の胸で泣いた。