第壱章
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紅丸は「桜備大隊長の所に行く」と言って、10分前に紺炉の部屋を出て行った。部屋には今、私と紺炉だけが残されている。私は静かに救急箱を片付けながら、ふと紺炉の方を見た。
「絵馬。それが終わったら、第8の奴らと話してきたらどうだ?あいつらと俺たちの板挟みになって、話しずらかっただろ」
「バレてた?」
顔を上げると、紺炉はいつものように穏やかな表情で微笑んでいた。その笑顔が、どこか優しさを含んでいるように感じる。
「第8の奴らをチラチラ見てたお前ェさんを見て、気づかないやつはおるか?」
その言葉に、私は一瞬、どきりとした。そんなに目立っていたのか。意識していなかったつもりだったが、紺炉が言う通り、きっと私は無意識のうちに彼らのことを気にしていたのだろう。
「そんなに⁉︎私、見てた?」
「あぁ見てた」
紺炉に言われるほど、私は第8の皆のことを気にしていたようだ。
救急箱を手に持ち、立ち上がる。襖に手をかける前、ふと振り返って紺炉に言った。
「じゃあ、お言葉に甘えて行ってくる!」
言葉を発した瞬間、紺炉はまた微笑みながら私を見つめていた。その笑顔には、何かを理解したような温かさが込められているように感じた。
私は襖を開け、静かに部屋を後にした。背後から聞こえる紺炉の柔らかな笑い声が、どこか心地よかった。
土間でかがみ込んで履き慣れた防火靴を履き、立ち上がると、戸を開けて外へと足を踏み出す。その瞬間、シンラの近くにいたヒカゲとヒナタが私に気づき、振り返りながらこちらに近づいてきた。
「絵馬ーー!あいつ、さっきバカみてェーにクルクル回ってたぜェ‼︎」
ヒカヒナは私の法被の袖を引っ張り、シンラを指差す。彼女らの弾けるような元気に、私は少し苦笑しながら彼女らを見つめた。
「だからぁ!あれは、ブレイクダンス!って言う技名なの。絵馬さん、知ってますよね?ブレイキン」
「えーっと……お姉さん、ワカラナイヨー……」
私は視線をシンラから逸らし、無意識に目を泳がせる。その時、防火服を着たタマキと目が合った。タマキがこちらに向かって近づいてきたが、その動きが不意に崩れ、足元の小石に躓いて倒れ込んでくる。防火服が絡まり、顕になったタマキの胸が私に突進する形になった。
あまりに予期しない展開に、私は驚きの声を漏らす。「うぷっ!」という声が自分の口から出てしまう。
タマキは「きゃん!」と慌てて叫び、私もその衝撃に圧倒される。シンラもその場で驚き、「わぁーー‼︎タマキ‼︎何やってんだよ⁉︎」と叫ぶ。
周りのメンバーが駆け寄ってくる。「タマキちゃん⁉︎」「絵馬ーー‼︎やるなァーー‼︎」「絵馬、大丈夫か?」
その瞬間、詰所の外でちょっとした騒ぎになった。私の体にタマキのラッキースケベが直撃したことに、少しばかり驚きながらも、これがラッキースケベか、と冷静に考えていた。
この豊な膨らみ、ほんのりと温かい。「これが……ラッキースケベってやつか?」
その時、誰かに名を呼ばれ、ハッと我に返る。
「あ、あの……十二小隊長!すみません、大丈夫でしたか?」
シンラと茉希に引きはがされ、タマキが防火服を着直しながら、改めて私に謝罪してきた。その手が震えているのを見て、彼女の緊張が伝わる。
「私は大丈夫だよ。ヒカゲとヒナタは、大丈夫だった?」
私は、法被の袖を引っ張っているヒカゲとヒナタに目を向けて、二人を見下ろす。
「姉々ーー‼︎なんともないぜェーー‼︎」
ヒカヒナは元気よく答える。無事だと聞いて、私は一安心し、笑みを浮かべた。
「そっかぁ」
両側にいるヒカヒナを無意識に引き寄せて守った結果、タマキのラッキースケベを受け入れてしまったが、二人が無事ならそれでいいと思い、再び笑顔を返す。そして顔を上げ、タマキに向き直った。
「えっと……第1のタマキ隊員だよね?何回か見かけたことはあったけど、ちゃんと話したのはこれが初めてだね。ずっと気になってたんだけど……どうして貴方が第8にいるの?」
「はっ!私は、第1で謹慎となり、しばらくの間は第8にお世話になることになりました!」
その言葉を聞き、私はすぐに理解した。「あぁ……星宮中隊長の……件で……」
少しの沈黙。その瞬間、タマキの表情が一瞬だけ悲しげに崩れた。私は心の中で、すぐに謝るべきだと思った。
「ごめんね……気を悪くしちゃったかな?」
タマキは首を横に振る。少し緊張が解けたのか、彼女は微笑みながら答える。
「いいえ、大丈夫です。これは、私自身の責任でもあります……何か有れば、”絵馬小隊長に報告しろ”とカリム中隊長から言伝も貰っていますので!」
「くどくど野郎め……」
タマキの口からカリムの名が出て、私は思わず眉をひそめた。近くで私たちの会話を聞いていた壮年の火消しが、ニヤニヤしながら肩を叩いてきた。
「お嬢が誰かにあだ名を付けるなんて、珍しいなァ!若や紺炉中隊長以外にも気になる奴でも出来たのか?」
「違うよ!茶化さないでよッ!」
「ふ〜〜ん。へいへい」
壮年の火消しの不敵な笑みに、私は無理にでも冷静を保ち、「本当に違うから」と念を押す。
茉希がそのやり取りを聞いて、どうやらロマンティックな想像が膨らんだらしく、少し興奮気味に壮年の火消しに尋ねた。
「絵馬さんがあだ名を付ける事って、そんなに珍しいのですか?」
「ちょっ、茉希ーー」
「嬢ちゃん。お嬢はなぁーー、小せェ頃から気になった人や物にあだ名を付ける癖があってよォ。紺炉中隊長には、”紺炉お兄ちゃん"で若はーー」
「あああーーーー‼︎」
私はついに耐えきれず、大声で叫んで誤魔化した。顔に熱が集まり、否応なく赤くなっていくのを感じながら、壮年の火消しの背中を無理やり押して、ヒカゲとヒナタにお願いした。
「ヒカゲッ‼︎ヒナタッ‼︎今度、美味しい団子屋連れて行くから、この人を向こうにやって‼︎」
「団子ーー‼︎絶対だぞ、絵馬ーー‼︎」
「姉々ーー‼︎約束守れよーー‼︎」
彼女らは目を輝かせながら、私の願いを快く受け入れて、壮年の火消しを私たちから離れさせた。私はその後姿を見送り、みんなに向かって声をかけた。
「良い、みんな‼︎今のことは忘れること‼︎分かった⁉︎」
茉希は少し頬を赤らめながら「はーい」と答え、シンラとタマキも戸惑いながら頷く。その様子を見て、アーサーがにやりと笑いながら言った。
「フッ……。絵馬は、俺をお兄ちゃんだと?騎士王を弟ではなく兄と呼ぶのか、見る目があるな」
その言葉には、今の私には全く反応する気力はなかった。ただ、静かに黙ってその場をやり過ごした。
「茉希、アイリスは第8の教会にお留守番しているの?」
熱が冷めた私は、茉希に軽く尋ねる。茉希はすぐに頷きながら答えた。
「はい。絵馬さんがいると分かっているのですが、原国主義者が多い第7ということで、アイリス様を置いてきてしまったし……第8を空けて出てきているあいだ、第5に留守番してもらってる訳です」
「第5には、火華大隊長がいるから、アイリスにとっては心強いね!」
「そうですね。先程、シンラが第7の大隊長と桜備大隊長が話をすると聞きましたので、早く調査が始められたらいいんですけど……」
「大丈夫だよ、茉希。紅丸がさっき言ってたけど、協力はするって!」
「本当ですか⁉︎絵馬さん」
茉希は目を輝かせて私を見つめ、その笑顔に無意識に少し心が温かくなる。しかし、シンラが静かに夜空を見上げる。
「どちらにしろもう遅いし……調査は明日以降だな」
その言葉に、周囲が静まり返る。しかし、火消しの一人が不意に声をかけてきた。
「今日は、どうすんだ?第8に戻るのかい?せっかくだから詰め所に泊まってったらいいんじゃねェか。なぁ、絵馬ちゃん!」
火消しは、私に向かって振り返り、無邪気に笑顔を浮かべた。
「お嬢たちがいる詰所では、いつもどこのどいつかも判らねェ奴が泊まってったりしてんだ。気にするこたぁねェよ」
隣で別の火消しが軽く笑いながら続けた。すると、気づけば私の周りには第8のメンバー以外の視線が集まっていた。
「皆、泊まって行く?私は大歓迎だよ!」
私は大声で言い放ち、笑いが巻き起こる。しばらくして、若い火消し二人がタマキに向かって声をかけた。
「十二小隊長も言っていることだし。なぁ、ねェちゃんッ‼︎」
その言葉の意味を理解したタマキが、声を荒げて叫んだ。
「何、期待してんだよ‼︎」
「ほらぁ!隊員をからかわないの……まったく」
私は思わず呆れて笑ってしまう。すると、その笑いに釣られて周囲が再び爆笑の渦に包まれた。私も気づけば笑っていた。だが、その瞬間だった。
突然、足元から突き上げるような地響きと共に、遠くの方で大きな粉塵が舞い上がった。
「敵襲⁉︎」
茉希が驚いて目を見開く。私は心臓の鼓動が速くなるのを感じながらも、冷静に命令を出した。
「皆はここで待機‼︎火消しの一人は、ヒカゲとヒナタを安全な場所へ誘導!それと、詰所内にいる紺炉に状況報告をして‼︎」
「合点!承知‼︎」
火消し達の返事が揃う。その中で一人の若い火消しが私を見つめ、問いかけてきた。
「絵馬小隊長は?」
「私は、ここにいる第8の皆と一緒に、粉塵が上がった場所に行ってくる!」
すぐに法被を着直し、腰ベルトに装着しているポーチの中に槍伸縮型が入っているかを確認する。残りのメモリは2。万が一の事態に備えて、近くにいる第三世代の能力者から少し炎を分けてもらうつもりだ。
若い火消しと目が合い、少しだけ静かな空気が流れる。その後、彼が頷きながら一言、私に向かって声をかけた。
「気をつけて下せェ」
その言葉には、確かな敬意が込められている。それに、私も静かに頷いて答える。