第壱章
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「今日の作業は終わりだー」
紅丸の指示で本日の作業は終わりを向かえた。私は辺りを見回し、ほの暗い空が黒ずんでいるのを感じた。
私は暖簾をくぐって詰所に入り、救急箱と水が入った桶を準備して紺炉の部屋へと向かう。
紺炉の部屋の前に立ち、部屋の中を覗くと、丁度紺炉が法被を上半身だけ脱いでいる最中だった。突然、右脇に抱えていた桶が誰かの手によって私から離れる。
「さっさと部屋に入るぞ」
顔を上げると、桶をひょいっと抱える紅丸がそこにいた。
「入るぞ」
紅丸が一声かけてから襖を開けて中に入っていく。それに続いて私も紺炉の部屋に入る。
「若、絵馬」
紺炉は包帯を外しながら私達を見上げていた。紅丸は片膝をついて、畳の上に敷かれたタオルの上に桶を置き、紺炉の背後に両膝をついて座った。その隣に私は救急箱を置いて、紺炉の目の前に座る。
私は紺炉が包帯を外し終わるのを見届けながら、新しい包帯を準備する。
「紺炉、腕を貸して」
「いつも悪いな、絵馬」
紺炉は笑って私に左腕を差し出す。紺炉の左腕に新しい包帯を巻き始める。
「キツくない?」
「大丈夫だ」
私は包帯の巻く強さを紺炉に確認してもらいながら、左腕に包帯を巻き終えた。
紺炉は私を見て、
「反対側は俺がやる。ありがとうな」と言った。
その言葉を聞きながら、私は安心した気持ちで頷いた。新しい包帯を紺炉に手渡すと、紺炉は受け取って自身で右腕を包帯で巻いていく。紺炉は包帯を巻きながら、背後に座る紅丸を見ていた。
「わざわざ、若がやらなくても」
紅丸は抑制剤の準備をしながら紺炉に言う。
「若い衆は、ようやく一息ついてんだ。俺にも、こんくらいやらせろ」
「すんません……」
弱々しく笑う紺炉を見て、私は使用済みの包帯を洗いやすいようにまとめていく。ふと、紺炉が救急箱を見て呟いた。
「抑制剤も少なくなってきたな。灰島に発注しとかねェと……」
「私が灰島に発注かけておくよ」
「あぁ……!」
私の言葉を聞きながら、紺炉は一瞬だけ身体をビクッとさせた。丁度、紅丸が紺炉の背中に抑制剤を貼っていたようだ。
「痛むか……?」
紅丸は優しい声で紺炉に聞く。紺炉は目を閉じで、ふっ、と表情を弛ませた。
「いえ……ひやっとしただけです」
「本当は、紺炉……お前が大隊長になるはずだったのにな……」
紅丸はもう1枚抑制剤を紺炉の背中に貼りながら、ぽつりと呟いた。紺炉が首を振って答える。
「ここは、荒くれ共の集まる第7です。戦えない奴に大隊長なんざ務まらねェ」
私は首を動かし、紅丸を見た。何か言いたそうな表情をしている。二人だけの時間を作った方が良いのかも知れないと思った私は、包帯を持って静かに立ち上がり、襖に手をかけようとしたが、その瞬間、勢いよくカララと襖が開いた。
「わーー‼︎絵馬ーー‼︎」
元気な声と共に現れたのはヒカゲとヒナタだった。目の前に立つ私を見て、二人は興奮して私の周りをくるりと回り、
「コンローー‼︎」「わかーー‼︎」と叫びながら、紺炉の部屋に入っていく。
「オイ……待て……」
その後をシンラがバタバタと駆けて来て、私の存在に気づき、ビックリした顔で足を止めた。
「絵馬さん!すみません……騒がしくしてしまって」
「ヒカヒナの相手をしてくれてたんだよね?ありがとう、騒がしい二人でごめんね」
私はシンラに「部屋に入りなよ」と言ってから、入れ替わるように紺炉の部屋を後にする。静かに戸を閉め、廊下に出たところで、一瞬だけ立ち止まった。
部屋の中からヒカヒナの楽しそうな話し声が聞こえてくる。私も自然と微笑み、気持ちを落ち着かせながらその場を後にした。
新しい包帯を手に持ち、紺炉の部屋の前で私は足を止める。紺炉の声が聞こえ、盗み聞きは悪いと思いつつ、好奇心に負けて襖の前で息を潜めた。
「第8の連中は……何か気持ちのいい奴らですね。他の消防隊とは、毛色が違う……」
「……そうだな……」
と、これは紅丸の声。紺炉の声が続く。
「俺たち第7に近い。絵馬も第8を信頼しているみてェだし、調査の件、協力してやっては?」
突然私の名が出てきたため、「えっ⁉︎」と思わず声を出してしまいそうになり、口を押さえた。
「お前が大隊長なら、そうするか?」
紅丸がそう呟くと、しんと静まり返った。私も息を潜める中、紺炉の一声が長い沈黙を破る。
「若!あんたは、強いだけで大隊長に選ばれたわけじゃない。第8の連中が協力してくれたのも絵馬だけでなく若にーー……」
「わかっている。そのことは何度も聞いている!…………オィ、突っ立ってねェで入ってこい!」
紅丸の鋭い声に私は姿勢を正す。どうやら盗み聞きがバレていたようだ。ゆっくりと襖を開け、おずおずと二人の側に腰を下ろした。
黙って様子を見ていた紺炉が、私に尋ねる。
「絵馬。聞いていたのか?」
「うん……盗み聞きして、ごめん」
私は小さな声で謝ると、紅丸が私を見て小さくため息をついた。
「まぁ、絵馬だから別に話を聞かれても、悪くは思わねェよ。ただ、向いてねェんだ。俺は……人の上に立つのはよ……」
紅丸にかける言葉が見つからなかった。「そんなことないよ」なんてそんな安易な言葉はかけたくなかった。私は手に持っていた包帯を拡げて紅丸に渡す。
紅丸は包帯を受け取って、紺炉に向かって言う。
「ほら、前を向け。包帯が巻けねェ」
紺炉の身体を私の方へ向かせた。少し重苦しくなった空気を変えるため、私は紅丸に問う。
「ねェ、紅丸。さっき、紺炉が質問してたやつ……もう一度言うけど、第8の調査の件、協力してくれるの?」
紅丸が包帯を巻くのを止めて、口元を緩ませて答えた。
「協力はする。第8の連中は、嫌いじゃねェ」
紅丸の言葉に私は嬉しくなる。
「ありがとう!紅丸!紺炉!」
その瞬間、紺炉が微かに笑みを零し、「紅……」と小声で呟いた。その声に紅丸も軽く微笑む。部屋の中が一瞬にして和やかな雰囲気に包まれた。
「絵馬。分かったのなら、この救急箱を片付けてくれ」
紅丸の声に我に返り、「合点!承知!」と元気よく答えた。