第壱章
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纏の飾りとして装飾されているばれんに炎が着火し、更に勢いを増しながら纏は暴風と共に民家を含めたあらゆるものを破壊した。民家の瓦屋根が空の彼方へ吹き飛び、畳があちこちに散乱した。紅丸が放り投げた纏の衝撃の凄まじさに、詰所から外に出ていた第8の隊員達が、驚愕の表情を浮かべる。
「民家ァ‼︎」
近くにいたシンラが愕然とした表情を浮かべてながら、私を見つけて第8の皆を引き連れて駆け寄ってくる。
「絵馬さん!本当に良いんですか⁉︎あんなに民家を壊してしまって……」
「まぁ、第7ではこれが普通だからね」
「普通とは?」
アーサーは頭上に疑問符が浮かんでいるかのように首を傾げている。少し離れた場所では、紅丸は手をかざしながら尋ねた。
「何棟、抜いた……?」
隣に立つ火消しも紅丸と同じように手をかざしながら、
「四、五棟ッスかね」と返答している。
「若‼︎派手にかましてくれ!」
別の火消しが紅丸に向かって気合いの声を上げる。それを見ていたシンラが声色を険しくして呟いた。
「こいつら何、言ってんだ……⁉︎」
「こんなの第1でやったら、厳罰ものだぞ」
シンラと同じ防火服を着ているタマキが苦々しい顔で火消し達を見ていた。
そーいえば…。大隊長会議の時、タマキはシンラと一緒に教会に入ってきた。あの時は道案内役かと思って何とも思わなかったが、今考えると、なぜ第1のタマキ隊員が第8にいるのだろうか。
私はタマキが浅草にいることに疑問を感じつつも、今は勘太郎の鎮魂を最優先にすべきだと考える。後からタマキ隊員について考える事にしようと思いながら、タマキから紅丸へと視線を移した。
破壊された民家の近くにいた火消しが紅丸の名を呼びかけた。
「若‼︎勘太郎はこっちだ‼︎」
「今、行く……」
近くに立ててあった纏を、紅丸は手で掴んで引っこ抜く。地面を蹴って跳躍すると同時に、能力でばれんに発火させ、そのままロケットのよう飛んでいく纏を掴みながら、紅丸は空へと飛んで行った。
「飛んでいったぞ……」
纏を使って空を飛ぶ紅丸を見て、アーサーは呆然と呟いている。隣に立つシンラも同じような表情で言った。
「あの大隊長の能力は、なんなんだ?」
「そっか、第8のみんなは初めて見るんだったね」
昔から見慣れた光景だったのでなんとも思わなかったが、第8の皆が紅丸の能力を見るのはこれが初めてなのだ。
「若‼︎!」
火消しの隊員達が紅丸に向かって纏を次々と空へと放り投げた。空に放り上げられた纏は、紅丸の能力でばれんに炎が着火し、紅丸が手に持つ纏を中心に左右に並んでいく。紅丸が先頭に放り投げた纏を追うように、全ての纏が民家に向かって飛翔した。
あちらこちらで轟音と振動が響き渡り、上も下もわからないような状況となった。紅丸の能力を目の当たりにしたアーサーは、汗を浮かべながら私に問いかけた。
「画家……。どうなってんだ。着火させて、炎の操作もしているのか……?」
「あのまといに、何か仕掛けがあるんですかね……めちゃくちゃですよ」
茉希も額に冷や汗を浮かべながら呟いた。
「さぁ?どうでしょう?」
紅丸の能力の凄さに驚くアーサーと茉希に、私はニヤリと笑って軽く答えをかわした。私の隣にやって来た紺炉が、紅丸がいる方向を見ながら私の代わりに答えた。
「若は、第3世代の発火能力。第2世代の炎の操作能力の両方が使える。自由自在に着火して、操作することもおちゃのこさいさい。唯一無二の煉合消防官だ」
「そして、皇国にとっての太陽が太陽神なら、浅草にとっての太陽は紅丸だよ!」
私は自信を持って第8の皆にそう告げた。
「絵馬さん、”焔ビト”じゃなく、ほとんどあの人が壊しているぞ」
「家は、いくらでも直せばいい。でも、”焔ビト”になっちまった勘太郎の命はこれで最期なんだ」
シンラの問いに答えたのは、いつの間にかシンラの隣に立っていた老婆だった。小さな体に刻まれたシワが、過去の多くの出来事を語っているかのように見えた。
「おばあちゃん!勘太郎おじいちゃんは……」
私は老婆の姿を見て言葉が詰まった。おばあちゃんは深い悲しみを隠そうとするかのように、私を見て優しい笑みを浮かべる。
「絵馬ちゃん。紅丸ちゃんが、勘太郎の為に頑張っているのだろう」
おばあちゃんの笑みに隠れた感情を悟り、私はシンラに叫んだ。
「シンラ!おばあちゃんをシンラの能力で、紅丸と勘太郎おじいちゃんのところまで連れて行って‼︎」
シンラは少し驚いた表情をしたが、すぐに理解して答える。
「は、はいッ‼︎」
「絵馬ちゃん、私はーー」
「おばあちゃん!早く勘太郎おじいちゃんのところへ行って‼︎おじいちゃん、待っているとはずだから!」
「……絵馬ちゃん、ありがとうねェ」
シンラはおばあちゃんを背負い、自身の能力を足に発動させ、二人のところへと向かって飛んで行った。
「絵馬」
「ねぇ、紺炉。最後位は……大切な人の近くにいても良いよね?」
二人が向かう方角を見つめながら、静かに紺炉に問う。
「あぁ、そうだな……」
そう言って、紺炉の大きな手が私の頭を優しく撫でた。紺炉の手の温もりが少しでも心を和らげてくれるように感じた。
”焔ビト”になった勘太郎おじいちゃんは、おばあちゃんに最期を見届けられながら、紅丸の手によって鎮魂された。
その後、私は詰所に戻り、土間近くの板敷に腰を下ろした。周囲は静かで、ただ時計の音が微かに響いているだけだった。目の前にはおばあちゃんが作った大福が置かれている。手に取って、一口かじると、その甘さが口いっぱいに広がった。
やがて、ガララと詰所の戸が開く音がして、紅丸が戻ってきた。
彼の表情は疲れていて、無言のまま私の隣に腰を下ろす。紅丸は言葉もなく手を伸ばし、私を通り過ぎて隣にある大福を一つ手に取った。
「甘ェ……」
紅丸の静かな呟きが耳に届く。紅丸の身体が自然とぴったりと寄り添ってくるのを感じた。私は何も言わず、右手で紅丸の手をぎゅっと握りしめる。紅丸の手の温もりが伝わり、お互いの存在を確かめるように。
静かな時間が流れる中、私はただ紅丸の手を力強く包み込み、そのまま紅丸の隣で寄り添い続けた。