第壱章
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詰所に突然現れた第8の隊員たちの中から、桜備大隊長が前に出て一礼する。
「テメェら、いいかげんにしろよ‼︎」
火消しが第8に向かって怒鳴る。私は戸惑いながら桜備大隊長に尋ねた。
「ど、どうして急にーー」
「急に押しかけてくるとは、どういうつもりだ?」
私の声を遮り、紅丸は第8を鋭く睨みながら、板敷に腰を下ろす。その背中に、ヒカヒナがピタッと引っ付いた。桜備大隊長は私をちらっと見て、再び紅丸へ視線を戻し、敬語で応える。
「消防官規制に則って事前に確認した方が、よかったでしょうか?絵馬小隊長の話では、新門 紅丸大隊長は面倒な手続きがお嫌いだと聞いて、直接来る事にしたのですが……」
「絵馬」
紅丸が桜備大隊長から私の方を振り返って睨む。その鋭い視線には、幼馴染としての馴染み深さが漂っている。
「だって、事実じゃん。間違ってないでしょ」
「お前、相変わらず口が達者だな」
紅丸の言葉に、私は負けじと涼しげに紅丸に睨み返す。幼い頃からお互いの癖を知り尽くしている私たちは、こんなやりとりも日常茶飯事だ。嘘を言ってないし、間違ってもいないという自信が私を支えている。その瞳に向かって念を送ったが、紅丸はフイッと視線を逸らし、自身の背に隠れていたヒカヒナによって乱れた法被を直しながら、板敷から腰を上げて桜備大隊長を向き合う。
「勝手に来ちまったことは……まぁいい。だが伝導者の調査だがなんだが知らねェが、俺たちのシマを勝手に荒らされるわけにはいかねェんだ……」
紅丸は一瞬の間を置いてから続ける。
「第7には第7のやり方がある」
その言葉を聞いた桜備大隊長は、真剣な眼差しで紅丸に問いかけた。
「大隊長会議も途中退場されていましたが……第7は、伝導者の一味を無視していくおつもりですか?」
「伝導者も白頭巾も皇国が定めた敵だろ?興味がねェってのが、正直な意見だな」
紅丸のキツイ言い方に、桜備大隊長は冷静な口調で応じる。
「伝導者は、人工的に”焔ビト”を造り出している。次は、ここの町民がターゲットにされる可能性もあります。白頭巾と接触した絵馬小隊長も」
桜備大隊長の口から私の名が出ると、紅丸は黙ったまま一瞬私を見つめ、すぐに視線を桜備大隊長に戻した。
「それだって、皇国の言っていることだろ?実際にその一味が人を”焔ビト”にしているところを俺が見たわけじゃねェ。絵馬みてェに、馬鹿正直に信じる気はねェんだよ」
紅丸は桜備大隊長の言葉を信じなかった。紅丸の言葉には、皇国への強い不信感が込められていた。その態度を見て、桜備大隊長は真剣な表情で言葉を続ける。
「だから、それを確かめるために私たちは、ここに来たんです」
桜備大隊長の言葉を受け、シンラとタマキが声を上げた。
「俺は実際に見ました‼︎ 伝導者と繋がる男が人を”焔ビト”にするところを‼︎」
「私も見ました‼︎」
「紅丸、それは私もーー」
紅丸は私の口を手のひらで覆い、私の言葉を遮る。
「絵馬は口を出すな。皇国の犬が何を見たかなんて、こちとら知らねェんだよ。疑うことも知らねェ犬っコロの話なんざ聞きたくねェ」
その言葉にシンラが怒気を露わにして紅丸に向き直る。
「絵馬さんの言葉も聞かずに疑うだけ疑って、何もしねェ奴に言われたくないね」
私の口から手を離した紅丸はその手を上げて、
「威勢がいいな、クソガキ……」と呟いた。
板敷に立っていた紺炉は、土間に降りて靴を履きながら紅丸に続いて言った。
「第8は、いい教育してるじゃねェか」
私は慌てて靴を履き、二人とシンラの間に強引に割って入る。両手を広げ、二人をシンラの方に行かせないように制止した。
「二人ともやめてっ!落ちついて!」
背中越しに桜備大隊長がシンラを制止する声が聞こえる。
「シンラ!ケンカしに来たわけじゃないんだぞ」
「ケンカですよ‼︎こうなったら‼︎」
しかし、シンラはなおも紅丸を怒りの形相で睨みつけながら声を荒げた。
「第7の大隊長‼︎あんた、最強の消防官なんだろ⁉︎強すぎて消防官にするしかねェって、町の火消しを皇国に認めさせたんだろ⁉︎だったら今度は俺が、あんたをぶっとばして認めさせる番だ‼︎」
私が広げた腕に紅丸がそっと手を置き、彼は鼻で笑いながらシンラを見つめる。
「火事と喧嘩は、江戸の華ってか?」
その瞬間、紅丸の冷たい静かな瞳と、シンラの熱い思いが交差する中で、一触即発の空気が場を包んだ。
カンカンカンカン
凄ましい音が私がいた詰所はもちろん、町中全体に鳴り響いた。あまりの大きさにシンラを含めた第8の面々は驚愕の表情を浮かべる。
「火事だァ‼︎」
「火事だァ‼︎」
詰所の外から火消し達の声が響き渡る。紅丸が私の腕から手を離したのを確認し、私は両手を下ろして後ろを振り返り、詰め所の外を見つめた。
「若が……縁起でもねェことを言うから……」
紺炉に注意された紅丸は、小さく「クソッ……」っと呟き、暖簾の近くにいた第8小隊をその場から退かした。
「俺が戻ってくる間に消え失せろ。絵馬、行くぞ」
「合点!承知!ごめん、みんな!」
詰所から外に出た紅丸に続き、私は第8のみんなに一言謝ってから紅丸の後を追う。少し離れた場所で濛々と沸き上がる黒煙が目視できた。
「あれか……」
紅丸がぼそりと言った。
「若!お嬢!」
火消し数人が私たちの方へ駆け寄ってきた。その様子を見て、紅丸は眉を顰める。
「”焔ビト”か?」
火消しの一人が、声を張り上げて叫んだ。
「派手好きの勘太郎がなっちまった‼︎さっき飲みに誘われたばかりなんだが……」
その目には、ジワジワと涙が溜まっていた。火消しは涙を拭い、他の火消し達に水をかき集めるように指示を出し始める。紅丸はこちらを見つめて指示を飛ばす。
「絵馬、火鳥で空から町民の安全確認をしてくれ」
「承知」
私の返事を聞くと、紅丸は法被を片肌脱ぎながら火消し達に状況を聞きに行く。
「避難はすんでるな?場所は?」
「隊員の連中が、目印にまといを立ててます!」
私は火消しからの報告を耳にしながら、腰ベルトに装着しているポーチから槍伸縮型を取り出し、空中に描いた。
「踊れ!火鳥‼︎」
空中に描かれた炎は形を作り、火の鳥へと変化し、空に向かって羽ばたいていく。火鳥は空で大きな円を描きながら飛行を始め、それと同時に、”焔ビト”になってしまった勘太郎のいる場所への道筋を、火消し達が纏を使って屋根よりも高く上げて紅丸に知らせた。
纏の近くに一般市民がいないことを、火鳥が円を描き続けることで私に知らせてくれる。火鳥の飛行を確認した私は、紅丸から少し距離を取りつつ槍伸縮型で火鳥を消し、紅丸に振り返った。
「紅丸、いつでもいけるよ!」
「おぅ」
紅丸は火消しから纏を受け取り肩に担ぐ。
「三丁目の勘太郎が”焔ビト”になっちまった‼︎始めるぞ‼︎祭りだ‼︎」
紅丸は肩に担いでいた纏を握り直し、思いっきり民家に向かって放り投げた。